1-31 無茶ぶりと新社員:後編
「アレだ」
バーラムはその湯気のカーテンの奥、壁の一角でハンマーを振るっている人影を指した。良く見えないが背は俺と同じくらいの細身の職人のようだ。
「最近入った新人なんだが、どうも職場の空気が変わっちまってな。ジュンヤが良ければ雇ってくれないかと思ってよ」
「人手に困ってるのは確かだけど、ワガママなヤツは俺もお断りだぜ」
「いや、そうじゃねぇんだ」
とにかく来な、と言うバーラムについてその職人の所に向かう。ある程度近づいたところで、俺も彼の言いたいことが把握できた。
健康的な褐色の肌、無造作にターバンでまとめた豊かな黒髪、そして袖の無い下着のようなシャツを弾けさせそうなボリュームのある魅力的なボディ。
(……女じゃん)
そう、それはまさしく若い女性だった。歳は俺と同じか少し下か、細めの腕ながらも筋肉の詰まった腕は正確なリズムで剣を鍛えているし目も真剣だ。職人としてはそれなりのスキルがあるように見える。
「ウーシア、ちょっといいか」
バーラムがその女職人に声をかけた。ユーシアと呼ばれた彼女は近くの別の職人にハンマーを預け、仕事を頼んでいるようだがその任された方も彼女のふくよかな胸元ばかりを見ているように見えた。
「親方、呼んだ?」
「ああ、少し話がある。汗を拭いたら俺の部屋まで来てくれ」
「わかった」
口数は少ないがけして無愛想ではない。少しカタコトなのは他の国から来たせいなのか。胸に劣らず大きな尻のラインを見せながら歩いていくウーシアの背中を見ながら、バーラムは一言つぶやいた。
「わかるだろ?」
「ああ、あんなのが横にいたらハンマーで自分の親指潰すヤツがいても不思議じゃない」
「そんなのは今朝で5人目さ。このままじゃウチのギルドは潰れてしまう」
はぁあああ、と珍しく重い溜息をつきながら、バーラムは俺を自分の事務室へ連れて行った。
「腕はどうなんだ」
「それなりにスジがいい。だからこそ惜しいんだが、あの娘がいるとみんな集中力が無くなって効率が落ちる」
困ったもんだと嘆息する彼の気持ちは分からんでもない。
「どうしてここで雇う事になったんだ?」
「西の砂漠のずっと先にある小さな集落の出なんだそうだが、仕送りの金が欲しいという事でノースクローネまで出てきたんだそうだ。機織りよりは鍛冶の方が得意ってんで、市庁舎の方からここに斡旋されてきた。どうだジュンヤ、そっちで使ってくれんか」
半分頼み込む様な感じで話をするバーラムに、俺は難しい顔をせざるを得なかった。
「そこそこ剣が打てるんなら、俺も願ったりかなったりだが……俺もあのカラダを横に置きながら真面目な顔で仕事出来るか自信が無いな。リティッタがうるさい事言わなけりゃいいが」
「あの娘っコ、お前さんの事だいぶ気に入っているみたいだからな」
「そうなのか?」
俺は素でそう言ってしまったが、バーラムはあきれたという顔になった。
「お前さんも相当な鈍感野郎だな」
「歳も離れてるし、リティッタにはそのうち若いイイ感じの彼氏ができるだろ」
「まぁ、チキュウの感覚じゃそうなのかもしれんけど……」
そこで部屋のドアがノックされる。バーラムがいいぞ、と言うと先ほど別れたウーシアが入ってきた。流石にベストのようなものを一枚来ているが胸の谷間は全く隠れておらず尻肉のラインから先の布を失っているショートパンツも眼福……いや目に毒だ。
「親方お待たせ」
「ああ、こっちはゴーレム屋のジュンヤだ。とりあえず椅子にかけてくれ」
俺とウーシアは握手を交わしてからそれぞれ席に着く。砂漠の民らしい日焼けした肌に垂れ気味の大きな目はエキゾチックでとても男にモテそうな感じである。それでなくてもボディから出るセクシーオーラがヤバい。
(慣れりゃあ、普通に接していられそうだが……なぁ)
「ウーシア。突然ですまないが、このジュンヤが鍛冶職人がいなくて困ってるんだ。しばらく彼の所で専属で働いてくれないか」
「いいよ」
「話早!!」
即答すぎる即答に俺はツッコミを入れずにいられなかった。そんな俺を不思議そうに見るウーシア。
「?人手がいるんじゃないのか?」
「いや、俺の職場が気に入るかどうかとか、あとお金の話もしないとダメだろ?」
ああそうか、とウーシアは納得したように手を合わせた。素直なのか単純なのかわからないが悪人に騙されそうな感じで危なっかしい。現に後ろでバーラムがチッと舌打ちをしていた。悪党め。
「今はいくらで働いているんだ?」
「一週間で銀貨1枚だ。ただし飯と宿はギルド持ち。もしジュンヤのとこで雇うならその条件で頼む」
バーラムの答えに少し考える。リティに比べて少し割高な給金だが、いっぱしの鍛冶師を雇う事を考えると安くつきそうだ。ここのところ収入も増えているし事業拡大のために必要な投資と言えるだろう。
「わかった、ちょうど仕事が立て込んでいるんだ。同じ条件で一週間ウチで働いてみてくれるか。メシの美味さは保証する」
「うん、わかった。ご飯が美味いのはありがたい」
「決まりだな」
強引にバーラムが話を閉める。こちらとしても時間が無いのは確かだ。ウーシアには今の仕事の事を話し簡単に荷物を纏めてすぐに工房へ来てもらう事になった。
「え?」
当然と言えば当然のように、いきなりやってきた褐色のセクシー美女を前に固まるリティッタさん。
「バーラムに紹介してもらったウーシアさんだ。しばらくウチで住み込みで働いてもらう事になった」
「はじめまして。よろしく、リティッタ」
「あ、はい、ええと、じゃなくてご主人さま!!」
リティは俺の首根っこを掴むと階段の陰まで俺を引っ張っていく。
「どういう事なんですか!?」
「前々から頼んでいた鍛冶師の件で、彼女なら譲ってやるって言われたんだよ。腕は確か見たいだ」
「だからって、そんな、あんな、胸が、谷間が丸見えの、太ももだってめちゃくちゃ丸見え……!」
頭が混乱して会話の方ががめちゃくちゃになっているリティッタの口を一旦押えて呼吸を落ちつかせる。
「まぁ落ち着け。とりあえずのお試し雇用だ。寝る時はちゃんと鍵もかけてもらうし、なんなら俺は下で寝てもいい。とにかく今は人手が必要なんだ。まずは働いてもらって、問題があれば帰ってもらうから、それでいいだろ?」
「ご、ご主人さまがそう言うなら……わたしはいいです、けど……」
あまり納得していないようだがここは飲んでもらうしかない。頭の上に?を浮かべているウーシアに大丈夫大丈夫と手を振る。
「とりあえず剣を3本ほど作ってもらうか。俺もゴーレム作りに戻る。リティ、悪いけどウーシアの分もメシを用意してくれ」
「わかりましたー」
明らかにふてくされてるが仕方ない。後で何とか機嫌を直してもらおう。俺は先にウーシアを鍛冶場に案内して仕事の準備をしてもらう。
「小さいがしっかり温度の上がりそうないい炉だ。十分に腕が振るえる」
「よかった。剣はこの図面を見て作ってくれ。よろしく頼む」
「わかった」
彼女はすぐに仕事に取り掛かってくれた。これでゴーレムは納期に間に合うかもしれない。気が楽になると仕事のペースも良くなる。俺も急いで部品の補充にかかった。
晩御飯はリティッタ得意のチーズソースをたっぷりかけたハンバーグ。実に絶品である。一口食べたウーシアも感動でうっすら涙を浮かべたほどだ。
「なんだコレすごく美味い!リティッタはどこかのレストランで修業したのか?」
「いや、ふつーにお母さんに教わっただけですよ。おかわりもありますから」
「ありがたい、ジュンヤの所に来れて良かった」
むしゃむしゃとご飯を食べるウーシア。
「鍛冶ギルドの食事はそんな美味くないのか?」
「私が来る前は結構おいしかったと聞くけど最近はあまり……って聞いた。それでも故郷の村で食べる食事よりは美味しかったけど」
「そうか、頑張って稼いで仕送りしてくれな」
「ありがとう、よろしく」
ウーシアは口の横にチーズをつけながらニッコリと子供のように笑った。
四日目。昨日の夕食の後、ほぼ不眠のまま仕事に戻る俺にウーシアは文句も言わず付き合ってくれた。リティッタは流石に付きあわせるわけにはいかないが、すぐにご飯が作れるようにと俺のベッドで寝てもらう。
強力な応援を得て作業が効率化した後は、結構いいペースで仕事が進み昼には5機の『ケルフ』が武器を含めて完成していた。残り分の部品もほぼ揃い組み立てれば無事任務完了である。
「助かったよウーシア。二人でなければここまで来れなかった」
「まだ仕事は終わってない。気を抜くのは良くない」
「そうだな、もう一日頑張ろう」
危惧されたウーシアの格好に関してだが、あまりの忙しさにそっちを見ている隙が(残念ながら)皆無だった。暇になればチラチラ見てしまうのかもしれないがリティに怒られないように気を付けなければならないだろう。
(それより、ウーシアをどう扱うかが問題だ)
今回みたいに忙しい時は大歓迎だが、ゴーレム屋も冒険者相手の商売。所詮水モノである。暇な時はとことん暇だ。そんな時はどう仕事を振ればいいのだろう。
(ゴーレム用の予備の剣とか斧とか作ってもらえばいいのかな……こないだもギェスに売った『ラッヘ』に新しい斧を用意したし)
今考えていても仕方ない。俺は気分を切り替えて隣でハンマーを振るい続けるウーシアに聞いてみた。
「ウーシアはこれから鍛冶で食っていくつもりなのか?」
「金を稼ぐ手段としては、そうだな」
ふぅ、と額の汗を拭う仕草も色っぽい。
「私の村はあまり農業も家畜も盛んじゃない。基本みんな出稼ぎをしている。ワタシも若くて元気なうちに子を産んで育てなければならない。その為には金が要る、それでこの街に出稼ぎに来た」
「大変だな……郷里には婚約者とかいるのか?」
「いや、婿探しも兼ねての出稼ぎだ。いい男がいれば捕まえて帰りたい」
そう言うとウーシアは俺の方を見て意味深に笑った。
「え、あ、いや?」
「フフフ、手が止まっているぞ“ダンナさま”」
「あ、ああ!すまん!」
慌てて俺もレンチを持ちゴーレムの組み立てを急いだ。リティッタが見ていなくて助かった。
結局5日目の夕方、市庁舎の業務時間ギリギリまで使って訓練用のゴーレム『ケルフ』を10体揃える事が出来た。剣だけを持ったシンプルな作りのゴーレムだが、その分軽快に動き様々な角度やスピードで攻撃を仕掛けられるので駆け出しの戦士を苦戦させられるだけのスペックは持っている。ボロボロの俺とユーシアの前で市長が満足そうにうんうんと頷いていた。
「よくやってくれた。これで戦士の育成に取り掛かれるし私も予算委員会で突き上げを食らわなくて済む」
「こんな冗談みたいな仕事、これっきりにしてくれよな。体がいくつあっても持たないぜ」
「まぁそう言うな。これは礼金と、エチューから取り寄せたとっておきのコーヒー豆だ。あまりいいコーヒーを飲んでいないと聞いたのでな」
俺はあのいけ好かない若い職員の顔を思い出した。あの野郎……と毒づきながらも素直に豆は貰う。
「ゆっくり休みもやりたいのだが、ついに地下22階で草原迷宮と荒野迷宮が接続しそうなのだ。今冒険者が躍起になって最後の通路を探索している。しばらくは忙しいままだろうな」
ま、今夜はゆっくり休んでくれと言って市長はすたすたと帰っていった。俺もそれ以上何も言う気になれず、ユーシアと顔を見合わせて肩をすくめる。
「ありがとうウーシア。これからもよろしくな」
「こちらこそ。いっぱい稼がせてくれダンナさま」
(その呼び方だけは変えてもらいたいな)
俺は苦笑いしながらウーシアを連れてリティッタの待つ工房へ帰っていった。




