1-6 盾とドワーフ:後編
翌日、午後。
酒場でちょっと話しただけのヤツの話にそう簡単には乗らないよな……と思いながらゴーレムの部品を作っている所に、フェアリーのピェチアともう一人、連れの男がやってきた。同い年くらいの弓を持っている優男はかすかに愛想笑いし俺と挨拶代りの握手をする。
「僕はヒム、パーティのリーダーをやってる。なんでもウチの熱血ドワーフを助けてくれるいい案があるとか?」
「ああ、まぁアンタたちやあのドワーフが俺のゴーレムを気に入ってくれればの話だが」
俺は二人……ヒムには椅子を、ピェチアにはワインのコルクの上に小さなハンカチを乗せて勧めた。フェアリーがニコニコと嬉しそうに座る。それから俺は戦士型ゴーレムの『ラッヘ』を引っ張り出してきた。
「俺はジュンヤ。少し前からここでこんなゴーレムを作って売っている。冒険者のオーダーに合わせて大きな武器を持たせたりクロスボウを持たせたり改造も可能だ。昨日酒場で見た感じだと、おせっかいかもしれないがキミらのパーティーには盾役が必要なんじゃないかと思ってね」
「ああ、なかなか重装備の戦士で気の合うのがいなくてね。戦士二人と言うのもオルデンが気に入らなそうだし……それでゴーレムを使えと?」
ヒムの言葉に俺は頷いた。
「戦士なら誰もが、自分の手でモンスターを倒したいと思うだろう。それが盾を持った重装甲の騎士でも。しかしゴーレムならそんなプライドは無い。守れと言われれば徹底的に守りに入る。それがゴーレムだ」
「なるほど、ゴーレムを使う発想は無かった。しかしうちのオルデンはああ見えて結構な健脚だ。キミのゴーレムがそのスピードについてこれるのかい?」
俺は工房の片隅から刃の潰してある模造のブロードソードを取り出し、ヒムに渡した。
「弓を使うようだけど、多少は剣も使えるだろう?」
「……ゴーレムと模擬戦か、面白いね」
俺は『ラッヘ』とヒム達を引き連れて裏庭に出た。何もない土がむき出しの土地でゴーレムのテストにはうってつけの所だ。懐から魔操銃を抜いて構える。ヒムも両手でブロードソードを握り正眼に構えた。
「いくぞ」
「来い!」
ヒムの返事に『ラッヘ』を突撃させる。横薙ぎの一撃は短いショートソードのせいで躱されてしまったが、そのスピードにヒムは明らかに苦い顔を見せた。横に回り込みながら振り下ろされるブロードソードを左腕の盾で的確に受け、すかさず小剣で突きを放つ。
キィィィン!
甲高い音を立てて二本の剣が交差した。ショートソードを撥ねのけながら更に背中に回り込もうとヒムが跳ぶ。しかし『ラッヘ』の旋回速度はそれに追いついていた。
「頑張って、ヒム!」
ピェチアの応援に答える余裕も無く、振り下ろす『ラッヘ』の剣を受けたヒムは足で勝つのは諦めたのか正面からの打撃戦に切り替えた。
(だが、弓使いがゴーレムのパワーに勝てるかな)
意地悪く思いながら『ラッヘ』にコマンドを送る。
「……ッおおおおっ!!」
渾身の力を込めてヒムがブロードソードを振り下ろした。ギィン!と音を立てて一撃を受けたショートソードが撥ね飛ばされる。だが、それは作戦通りの流れだ。剣を振り下ろし優位に立った気でいるヒムの横から、『ラッヘ』がシールドで体当たりをかけるとヒムはあっけなく地面に転がった。
「ヒム!」
ピェチアが慌てて飛んでいく。フェアリーに砂だらけになったヒムは起き上がりながら大丈夫、と手を振った。
「ぺっぺっ、参った。最後は手加減までされるとはね」
「こっちも商品の実力を感じてもらわなきゃいけないからな、ちょっと乱暴になってしまった。すまん」
「いや、予想以上のスピードとパワーだ。ゴーレムがこんなに速く動けるとは思わなかった。これならオルデンともコンビネーションできるかもしれない」
ヒムはピェチアと顔を見合わせて頷いた。
「キミのゴーレムは確かに一流だ。ウチのパーティにぜひ力を貸してくれ」
「と、そんな流れだな大体は」
翌日、遅い朝食をとりながら仕事に来てくれたリティッタに事の顛末を話す。朝取り野菜のサラダと少し硬めの安いハムはリティッタがわざわざ持ってきてくれたモノだ。どうもこの子は俺が生活力の無いダメなオッサンと思っているフシがある。
「さすがご主人さま。フェアリーさんをナンパして仕事を取るなんて、その辺の若い男にはそうそうできませんよ」
「もう少しちゃんと褒めてくんねえかな。お前さんの給料のためでもあるんだからよ」
そうでしたそうでしたと、適当な相槌を打ちながらオレンジを絞ってジュースを作るリティッタ。
「まぁいい。とりあえず今日は俺の仕事ぶりを見ていてもらうとしようか」
「私、ゴーレム作るところ始めて見ます。ワクワクです」
そう言われるとちょっとやる気が出る。俺は倉庫の中からゴーレムの素体フレームのパーツを引っ張り出して並べていった。ネジやワッシャー、スプリングのような小さい部品を抜いてもフレームに使うパーツはおよそ150前後ある。ゴーレムのバラバラ死体みたいな様子を見てリティッタがはー、とため息をついた。
「私、ゴーレムって石とか鉄の塊で出来ていると思ってたんですけど違うんですか?」
「いい質問だ」
一通りパーツを並べ終わった俺は汗を拭って冷えた水の入ったコップに手を伸ばした。ゴーレムに使う部品の中には冷やして保管しないといけない薬品もあるためこの家の地下室には保冷庫を作ってある。ついでにそこで飲み水や氷を冷やしているのだ。
「リティッタの言う通り一般的なゴーレムは石や岩、金属の塊を魔法で接合して人の形を取る。中には金だけで作られる贅沢なゴーレムもいるようだが、正式にはこれらはマテリアルゴーレムと呼ばれるものだ。それらとは違って俺の師匠が開発したこのゴーレムは歯車やバネで機械的に動くマシンゴーレムと呼ぶ」
「マシンゴーレムの方がやっぱり高性能なんですか?」
「マテリアルゴーレムはの強さは素材と大きさに比例する。強いモンスターを倒すには大きなゴーレムを作らないといけない。しかし狭い迷宮の中では大きなゴーレムは入れないし、動きも遅く細かいことが出来ないという欠点もある」
一気にそこまで説明すると、俺はコップの水を飲み干した。
「しかしこのマシンゴーレムは小さなサイズでも作り方次第で大きなパワーが出せる。小回りも利くし状況によって武器や盾を変えることも可能だ。そもそもマテリアルゴーレムは武器とか使いこなせないしな」
「なるほど、迷宮の探索に使いやすいゴーレムなんですね」
「その通りだ。さぁ、一気に組み立てるぞ」
フレームに使うのは先日模擬戦に使った『ラッヘ』と同じものだ。何度も組み立てたので作り方で詰まることは無い。三時間ほどしてゴーレムのフレームは完成した。金属パーツが複雑に組み合わさって出来たその人型の機械を見てリティッタはため息をつく。
「これがご主人さまのゴーレムですかー。凄いですねぇ」
「まだ骨組みだけだけどな。これに鎧や武器を乗せて戦えるようにするんだが、今回のオーダーはちょっと特殊だ」
「確か、守り専門のゴーレムにするんでしたっけ。どんな装備にするんですか?」
「まぁ、まかしときな」
そう言っているうちに炉のてっぺんからぷしゅーと蒸気が出て大きな鋼板が三枚ほど出てくる。この炉は師匠から譲り受けた魔法の炉で、簡単な入力で好きな大きさの金属板を作りだしてくれる。伝え聞くところによると中にたくさんの妖精さんがいて仕事をしてくれているらしいのだが真偽はわからない。
鋼板が冷えて固まるまでにゴーレムに鎧を着せる。ストックしておいた装甲板にベルトを着けてフレームに固定して、短かったり長すぎる部分は適宜修正。なんとか新規に鎧パーツを作らずに本体を仕上げる事が出来た。その代わりに昔作っておいた鎧パーツは殆ど底をついたので暇を見てまた作っておかないといけない。
「なんか守りのゴーレムさんにしては鎧が少なくないですか?」
リティッタの言う通り、このゴーレムは前に売った『ラッヘ』より鎧の面積は少ないかもしれない。俺は腕組みしながら全体のバランスを見た。
「本体にあまりごてごてつけると足回りが遅くなる。目的はコイツ自体が固くなる事じゃなくて、特攻ドワーフを守る事だからな。守りの要はこれから作るってワケだ」
大きな金属板をトーチで切りだし盾の形にする。これが三枚。そのうち二枚の表と裏に枠を取り付け太いボルトで接続する。ちょうど中空の厚い盾となるわけだ。作業を見ていたリティッタが納得してふんふんと頷く。
「なるほど、この分厚い盾でドワーフさんを守るんですね」
「ああ、そしてこの間の隙間の部分にだな……」
二日後の朝、ヒムとピェチアが俺の工房にやってきた。当のドワーフはまだ療養中で他のメンバーは次の探索の準備らしい。
「もう迷宮に潜りに行くのか?」
「冒険者はそれが仕事だからね。オルデンもあと1日もすれば完治するだろう……これか」
「そう、防御専用ゴーレム。名前は『ルライア』だ」
工房の中に入ったヒムとピェチアは、俺の作ったゴーレムを見てしばし言葉を失った。
「なんか……でっかい盾しか持ってないわね」
ピェチアの言う通り、このゴーレムは大盾を両手で構える以外は何も持っていない全くシンプルなモノだった。盾自体はリティッタがすっぽり隠れられるほどの大きさで、いかにも守備力<だけ>には自信があります!といった風体だが彼らもここまで防御一辺倒なゴーレムは想像しなかったのだろう。
「確かに守りは優れていそうだが……うまくオルデンと連携を取れるかな?」
「そこは少し考えておいた。ヒム、弓矢は?」
「?持ってきているけど」
「じゃあ俺はこのゴーレムの横に立ってるから、その工房の入り口の所から俺を射ってみてくれ」
え?と俺を除く全員が驚く中、いいからいいからと俺はヒムを玄関に追いやる。
「ホントにいいんだな」
「問題無い」
「そう言うなら……!」
キッ、と温厚なヒムが狩人の目に変わる。構えた弓がしなり、ビュゥゥッ!と激しく風を切る音と共に矢が放たれた。その矢が俺の胸板に刺さる直前。
ガキィィィン!
金属音が鳴り響き、ヒムの矢が弾かれくるくると床の上で回る。『ルライア』の盾の中から横に飛び出してきた鉄の板が俺を守ったのだ。
「なんと……すごい反応スピードだな」
「はは、まぁな」
驚くヒムにこっそり冷や汗を拭いながら余裕ぶって見せる。思っていたより盾の展開がギリギリだった。もうこんなデモンストレーションはやめよう。
「この盾の中からもう一枚横に盾が飛び出してくるの?これでオルデンを守るんだ」
「ああ、これなら通路に並んで危険が迫ったら盾の後ろに隠れるのも簡単だろう?」
「確かに。凄いゴーレムを作るな、ジュンヤ」
弓をしまいながら『ルライア』を観察するヒムとピェチア。コイツの性能にすっかり惚れ込んでくれたようだ。これなら商談はやりやすい。
「いくらで売ってくれる?」
「銀貨で80……と言いたいところだがピェチアがヒムに話してくれたお陰だし、可愛いフェアリーのお仲間って事で70でどうだろう」
「もう、上手いわねぇジュンヤー!」
煽てられたのが嬉しかったのかペチペチと俺の頭を叩くピェチア。
「ね、買おうよヒム。これならオルデンの怪我も減るよ、きっと!」
「そうだな……」
腕組みをしていたヒムが苦笑いを見せた。
「もうすぐオルデンの誕生日だから、もともと何か防具をプレゼントしようって話だったんだ。でもこのゴーレム以上に彼を護ってくれる防具は見つからないだろう。思った以上に大きな出費になるが仕方ない。ぜひ買わせてもらうよ」
「まいどあり」
俺はニヤッと笑ってヒムの手を握った。
後日聞くところによると、ドワーフのオルデン氏は大層『ルライア』を気に入ってくれて生涯の相棒とまで呼んでくれているそうだ。