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1-7 家庭訪問



 朝、なんの気無しにポストを見てみると一通の封筒が入っていた。ノースクローネに郵便局があるのは知っていたがまさか自分宛てに手紙を出す人がいるとは思わなかったので(郵便自体他の街では制度が整っている所が少ない)今まで気にしなかったのだ。差出人は市庁舎のスタッフらしかった。

 封を開けて読むと、店や自営業をやっている所への戸別訪問をするので何か相談などあればお気軽にどうぞと言う内容だ。訪問予定日は……。


 「今日じゃねえか」


 この手紙がいつ来たのかは知らないが、今存在に気付いたのは幸運と言うべきか。俺はぐしぐしと寝癖をほぐしながら工房へ戻った。


 「何時に来るのかわからんと、家を空けようがないな」


 大して用事は無かったけれどもぶらっと酒でも持ってリティッタと湖にハイキングでも行くかという気持ちにはなっていた。仕方ないのでそれは明日に回して今日は家で出来る事をしよう。


 (風呂でも作るか)


 こっちの世界に来て以来、まともに浴槽と言う物に浸かったことは無い。いつもぬるま湯につけた硬いタオルで身体を拭いていたがそれをリティッタに話すと嫌な顔をされたので時間があればバスタブでも作りたいなとは思っていた。リティは今日は昼過ぎくらいに顔を出すといっていたのでそれまでには終わるだろう。


 バスタブ自体はシンプルな形なので割と簡単に作れる。排水が面倒な所で、使っている井戸に直接混ざらないように気を付けたい。家の裏に砂の混じった地面があったのでそこに容赦なくぶちまけるよう無駄に圧力の高いポンプも作る。ついでなのでシャワーも使えるように二階の空き部屋にタンクを新造して、試作品の小さなゴーレムを使って井戸に通した配管から水を汲み上げるように改造した。


 「つ、疲れた……」


 今すぐひとっ風呂浴びたいくらい疲れたが、ちょうどそこでリティッタの元気な声が外から聞こえてきた。


 「ご主人さまぁー、お客様ですよー」


 「入ってもらってくれー!」


 ぐったりとした体を椅子から立たせ、自分も玄関に向かう。リティに案内されて入ってきたのは市庁舎で何回か世話になったメガネの市長秘書、マーテだった。


 「お久しぶりです……随分お疲れみたいだけど、大丈夫ですか?」


 「ああ、気にしないでくれ。リティッタ、こちらは市庁舎の職員のマーテさん。この家を俺に手配してくれたりいろいろ世話になっているんだ」


 「そうなんですか。リティッタです。少し前からここで働かせてもらっています。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるリティにご丁寧にどうもと微笑むマーテ。俺はイスと机を用意しながら、リティッタに飲み物を頼んだ。


 「ええと……戸別訪問だっけ?」


 「はい、商店や宿を営んでいる皆様に定期的に市で行っているもので、ジュンヤさんはノースクローネに来たばかりですので少し早めに……商売の方は順調みたいですね」


 「ありがたい事にね。相談と言うほどの物は無いけど、聞きたいことはいろいろあるかな」


 「私で答えられることなら、どうぞ」


 紅茶とクッキーを持ってきてくれたリティッタも席に着く。リティッタの焼いてくれるクッキーはオレンジのドライフルーツが乗っていて俺の好物になりつつあった。


 「んじゃあ早速。迷宮が多いと聞いてはいるんだが、それぞれの迷宮の事を良く知らない。簡単にでいいから教えてくれないか」


 「なるほど……」


 マーテは紙に四角を書き、その周りを取り囲むように五つの黒丸を書いた。そのうち一つの丸のまわりにはいびつな線を書く。


 「この四角がノースクローネね。その周りを取り囲むように五つの迷宮が発見された。草原迷宮、砂漠迷宮、荒野迷宮、森林迷宮、そしてナーズ湖の小島に通じる湖迷宮。どれも建造されたのは同じくらいの時期、ちょうどこの一帯を神聖王国と呼ばれる大国が支配している頃と言われているわ」


 「じゃあ、迷宮の中はどれも同じような作りなのか?」


 「ほぼほぼね。通路で小部屋が繋がれて、上下階に通じる階段は1つか2つ。たまに大部屋もあり。大体高さは大人男性の2倍くらいで通路の幅もそれくらいが最大。1フロアは20~40くらいの部屋で構成されているわ。今の所どの迷宮も15階前後まで踏破されているけどまだまだ奥は深いみたい」


 俺はちょっと面食らった。今わかっている範囲だけでも1500以上の部屋があるということか。噂以上の大迷宮群だ。


 「結構すごいんですね、ご主人さま」


 「ああ、結構びっくりしている」


 「でもそれぞれに違いもあって、砂漠迷宮には一面砂地の大部屋や、森林迷宮には壁が全て蔦や木の根で覆われている通路、湖迷宮はあちこちに川や水場もあると聞くわ。それが最初から意図的に設計されたのか、周辺の環境に侵食されたのかは分かっていないけれど」


 なるほどねと言いながらクッキーを齧る。リティッタも少し興味が湧いたのか身を乗り出した。


 「魔物もやっぱり多いんですか?」


 「そうね、迷宮が広大だから巣を作って繁殖しているモンスターもいるし一説では悪い魔法使いが設置したゲートを通って迷宮に入り込む悪魔や合成生物もいるという話よ」


 「……わたし絶対入りたくないです」


 青い顔で震えだしたリティッタにマーテは優しく笑った。


 「心配しなくても冒険者ギルドに登録した冒険者以外は迷宮に入れない事になってるから大丈夫よ。登録料が払えずにモグリで探索をするケチな人たちもいるみたいだけど」


 「登録をせずに入ると何かデメリットはあるのか?」


 「無事に帰ってこれればいいけど、大怪我して迷宮内で動けなくなったり遭難しても冒険者ギルドから救助に行く事は無いわね」


 クールにそう言うマーテにリティッタと俺は本格的に震える。


 「ええと……、俺がもしゴーレムの修理を頼まれて、迷宮内に修理に向かってくれって言われたらどうしたらいい?」


 そういう依頼はまだ受けた事は無いが、そのうち来るかもしれない。直前になってバタバタするより今のうちに聞いておきたかった。


 「そういう人には1日限定の登録証を出しているわ。でも基本的に自分の身を守れない人は不可。ジュンヤさんはゴーレムを持っているから申請は通ると思うけど、迷宮は魔物以外にもトラップとかいろいろ危険が多いからあまり潜りに行くのは勧められないわね」


 「そうか、肝に銘じておくよ」


 長々と説明が続いたので疲れたのだろうか、マーテは少し冷めた紅茶を一気に飲み干した。俺ももう少し何か飲みたくなったのでリティに冷えた水を持ってきてもらう。


 「質問は他にあるかしら?」


 「冒険者の事についても聞きたい。何人くらいいるのか、職種に偏りがあるのか……とか」


 ふんふん、と感心したようにマーテは頷く。


 「市長も言ってたけどこの街の冒険者は2000人ほど。他の街に比べても多いでしょうね」


 「市民の総数が9000人だっけ?二割くらい冒険者って凄いよな」


 「そうね、全員が精力的に潜ってるわけじゃなくて道具屋や飲食店を兼業してる人もいるみたいだけど。それで職種なんだけどけっこう偏っていて……」


 さっきの迷宮の地図の下にマーテが円グラフを書く。


 「特徴として言えるのが魔法使いの少なさ。長時間の探索が出来る体力のある魔法使いがいないからと言われてますけど彼らは学問が本業だからしかたないのかしらね。そしてもう一つは戦士など前衛職も全体の二割と少ないと言われてるわね。これは元々の志望者は多いのだけれど怪我の多さから引退とかが多くなるせいかしら」


 「魔法とかで治療……っても怪我人が多くなったらそうそううまくいかないんだろうな」


 「そうね、僧侶や司祭とかも少ないかな、というかああいう人たちはあまり迷宮に潜らないわよね。結果として割合的に多くなるのが弓使いやトレジャーハンターといった人達ね。迷宮探索にはトレジャーハンターが欠かせないから多くなるのは仕方ないけれど、戦士職とかもいないと迷宮の奥には進みにくいわよね。しかも割と気の合う合わないを重視する人が多くて、一つのパーティに戦士が二人とか逆に一人もいないとか結構偏ったパーティが多いみたい」


 「それで市長は考えたというわけか」


 マーテはメガネをかけ直しながら、そう、と笑う。


 「職種に偏りがあるならゴーレムで埋めようって思ったのね。ジュンヤさんは気を悪くするかもしれないけど、ゴーレムなら壊れても修理したり作り直したりできる。強敵にビビって足が竦むことも無い」


 「まぁ、熟練の戦士と同じレベルのゴーレムを作って売る事は難しいけどな。ある程度のレベルの戦士の数を増やすことは出来ると思う」


 少なくとも、今はそれが市長の求める俺の仕事なのだろう。


 「質問はそのくらいかな。ありがとうマーテ、参考になったよ」


 「どういたしまして。何かお困りの事があればいつでもいらしてください」


 荷物を纏めて立ち上がり、リティッタに微笑むマーテ。


 「クッキーごちそうさまでした。ジュンヤさんのお手伝いよろしくね」


 「わかりました!バリバリ働かせます!」


 (俺はお前の雇い主なんだが)


 元気に手を上げて返事をするリティッタを無視して俺は玄関のドアを開けた。


 「ほんじゃ気をつけて。市長によろしくな」


 「ええ、冒険者ギルド一同アナタに期待しているわ」


 

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