1-50 斧と魔法:後編
翌日、朝の散歩ついでに俺たち三人は『アイスワンド』を持ち近くの川に向かった。杖を川に向けマニュアルを見ながらおもむろに呪文を唱えてみる。
ぷしゅうー。
杖からは使い終わりのスプレーみたいな申し訳程度の冷気が出た。
「あ、あれ?」
「壊れてるんじゃないのか?」
ウーシアの言葉に俺も杖をくるくる回し確認するがヒビや欠損は見当たらない。試しにリティッタに唱えさせてみると、俺よりは少し冷気が出たもののとても何かを凍らせるというレベルでは無い。更にウーシアにも試してもらうもののやっぱりかわりないショボさだった。
「チャージが済んでないのか……もしくはクソ商品を買わされたのかな」
「不良品ならすぐ返金してもらいましょう!くーりんぐおふです!」
「お前も妙な言葉だけよく知ってるなぁ」
呆れながらふと周りを見ると、川べりを散歩している小さな少女と大きなゴーレムの姿があった。俺は手を上げてその少女を呼び止める。
「おう、チェルファーナ。おはよう」
「ゴーレムさんをつれてお散歩ですか?」
俺たちに気づいて近づいてきたチェルファーナの顔は酷く眠そうだった。
「おはよう、タワーのエレベーター用のゴーレムよ。予備が出来たから持って行ってついでに魔力の補充をしてきた所。タワーを開ける前に済ませておいてくれって気軽に言ってくれちゃってあの腹黒市長ったら」
朝から凄い表情で毒づくチェルをまぁまぁとみんなでなだめる。
「それより三人そろってこんな何もない川で何してるの?釣り?」
「まさか」
俺が昨日受けた依頼とマルテの店で買った杖について説明すると、チェルファーナはちょっと見せて、とウーシアから『ビュロのアイスワンド』を受け取った。
「別に異状はないみたいね。ジュンヤの発音が悪いんじゃないの?」
「はつおん?」
俺たちがぽかんとしている前で、チェルファーナは川に杖を向けすらすらと呪文を詠唱する。すると杖から昨日のマルテ以上の冷気が噴出し、一気に川を10メートルほども凍り付かせた。
「うおおお!?すげえ!!」
「誰でも使える一方で、こういう感じで入力の精密さが要求されるって事ね。このタイプにありがちな魔道具の欠点だわ」
はい、と俺の手に返された杖はまだ氷のように冷たかった。
「ちゃんとした威力を出すのなら結構発音は難しいわ。その冒険者に貸してもうまく使いこなせないと思うけど」
「たしかにな……いや待てよ。綺麗に発音が出来れば、つまりチェルファーナと同じ発音が出来れば誰でも今みたいな威力で使えるんだよな」
「そうだけど?」
チェルファーナの返事によし、とガッツポーズをすると俺は杖を握りこんで工房へダッシュした。
「サンキューな!悪いけど後でうちの工房にきてくれ!」
「ちょっと、どういう事!?」
返事はせずに家まで走り作業場に到着すると、俺は昔作りかけのまま放置していた小型ゴーレムのフレームを引っ張り出した。それからマナ・カードにキャタピラ式の足、小さいタイプの魔動力炉も探し出す。
「はぁ、はぁ、一体どうしたんですかご主人さま」
リティッタ達も急いで俺の後を追ってきてくれたらしい。ガサガサと部品を引っ張り出す俺に不審そうに声をかけてくる。
「問題が解決しそうだ。一気に組み立てるから手伝ってくれ」
「なんかわからないが、了解した」
組み立てるのは俺の腰程度の高さしかない小型のゴーレムだ。脚は無く戦車のようにキャタピラで前進し、簡単な動きをするだけの細い腕がついている。とても格闘戦なんか任せられないフレームだが今回の依頼にはこんなものでも充分だろう。
各部分の回路を繋ぎ、これまた申し訳程度の薄い装甲を装備させる。後方支援型でも堅いにこしたことはないけども出力上重い装甲が載せられないのだ。一応雰囲気を重視して魔法使いのローブのような形にしてみた。頭部には魔物を認識するセンサーにマナ・カードを差し込むスロット、そして昔試作した部品を付ける。
「ダンナさま、それは何の機械だ?」
「これはスピーカーって言うんだ」
「すぴいかあ?」
なんぞそれ?という顔の二人の前で、俺はラッパ型の蓄音機を取り出した。
「こいつに言葉を話すと同じように繰り返してしゃべるんだ。まぁ説明するより見せるほうが早い。何か食べたいものをこのラッパの中に言ってみろ」
「この中にですか?ええと、分厚いステーキが食べたーい!!」
「分厚いステーキが食べたーい!!」
リティッタの叫びがすぐに蓄音機から繰り返され、当のリティッタが驚いて50センチも飛び上がった。
「わぁ!びっくりしたー!!」
「相変わらずダンナさまは不思議な機械を作るな」
はっはっはと自慢げに笑っているところにちょうどいい具合にチェルファーナが来てくれた。
「なに蓄音機で遊んでるのよ」
「あ、流石チェル。蓄音機を知ってるか」
「ムトゥンドラで見たことがあるわ……まさか、私を呼んだのって」
俺のたくらみに気づいたようで、チェルファーナは嫌そうな顔をした。
「勘がいいな。頼むぜチェルファーナ先生」
「嫌よ、私の声が知らない所で延々と流されるなんて!」
「そういうわけにはいかないんだ、逃がすなウーシア!」
「わかった」
「いやー!たすけてー!!!」
二日後、ボゥリフが俺の工房にやってきた。
「首尾はどうだい、ジュンヤ」
「バッチリさ。早速だがこっちに来てくれ」
いつも通り裏庭にボゥリフを案内し、依頼されていたゴーレムを披露する。
「こいつはまた可愛いゴーレムだな」
腰くらいの高さの子供の魔法使いみたいなゴーレム『ビテット』を見たボゥリフが感想を述べた。右手に『アイスワンド』を握っただけの見た目で言えば本当に頼りない機体だろう。だがしっかり仕事はできるスペックは実装したつもりだ。
「この杖で魔法を出すのか?しかしゴーレムに呪文が唱えられるのか」
「まぁ見ててくれ」
ゴーレムの前、3メートルほど離れたところには木の樽がありその上には黒オレンジを積んである。俺が魔操杖のスイッチを押し込むと、ゴーレムの頭の中から女の声で詠唱が流れ始めた。
「お、女の声がするぞ」
驚いて怯むボゥリフを他所に詠唱が終わる。すると『アイスワンド』の宝玉が輝き出し、次の瞬間激しい冷気の奔流が樽を包み込む。真っ白い霧のような冷気が辺りから溶けて消えるとそこには凍った樽と冷凍黒オレンジが残った。俺はそれを持ち上げるとボゥリフやリティッタたちに一個ずつ分けた。
「なかなか上手くいったな」
声はチェルファーナに録音してもらった呪文だ。威力を弱中強で使い分けるために何パターンも録音させたので最後はブチ切れて帰ってしまった。しかしおかげで使いやすいゴーレムになったと思う。
「どういう理屈で動いているんだ?」
「魔法のキーワードを言えば効果が出る魔法の杖だ。そのキーワードを録音してゴーレムに再生させる事で疑似的に魔法使いの仕事をさせる。こうすればボゥリフ達も戦いに集中できるだろう」
「なるほど、お前さん冴えてるな」
得心がいったように頷くとボゥリフはオレンジを剥いた。
「中までカチカチだ。これならあのゾンビどもを封じ込められる。いくらで売ってくれる?」
「そうだな、杖だけで銀貨40枚だったから90は欲しいんだが」
「仕方ないな。アイツラがしっかり財宝をため込んでいることを期待しよう」
ボゥリフはそう言うと懐から大銀貨を9枚出した。最近市庁舎が流通させ始めた新しい硬貨だ。どうも街の銀の流通量が厳しくなってきたらしく、市長がその価値を保証するという形で発行しているが、他の街では使えないということもあり冒険者からはまだ敬遠されている。俺も近いうちに宝石か何かに換金しておこう。
「じゃあコイツは持っていくぜ。ありがとな」
「ああ、頑張ってやっつけてきてくれ」
『ビテット』を伴ってボゥリフは冒険者ギルドの方へ向かっていった。後日聞いたところによると無事にゾンビの群れは制圧できたらしいが、他の冒険者から魔法に頼ったと噂されるのが嫌なため普段は『ビテット』に手斧を持たせて連れているそうだ。




