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1-33 スライムと嫉妬:後編







 「この大きな筒の中にシャフトを通して、ウーシアに作ってもらった鉄板をシャフトに取り付ける。シャフトが回るとこの鉄板が回転する羽根になって空気を取り込む」


 「なるほど。この形に合わせて筒を作ればいいんだな」


 「そうだ。設計上かなり加熱する部分だから、内部筒と外部筒の二重構造。かなりタイトだが頑丈に作ってくれ。続きはまた明日だな」


 ウーシアは了解したというと、髪を纏めていたヘアバンドを解きながらシャワーの方へ行く。彼女も結構飲み込みが良く、ゴーレムの構造も少しずつ理解し始めた。リティッタとうまく連携すれば作業は捗りそうと期待している……が肝心のリティッタがあれからずっとふくれっぱなしだ。飯はちゃんと作ってくれているが野菜の切り方には明らかな怒りを感じる。


 そのリティは飯の片付けをするなりさっさと下宿に帰って行ってしまった。俺達が忙しいのもありこの二日間全然話が出来ていない。


 (どうしたもんかな……)


 このままじゃ良くない。せっかく危ない目にあってまでリティッタを鍛冶ギルドから引き抜いたのだから、辞められたりでもしたら大変だ。しかし一人で考え込んでいても全然いいアイディアは浮かんでこない。仕方ないので小銭を掴んで街に飲みに行くことにした。誰かに相談できれば解決策も浮かぶかもしれない。


 「おっ」


 ちょうどいい事に飲み屋通りをブラブラと歩くマーテを見つけた。最近知ったのだが彼女は結構な酒好きらしい。


 「マーテ、ちょうどいい。一杯おごるから相談に乗ってくれ」


 「あらジュンヤさん。私の相談料はリキュール二杯からよ」


 「……わかった」


 交渉を経て『三国駱駝』に入る。今日はいつもより客の入りが少ないようだ。店には悪いが話がしやすいのでありがたい。奥の席を取ってもらい適当に酒とツマミを注文する。


 「さっきリティッタちゃんを見かけたわ。すごく機嫌悪そうだったけど、またなんか怒らせるようなことをしたんじゃないの?」


 酒を飲みながら面白半分に言うマーテ。話が早そうなので俺は素直に最近あった出来事を順番に話すことにした。


 「あなた……割とドジなところがあるかもと思っていたけど。女の扱いに関しては本当にポンコツね」


 「そんなにか」


 深刻な溜息を吐いた彼女は、ゆっくりと空いた酒瓶を持ち上げた。


 「私がリティッタちゃんならこの瓶で10回は殴っているところだわ」


 「……」


 ガチでキレているようなので黙って肩を小さくする。その俺の前で半眼のままマーテはガン!と酒瓶を机に戻した。くどくどと説教をしてくれた。


 「とにかくリティッタちゃんの部屋を作ってあげなさい。もしくはその新しい女の子をどこかの安宿に押し込むか」


 「部屋を借りるほどの金銭的余裕はない……しかたない。俺の部屋をアイツにやって自分は作業場で寝るか……」


 それで解決するのかどうか俺とてピンと来てないのだが、それでリティの機嫌が直るなら他に手は無い。


 「しかし今世話になってる下宿先からわざわざ引っ越してくるかな。結構仲良いみたいだし」


 「その新人がタダで寝泊まりして先輩で年下のリティッタちゃんが自腹で部屋を借りてるとかおかしいでしょ」


 「たしかにそうかもしれない」


 そうとなれば急いで部屋を片付けなければ。俺は酔わないうちに家に帰る事にして立ち上がった。


 「ありがとうマーテ。ここは払っておくから、悪いけど今夜はこれで」


 「あなたがこの街に必要な人だからここまで親切に教えてあげたんです。そこの所、わかっておいて下さいね」


 「わかったよ」


 早くも半分酔い始めているマーテを置いて店を出る。早足で自宅に帰り着いた俺は寝ているウーシアを起こさない様に少しずつ私物の引越しを始めた。1階の応接スペースから見えない所についたてを立ててギリギリハンモックが吊るせるスペースを作る。掃除は明日の朝やる事にしよう。ゴーレムの仕事も終わってないし睡眠も取らねばならない。











 翌朝。相変わらず不機嫌そうにしてやってきたリティッタを俺は二階へ案内した。


 「リティ、これからこの部屋を使ってくれないか」


 「へ?」


 私物を全部引き払い一生懸命掃除した部屋を見て、リティッタがアホみたいな顔になる。


 「だってここはご主人さまの部屋……やだ!どっかいっちゃうんですか!?」


 「1階で寝るだけだ落ち着け首をゆさぶるなななんあなな」


 恐ろしい力で激しく揺さぶられ俺は吐き気を耐えながらリティッタを止める。


 「今朝掃除したんだ。ウーシアにも手伝ってもらった」


 「ガンバッタヨ」


 俺の後ろでなぜか片言っぽくニッコリ笑うウーシア。二人の顔を交互に見ながらリティッタは状況が飲みこめずおろおろとしている。


 「な、なんで、ですか?」


 「そりゃあ、リティがウチの大事な社員だからだ」


 そう言って照れている顔を見られたくない俺は頭を下げた。


 「先輩のお前を差し置いてウーシアに部屋をあげたのは確かに悪かった。スマン、許してくれ」


 「わたしは、別にそんな事を気にしてたわけじゃ……」


 「リティも居候先との付き合いとかあるだろうから急に越してくるのは難しいかもしれないが、よかったら使ってくれ」


 「で、でもご主人さまはどこで?」


 「とりあえずは下で寝る。落ち着いたらどこかに個室を増築するよ。大丈夫だ」


 それでもまだ腑に落ちないでいるリティッタの頭をくしゃくしゃと撫でて俺は二人に気合を入れる。

 

 「仕事はこれから正念場だ、二人とも頑張ってくれ」


 「……はい!」


 「りょーかい、ダンナさま」


 三人で1階に降りてそれぞれの持ち場に入る。俺はスライムを撃退するメインのギミックの設計を終わらせなければいけなかったし、ウーシアはその外側のケースとなる大筒を完成させなければいけない。そしてその二人の燃料である食事を作るのがリティッタ。大事な仕事だ。


 (そう、大事なことだ)


 俺は確かに、心のどこかで鍛冶が出来るウーシアよりリティッタの事を軽く見ていたのかもしれない。しかし二人とも同じくらい俺に必要な人材だし、ここまで俺がこの街でやってこれたのは他ならないリティッタのおかげだ。その事を二度と忘れない様、俺は心に深く刻み込んだ。


 「ダンナさま、ここのパイプはどこに繋いだらいい?」


 「フィンの横にスリットを6本くらい開けて、そこに繋いでくれ。長さは中指くらいでいい」


 「わかった」


 ウーシアに指示を出しながら設計を詰める。魔鉱石の燃焼反応に耐えられる炉をどこまで小型化できるか、そして大筒の重量をどこまで軽量化できるか。今までの経験と知識をフルに引き出してもハードルの高い仕事だ。結局昼メシを食い、そして晩メシを食い終わってから全体の設計図が完成した。


 「間に合いそうですか?」


 「やるしかないなぁ、遅れたらダリオが他の冒険者に出し抜かれるかもしれないし……そうしたら俺たちはタダ働きになっちまう」


 いつもの事だがこういうワンオフの製造業は常に納期との戦いだ。そこには定時とか閉店時間とか社内規則で定められた休憩時間などと言うものは無い。自分の体が限界を迎えるまで働く。ブラックな職場は嫌いなので二人には無理をさせたくないし俺だって休みたいが現金収入の前には無理をせざるを得ないのが零細企業の悲しさなのだ。


 ゴーレムの本体は問題なく組み立てられた。胴回りに排熱用プレートをつけそれを防護する装甲を着せる。問題はスライム撃退用の装置を積んだ左腕だ。本体からの動力でかなりの部品を動かさないといけないので配線やらギアの組み合わせが大変なことになってしまっている。


 それでも三人の力を合わせて、なんとかダリオがやってくる日までには組み立てを終える事が出来た。へとへとの状態の俺たちを見て逆に客のダリオが心配そうな声を掛けてくる。


 「大丈夫か?みんなして顔色悪いぞ」


 「なかなかの大仕事だったが……まぁ見てくれ」


 俺はそう言ってスライム撃退用ゴーレム、『キーライア』を披露した。すこし着ぶくれたような太目の胴体に身長を超す大きな筒状の左腕を持つ特殊な外見のゴーレムだ。


挿絵(By みてみん)


 「ずいぶん変わったゴーレムだな……なんだいこの左腕は」


 「こいつがそのスライムを殺すためのキモになる部分なのさ」


 俺は広い桶を用意した。中にその辺の土を入れさらに大量の水を入れてからかき混ぜると、いわゆる泥が桶いっぱいに満ちた。


 「雑だがこれをスライムだと思ってくれ」


 「ほうほう」


 俺は魔操杖を『キーライア』に向けた。ゴーレムは一歩踏み出すとその左腕の筒先を桶の中に入れる。


 「行くぞ」


 『キーライア』の左腕の中で、大量のファンが回転を始めた。大筒がどんどんと泥を吸い込み、そして筒や胴体の背面から蒸気がどんどんと噴き出す。やがてウィィィィィン!と掃除機の音を10倍にも大きくしたような五月蠅い騒音が止み、筒の後ろの方からコロン、と小さな茶色い玉が出てきた。


 「これは?」


 「今吸い込んだ泥さ」


 「これが!?」


 ダリオだけでなくリティッタとウーシアも目を丸くして驚いた。俺は床に転がった直径5センチほどの玉を持ち上げる。それはまだ熱を持ち、そして石のように固くなっていた。


 「こういったドロドロの物を吸い込み、この筒の中で高熱の温風をかけて水分を飛ばしながら圧縮する機能だ。何回かならスライムの溶解液にも耐えられるハズだ。そのスライムをこんなふうに乾燥させたら、すぐにハンマーで砕いてバラバラにしてくれ。水を掛けたら復活してしまうかもしれない」


 「お前さん、すげえモノをつくるんだな……」


 歴戦の冒険者に手放しでほめられると悪い気はしない。問題はその金額なのだが。


 「で、お代のほうなんだが……サービス価格で銀貨115枚といったところだな」


 「115!?高ぇよ!俺の隊の1カ月分の運営費以上だ!」


 想定通りのリアクションだ。だが俺も引くわけにはいかない。社員も3人に増えているのだ。


 「この短期間でコイツを作るのは大変だったんだ。例の通路、1番乗りを狙っているんだろう?」


 「クソ、足元見やがって……しかたねぇ、その額でいいぜ。コイツはすぐ持って行っていいんだろうな」


 「ああ、健闘を祈るよ」


 名誉のために手痛い出費を被ることになったダリオが泣きながら契約書にサインする。俺たちはニッコリとお客様をお見送りすると、それぞれの寝床でぐっすり眠った。







 数日後、街はちょっとした騒ぎになった。ダリオたちが二つの迷宮を繋ぐ通路を確保したからだ。彼らの隊は一気に有名になり『巨人の鎚』でもトップクラスの冒険者に躍り出たらしい。ウチに金を払いに来た時も満面の笑みだった。


 「いやあ、お陰ですっかり人気者よ。あのスライム予想外にデカかったけどお前さんのゴーレムでカラカラに干からびさせてやったわ。あちこちでジュンヤのゴーレムはスゲェって宣伝しといたからな」


 「そりゃあありがたい。仕事が増えそうだ」


 聞けばなんとその通路はダリオ回廊という名前で呼ばれているそうだ。冒険者としてはなかなかの名誉なのではないだろうか。


 「しばらくは草原迷宮と荒野迷宮の攻略が進むだろうな。そのブームの間、俺たちはゆっくり他の迷宮の通路探しをするよ」


 「やっぱり他の通路もあると?」


 「疑いようがない。あの通路は後から建設されたようには見えなかったからな……それが何を意味するのかはまだわからないが」


 5つの迷宮を繋ぐ通路が全部ダリオ回廊って呼ばれたら、カッコいいだろう?と笑って彼は帰っていった。



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