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1-65 鎧と女:前編


 

残暑の厳しい日が続く。ディルクローネの建設は早くも50%が終わり大手パーティも地下51階から下を目指し始めたらしい。ノースクローネ全体も少し落ち着きを取り戻しながらも、冒険者達の活況と地下都市建設で景気が良くなってきていた。


そんな夕方の飲み屋街を、俺は久しぶりにふらふらと一人で歩いていた。新しく出来た居酒屋で一杯やって、馴染みの『三国駱駝』でまた呑みなおそうと歩きだしたその時、薄暗い路地にざわめきが沸いた。


(……?)


振り返ると後ろの方の通行人が引け腰になりながら一人ずつ後ずさっているのが目に入る。そしてその奥からガシャリ、ガシャリと金属の鈍い音を立てながら近づいて来る相撲取りのような人影も。


(なんだ?プレートメイル……?)


近づいてきた人物は頭部からつま先まで全身を包む金属鎧、いわゆるプレートメイルを着込んでいた。騎士でもない人が街中でそんな物を着て歩いているだけでも不審者扱いされそうなのに(長距離を歩く必要のある冒険者は当然そんな重い鎧を好まない)、その人物の鎧は夕暮れよりも鮮やかなオレンジ一色に塗られていた。おまけにゴツイ肩アーマーにウサギのイラストみたいなのが描いてあったり兜や腰回りに小さな宝石やガラス玉でデコレーションされている。


武器こそ持っていないようだが十分に“危険”な雰囲気を漂わせるその人物が俺の十歩ほど先で足を止める。間には他に誰もおらず、街の住民は完全に見物を決め込んでいるようだ。何だかよくわからないが身を守れるように腰を少し落として身構えた俺にそのオレンジ鎧が指を差しながら口を開いた(兜で見えないが)。


「アンタがゴーレム職人のジュンヤ?」


まさかと思ったが若い女の声だった。むさいオッサンがこんな派手なデコ鎧を着ているのも嫌だが、どう見ても10㎏じゃすまなそうな全身鎧を着ている小娘というのも想像しにくい。とにかく放置しても話が進まないので俺は会話に応じた。


「あ、ああ。そうだけど……何か仕事の話かい?」


ビュウッ!!


俺の質問に対するオレンジ鎧女の答えは、暗器だった。


「うぉああああっ!?」


いきなり投げつけられた刃物を辛うじて躱し、その勢いで俺は石畳の通りを転がった。起き上がりながら投げられた物を見ると刃渡り15センチくらいのクナイのような刃物がガッチリと石畳の隙間に突き刺さっていた。バッチリ殺傷用の武器に間違いない。


「てめえいきなり何すんだコラ!……!?」


冷や汗もそのままにオレンジ鎧の方を振り向くとその姿が消えていた。周りの野次馬たちが一様に俺では無く空を見ているのを、嫌な予感を抱えつつも視線で追う。


「ウソだろ!?」


薄暗い夕暮れの空、二階建ての建物を越える高さにその重装甲の姿はあった。非現実的な光景だが今はそれを論じている場合ではない。鎧女が背中からまた新たな武器を取り出したからだ。


「ヒュゥッ!!」


鋭い呼気と共に手裏剣の雨が降ってくる。俺は慌てて近くのワイン樽に身を隠しながら魔操銃を抜いた。背中にくっついている樽からドスドスっと刃物が刺さる振動が伝わり、続いて道路に紅の液体が血のように広がって行く。


(野郎、本気でやろうってのか!)


派手な金属鎧を着た忍者(なのだろう、たぶん)に命を狙われる覚えはないが、こっちだってただただ殺されるわけにはいかない。懐のベルトからゴーレムの入ったマナ・カードを抜きだす。


「我が命により界封の楔を解く!いでよ、『ディゴ』!」


通路の真ん中に描かれた魔法陣から弓ゴーレムの『ディゴ』が出現する。魔操銃でピョンピョンと屋根から屋根へ飛んでいる鎧忍者女をターゲットに指定すると、『ディゴ』はすぐに攻撃を始めた。バシュ!と音を立てて発射された矢を、しかし鎧忍者女は逆手に握ったクナイで叩き落とす。


(腕が立つ!)


ディゴのクロスボウの発射速度は普通の弓使いのそれより速い。難なく初見で、しかも短いクナイで矢を払うのは優れた動体視力と、それ以上に度胸と経験が要る。


鎧忍者女は構えを解き、そのクナイをしまうと屋根の上でゆっくりと立ち上がった。


「……なるほど、噂はあながち間違っていないみたいね」


「な、何を……?」


俺の言葉には答えず、鎧忍者女はどこからか両手に一杯の紙巻の玉を取り出した。地面に投げつけられたそれらは一気に爆発し辺りが大量の白煙に包まれる。


(煙玉か!?)


視界が全くのゼロになるほどの煙の中で鎧女の、ハハハハハという高笑いが響き、そして遠のいていった。やっと煙が収まったころには当然その姿は無く、ついでに辺りは小麦粉でもばらまいたように一面石灰色に染まっていた。


「何だってんだ一体……」


しばらく俺はどうしたらいいかわからずに粉だらけの格好で立ちすくんでいた。





 


 




次の日、起きてきた二人にに鎧忍者女の話をすると、噂好きのリティッタが心当たりがあるとの事だった。


「最近街で派手な鎧を着たパーティを見た人がいるって聞きましたけど」


「最近ねぇ……」


あんな派手なら俺の耳にも話が飛んできそうなものだが、本当にごく最近ノースクローネにやってきたのだろうか。


「何にせよ街中で堂々と刃物を投げつけてくるような奴は逮捕してこってり服役してもらわんと」


「そもそも本当なのか?そんな鎧着て家よりも高く跳ぶ女なんて……」


鼻息荒く腕を組む俺を胡散臭そうな目で見るウーシア。


「俺だってできれば信じたくねーよそんな話!とにかく今日は午前中は休みだ!俺は市長の所に行ってくる」


喜ぶ二人を置いて俺は市庁舎に向かった。ノースクローネには警察があるが人手不足で仕事が遅いうえに腕っぷしも頼りなく冒険者同士のケンカを止めるのに一晩中かかるなんてのがザラだ。ここはコネもある市長に頼んだ方が早い。


(全く、仕事だって暇じゃねえってのに)


相も変わらずゴーレム修理の仕事はたまっている。何でこんな面倒事に巻き込まれなきゃいけないんだ……とイラつきながら、市庁舎へ続く道の最後の曲がり角を曲がった所で気迫のこもった女の声が鼓膜を弾いた。


「ランウルガの風よ!」


ゴゥ!!と唸りを上げる“風の塊”が曲がり角から出てきた俺を真横にすっ飛ばした。成すすべなく石畳の道路を転がり……ここの所雨が降っていないので全身が砂や土まみれになる。“風”自体に殺傷能力は無かったが、石畳を激しく転がったので肘や尻が痛い。


「何だってんだ一体!?」


ざわざわと周りの通行人が騒ぎ出す中、立ち上がりながら“風”の飛んできた方を見て俺は目を瞬かせた。


(鎧女!?)


視線の先には、白昼堂々と昨日見たような鎧女が立っていた。全身金属鎧に身を包みその表情も鉄仮面に隠されうかがい知れない。昨日の奴と違うのは魔法の杖を持ち白いマントをなびかせているのと、鎧の色がオレンジでは無く毒々しいマゼンタだという事だ。少し背が高いように見えるので、同一人物がただ着替えて来たというわけではないだろう。


(同じ人間なら、昨日も魔法で攻撃してきたはずだしな)


冷静に分析している自分にまたイラつきつつも俺は迷わず魔操銃とマナ・カードを抜いた。


「流石ですわね」


「いきなり仕掛けてくるような連中に褒められる覚えはねえよ」


俺の毒づきには答えずに鎧魔法使いは杖をこちらに向け左腕を添えた。


「ロウツェンの氷原よ!」


相手の詠唱と共に、氷の粒が大量に杖の周りに現れ渦巻き始めた。アレを俺に叩きつけるつもりなのか。こちらもすぐに魔操銃のカードを挿しトリガーを引く。


「いでよ、『ファンガルー』!!」


魔法陣から扇風機ゴーレム『ファンガルー』が飛び出しざまファンを最大稼働させる。その風が鎧魔法使いが放つ氷弾混じりの風魔法を俺の目の前ギリギリで受け止めてくれた。威力は向こうの方が上でじりじりと押されているが、ゴーレムごと俺を凍りつかせる程の威力は無いようだ。


しばしして鎧魔法使い女が魔法を解除する。決着をつけるのが目的ではないらしい。俺も『ファンガルー』のファンを停止して自分の隣に浮遊させた。


「貴方の力をもっと見たいのですが……このような往来ではお互いに本気を出すわけにはいきませんわね」


「一体何なんだ、問答無用で仕掛けてきやがって……」


質問にもまた答えず、鎧魔法使いは杖を軽く回した。


「ヘイスリングンの門よ」


鎧魔法使いの足元に緑色に光る魔法陣が出現する。


「おい待て!」


「ご機嫌よう」


制止の声もまた無視して女は魔法陣の中に溶けるように消えていった。怒りをぶつける先がいきなりいなくなり、髪を掻きむしりながら『ファンガルー』をしまうと、後ろからまた女の声で話しかけられた。


「なんだ、マーテか」


「なんだとはご挨拶ね。どうしたんですかこんな所で」


俺は歩きながらマーテに昨日今日の襲撃者の件について説明した。マーテもメガネを直しながら難しい顔を見せる。


「派手な鎧の冒険者の噂は私も聞いています。でも少なくとも今はまだノースクローネの冒険者ギルドには加入していないようです」


「へ?」


思わず間抜けな声を出す俺にマーテは説明を続けた。


「そんな人達がギルドに入れば当然私だって把握しますよ。恐らく旅の途中で立ち寄ったのか、ノースクローネに長居するつもりではないみたいですね」


「そんな連中が俺にちょっかいを出してくる理由がますますわからん」


「前の街で捨ててきた女が復讐に来たとか」


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺は一応紳士で通してるんだから」


アハハと笑うマーテを苦々しく見ながら俺は屋台で売っているパインジュース(パイナップルのような果実をくりぬいてそのまま中に搾り汁を入れたシンプルなジュース。銅貨1枚)を二つ買った。


「一応警察には通報しますけど、力づくで捕まえられるかどうか難しいですね。街の警察はそんなに実力はないですから」


「司法国家のありがたみが今になって身に染みるぜ……」


少しホームシックになりながら俺はマーテと別れて工房に帰る事にした。





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