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1-4 リティッタ


 「さて」


 最初の報酬をもらってから今後の事を考える。貯金もあるし商売は何とかなりそうだが掃除やら雑務やらが忙しすぎる。メシを作る時間も惜しいが食事を抜いていい仕事はできない。売り上げと経費をちゃんと計上する必要もある。ただゴーレムを作っていればいいというわけにはいかないようだ。俺はしばし思案した。


 「……人を雇うか」


 椅子から立ち上がると俺は簡単に身支度をし、店に“休業中”の札をかけ家を出た。


 普通にお手伝いさん的な人を雇う手もあるが、どうせなら仕事を手伝ってくれる人が良い。ゴーレムの部品の中でもまっすぐなフレーム作りやボルト締めなどは初心者でもやりやすい仕事だ。どうせなら炉もあるので鍛冶が出来る人が来てくれるとありがたい。


 という事でとりあえず鍛冶ギルドに足を向ける事にした。もしかしたらギルドの端っこで暇してる人もいるかもしれない。

 鍛冶ギルドは冒険者ギルドから比較的近い市街地と商店街の間にあった。4本の大小の煙突から煙がのびているのを見ると、どうも暇を持て余してるような人はいなさそうだ。


 (ここまで来て手ぶらで帰るのもな)


 ダメ元で入口のドアを開ける。中ではガタイのいい男たちがカンカンと寡黙にハンマーを振るっていた。鉄の焼ける熱気が目に染みる。


 「客か?」


 その中から一人、髭もじゃのゴリラみたいな大男が俺の方へ歩いてきた。多少の事ではビビらないと思っている俺もその威圧感に少し気圧される。


 「最近この街に越してきた。街外れでゴーレム屋をやっている」


 自己紹介をしながら握手を交わすと大男は、おお!と相好を崩した。


 「先週だかに広場で暴れた鎧を叩きのめしたっていうゴーレム使いか。冒険者顔負けの活躍だったらしいじゃないか。あちこちの酒場で噂になってたぞ」


 大男はバンバンと俺の肩を叩きながらバーラムと名乗った。この鍛冶ギルドの現場監督をしているらしい。


 「ンで、今日は何用で来たんだ?」


 「実は店を始めたんだがまだ俺一人で……できれば鍛冶や計算が出来る人手が欲しくてやってきたところなんだが」


 改めて作業場の中を見渡すが、どうにも暇そうな人間は見当たらなかった。


 「見ての通りウチもなかなか忙しくてなぁ」


 「みたいだな……他を当たるよ。邪魔して悪かった」


 そう言って鍛冶ギルドを出ようとする俺の肩をバーラムの太い指がおしとどめた。


 「ああ、ちょっと待ってくれ。細かい作業が得意で計算の出来る奴なら派遣してもいい」


 「ほんとか」


 バーラムは俺に少し待つように言うと奥の方へ向かった。が、しばししてのしのしと一人で戻ってくる。


 (その本人に断られたか?)


 とか考えていると、バーラムの後ろからひょっこりと小さい顔が出てきた。大きい瞳と艶のある栗色の髪の毛が印象的な、12、3歳くらいの女の子だった。


挿絵(By みてみん)


 「リティッタだ。小さいが元気で良く働いている。鍛冶は無理だが家事は得意だ」


 (ダジャレかよ)


 「あ、ゴーレムの人!」


 呆れながら俺が自己紹介する前にリティッタという娘は俺の顔を見て声を上げた。そういえばどこかで見覚えのあるような。


 「……ああ、あの時子供を助けた子か」


 「そうです!先日は助けていただいてありがとうございました!」


 ぺこりとお辞儀をするリティッタ。結構礼儀正しい子のようだ。見た所怪我もなさそうで何よりである。


 「そういやお前、助けられたんだってな。これも何かの縁だ。ジュンヤの所でご奉公してこい」


 「わかりました」


 なんか勝手に話が進んでいる。来てくれるのはありがたいがこの子に鍛冶や力仕事はさせられないだろう。


 (まぁ……今すぐは断りにくい雰囲気だし、ダメならダメで後で突っ返すか)


 出来るだけ穏便に人生を送るのが信条の俺はとりあえず流れに乗る事にした。


 「じゃあちょっと預かってみる。1日いくらで働いてもらえる?」


 「そうだなぁ、とりあえず銅貨2ってとこでどうだ」


 (2!?)


 いくらなんでも安すぎるんじゃないかと思ったが二人ともそんなに不思議そうな顔はしていない。


 (こないだの飲み代が確か一人銅貨4だった気がする。俺は払ってないが。それを考えるとちょっと安すぎる気がする……が)


 本人たちが問題無ければとりあえずそれで話を進めてみるか。あとで少しこの娘と話をしてみてもいいし。


 「じゃ、じゃあそれで……」


 「よし、それじゃあこれからジュンヤの店に行って仕事をしてみろ。難しかったりもう少し貰ったほうがいいならまた話をしよう」


 「わかりました親方」


 そんなわけで俺は元気少女なリティッタと鍛冶ギルドを後にした。









 「ここが俺の店、兼住まいだ。数日前から借りて住んでいる」


 「はー、古いけど広いし素敵なお家ですね」


 パタパタと工房に入っていくリティッタを少し速足で追いかける。珍しいのはわかるがそのへんのものを勝手に触ってケガなんかしないでほしい。


 「1階は全部作業場、2階が寝床とかキッチンとかだ。リティッタにはこの作業場で細々した部品の整理や道具のかた付け、それからゆくゆくは経費の管理なんかもやってもらうかもしれない」


 「なるほど。お2階を見てもよろしいですか?」


 「ん?いいけど大して変なものは無いぞ」


 むしろ引っ越して以来荷ほどきもしていないようなものがゴロゴロしているだけだ……と思いながら見送ると、リティッタはすぐにバタバタと階段を駆け下りてきた。


 「ご主人さま!ここ掃除したのはいつですか!!」


 息を乱しながら半ばにらみつけるような目で見るリティッタに少しビビリながら俺は両手を挙げた。


 「い、いや引っ越してからちゃんと掃除してない……。仕事が無い時にまとめてやろうと思ってて……」


 「あんなホコリやクモの巣まみれの部屋で寝てたら病気になりますよ!それに今日のご飯とかはどうするんですか?」


 「て、適当に街でパンとハムでも買ってこようかなと」


 気迫に押されそう答えると、リティッタは肩を怒らせながら怒りを爆発させた。


 「そんな雑な事ではちゃんとやってけませんよ!見た所お一人暮らしで奥様もいらっしゃらないようですし、不摂生な生活、雑な経理ではいけません。とりあえずお掃除から始めさせていただきます。ご主人さまは作業場の整頓をお願いします」


 「は、はい」


 少し荒い足音を立てて二階に上がっていくポニーテールをぼーっと見送ってから俺は気を取り直し工房の整理を始めた。確かに仕事しっぱなしであちこちに道具やネジが散乱しっぱなしであまりビジネス的にはよろしくない環境だ。


 ざっと1時間以上。なかなか終わらない片付けをしていると二階からリティッタが降りてきた。


 「ご主人さま、お昼ご飯を作ってきますので少し家に帰りますね」


 「家?」


 そういえばどこで暮らしているのかを聞くのを忘れていた。


 「はい、割と近くの織物屋さんに下宿させてもらっているんです。簡単なものしか用意できませんが少し待っていてください」


 「わかった、頼む」


 俺はなんだか家政婦をやとった気分になってきた。続けて掃除をしていると三十分くらいでリティッタが帰ってくる。作って来てくれたのは長さ20センチくらいの大きなパンに野菜と鶏肉を挟んだサンドイッチだった。


 「こりゃあすげえな」


 「この大きさならご主人さまも満腹になると思いまして、一番大きなパンを持ってきました」


 腹も減っていたので手を洗ってから早速頂いてみる。胡椒やチーズが入っていて美味い。こっちの世界ではまともに手料理なんか食って来なかったのでなんだか幸せな気分になる。


 「お口に合いますか?」


 「美味いよ。ありがとう、昼飯代は別に払うから安心してくれ」


 「わ、そうしてもらえると助かります。ありがとうございます」


 今月もお家賃がギリギリで、と頭を下げるリティッタ。なかなか苦労人なようだ。


 「どのくらいウチで仕事してくれる?一日おきでもいいけど」


 「お給金もらえるなら私は毎日でもいいです」


 ニッコリとしたたかに営業スマイルするリティッタ。


 「でも朝は織物屋のお手伝い、夜は鍛冶ギルドでお夕飯と洗濯の仕事があるのでお昼だけ働かせてもらえるととても助かります。朝はそんなに大変じゃないですが鍛冶ギルドのお仕事が大変で、夜洗った洗濯物を朝一で干しにギルドに行かなきゃいけないですし」


 「メシと洗濯か……結構疲れそうだな」


 自分は家事がさっぱりなので大変そうだなぁという想像しかできないが、リティッタは拳を握って力説する。


 「そうなんです!みんなバカみたいに食いますしめちゃくちゃ汚しますし!毎晩クタクタなんですよー」


 急に目の前の子どもがオバサンみたいなイメージになってきた。それはともかくなかなか面倒な人を採用してしまったのかもしれない。こっちとしてはヒマでしょうがないフリーターの方が都合がいいのだが、しかしリティッタは結構働き者のようだし料理も得意そうだ。あのサンドイッチはまた食べたいと思ってしまう。


 (これが、胃袋を掴まれるってヤツか)


 気をつけよう、と思いながら俺はリティッタを採用する事にした。


 「わかった、とりあえずウチで働いてもらおう。とりあえずは二日に一日でいい。給料の銅貨2枚っていうのはリティッタとギルドで1枚ずつ?」


 「そうなると思います。私が鍛冶ができないからって、安すぎますよね」


 「確かにな。なのでこっそりリティッタには銅貨1枚を追加でプレゼントしよう。報酬じゃないからギルドとは折半しなくていいぞ」


 「えっ、でも……」


 唐突な話にリティッタが戸惑う。しかし俺はさすがに1日銅貨1枚で人を雇っていいとは思わなかった。ブラック企業にはなりたくない。


 「いいんだ、メシもたまに作ってもらいたいし。ああ、材料費は別に出すから安心してくれ」


 「ご主人さまはいい人ですね」


 そう言って子猫のようにクスっと笑うと、リティッタはよろしくおねがいしますと頭を下げた。俺は心強い味方を得られたようだ。



 

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