1-55 地下50階:後編
「と、大見得切って帰ってきちゃったんだが、正直自信は無いんだよな」
「駄目じゃないですか」
リティッタの作ってくれた玉ねぎとホワイトラディッシュのスープパスタを食いながら、俺はまぁなんとかなるべとリティッタに返事した。
「ダンナさまの発言はいいかげんで時々本当に不安になる事があるな」
「まともな商売人のセリフじゃないですよね」
従業員二人が冷たい目線でそんな事を言いやがる。
「失敬な、ウチはちゃんと顧客の要望に応える優良企業だぞ!」
「そういう事はしっかり今回のヤマを越えてから言って下さい」
(社員が冷たいよ、母ちゃん)
久しく見ていない母親の顔を思い出しながら俺は呟いた。手紙でも出せればいいんだが。しかしまぁ成人して実家を出て以来ロクに電話もしていないので、案外俺が地球から失踪してしまっていることに気づいていないかもしれない。ウチの家族は基本独立独歩なのだ。
そんな事より目くらましだ。前にビッグアイを倒すために激しく発光するハンマーを持ったゴーレムを作ったことがあった。相手が目に頼った索敵をしているのならば同じ方法が使える可能性は高い。しかしかなり背の高いゴーレムの目の高さに届くチェーンを振り回すならそれなりの大きさのゴーレムを作る必要がある。
(そんなデカいゴーレムを目くらましの為だけに作る……?たった二つのハンマーで上手くいくかどうかもわからない。何か違う、何か別のもっといい方法がありそうな……)
ゴーレム職人として培ってきた経験が俺の脳内に囁きかける。もう少し別の方法を考えた方がいいと。パスタを食い終わった俺はコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「ちょっと散歩でもして気分転換してくるわ」
「じゃあ川の方がいいかもですね。今綺麗ですよ、きっと」
「綺麗?」
行けば分かりますよ、というリティッタの言葉に取りあえず従い、俺は近くの川へ足を向けた。あのボゥリフの為に魔法ゴーレムを作った時、アイスワンドのテストでチェルファーナがガチガチに凍らせた川だ。氷自体は半日くらいで溶けたのだが水が使えなくなったと市庁舎に苦情が集まって、後でマーテにえらく怒られてしまったのを思い出す。
「そんな事言ったって凍らせたのは俺じゃないしなぁ……と、あれか」
三つの月が夜空に輝くその下で、川の上では光の粒子が美しく舞っていた。
(これは……ホタルか)
手に取って見ることは出来ないが光の軌道からホタルに近い昆虫だとわかる。地球のホタルと違い白、黄色、緑に青と光の色が違い見ていてより面白い。周りを見ると静かにホタルを楽しんでいる市民や冒険者たちの姿も見えた。俺もしばし土手に座ってホタルのイリュージョンを楽しむ。
(こうやってのんびりするのも久しぶりだな)
思えばノースクローネに来てから目の前の仕事に追われてばかりで、他の事なんか何も考える暇が無かった。少しはこれから先……この世界での俺の将来についても考えてみてもいいのかもしれない。リティッタやウーシアにももっといい環境をあげたいし。
「ま、それもこの仕事を乗り越えてからの話なんだが……そうか!」
リラックスしたのか、疲れて鈍っていた俺の思考回路が急に回転を始めたらしい。バッと起き上がり閃いたアイデアを忘れない様に必死に脳内のメモ帳に刻みながら工房へとひた走る。
「サンキューなリティッタ!」
「ひゃっ!?」
ドアを開けるなり、いきなり駆け寄って抱きしめられたリティッタは酸欠の魚のように口をパクパクさせている。俺は構わずにそのポニテの頭をなでなでしてやった。
「どうしたんですか一体!」
「ホタルを見てたらいいアイデアが浮かんだよ。リティッタのお陰だ」
そこまで言うと、ぽんと持ち上げていたリティを置いて作業場に走る。図面用紙を広げ、四隅にピンを止めペンを取り、新しいゴーレムのフレームを描き出した。
(『ラッヘ』フレームの流用じゃダメか。荷物運びゴーレムのフレームを改造しよう。背面荷重とのバランスに気をつけて……“目くらまし”はいくつ積めるか……)
ほぼ新規の設計だが、あまり悩まずにペンを進めることが出来そうだ。本体はシンプルに、背中の“カーゴ”とそこに積載するパーツ……と計上していくと結構な材料がかかりそうだ。いいや、市長に全部まとめて請求だ。
設計に没頭して、基礎設計が終わる頃には朝になっていた。よくある事なので最近はリティッタも俺をほっといて勝手にベッドに入っている。冬でも無いので風邪をひく心配も無い。心配なのは体力だけだ。
「また徹夜したんですかご主人様」
リティッタが朝のコーンスープとクロワッサンを持ってきてくれた。珍しく白イチゴまでデザートについている。
「街の一大事だからな。頑張って作らないと。今夜からはリティとウーシアも忙しくなるぞ」
「まったく、ここに来てからのんびりできた日なんて数えるほどしかないですね」
「俺も昨日ホタルを見ながらそんな事を考えてたよ」
朝飯を食ってから市庁舎に行き、市長とラドクリフと作戦を詰める。マーテにはバーラムにエレベーターケーブルを多めに作ってくれと伝えるために鍛冶ギルドに行ってもらった。ジグァーンを転ばせるためのものだ。作り方は同じだから悩む必要は無いだろう。
「討伐隊には全員弓矢を持たせる。目くらましの直後に一斉に全部撃ってからチェルファーナのゴーレムの引っ張ったケーブルで足を引っかけて転ばせ、そこに全員で接近戦だ。ラドクリフ、矢に強化魔法をかけておくことはできるか?」
「『暁のアウロ』にいる魔術師のユユリならできるはずだ。結構カネにがめついから市長にはまた泣いてもらわんといけないけどな」
「ジグァーン討伐の末に市の財政も共倒れになるかもしれんな」
市長の泣き言をよそに俺は雑に人の形を描く。殺人事件の被害者の形みたいなアレに近い。
「巨人がこう倒れたとして、まぁこういう風に倒れるとは限らんがどこからどの部隊が切りかかるか決めた方がいいな」
「腕班とか足班と決めるよりは、5つのチーム位に分けて各リーダーの指揮で攻撃するのが安全だろう」
俺のアイデアをより現実的な方にすぐ修正してくれるラドクリフ。やはり彼は頭が良い。
「各員の武器にも強化魔法をかけた方がいいのだろうな」
「ああ、それは各チームに強化魔術の使い手を一人ずつ配置しよう。今回は攻撃魔法の使い手は参加できないが補助や回復魔法ならたくさん必要だ。冒険者ギルドのほうで集めてくれ……ジュンヤ、肝心のゴーレムはいつできる?」
ラドクリフの真面目な視線に、俺は少し気圧されつつも唾を飲み込んで答えた。
「四日くれ。それで完成させられるはずだ」
「わかった。市長、突入は五日後だ。明後日討伐隊への説明をしてから準備をしてもらい各迷宮から20人ずつ出発、それぞれ地下50階を目指す。通信魔法などの準備はしておくからメンバーの選出と手配だけはやっておいてくれ」
「了解した」
ラドクリフと市庁舎を出る。軽くやるか、と街外れの小さな飲み屋に二人して入った。ビールで乾杯をするも彼の顔は晴れやかではない。俺はその顔をあえて見ない様にして声を掛けた。
「よく引き受ける気になったな」
「?リーダーの事か?」
「ああ」
ぐっ、とビールを飲み干して二杯目を頼んでから、つまみの乾燥タコをかじりながらラドクリフは答えた。
「正直やりたくは無かったさ。他のトップパーティのリーダーの方が発言力もあるしカリスマもある。この作戦が上手くいっても、俺にはやっかみしかこないだろうしな……失敗したらそれこそこの街にはいられんかもしれん。しかし最初に集まった時、冒険者全員を公平に扱って一丸で巨人を倒そうと考えている奴は見当たらなかった。だから市長も俺を指名したんだろう。面倒な事さ」
「しかし、だからこそ俺も協力しようと思った」
俺がそう言うと、ラドクリフは今日初めてニコリとほほ笑んだ。
「ジュンヤもお人よしだからな」
「よく言われるよ」
しばし黙る。他に客もいない昼下がりの酒場に、気の早いセミの鳴き声が外から響いてきた。
「……勝てると思うか?」
「冒険者なんか、負ければ死ぬだけの存在さ。覚悟はできてる」
ラドクリフはそう言うが、その目は決して諦めた者のそれではなかった。それで俺も腹を括る気になれた。
「出来る限りの力を尽くす。ラドクリフも辛いだろうが頑張ってくれ」
「ああ、よろしくな」
翌日、ウーシアにはゴーレム本体の部品を作ってもらう。俺は裏庭(最近“試験場”と名付けた)で小さな機械を飛ばしていた。長さ20センチくらいのラグビーボールのような胴体に折り畳み式の翼を持つ飛行機械だ。
「これで巨人をかく乱するんですか?ご主人様」
機械はそれほど早くないスピードで空中旋回を続けている。3回ほども弧を描くとゆっくりと戻ってきてリティッタの手に乗った。
「意外と軽いですね」
「軽くないと空飛べないからな。その軽量化に少し苦心した……ここに乗せてくれ」
右手に小さな鉄骨の様な棒を持ちその先をリティに向けた。飛行機械がその上に乗せられると、パシュ、と小さな空気音をさせて再び舞い上がる。
「テストは良好だな」
「あんなもので巨人さん目を回しますか?」
「そりゃあお前、18機もあんなのが周りを飛べば誰だって目を回すんじゃないか」
「18機!?」
何とはなしに言った俺の言葉にリティッタが目を丸くした。
「ああ、残り四日で作るのは大変なんだがその18機がお互いにぶつからない飛行ルートを考える方が大変でな。パソコンとかありゃあいいんだが言ってても仕方ない。とにかく手を動かそう」
工房に戻り飛行機械を量産する。ウーシアのゴーレムの組み立ても手伝いながら飛行機械の軌道ルートも練り上げなければならない。さすがに18ルートは俺の頭ですぐ組めなかったのでタイミングをずらした9ルートを作りそのルートを2機ずつ飛ばすことにした。メシ風呂トイレ、そして少しの睡眠時間以外はずっと作業場でレンチやドライバーを握っている。リティッタもウーシアも文句を言わずについて来てくれてるのがありがたい。
「生活がかかってるからな」
ウーシアが小さく笑ってそう言う。顎から滴り落ちる汗が豊かな胸の谷間に落ちていった。
「金も大事だが、この街はいい所だ。冒険者の手伝いをすればこの街の生活が楽しめる」
「そうですね、冒険に一緒に行くことは出来なくてもパンを焼いたり宿をやったり皆さんの事を助けることはいろいろありますから」
「二人とも前向きでいい事だ」
それから数日後(おそらく三日後の深夜だと思うのだが寝なさ過ぎて自信は無い)三人の努力の甲斐あってかく乱用ゴーレム『ディスリィ』が完成した。『ラッヘ』系の戦士型よりも一回り大きく、見た目は強そうな『ディスリィ』の外見を見て市長とラドクリフが笑顔を漏らす。
「さすがジュンヤ、頼もしそうなゴーレムを作るじゃないか」
「見た目はそうかもしれんが、戦闘能力は皆無だぞ」
「いいんだよ、こういう強そうなのが味方にいるっていうのはそれだけで」
「それならいいけどさ。ああ、制作費は〆て銀貨で138枚だ。よろしくな」
いい加減金の話はよしてくれと市長は青い顔をするがそうはいかない。リティッタが笑顔で渡した請求書を珍しくイライラとポケットに捩じりこむ市長。ラドクリフはポンと俺の方を叩くとその市長を連れて玄関に向かった。
「冒険者たちの打合せは済んでる。明日早朝に出発だ。しっかり休んでおいてくれ」
「ああ、わかった。よろしくな」
ラドクリフの言葉に今度はリティッタの顔が強張った。そういえば俺も迷宮に行くことを二人には話していなかった。
「ご主人さまも行くんですか?」
「すまん。でもあのチェルファーナも行くんだ。俺だけ街でのんびり待っているわけにはいかない。大丈夫だ、必ず帰ってくるから」
頭を撫でながら安心させるように殊更優しい声で言い聞かせる。しばらくして小さく頷いたリティッタを抱きしめてやってから、俺はウーシアにも頼むな、と声を掛けて寝床に向かった。残念ながらのんびりしている時間は無い、休んで体力を回復させるのもスケジュールの内だ。俺はあえて何も考えないようにしてハンモックに身を沈めた。




