1-66 鎧と女:中編
疲れた身体を引きずるようにして工房まであと少し、丁度市街地の終わり際という所でまたも後ろから女の声に呼び止められる。
「待ちな」
ハスキー、というか少し酒に焼けたような声質だ。返事するのも億劫になって無言で振り返ると、やはり全身金属鎧が堂々と立っていた。今度のは真っ赤な鎧で両手持ちの大きなグレートソードを携えており、体も前二人より一回り大きくパワーファイターであると見て取れる。
「一勝負して貰うぜ」
鎧戦士はどっしりと両足をひらくと問答無用でグレートソードを両手で正眼に構えた。返事するのも面倒になって俺は早々に『瀑龍』(先日やっと修理が終わった)を召喚する。巨大な刀を二本、ズラァッと鞘を鳴らしながら抜く『瀑龍』にさすがの鎧戦士もほんの少しだけビビりがあったようだ。
「……戦りがいのある相手じゃねぇか」
「気ぃ抜いてたら、ケガじゃすまなくなるぜ」
「上等ォ!!」
烈風の如く剣を振り上げた鎧戦士が突撃してきた。金属鎧をガッチリ着込んでいるとは思えない速度だ。
(間に合えよ!)
内心で冷や汗をかきながら『瀑龍』に剣を受けさせる。刀の腹で外に払うように斬撃を逸らし、そのままカウンター気味に左肩を相手の胸鎧の部分にぶつける。ぐらっと鎧戦士がバランスを崩したところにもう一本の刀を振り下ろすが、相手はあえてゴロゴロと転がるようにして『瀑龍』の攻撃範囲から逃れた。
「お前“も”なかなかやるみたいだな」
鎧戦士の身のこなしからはかなりの実戦をくぐり抜けてきた経験を感じる。重装備だというのに立ち上がる挙動も素早い。
「アンタのゴーレムもなあっ!!」
更に速度を上げて鎧戦士がグレートソードを振り下ろす。『瀑龍』に刀を×の字にさせて受け止めるのだが、女とは思えないパワーで更に『瀑龍』を押し込んできた。各部の関節の歯車がギリ、ギリと嫌な音を立てている。
(このままじゃやられる!?)
純粋な力比べで負けるとは思っていなかった俺は、外道とは思いながら『瀑龍』の右足で鎧戦士女を蹴り飛ばす。大したダメージにはなっていないが体勢を立て直す時間は稼げた。すぐに両手の刀を相手に向け、突き刺すように『瀑龍』をダッシュさせる。
「……ンなめるなァァァッ!!」
少し遅れて同じく体勢を立て直した鎧戦士は、下から力を込めて剣を振り上げた。ガキィィィィン!と鼓膜に刺さる金属音が鳴り響き……『瀑龍』の二本の刀が手から宙に跳ね上げられてしまった。
(マジかよ……)
驚きを声に出してしまいそうになるのをなんとかこらえたが、動揺は隠しきれない。『瀑龍』の握力は俺の10倍以上あるのだ。その手から刀を二本同時に奪うとは……。
「まぁ……今日の所は引き分けかな」
その声に相手を見ると、あの太いグレートソードが真ん中のあたりでバッキリ折れていた。まだ戦えないことは無いのだろうけど肝心の本人は既に戦意を収めているようだ。
「楽しかったぜ、ジュンヤ」
「おい、待てこら」
俺の制止を無視し、鎧戦士女はじゃあな!と背を向けるととんでもないスピードで街の方へ走り去ってしまった。
「どいつもこいつもふざけやがってー!!!」
一晩寝ても怒りの収まらないまま予備の強化型『ディゴ』を組み立てている俺を、リティッタが遠巻きに見ながら仕事をしていた。(ウーシアは釣り友達に誘われて出かけている)気を遣っていろいろ話しかけてくれるよりはその方がいい。社長にあるまじき姿と罵る人もいるだろうがこうも立て続けに襲撃を受けるとストレスでどうにかなりそうだ。
そこに工房のドアをノックする音と、小さく蚊の鳴くような声で「ごめんくださぁい」と言う女の子の声が聞こえる。近くにいたリティがはいはーいとすぐにドアに向かった。
「お待たせしました!いらっしゃいま……せ……?」
ドアを開けるリティッタの手が止まる。その先にいたのはいい加減見飽きた感のある鎧女が立っていた。今度は可愛らしいピンク色のプレートメイルで前の三人にもまして宝石やらリボンやら水玉模様が増えている。武器も杖も持っていない所を見るとオレンジの奴のように忍者か、もしくは格闘家かも知れない。驚きで固まるリティッタにピンク鎧がおずおずと頭を下げる。
「ど、どうもお忙しいところすみません……」
「どけ、リティッタ」
俺は冷静に、そして冷酷にそう言うと魔操銃をそのピンク鎧に向けた。まだ組み立て中の『ディゴ』が右腕を上げギリギリとクロスボウのバネを巻きあげる。
「ひぃ!?」
ゴーレムが問答無用で弓を向けるのを見てピンク鎧が涙混じりの(兜で顔は見えないが)悲鳴を上げてぴょんと飛びあがった。
「ご主人さま、お客様ですよ!」
「うるせえ!コイツらは全員敵だ!!」
「あああ、すみませんすみません!」
怒り心頭の俺の前に遂にピンク鎧が膝をついて謝りだす。いたたまれなくなったのかリティッタは俺の手から魔操銃を取り上げるとピンク鎧のそばに駆け寄った。
「ほら、全然良い人じゃないですか!ごめんなさいウチの心の狭い主人が」
「おいこら」
「いえ、悪いのは私たちですから」
さめざめと泣く(顔は見えないが)ピンク鎧女をとりあえず応接テーブルに連れてきて、気は進まないが話を聞く事にした。
「私たちは『春花兎』というパーティを組んで旅をしています。私は一応リーダー兼回復役のラトーニといいます。」
「はぁ」
リティッタがテーブルに紅茶を置くが、ラトーニは兜を脱ぐ様子は見せなかった。
「実はこの街の近くにウォーライモスという古代の合成獣が出ると聞き討伐に立ち寄ったのです」
「ウォーライモス?」
聞いたことの無い魔物だ。合成獣ならチェルファーナなら詳しいだろうか。
「人の三倍ほどの大きさで、全身が金属のような固い外皮で包まれている気性の荒いサイです。一番危険な攻撃はその角から発射される強力な熱光線で、幅は細いんですけど威力が高くて、まともに受ければ私たちの鎧も一発でボロボロにされてしまいます」
「そりゃあ危険な奴だな」
「もっとちゃんと真面目に聞いてください」
俺の尻をつねるリティッタを余所にラトーニは話を続けた。
「私たちも一度戦ったのですがその熱光線に武器も鎧も一掃されてしまい、装備の新調も兼ねて情報収集にこのノースクローネに寄りました。そうしたら魔獣退治ならゴーレム職人のジュンヤさんが頼りになると聞きまして」
「ほうほう」
「それで私はすぐにお会いしたかったんですが仲間の三人が、腕が立つのかちゃんと確かめなきゃなんねぇと言いだして、止めたんですが順番にジュンヤさんの所へご迷惑を……本当にごめんなさい!」
(……)
何ともリアクションに困る話である。本人たちが目の前にいるならぶっ飛ばしてやりたかったが話を聞く限りではこのピンク鎧には罪はなさそうだ。苦々しい顔をしている俺の横でリティッタがアハハと軽く笑いながら手を振った。
「いいんですよ。無駄に頑丈に出来てますから、気にしないで下さい」
「よかねぇよ!」
「それで……こんなお願いが出来る立場では無いんですが、何とかご協力頂けないでしょうか。討伐報酬の事よりもウォーライモスを放置して街道を渡る商人や旅人に被害が及ぶのが心配で」
あの非常識な連中のリーダーとは思えないくらいの善人っぷりだ。隣からのリティッタの視線もキツイので、仕方なくもう少しで詳しい事情を聞く事にする。
「と、言うてもウチのゴーレムもそんな特別な素材を使ってる訳じゃないぞ。頑丈さはおたくらが使ってるその鎧と同じようなもんだ。なんとかその熱光線を防ぐ方法が無いと」
俺がそう言うとラトーニは、実はですねと言いながら背中に背負っていた大きな包みを取り出した。麻布にグルグルと包まれたその中から、真っ黒に焦げた板が姿を出す。
「これは?」
「ウォーライモスとと戦っていた時に私が使っていた盾です。この盾でみんなを光線からかばったんですが二発ほど直撃を受けただけでこうなりました」
それはは黒焦げの上に穴だらけで、盾と言うよりは錆びて放置された鉄板と呼ぶ方がふさわしい状態だった。その辺の魔法使いでもここまでの威力はそうそう出せないだろう。
「ですが、最後の一撃だけこの盾が熱光線を弾き返してくれたんで私たちは助かりました。たぶん、ここに当たったんだと思うんですけど……」
ラトーニが指差す先には、一か所だけ黒こげになっていない部分があった。それは子供の拳大ほどの大きさの無色の宝石だった。
「これは?」
「前の冒険で手に入れたマイハライトという人工魔石です。とは言え少し魔力を備蓄するくらいしか力がなくて売っても大したお金にはならないので記念に盾の飾りに使っていました」
「これがその光線を弾き返した……?」
まじまじと見るが目立つ傷や溶けたり焦げたりした跡は無い。完全にこの宝石がその光線を反射したのだろうか。
「はい、跳ね返した光線は地面や樹に当たってあたりを燃やしたのでそれはそれで大変だったんですが」
「なるほどねぇ……まぁちょっと考えてもいいが、金はあるのかい?ウチのゴーレムは高いよ」
「銀貨で200枚くらいでしたらなんとか……」
「200ねぇ……」
額としては申し分ないが、迷惑かけられた分素直に引き受けるのも癪に触る。俺は難しそうに腕を組んで唸って見せた。
「意地悪しないで引き受けましょうよ。大丈夫、任せといて下さいラトーニさん」
「本当ですか!ありがとうございます!」
勝手に話を進めるリティッタに勝手に感謝して涙を(以下略)ピンク鎧のラトーニ。やれやれと髪を掻きながら俺はため息をついた。
「つーか気になることがあるんだけどよ」
「な、なんですか?」
「なんでみんなしてそんな重くて暑そうな鎧をガッチリ着込んでるんだ?」
誰もが思うであろう疑問に、リティッタもうんうんと頷く。鎧を着飾るくらいなら、もう少し別のオシャレのやり方がありそうなものだが。
「実は、私たち子供の頃からいじめに遭ってまして……」
「いじめに、ですか」
リティッタの小さな相槌に応えるように小さく頷くラトーニ。
「私は……見ての通り小心者で気が弱くて子供の頃からおどおどしてましたし、ステラは背の高さと力の強さで、シェリーは役人のお父さんが上司の汚職に巻き込まれたせいで、フィーは里から逃げ出した過去があるとか……みんな生まれも育ちも別々ですが、同じような境遇で力を合わせて頑張ろうってパーティを組むことになって」
「ほうほう」
「それで、私たちの過去を知る人たちから決別するためにこの鎧を着ることにしたんです。私たちの心の弱さも隠すために」
「……」
他に何かしら方法は無かったのか?と聞きたいのだが、人それぞれ譲れぬ生き方もあるだろう。その件についてはこれ以上追及しても仕方ない。
「まー、これ以上アンタの仲間が俺に迷惑を掛けないって約束してくれるなら、銀貨200で手を打ってもいい」
「お約束します!どうかお願いします!」
正直嫌だったがラトーニの素直な態度にほだされて俺は仕事を引き受けてしまった。きっと彼女らのパーティでもラトーニが一人苦労してるのだろう。ドスドスと女の子らしくない足音と共に街中の方へ行くピンク鎧を見送ってから深く深くため息をつく。
「まぁまぁ、ところでマイハライトでしたっけ?その石をゴーレムにくっつけて戦わせるんですか?」
リティッタが俺の持つマイハライトの鉱石を覗き込みながら聞いてくる。別れ際にラトーニから参考に借りたものだ。
「このままの大きさじゃ心もとないな」
「じゃあどうするんです?」
「こういう時はやっぱりチェルファーナ先生に頼らないと。なんかクッキーかワッフルを包んでくれ」




