1-35 新たなゴーレム職人:後編
「なんだか隙間風が増えた気がする」
俺はゴーレムの関節に油を挿しながらチェルファーナが魔法で直した壁を見てボヤいた。リティッタが食事の準備をしながら俺に一言告げる。
「気のせいじゃないですか。前もこんなでしたよ」
「そうかなぁ。お、今朝は焼き魚か」
ウーシアが釣って来てくれた湖の白身魚だ。ゆずに似た柑橘の果物をかけて食べるのが通らしい。
「私が魚を釣っている間にそんな面白い事があったのか」
朝帰りのウーシアは完全に他人事のように笑った。まぁ現に壊されたところはちゃんと直っているので問題はないのだが。
「私も魔法を見るのは初めてじゃないですけど、あんなに早く壊れた所を修復できる魔法使いさんは初めて見ました」
「マテリアルゴーレム師は魔法で素材を変形させたりくっつけたりするからな。ああいった復元の魔法は得意なんだそうだ」
そうは言いつつも俺もあの娘の技術には内心舌を巻いた。さっさと追い返してしまったのでじっくり観察する暇はなかったがあのアリなんとかという大きなゴーレムの完成度も高かったように見える。あれを16歳で作れるのなら、この先もっと優秀なゴーレム職人になるに違いない。地方で活動していた師匠に1年ちょっと学んだだけの俺ではすぐにおいて行かれるかもしれない。
「俺も油断せずに修業しなきゃなぁ」
手を洗い、焼き魚をほぐし冷ましながら食べる。白身の肉はカレイのような食感でとても美味い。
「チェルファーナさんのゴーレム、人気出ちゃいますかね?」
「どうだろうな。前も言った通りマテリアルゴーレムは不器用だしスピードも遅い。体重も重いから不安定な足場は踏み抜いてしまうなど迷宮探索には不向きと言われている。あの娘がどこまで優秀な小型のゴーレムを作れるかが勝負なんじゃないだろうか」
「迷宮探索ってのも、いろいろ大変なんだな。ワタシは剣や盾を作っている方が性に合いそうだ」
ウーシアはそう言って一気に魚を食べつくしてしまった。食い方もライフスタイルも男らしいと言うかワイルドだ。そこが彼女の魅力でもあるが。
「俺だってそうだ。一度迷宮に潜ったができれば二度と行きたくない」
そんなこんなで俺たちは少し仕事が減る事を期待しながら数日を過ごした。しかし、現実はそう甘くなかったのである。
「ぜんぜん仕事減りませんね……」
リティッタが半分寝言のように喋る。可哀想にまだ若いのに目の下にはすっかりクマができてしまっていた。ウーシアも鏡の中の俺の目も同じような感じだ。
「ステーキ……ハンバーグ……エビグラタン……」
そのウーシアは呪文のように食べ物の名前を呼びながらハンマーを振るっている。食べる寝る働くの3つのルーチンだけをこなす機械の様だ。俺も次から次へとゴーレムを組み立てているがそろそろ手元が危なっかしくなってきている。
(なんで全然客が減らないんだ……?)
チェルファーナが俺の工房をぶっ壊してから6日は経ってる。アイツがサボッてるのでなければ少しは客が流れたっていいはずなのに全くそんな傾向が無い。今日も今まで売ってきたゴーレムのメンテナンスや武器の更新でてんやわんやだ。
「今日はさすがに早めに切り上げよう。そして明日は昼まで半休だ。二人ともゆっくり寝てくれ」
「ご主人さまはどうするんですか?」
「俺は夕飯ついでに酒場を回ってあの小娘の評判を聞いてくる。もしかしたらなんかやらかしてるのかもしれないが、アイツが素直に事情を話すとは思えないしな」
普段なら飲み過ぎは良くないとかどうこう小言を言うリティッタだが、今日に限っては疲れの方がピークに来ているせいかわかりました……とだけ眠そうに答えた。
閉店の看板を掛け、二人を残し街に出る。まともに飲み屋街に行くのも本当に久しぶりだ。体は疲れているが、いい気分転換になりそうだと思い俺は通りの喧騒と匂いを楽しみ始めた。
久しぶりに串焼きの飲み屋『鈴鳴島』亭に入る。安くてそこそこの味でいつも街の住民よりは冒険者でごった返している店だ。この夜も迷宮から帰ってきた連中が席を埋め尽くしている。俺はその中に見知った顔を見つけた。
「ピェチア、久しぶりだな。ヒムも一緒か」
「あらジュンヤ、珍しいわね」
前に盾ゴーレム『ルライア』を買ってくれた二人がのんびりと奥の方で飲んでいたので席に入れてもらう。
「二人だけか、他の連中はどうしたんだ?」
「今日はオフさ。たまたま街を歩いてたらピェチアと会ったんで一緒に入った所。ジュンヤも商売が順調らしいな」
酒で顔を少し赤くしたヒムが、俺にも一杯注いでくれる。ありがとうと言いながら俺は木のジョッキを受け取った。
「順調どころか大忙しさ。今日は気分転換に飲みに来たんだ」
「同業者が来たのに、この街のゴーレム需要は凄いんだねー」
「そこなんだ」
ピェチアの言葉に俺は指を立てた。それから焼いたウィンナーの串を取る。
「ロックゴーレムやアイアンゴーレムを作るゴーレム職人が来たのに、ウチの方はちっとも客が減らない。何か噂になってないか?」
俺の質問に二人はうーんと顔を見合わせた。それからヒムが少し申し訳なさそうに。
「実は知り合いのパーティもゴーレムを欲しがっててね、気を悪くしないでほしいんだがジュンヤは忙しいって聞いていたからその新しいゴーレム屋はどうかと勧めたんだ。でも2、3日後には少し怒りながら、だめだアイツのトコは使えねぇってボヤいていたのを聞いたよ」
「他の冒険者も何人か顔を出したみたいだけど、高いだの納期が遅いだので評判悪いみたい。ゴーレムの出来自体は悪くないみたいなんだけど」
二人がそういうのを聞いて俺はずぅんと胃が重くなるのを感じた。予想はしていたが、勉強しかしてこなかったせいで商売とか客の本音が読み取れないのだろう。
「しょうがねぇな……ちょっとその辺の事を教育してやるか」
「太っ腹だね」
「俺もホントはそんなお人よしじゃないんだが、このままじゃこっちが過労死しちまうからな」
自嘲するように笑ってワインを飲む。
「ジュンヤはおせっかいなのよね、根が」
「よせやい、これでもクールキャラで生きたいんだ」
無理無理、アハハと笑うピェチアに仕返しとばかりふぅと息を吹きかける。体の軽いフェアリーは飛ばされそうになってヒムの髪に捕まった。
「いたた。とりあえず冒険者もギルドもあの娘にはそれなりに期待しているんだ。ゴーレムの有用性はジュンヤがみんなに教えてくれたしね」
「マテリアルゴーレムでも迷宮探索に使えそうかい?」
「砂漠迷宮や荒野迷宮は通路もしっかりしているし広い部屋が多い。アイアンゴーレムの出番は結構あると思う。ウチは熱血ドワーフがいるから買わないけどね」
ニッと笑うヒムにありがとうと返す。
「ヒム達の方はどうなんだ?順調かい?」
「順調よねー。オルデンもケガしなくなったしヒムも魔法の弓を見つけたから、こないだも湖迷宮でポイズングアルを一発で仕留めたのよ」
「そりゃすごい」
ポイズングアルと言えば体長7mくらいの凶暴なワニだ。鱗も固く毒液も飛ばすためみんな苦戦していると聞いたことがある。
「次は17階くらいまで行けるよう頑張りたいな。その前にジュンヤにあの盾ゴーレムの修理を頼みたいんだが。バランスが崩れたのか最近よろめくことがあってね」
「ああ、いつでも持ってきてくれ」
俺は酔いすぎないようにこの辺で切り上げることにした。
「二人ともありがとう。いい情報だったよ」
「どういたしまして」
「またねー、おやすみー!」
翌日、俺はリティを伴ってチェルファーナの家に行くことにした。大きさは俺の工房より少し小さいが、綺麗な白壁を持ついい屋敷だ。ちょっとうらやましくなりながら玄関の方に近づいていくと、家の中から大荷物を持ったチェルファーナとあのでかいゴーレム(ドアはゴーレムが出入りできるよう大きいものに取り換えられていた)が出てきた。二人……というか一人と一台は周りを気にしながらこそこそと歩き始める。
「おい、どこに行くんだ」
「ひゃ!?」
背後から声を掛けるとチェルファーナの小さい体が跳ねた。重そうな荷物を持ってるのに、意外な跳躍力だ。
「な、なによう。ジュンヤじゃない脅かさないで」
「どうしたんですか、お引越しですか?」
リティッタの言葉にチェルファーナはしばらく黙っていたが、やがて首をうなだれてふるふると左右に振る。
「ううん、ムトゥンドラにもう帰るの。市長に謝りに行こうと思ってたとこ」
「ええええ!?」
今度は俺たちが飛び跳ねて驚く。
「だってみんな注文がワガママなんだもん!もっと早く作れとか安く作れとか!無理だって言ったらじゃあ頼まねーよ!とかキレ出すし!キレたいのはこっちだっつの!」
泣きそうになりながらそう怒るチェルファーナ。俺たちはまぁまぁととりあえず宥めることにした。
「お、落ち着いてください!」
「そうそう、とりあえず少し話をしよう。な、いいだろ?おいリティッタ、お茶とクッキー持ってきてくれ」
「わかりました!」
ビュー!と家に走り出すリティッタ。俺はその後もなんとか腰を低くしてなだめすかしてチェルファーナを家に戻すことに成功した。
「なぁ、チェルファーナ。お前の怒りはもっともだ。でも冒険者もみんな生活にゆとりがあるわけじゃないんだ。お金持ちでも無いし、他のパーティより先に迷宮の奥に行きたいと思ってる。だから俺たちのゴーレムを欲しがってるんだ。そこは、わかってくれ」
「……理解はできるけど、私にだってゴーレムを作る時間は必要だもん。材料だってタダじゃないんだし」
「そうだな、お前の言うとおりだ。でもチェルファーナはもう学生じゃなくて商売人なんだ。客の需要には何とかして応える義務がある。それをこなして初めてお金がもらえるんだ。この事を忘れちゃいけない」
俺の言葉がまだ腑に落ちないようなチェルファーナ。まぁ無理もないだろう。俺も新入社員の頃は商売の精神というものはよくわかっていなかった。リティの淹れてくれたお茶を飲みながらゆっくりと続ける。
「要はさ、自分と客の都合の落としどころを決めるんだ。急ぐんなら少し高くなりますよとか、安くしたいなら少し性能は下がりますよとか」
「でも、ハンパなゴーレムを作って評判を下げたくないし……」
「わかる。でもウサギを狩るのに高価なハルバードを使う戦士はいないだろう?客が倒したいモンスターの強さや特徴に合わせたゴーレムを作るのがまず必要だ。一か月かけて超強いゴーレムをつくるより弱くても1日でできるゴーレムの方が価値が出る事もある。世の中はだいたいそんなもんなんだ」
「……」
黙ったままのチェルファーナだが、何となく俺の話は理解し始めたようだ。
「相談には乗るし、飯を作る暇もない時はウチに来てリティッタのご飯を食ってもいいからさ。少しはお代はもらうけど、な、リティッタ?」
「はい、いつでも来てください」
「……ありがと」
半分不貞腐れながらも納得したのかチェルファーナがそう言う。
「1台もゴーレム売れないで帰るのもシャクだし、もう少し頑張ってみる」
「よかった」
胸をなでおろす俺たち。しばらく手はかかるかもしれないがとりあえずは同業者がいてくれる事になりそうだ。




