1-29 冒険者と狼人間:後編
四日目。ついに装甲用の鉄板が切れた。リヤカーを引きずって街はずれのスクラップ屋に行く。ここは迷宮探索で壊れて使えなくなった金属鎧や武器が安く買い取られる店だ。鉄は貴重なので冒険者たちも出来るだけ再利用するが、ヒビが入ってしまったものや錆びついてしまったものは処理が難しくここに売られる。冒険者の人数が多い為、いきおい持ち込まれるクズ鉄も多い。
「おやじ、全部くれ」
「おいおいいきなりじゃなあ」
腰の曲がった店主の老人ともそこそこ顔なじみになった。元冒険者らしいが昔の事はあまり話さないので詳しい事は知らない。
「昨日も鍛冶屋の若いのがごっそり持ってったんじゃ。これ以上取られるとウチは閉店じゃゾイ」
「いいじゃないか、どうせ他に売る相手もいないんだし」
ほら、と買ってきた安い酒の瓶を渡すと店主はニヤっとしながら受け取った。
「悪いのう。ホレ、全部持って行け。今日はもう閉店じゃ」
「全く調子のいい爺さんだ」
俺も笑いながら鉄を片っ端からリヤカーに入れる。これがなかなかの重労働で、連日の作業で疲れた体にこたえる。今度運搬用のゴーレムでも作るか。
鍛冶ギルドの連中もさすがプロというか、質のいい鋼を使っている武器を主に持って行ったようで残っているのは鉛や銅の混じったような合金盾や鍛えのあまい雑な作りの斧やメイスばかりが残っている。
(炉に入れて分離してしまえば問題は無いが、肝心の硬い鋼材が足りるかどうかだな)
結構な量だったので銀貨10枚ほどの値段になった。まぁ使えないクズ武器はまたここに売りつけに来よう。
持ち帰った武器や盾をどんどんと錬鉄炉にぶち込む。中で熱せられた金属は銅や錫、鉄に別けられてそれぞれ金属板に加工される。銅のような柔らかい金属も使い道はあるがやはり量が欲しいのは硬い鉄だ。
この日も夜まで鉄板との格闘が続いた。いい加減肩と背筋と腰が痛い。
五日目。装甲をフレームに付ける金具を作り、戦闘基本ロジックを入力する。隣ではリティッタが楽しくペンキで鎧に塗装を施していた。青い狼と戦うからバラ色にするという謎理論でゴーレムを紅く仕上げている。まぁそれで受け取り拒否される事はないだろう。
戦闘基本ロジックはそんな難しい物じゃない。<走りながら戦う>とか<盾を使って防御に徹する>とかベーシックな行動を命令するもので、俺のマシンゴーレムのみならずストーンゴーレムや呪術師の作るスケルトン兵などでも設定するものだ。今回は<最前線に立ち敵の進行を阻む>という書き込みをする。それから剣を振り回したりパンチをしたりするモーションを組み込んでいくわけだ。
「ジュンヤぁ、いるかぁ!?」
もうすぐ夜になろうかという頃合いに工房の外から野太い声が響いてきた。疲れた顔で出ていくとそこにはでかい台車を持ってきた鍛冶ギルドの連中が3、4人ほどいた。その中にはギルド長のバーラムもいる。
「よぉジュンヤ。ひでぇ顔だな」
「この街に来て一番のデカイ仕事を受けちまってね……わざわざギルド長が持ってきてくれたのか?」
「ああ、こっちもこんな剣を作ったのは初めてだ」
バーラムの合図で台車に掛けられていた麻布が外された。その下から姿を現すのは大剣……とにかく大きい剣だ。刃渡り1.5メートル以上。肉厚の片刃剣。大きさだけでなくその外見も独特で刃の部分は直線でなくノコギリのようにギザギザがついている。
「こんな物騒なもので何を斬ろうって言うんだ」
「ブルーデミュルフ30匹だ」
俺の答えにバーラムが口笛を鳴らす。後ろに並ぶ若手たちもその数を聞いて目を丸くした。
「そりゃ納得だ。お前さんも凄い仕事を受けるな」
「この街に来てから退屈しないよ……出来はさすがだ。ありがとう親方」
「いいってことよ、丁度仕事が空いてたから若手のいい勉強になった」
ぐっ、と握手してから代金を手渡す。若いのが銀貨を確認している間、俺はバーラムに相談を持ちかけた。
「実は親方、そろそろ人手を増やそうかと思ってて……剣や刃物も打てる鍛冶師が欲しいんだ。誰かいないかな」
「なんだお前、リティッタだけじゃ飽き足らずまたウチから引き抜こうってのか」
途端に警戒する顔になるバーラム。そりゃ部下がぽんぽん他所に引き抜かれたらたまったもんじゃないだろう。だがこっちも結構切実なのだ。
「そんなベテランじゃなくていいんだ、出稼ぎで来た新人とか元鍛冶師とかでも」
「ああ……じゃあそういうのがいたら紹介するけど、あんま期待しないでおいてくれ。じゃあ頑張れよ!」
若いのを引き連れて帰っていくバーラム。俺はそれを見送ると死んだ目で夕食を腹に入れて眠りについた。
翌朝。つまり六日目の朝。俺はペンキ乾きたてのゴーレムに剣を握らせた。紅色に塗られた巨体と物騒な大剣のセットはなかなかにインパクトがある光景だった。デコレーション担当のリティッタも満足そうに見上げてうんうんと頷いている。
「名前はどうしましょう」
「戦士タイプだから一応『ラッヘ』の名をつけるか……しかしこう薔薇色だとな」
腕組みをしてふーむと数秒考える。
「じゃあ『ロゼンラッヘ』かな」
「いいですね!ロゼンちゃん」
安直かなと思ったがリティは気に入ったようだ。ラドクリフが気に入るかは知らないが性能がしっかりしてれば文句はあるまい。眠い頭をハッキリさせようとアイスティーを飲んでいたら、その依頼人のラドクリフがやってきた。
「俺にも一杯くれないか」
「ああ、リティッタ頼む」
はーいと冷凍庫の方へ走っていくリティッタ。俺はアイスティーを飲み干しながらラドクリフに椅子を出してやった。
「随分と早起きなんだな」
「待ちきれなくてな……アレか」
「ああ、強そうだろ?」
ラドクリフが『ロゼンラッヘ』の頭から足元までをゆっくり見定める。
「ああ、頼もしいな。派手な色も敵の目が集中して良いかもしれない」
「なるほどそういう考え方もあるか」
リティッタにアイスティーの礼を言ってラドクリフが一気に飲む。
「すぐ持って帰れるか?残りの100枚は帰ってきてからになってしまうが……」
「ああ、くれぐれも死なないでくれよ」
「わかった、ありがたく使わせてもらう」
『ロゼンラッヘ』をマナ・カードに収納し魔操杖を渡す。さすがにここからあの巨体を連れて行くのは辛かろう。俺はリティッタと戦地に向かうラドクリフを見送った。
「大丈夫でしょうか……」
「どうだろうな。ラドクリフは頭は良さそうだが仲間次第じゃないか。今の俺には無事を祈りながら寝るしかできねぇよ……ふぁあああ、閉店の札出しといてくれ。そしたら今日はもうお休みでいいぞ」
「ホントですか?やったー!クレープ食べに行こーっと!」
喜んで飛び回るリティッタを見ながら俺は簡単に工具を片付け始めた。
数日後、ラドクリフ達が街に帰ってくると聞いたので時間の空いていた俺とリティは広場まで迎えに来た。他にも冒険者ギルドや酒場の店員が結構集まって来ている。それだけ今回の討伐が重要な物だったという事だろう。
「来たみたいですよ」
街の入り口の方から歓声が聞こえてきた。見ると大通りを冒険者の集団がぞろぞろと歩いてくる。ラドクリフ達だ。20人近くいるが全員武器も鎧もボロボロだった。その先頭を歩くラドクリフがこちらを見つけて近寄ってくる。
「ジュンヤか、なんとか討伐は完了した。感謝する」
「ああ、みんな無事そうで良かった……『ロゼンラッヘ』は?壊れちまったか?」
「すまん」
そう言ってラドクリフは後ろの方を見た。同じ方向から街の住民たちの驚きの声が上がる。
(!)
そこには、台車で運ばれる『ロゼンラッヘ』の残骸があった。四肢はバラバラにもげて鎧も歪みだらけ。あの大剣が途中で折れているのにはさすがの俺もビビった。
「こりゃあ……相当の激戦だったんだな」
「ああ、お互い正面からのぶつかり合いだった。後で死骸を数えたら63頭いた。ゴーレムがいなかったらこちらは全滅を免れなかっただろう。最後の最後まで俺達の壁になってくれた、本当に頼もしい奴だった」
「役に立ったのならアイツも本望だろう。心配するな、ゴーレムはまた直せる」
「ああ、ありがとう」
それからラドクリフは、残りの銀貨100枚と拳大の大きさの金塊をくれた。
「これは?」
「予想通り、連中結構ため込んでいやがった。それが一番大きな金塊だったんだが、みんなで話し合って命の恩人にって事になってな」
ラドクリフの仲間たちが、順番に俺とリティッタと握手をした。
「ありがとうな、助かったよ」
「お前さん凄いゴーレムを作るんだな、マジでめちゃくちゃ強かったぜ!」
「ああ、剣の一振りでデミュルフが三頭ぐらい吹っ飛んでったもんな」
「頑丈さもヤバかったぜ。あんなに斧やハンマーで殴られても一歩も引かなかった」
感謝の言葉を貰いながら全員と握手を終えると、最後にまたラドクリフがやってきた。
「困った時は、また頼りにさせてもらうよ」
「ああ、いつでも来てくれ。暑くて辛い日でもな」
そう言って俺達は笑いながら肩を抱き再会を喜んだ。




