1-3 最初の商売
「お前はスジがいいな、ジュンヤ」
師匠が俺の横で満足そうにそう言った。もう満足に腕を振るえない師匠の代わりにゴーレムを作る俺に、彼は自身の知識と技術を全て伝授してくれた。子供も弟子もいない彼には、もう俺を後継者にするしかなかったのだ。
俺もゴーレム作りは面白かったし、何より行き倒れて飢え死にしそうな所を助けてもらった恩がある。
『瀑龍』の最後のボルトを締めた所で、師匠は微笑んで俺の肩に手を置いた。
「儂がこの年になってやっと完成させたマシンゴーレムの技術……なんとか後世に残せそうじゃな。ジュンヤには悪いが」
「いや、俺もここに来てようやく人生に目標が見つかったような気がします」
「ありがとうな」
そう言ってユーヴェンス師匠はゆっくりと視界からぼやけて……。
「夢か」
窓から差し込む陽光に朝になった事を知る。まだ旅の疲れが抜けない体をゆっくりと起こし、俺は顔を洗いに井戸の方へ向かった。
(師匠が夢に出るなんて、初めての事だな)
ユーヴェンス・ネイ・ウルドアはオースガールの老ゴーレム術士で地球からやってきて倒れていた俺を助けてくれた。地球に帰る手立てがなかった俺はメシと寝床を世話になる代わりにゴーレム屋の仕事を手伝い、その技術を学んだ。とくに目標も無く機械修理の毎日を過ごしていた俺だが逆にこちらの世界はいろいろ刺激的で、地球に帰れない事について悲観することは無かった。
師匠が晩年に完成させた一般的に普及しているゴーレムとは違う精密な機械を使用したマシンゴーレムの技術。それを朽ちさせぬよう後世に伝えるという師匠の遺言に応えるために俺はこのノースクローネにやってきた。
「うまく商売繁盛したら墓参りに行くから待っててくださいよ、師匠」
台所に火を熾す。昨日買っておいたソーセージを炙り、黒リンゴを齧りながら今後の事を考えていると外から男の声が聞こえてきた。
「はいはい、お待たせ」
玄関を開けると同世代の革鎧を着た男が立っていた。迷宮に潜る冒険者だろう。黒髪をバンダナでまとめ、むき出しの両腕にはいくつもの傷跡がありそれなりに経験のある戦士と見た。その男が、少し胡散臭いモノを見るような目で訊ねてくる。
「ゴーレムを作ってくれるジュンヤってのは、アンタかい?」
「ああ、そのジュンヤだ」
立ち話もなんなので、作業場に入ってもらう。前の住人が置いて行った古い椅子にそれぞれ腰かけた。
「俺はギェス。見てわかると思うが、迷宮に潜る冒険者だ。荒野迷宮を主に探っている」
「なるほど、冒険者ギルドの貼り紙を見て来てくれたのか?」
それにしては反応が早い気がする。最初は冷やかし半分で見物に来られると思っていたが。
「ああ、ちょっと事情があってな。実は先日、地下7階でオーガーと戦ったんだ。手傷を負わせたが俺と組んでいるもう一人の戦士も棍棒で殴られて大怪我をした。今は病院に寝かされているが治療費の為になんとかオーガーを倒してお宝をもらわねばならん」
オーガーというのはいわゆる大きな野蛮人で、日本風に言うと“鬼”だ。草原から森から豪雪地帯までいろんな所にいて、洞窟にいるのはケイブオーガーというそこそこ強い魔物のはずだ。
「アンタがゴーレムを連れてオーガーと戦うのか?」
「誰かを雇ってもいいんだが、治療費の事を考えると十分な資金が無くてな……」
ゴーレムもタダじゃないんだがなと思いながら俺は予算を聞いてみた。
「銀貨35枚でなんとかならないか?」
35枚か。この街の物価がよくわからないが、オーガーとやりあえるくらいのゴーレムとなるとそれなりに頑丈な物をお出ししなければなるまい。その金額だとちょっと際どいが、最初のお客だしこれを断るのはゲンが悪い気がする。俺は少し考えて仕事を受ける事にした。
「ギェス、アンタはこの店の最初の客だ。大サービスでその金額で手を打とう」
「そりゃラッキーだ。期待してる」
できるだけ早くリベンジに行きたいというギェスに明日の夜に来るよう伝え俺は工房に戻った。1からゴーレムを作るのは無理があるが、こんな事もあろうかといくつかベーシックなゴーレムを作って持ってきたのだ。
「こんな事もあろうかと……カッコいい言葉だ」
しばしその伝統的なセリフを反芻してから、マナ・カードからゴーレムを開放する。ショートソードに円形のシールドを持ち、各部にアーマーを着けた基本的な戦士タイプの『ラッヘ』。『瀑龍』に比べれば戦闘力は1/3程でしかないがその分コストも安い。(というか『瀑龍』は採算度外視で高性能にしたのでとても売れるようなコストパフォーマンスではない)
しかしこの有りもののゴーレムをそのまま出すようじゃゴーレム屋としては二流だろう。少しはカスタマイズしてやらないと。
「ケイブオーガーか。なんかそいつに関する情報でも仕入れられれば……冒険者ギルドで聞き込み……いや」
俺は昨日の事を思い出した。使えるかはわからないが聞いてみる価値はあるだろう。家に鍵をかけ、市庁舎へ向かう。
「秘書のマーテさんを頼む」
受付に取り次いでもらって10分ほどすると、昨日世話になった眼鏡の秘書、マーテがやってきた。
「久しぶり、忙しいとこ悪いね」
「それはいいですけど、まさかもう辞めて帰るとか言いませんよね?」
冗談もスルーして警戒するマーテに俺は肩をすくめて見せた。
「まだ最初の依頼もこなしていないのにか」
「最初って……もうお客が来たの?」
「ああ、アンタが貼ってくれた貼り紙は効果バツグンだな」
目を丸くして驚いているマーテに礼を言う。そりゃ昨日の今日で依頼人が来るなんて思わないだろう。逆に言えば冒険者の数が足りてないということなのかもしれない。もし余っていればギェスも誰か安い助っ人戦士を雇えただろう。
「そりゃ幸先が良くて嬉しいです。で、今日は何の御用で?」
「依頼人が一人でケイブオーガーを倒しに行くから、相棒のゴーレムを用意してくれって言うんだ。あまり魔物に詳しくないから少し調べたいんだが」
俺の言葉に職員がザワッとしたように見えた。
「ケイブオーガーって……結構強い魔物ですよ。大丈夫なんですか」
「だから万全を期すために敵の事を知っておきたい。昨日の資料室に魔物の本は無いかな」
「ちょっと待ってくださいね」
マーテは資料室の担当のところに行くと二、三言葉を交わし鍵を借りて来てくれた。
「本来は一般市民には開放していないですが、ジュンヤさんなら入っても市長は文句を言わないでしょう」
「サンキュー、恩に着る」
改めて入る資料室は、市庁舎と冒険者ギルドの地下一階を丸ごと使っているようでかなりの広さだった。魔法で光るランプを持ったマーテが俺をある本棚の所へ案内してくれる。沢山の本があるので火気厳禁なのだそうだ。
「このあたりにオーガーの資料があると思います」
「ありがとう。しかし本が大量にあるな……こんなに誰が集めたんだ?」
「元々市長のお祖父様もお父様も書籍を集めるのがご趣味だったようで。ですから古い資料や間違った内容の本もあるかもしれませんが、それはご了承して下さい。小一時間ほどしたら閉めに参りますのでそれまでにご用事を終わらせて下さいね」
それは仕方ないな。ネットも無い異世界では本があるだけマシだろう。俺は再三礼を言って調査に入った。とりあえず『オーガー大辞典』と書かれた大きな本を手に取る。
「ケイブオーガー、ケイブオーガーと……ここか」
この本によると、洞窟の中に暮らすためオーガーの中でもさほど大きくはないが皮膚は頑強で体力もあり動きも速い、用心して戦うべきモンスターと書いてある。特に弱点は無く炎や冷気にも怯まず戦う好戦的な種族のようだ。
他の本を読んでも大体似たような事が書いてある。眠りや毒に対する耐性も強く冒険者が苦手とする魔物という事が良くわかった。職員たちがざわめいたのも無理はない。
(大丈夫なのかなギェスは)
黙って顧客の心配をしても意味はない。俺は考えをまとめてマーテに礼を言うと工房へ帰ることにした。
翌日の夕方。工房にやってきたギェスにゴーレムをお披露目した。
「これがゴーレムか」
ギェスがまじまじと俺の作った『ラッヘ』を見る。大きさは中学生くらいの体格だがパワーは成人男性の1.5倍はある。盾と鎧はそのままだが、武器をショートソードからヘビーメイスに変更した。重くなった分足回りの歯車を固めに調整してある。
「強そうだな、特にこのメイスがいい」
「ケイブオーガーは動きが早いらしいから、このメイスでスネを思いっきり叩くよう命令をしてある」
「そんな細かい動きまでできるのか」
「それがこのマシンゴーレムなんだ。普通のストーンゴーレムやロックゴーレムにはできないがな」
ギェスが感心したように唸る。
「気に入った。早速使わせてもらおう」
「今から行くのか?」
「迷宮の中は昼も夜も無いからな。昨日今日と十分に寝たし大丈夫だ」
「気を付けて行ってきてくれよ」
代金を受け取りギェスを見送る。少し不安があったが、素人の俺がついていくわけにもいかない。とりあえず俺も仕事の疲れを癒すために2階に上がり寝ることにした。
そして二日後。頭と左腕に包帯を巻いたギェスが再び工房にやってきた。
「大丈夫か?」
「ああ、あの『ラッヘ』とかいう奴、俺の相方よりイイ仕事をしやがる。オーガーの足の骨をバキバキに折ってくれたおかげでなんとか討伐できたぜ。お宝もあったし治療費としばらくの酒代には困りそうに無い」
痛みに顔を歪ませながら口元だけで何とか笑うギェスに俺はほっとした。
「そりゃ良かった」
「しかし帰ってきたところでアイツ動かなくなっちまったぞ。故障か?」
ギェスの言葉に俺は首を振った。
「燃料の問題だ。ゴーレムはいくつかの魔鉱石の反応からエネルギーを得て動いている。魔鉱石の魔力が無くなると動かなくなるんだ。また使いたい時は魔鉱石を買いに来てくれ」
「巧い商売をしやがるな」
笑ってギェスが右手で俺の胸をポンと叩いた。それから腰のベルトから小さな古い銀貨を何枚か見せる。
「あんま多くはないけどよ、少しお裾分けだ。受け取ってくれ」
「いや、それは相方と飲みに使ってくれ。その代わりに頼みが一つある」
「頼み?なんだ?」
「人手が足りなかったり、困っている冒険者に俺の店を宣伝してほしい。強い助っ人が欲しかったら『ユーヴェンス・シマノ・ゴーレムファクトリー』に来てくれってな」
俺の頼みにギェスは大きく頷いてくれた。
「わかった、腕利きのゴーレム屋が街に来たって言いふらしてくる」
「よろしく頼むよ」
じゃあな、と言ってギェスは帰っていった。とりあえず俺の商売は第一歩を踏み出せたようだ。