1-30 無茶ぶりと新社員:前編
とあるパーティのオーダーで、急ぎでゴーレムを仕立て上げた次の朝の事。
「訓練用のゴーレムを10体、早急に用意してほしいのです」
冒険者ギルドから来たというその男は仕事の話を始めるなり、そう言ったのだ。
「早急に……と言うと?」
「そうですね……可能なら三日以内で」
「無理だ」
「では五日間で」
俺は久しぶりに頭を掻きむしりたくなった。そう言えば地球で仕事をしていた時もこういう手合いがいたような気がする。
改めて、目の前に座る男を見た。20代半ばくらいの、だが少しフレッシュな印象を受ける眼鏡の男だ。パリッとアイロンをかけてきましたとでも言いたげな市庁舎の正装(こんな服を着ている職員は市長以外には市庁舎ではお目にかかったことがない)。確か、オヴィルとかいう名前だったか。
「そんなに急ぐ必要が?学校じゃあるまいし冒険者の訓練なんかゆっくりやればいいんじゃ……」
「戦士職の減少対策は急務となっております。この二年で冒険者の数は三倍になりましたが接近戦専門の冒険者数はほぼ横ばい。特に新人レベルでの負傷・引退数が多く、これを打開するためには戦士職の育成を進めなければならないのです」
すました顔でそう言う男、オヴィルは一口、コーヒーを飲んでから。
「まぁそれは建前で、一週間後の市議会での会計公開の前に今年度の運営費を使いきり成果を出しておかなければ市長への市民の評価に関わりますので」
「予算対策かよ!」
俺のツッコミにオヴィルは涼しい顔をして、左様ですと答えた。それからもう一度コーヒーカップに口をつけて。
「あまりいい豆ではありませんね」
「…………」
俺は怒るのも諦めてぐったりと全身の力を抜いた。
数日前にマーテから軽く話は振られてはいた。要は冒険者内の戦士職の割合がいよいよもってヤバいらしい。新人の戦士を集め訓練を施し、スキルを底上げすることで低階層での脱落を防ぎ数を安定させたいという内容だった。そのために専門の教官を雇うより疲れ知らずで怪我の心配も無い俺のゴーレムを使いたいという話に異論はなかったし、提示された金額にも文句は無かった。
「しかし、無茶な納期には文句を言いたい」
「この街にゴーレム職人ギルドとかあれば交渉の余地はあるかもしれませんけど、ゴーレム職人はご主人さまだけですからねぇ」
のんびりと買ってきたアイスクリームにコーヒーをかけながら(アフォガードを知らなかったので教えてやったらハマったらしい)リティッタが言う。
「『ラッヘ』フレームも『ケルフ』フレームもちょうど使いきった所ですからね……タイミングが悪かったですね」
「五日で10機……シンプルな戦闘ゴーレムで良いとは言え……なぁ」
不幸中の幸いか、ヤンバさんから発注していたゴーレムの部品は届いたばかりだ。全部使えば10機分の材料には間に合う。あとは体力と作業スピードの問題だが。
(やるしかない……か)
自由に商売をやらせてもらっているとはいえ、所詮は悲しい雇われの身である。ここでうまいこと仕事をこなせば後々市長に頼みにくい話の一つや二つ聞いてもらえるだろう。貸しを作るのは大事だ。
「仕方ない、やるか。リティッタはまた部品の発注をかけてくれ。それからマーテにこっちに顔を出すよう声をかけてほしいのと、バーラムの所に行って暇な人手がいないか聞いてきてくれないか」
「わかりました」
有能な社員を見送り一人になった工房で、錬鉄炉にひたすら鉄鉱石をぶち込んでいく。生成された鉄板を切り出しフレームの部品を量産しつつ、魔動力炉を組み立てネジやバネをかきあつめマナ・カードの準備をし……そんなこんなで一日が過ぎたが作業は全然終わりが見えない。とにかく体がいくつも欲しい感じだ。リティはネジ締めくらいはできるようになったけどそこまでの準備は俺がやらなければならない。オマケに鍛冶ギルドからは色よい返事はもらえなかった。
(とにかく、炉が扱える助っ人が欲しい……このままいくと本体10機そろえるのが限界で武器まで絶対に手が回らない)
最悪7体ぐらい納品して残りは次の週まで待ってもらえないか……などと早くも弱気な考えが沸いてきた。しかし現実的にどう頑張っても無理なものは無理なのだ。
翌日は朝から暑い日になった。リティッタは朝食のあと食材の買い物に市場に行っていて一人で作業を続けていると、入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ごめんください」
「マーテか、入ってくれ」
市長のお気に入りの秘書のマーテだ。リティがいないので自分で冷えたアイスティーを用意する。ちょうど喉が渇いていたところだ。マーテも眼鏡を取り少し汗を拭うと嬉しそうにアイスティーを受け取った。
「可愛いお嬢さんからお誘いをもらったのでお邪魔しましたよ。どうかされました?」
「市長に二つ伝言を頼む。一つ、こんな無茶な納期の仕事は勘弁してくれ。もう一つはあのオヴィルとかいうヤツはウチの工房に寄らせないでくれ」
俺の単刀直入な要求にマーテは珍しく声を上げて笑った。
「確かに今回の仕事はひどいと思うわ。でもオヴィルはあれで有能だし、冒険者ギルドでも評判はいいのよ」
「あれでかー?」
とても信じられる話ではない。胡散臭そうな顔をする俺にマーテも、まぁわかるけどねと言ってくれた。
「冒険者もまた増えてきて、ギルドも大変なのよ。彼は最近よその街から来てくれたんだけど仕事が早いのでみんな助かっているわ」
「休憩所もできたし、もうすぐ迷宮が二つ繋がるって言うからみんな盛り上がっているんだろう」
「市長はこの機にしっかりと戦士職のみなさんに力を付けてもらって、各パーティの生存率を上げたいのよ。大変な仕事だと思うけど、お願いします」
マーテにそう深々と頭を下げられるとどうにも何も言えなくなってしまう。
「この仕事が終わったら、冒険者ギルドからの仕事はしばらく減らしてくれよ」
「うまく手配する。約束するわ。リティッタちゃんと旅行でも行ってリフレッシュしてきて」
「そりゃあ余計疲れそうだなぁ」
想像しただけでげんなりして、俺はだらしなく椅子の背もたれに体を預けた。
「あの子だってジュンヤさんの為に頑張ってるんだからそれくらいしてあげてもいいでしょう?二人きりで行けば、きっと喜ぶわよリティッタちゃん」
「そうかねぇ。まぁそれもこのヤマを無事に抜けられればな、って話だ」
頑張るか、と体を起こす。市庁舎に戻っていくマーテに礼を言って見送ってから俺は諦めてまたハンマーを振るった。
さらに翌日。『ケルフ』フレームは三つ出来上がったが、そこから先の部品は全然出来ていない。睡眠時間も結構削っているのだが、これ以上の無理は作業効率上よくない結果しか招かないだろうと俺の経験が言っている。
(とは言え、ひたすら手を動かさないと終わらないんだよなぁ……)
「ご主人さま、大丈夫ですか?」
さすがにリティッタもガチに心配そうな顔になってきた。リティッタの実家に伝わるという濃緑色のドロドロした薬草茶(控えめに言ってクソ不味い)を受け取り、だまって飲み干す。味は最悪だが少しだけ体が楽になるくらいに効き目があった。
「サンキュー、なんとかまだ大丈夫だ」
「でも……」
少し休ませようと言うのか俺の腕を取るリティッタ。そこに工房の入口から若い男の声が聞こえてきた。
「ジュンヤさーん、いるかーい」
「鍛冶ギルドの若い見習いの子ですね」
二人で玄関に向かうと、見習いはお使いかなにかの途中の様でカゴをたくさん抱えていた。親方が呼んでるから鍛冶ギルドに来てくれとだけ伝言を残して走って行ってしまう。
「なんなんだ」
「ちょっと行ってみたらどうですか?ご主人さまも少し外の空気吸った方が良いですし。わたしは夕ご飯の用意をしていますから」
「そだな。頼む」
残り時間が気になるがこのまま続けていても効率は悪くなる一方だ。少し気分転換も兼ねて俺は鍛冶ギルドへ向かいバーラムを訪ねた。
「おう、早速来たか」
「どうかしたかい親方。仕事なら今は引き受ける余裕が無いんだが……」
「知ってるよ。それより例の話、アテがついたぜ」
例の?と頭に疑問を浮かべる前に俺はバーラムに奥の鍛冶場に連れていかれた。俺の家がまるまる二軒入りそうなほど広い部屋にいくつもの炉や金床があり、何人もの職人が働いていた。熱気と湯気と独特の臭いがむぁっと俺を飲み込むように襲い掛かってくる。




