1-49 斧と魔法:前編
「草原迷宮の攻略ははもう地下40階くらいにまで進んでいるそうです」
「本当か?そりゃすげえな」
俺はジェフと連れ立って、最近オープンした『マダムタミキ』というパスタ屋に来ていた。味はそこそこだが量が多くて揚げポテトやミートボール、サラダなどサイドメニューも安くついてくるのが魅力的な店だ。昼に食えば夕飯がいらなくなるほど腹がパンパンになる。今日も金のない冒険者で店がいっぱいだ。
「少し前に30階辺りでみんな手こずってたのがウソみたいだな」
「下に行くにつれて少しだけ迷宮が狭くなっているみたいなんです。それに市長の冒険者支援プロジェクトもだいぶ効果的みたいですね」
「いろいろやらされてきたからなぁ」
思えば半年前、市長からの手紙を読んでこの街に来たのが始まりだった。あの時はこんないろいろな仕事をやらされるとは思っていなかったが。
「それでも先に行くにつれて物理攻撃が全く効かないとか六本の腕で激しく殴りかかってくるクマとか手ごわい魔物も増えてきていますけど」
「こええなオイ。で、ジェフ達はどうなんだ?」
最初に会った時はまだ駆け出しの冒険者だった彼らも今では中堅で頑張っていると聞いている。ジェフ達ははぐれてしまったりケガで動けなくなってしまった冒険者の救出の依頼が多くなかなか本業の探索が進まないと聞いているが、それも人の良いリーダーのジェフの人徳だろう。
「相変わらず人助けが多いですね。一度そう言う噂が立つとみんなウチに依頼に来るみたいで」
「商売なんてのはそんなもんだよなぁ。最近じゃ普通の戦闘ゴーレムはチェルファーナの方に依頼に行って、変なゴーレムは俺のところに作ってもらおうって奴ばっかりだよ。こないだも迷宮の中で料理が作れるゴーレムとかワケわからん依頼が来たし」
「それでもちゃんと依頼に応えるからジュンヤさんは凄いですよ」
「たまたま上手く行ってるだけさ。出来れば剣士顔負けの戦闘ゴーレムなんか打っていきたいんだけど、なかなか難しくてな。ジェフ達もそろそろウチのゴーレム買ってくれよ」
「考えときますね」
軽くかわすジェフを前に食後のお茶を飲んでいると、俺たちの横に一人の男……冒険者がやってきた。
「ゴーレム職人のジュンヤってのは、アンタか?」
禿頭で歳は30くらいか。背はそれほど高くない、170前後だろう。かわりに肩幅が凄く、特に肩周りの筋肉がヤバい。一目で重い武器を振り回す戦士とわかった。
「ああ、アンタは?」
「『キャストールの斧』のボゥリフという。荒野迷宮で困った手合いに遭ってな。力を借りたいんだが」
粗野そうに見えてなかなか落ち着いた口調だ。俺は頷くとベルトの小物入れから名刺代わりの地図が書いてあるメモを渡した。
「もうすぐメシが終わるところでね、そしたら工房に帰るから後でこの地図に書いてあるところに来てくれないか?」
「わかった、よろしく頼む」
そう言ってのしのしと店を出ていくボゥリフ。その筋骨隆々の背中を見ながら俺はこっそりジェフに聞いてみた。
「知ってるか?」
「はい。そこそこベテランですが変わっていて、斧戦士三人でパーティを組んでいる人たちです。その中の一人が回復魔法を少し使えるようですが、とにかく斧の破壊力に信頼を置いていて魔法使いとか全然仲間に入れないとか」
「ふうん」
冒険者としてポリシーがあるのはいいことだと思う。ポリシーに縛られて命を落としては元も子もないが。
「どんな依頼なんだろうな」
「さぁ……大方その魔法絡みなんじゃないですかねぇ」
ここで聞いてもいない依頼の事を考えても仕方がない。俺はお代を置いて先に帰ることにした。
「じゃあまたそのうちにな」
「はい、冒険から帰ったらまた顔を出しに行きます」
工房に帰るとドアの前にさっきのボゥリフが突っ立って待っていた。どうもあれからまっすぐここに来たらしい。
「待たせてすまなかった、入っていてくれればよかったのに」
「いや、気にするほど待っていた訳でもない」
中に案内してリティッタにコーヒーを頼む。メモ帳を片手にテーブルの向かい側に座ると、ボゥリフは眉根に皴を寄せながらぽつりぽつり話し始める。
「荒野迷宮の37階を進んでいたんだが、魔物の群れが道を阻んでいてな。手を焼いておる」
「どんな奴なんだ?」
「一言で言えばゾンビみたいな奴らだ。しかし武器で叩いたり切ったりしても再生してしまう。再生を防ぐには魔法で攻撃しないといかんのだが、俺達のパーティには戦士しかいないのだ」
ゾンビか。それだけ深い階層にいるという事は結構上級の魔物なんじゃないだろうか。
「じゃあ魔法使いを臨時に雇うってのは?」
「俺たちのパーティは長い間魔法抜きでやってきてな。同じくらいのレベルの魔法使いの伝手がつかないんだ。今更魔法に頼るのも周りの目が気になるしな。」
「斧が大好きなんだって?」
「聞いていたか、なんだかんだ斧は強い。剣より頑丈だし重さで破壊力もある。まぁそんなこだわりのせいで今回苦労しているんだが……なんとかならないか?」
どうにも厄介そうな話だ。だがこの困った顔で話す朴訥な中年冒険者の相談を簡単に断るのも気が引ける。俺はもう少し話を聞いてみることにした。
「攻撃魔法ならなんでもいいのかな」
「調べたところ火でも電撃でも効くらしい。一番効果があってこちらも安全なのは氷系魔法のようだ」
「氷?」
アンデッドには炎と思い込んでいたので少し面食らってしまった。アンデッドの再生が細胞の活性化によるものならば低温化してそれを鈍らせればいいという事か。それに地下空間では炎で酸素を消費するよりは氷の方が安全性は確かに上だ。
(相手を凍結させられる方法があればいいということかな)
「だいたいわかった……今すぐ出せるゴーレムは無いけど5日ほど時間をくれないか。対策を考えてみる」
「頼んだ。期待しているぞ」
パスタ屋で見た時と同じようにのしのしとボゥリフが帰っていくのを見送ってからリティッタが聞いてくる。
「なんかアテでもあるんですか?」
「俺が魔法使えるゴーレムなんて作ったことあったか?」
「無いです。だから聞いてるんじゃないですか」
俺もその言葉に苦笑いして肩をすくめた。
「こういう時は例の店に行くしかないだろ。留守を頼んだぞ」
そう言って俺は財布を持ってまた街に出た。小一時間ほど歩き街の東側、少し寂れた商店街の端にある小さな店……メルテの魔道具屋に入る。
「あら、いらっしゃい。久しぶりね」
狭い階段を下りた先には、相変わらずだらしない格好で煙草を燻らせているメルテがいた。前にも増してごっちゃりと魔法の道具やら呪いの巻物なんかが散らかっている。
「また随分と商品が増えてるな」
「そうなのよ。冒険者のお兄さんたちがどんどん迷宮から拾ってきたものを売りつけて来るから大変。そのうちにまとめて他の街に出荷しないとお店が潰れちゃうわ」
「じゃあ知り合いの商人を紹介するか?結構遠くまで行商に行く人だから全部処分してくれると思うぞ」
「そう?助かるわぁ。で、今日は何のご用?」
俺はかくかくしかじかと事情を説明した。
「つまり氷とか冷気の出る魔法の道具が欲しいの?」
「話が早くて助かる」
「ちょっと待ってね、確か少し前に一個入荷したような……あったあった」
彼女が取り出したのは、やはり埃まみれの一本の杖だった。俺の腕位の短い持ち手に先端に水色の大きな宝石が付いている、まさしく魔法使いの杖といった風体の代物だ。
「これはねー『ビュロのアイスワンド』って杖で、呪文を詠唱するだけで魔法の素養が無い人でも氷魔法が出せるというとても便利なマジックアイテムなのよ。ビュロって言うのはこの杖を作った古代魔術師みたい」
「ふうん、どのくらい魔法が出せるんだ?」
「ちょっと待ってね、ここに鑑定書が……ええと大体一日に20回くらい。一定回数使うと丸一日休ませなきゃいけないみたい」
リチャージ式か。20回も撃てればゾンビの群れは対処できるだろうか。
「威力はどんなもんなんだ?」
「見てみる?呪文はここに書いてあるから……」
そう言いながらメルテがゆっくり二秒くらいかけて丁寧に呪文を唱えると杖の宝石が輝きだし、店の中の空気が明らかに下がるのが肌で感じ取れるほどになった。そしてその杖の先端がこちらに向いている。
「あぶねぇ!」
動物的な直観に動かされ、俺は素早く床に這いつくばった。直後、杖から強烈な冷気が発射され俺の背後の壁が一面氷漬けになる。その威力にビビりながら、何か頭に違和感を覚え手をやった。
(ん?)
髪の毛が冷たくガチガチに固まっていた。今の冷気で変なアニメキャラみたいな髪型で凍らされている。俺は怒りと恐怖でカウンターに両手を叩きつけながらメルテに怒鳴りつけた。
「おいこら何しやがる!いつもいつも適当に魔法をぶっぱなしやがって!」
「まぁまぁ、見た所特に命に別状はなさそうだし。ちょっと待ってね今解凍できる道具を探すから」
「いらん!とにかくこれは貰っていく!銀貨30枚でいいな!」
「ええええー!こんなに便利な杖は他にないんだよ!?もう少し、ね、もう少しお願い!」
その後泥沼の値引き合戦の結果、氷の杖『ビュロのアイスワンド』とマニュアルを銀貨39枚で買い取った俺は街の住民の視線を一身に浴びながら自分の工房へ帰り、速攻で風呂に飛び込んだ。




