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1-59 結界とペンキ:前編



「ジュンヤか。図面ができたのか?」


相変わらず市長はデスクで書類に囲まれていた。思えばこの人がこの建物でのんびりしている所を見たことがない。ケツと椅子がネジで固定されていると聞いても不思議には思わないだろう。


「ああ。前の奴のサイズと出力を変えるくらいだからそんなに難しくはなかった」


「流石地球人は言うことが違うな」


「カネは相当かかるぞ」


俺の一言にまた市長が苦い顔をする。ジグァーンの件から財政的に相当厳しい状態が続いているようだ。


「丁度いい、ジュンヤの意見も聞きたかった所だ。マーテ君、ジュンヤにもコーヒーを」


「かしこまりました」


市長はそう言うと丸まっていた大きな紙を壁に雑に貼り出した。街の地図のようだ。


「これは地下50階の?」


「そうだ、新しい街の予定図だ。まだ仮だがな」


コーヒーを貰いながらまずは観察する。南側にノースクローネに上がるエレベーター。その横には街の方から引いた水源……もしかしたらこれは滝のように雑に水が落下するだけのものかもしれない。中央には大きな宿泊施設。それを囲むように治療院、食料品、道具屋に鍛冶屋が並び少し離れて集会所のような広場がある。


「飲み屋は作らないのか?」


「治安が悪くなる。宴会はノースクローネの中での方がよかろう」


「なるほど……あとは魔物対策かな。50階に他の魔物がいなかったのはジグァーンが駆除していたからかもしれない。上下の階から魔物が移動してくる事は考えられるだろう」


「そうだな。衛兵も置くが……シスターに相談するか。マーテ君、リュネさんに来てもらうよう手配してくれ」


市長の言葉に嫌な顔一つせずニッコリと笑い部屋を退室するマーテ。リティッタにも見習って欲しい。


「この地図を見て言えるのは今はそれくらいかな。水回りの衛生には気をつけさせた方がいいと思う。冒険者達の方はどうなんだ?」


「地下50階から先に進めそうな実力があるのはまだ4パーティくらいだ。しばらくは50階に行くのは許可制にしようと思っている。力のな無いパーティが一攫千金で行って全滅するのも困るからな」


「確かにな。流石にあのデカブツがまた出てきました!なんてのは聞きたくないが……」


俺が少し言葉を言い淀んだのに市長が感づいた。


「なんだね」


「いや、別に今聞かなきゃいけない事でもないんだが、市長はなんでこんなにノースクローネの発展に力を入れているのかなと思ってな」


ふむ、と市長は空いたコーヒーカップをマーテに向けようとして、先ほど自分の命令でいなくなったのを思い出し自分でお代わりを注いだ。


「迷宮の見つかる前のノースクローネはただの小さな宿場町でな。私は学生時代ここから離れた街で勉強をしていたんだが田舎者だとずいぶんバカにされたものだよ」


「そうなのか」


「そいつらを見返すため……と言うのは子供じみているが、生まれ故郷が発展するのは悪いことでは無いだろう?少なくとも私のような思いをする子供はこれからは減るはずだ。それに迷宮の財宝もいつ掘りつくされるかわからん。冒険者がいなくなって寂れた迷宮都市の話はいくらでも聞くからな。次の手を打てるようにしておかないと」


(まるで観光客がいなくなった昭和のリゾートのような話だな)


「まぁ、今こうやって財政がカツカツになっているのを見られれば、私の手腕もまだまだだなと言わざるを得ないのだが」


「いや、市長は良くやっていると思うよ。こんなに冒険者の統制が取れているギルドは聞いたことがない。街の人もケチだとは言っているが無能とは言われていないしな」


「ありがとう」


俺の言葉に市長は書類から一瞬顔を上げ、俺に笑顔を向けた。


「じゃあいったん帰るよ。図面は置いていくから後はオヴィルの奴に仕切らせてくれ」


「わかった。また呼ぶかもしれんがその時はよろしく頼む」










帰った頃には夕食を取る時間になっていた。今夜はメインディッシュは鶏肉のホワイトソースグラタンだ。リティッタに呼ばれたというチェルファーナもニコニコと食卓についていた。


「リティッタのグラタン美味しいよねぇー。もちろん他の料理も美味しいけど!」


「ありがとうございます。いっぱい食べて下さいね!」


「チェルファーナの方は仕事は順調なのか?」


ウーシアからの質問は俺も気になるところだった。


「まぁおかげさまでね。エレベーターだの巨人転ばせ以外にも結構お仕事貰ってるわ。ジュンヤのゴーレムより耐久度は高いしパワーもあるから単純な壁役として私のゴーレムを選ぶパーティもいるみたい。何組か私とジュンヤのゴーレム両方を使い分けてるってのもいたわよ」


「本当か?それは知らなかったな」


随分とリベラルでバブリーなパーティもいたものだ。ゴーレムだって安い買い物では無いはずなのに。


「冒険者って儲かるのかねえ」


「そりゃ命がけで潜っているんだからそれなりの見返りはあるんじゃないの。ウェインもこの前宝石で装飾されたカースドアーマーを倒してだいぶ儲かったって言ってたし」


「魔物そのものもお金になるんですね」


「竜の鱗や角は凄く高く売れるんですって。ドラゴンなんかそうそう出ないけど他にも毛皮が綺麗な魔物や魔鉱石を体内に溜め込んでいる魔物は人気みたいよ」


「なんだか人間の方が凶暴な略奪者みたいに聞こえてくるな」


ウーシアの言葉に俺もうんうんと頷いてしまった。迷宮ビジネスモデル恐るべし、である。


「お客が増えてきたから私も従業員欲しいなぁー。市長に頼んでみようかしら」


「わがままな経営者の所にはいい社員は集まらないぞ」


「私そんなワガママじゃないもん!」


バンバンとテーブルを叩きながらチェルファーナが反論した。


「やめてくれテーブルが壊れる」


「ご主人さまは少し女の子に優しくするのを覚えた方がいいですね」


食後の冷たいカフェオレをみんなに配るリティッタにも怒られた。俺はそんなに粗忽者だろうか。


明けて翌日、溜まっているゴーレムの修理をしていると少し予想外の来客が訪れた。


「ごきげんようジュンヤさん」


「リュネさん。どうも、お久しぶりです」


前に聖水射撃ゴーレムを納品したシスターのリュネさんだった。少ないですが、と渡されたカゴには粒ぞろいの綺麗な葡萄の実が入っていた。


「すいません、こんな美味しそうなものを」


「いえ、この前のお礼も充分に出来ていませんでしたし……申し上げにくいのですがまたお願いしたいこともありまして」


「お伺いしましょう」


俺はカゴをリティッタに預け、シスターを商談用のテーブルに案内した。


「実は市長からの依頼で、例の地下50階の居住地に魔物避けの結界か何かを用意できないかと」


「ああ、俺もそんな話をしているのを聞きました。何かいい手はありますか?」


シスターリュネは少しだけ水で口を潤してから俺の顔を見た。


「手段はあります。迷宮の休憩所には入り口の所に神聖文字を書く事で魔物を入れないようにしています。今回も同じような事ができると思いますけど、五つの階段の他にも地下に続く穴があるらしく、居住地全体を神聖文字の結界で囲むのが一番安全……なのですが」


「そりゃあ……結構な大仕事になりそうですね」


昨日見せてもらった地図の様子では相当な面積を居住地にする予定らしい。それこそべタな例えだが東京ドームがすっぽり入るくらいはあるんじゃなかろうか。


「はい、そこでご相談なのですが……ジュンヤさん、字の書けるゴーレムというのはお願いできないでしょうか」


「字を書くゴーレム?」


また突飛な依頼が舞い込んできた。流石に俺も自動筆記が出来るゴーレムは作ったことがない。


「私たちだけではこの広さを防御する結界を書き切るのはとても一か月とかでは無理なものですから……」


「そういうゴーレムを作ったことは無いんですが、そもそもどうやって文字を残すのですか?地面をスコップか何かで掘るとか?」


「いえ、聖なるペンキを使います」


「「「聖なるペンキ」」」


俺と後ろで話を聞いていたリティッタとウーシアの三人の声がハモった。そんな安いRPGのイベントアイテムみたいなのが実在するとは思わなかった。


「教会で清めた薬草と水を使って作った塗料です。最初のものは雨とかですぐ流れてしまうものでしたけど、数年前に地球の技術を流用して剥がれにくい丈夫なペンキが作れるようになったんです」


地球技術バンザイだな。とりあえず俺は納得して自動筆記ゴーレムについて考えてみた。


「速度がそこそこでいいなら作れるかもしれません。結界を書くには何種類くらいの文字を使いますか?」


「おおむね20くらいです。繋ぎ目に難しい字を使いますがそこだけなら私たちが書いても良いので、大量に同じ字を書く部分をやってもらえれば……」


戦闘用でないなら装甲もいらないしなんとか作れるかもしれない。修理のゴーレムが溜まっているのは気になるが断ると市長からまた文句を言われそうだし、俺はこの件を受ける事にした。


「わかりました。やってみますので結界文字の一覧とそのペンキのサンプルを少し持ってきてもらえますか?それに合わせた筆……か刷毛かな?を作りますので」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


何度も頭を下げて帰るリュネさんを見送ってからリティッタがボソッと俺に尋ねた。


「ペンキで字を書くゴーレムなんて作れるんですか?ご主人さま」


「たまには自分の主人の腕を信じたらどうなんだ」


「そりゃ、今までの実績からしたら万能ゴーレム職人って言われてもおかしくないと思いますけど……おそばで面倒を見ていると、どうしてもそんな風には見えないんですよね」


クスクスと年上の女みたいに笑うリティッタを叩く事も出来ず、俺は深い深いため息をついた。




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