1-25 学生とブーメラン:後編
ジェフも引き上げた所でゴーレムの製作にかかる。作業用の椅子に腰かけて、『ラッヘ』フレームを見ながら考えをまとめ始めた。
(エイプ、ってことは猿なんだろうな。話していた感じだと一匹一匹が早いわけではなさそうだ。飛行しているのをなんとかすればジェフ達でも対処可能なんだろう。金属製のネットでも投げるか……しかし10匹と言っていたから、それを全部網で捕まえるのは現実的ではないな)
魔物に合わせて対策を考えるのは苦手な事ではないのだが冒険者の命がかかっている以上極力万全を尽くさなければいけない。今回は戦闘経験の無い学生が同行するので余計に慎重になる。考えが煮詰まり、うーんと唸り始めた所で窓の外を見ていたリティッタが呟いた。
「珍しい」
「どうした」
俺の言葉にリティが空の一点を指さす。そこには一羽の大きな緑色の羽根を持つ鳥が旋回していた。
「デュリンカイトです。南の方に多いんですが、この街で見るのは初めてかも」
「へぇ」
あまり鳥に興味はないが、そのデュリンなんとかが青空に優雅に弧を描きながら飛んでいるのは美しいなと思えた。その時、俺の頭はある武器の事を思い出した。
「よし!」
窓から離れて倉庫の方へ走り出す俺の後をリティッタもタタタとついてきた。
「何か思いついたんですか?」
「ああ、あの鳥のおかげで何とかなりそうだ」
ありったけの鉄クズを炉にぶち込んで長方形の鉄板を10枚作ってもらう。それからその板を順番に削りだし、刃を付けながら穴を開け軽量化をしていく。枚数があるのでとにかく大変だ。この作業で1日半が消費された。
「あー、辛ぇ。やっぱこういうのは鍛冶師の仕事だよな……」
ゴーレムの本体の方は腰部を強化、高トルクで何回も回せるように耐久性の高いパーツを組み込んだ。足回りにはアンカーを付け背面には楕円形の鉄板を使ったホルダーを背負わせる。
二日目の夜、キッチンから美味そうな香りが漂ってきた。作業の手を休めて匂いの元へ引き付けられるようにフラフラと歩く。
「サボリはダメですよ、ご主人さま」
「少しぐらい休ませてくれ……何作ってるんだ?」
「カレーです。牛の肉を煮込んだカレー。ご主人さまに元気出してもらおうと思って」
「マジか!」
こっちの世界に来てカレーが食えるとは思わなかった。しかも牛すじ煮込みカレーとは。嬉しくなって手袋を脱ぎリティッタの頭を撫でる。
「カレー好きなんだ。ありがたい。こっちの世界じゃメジャーなのか?」
「十年くらい前からみんな食べるようになったみたいです。私が子供の頃にはみんな食べてましたよ。一応、地球の食べ物って事らしいです」
「オースガールでは誰も食ってなかったな……そもそもあっちはあまり地球由来の物は無かったけど」
いただきます、と手を合わせてからスプーンを取る。ほくほくと湯気を上げる牛肉にイモや野菜、そしてブラウンの美味しそうなルーが俺の胃から全身にパワーをくれる。こちらではパンにつけて食べるのが作法らしい。白米でないのははなはだ残念だが、カレーの出来は文句なしだ。
「美味い!リティッタは料理人になった方が良いんじゃないか?」
「私なんか全然ですよ。この街には腕のいいシェフやパティシエがたくさんいるんですから」
「そうかー、俺はリティの飯が一番舌に合う気がするなー」
「煽てたって何も出ませんよー。それより……」
リティッタの視線の先には完成間近のゴーレムがいた。
「今回のはなんだかヘンな作りですね。それにあんなに刃物作っても二本の手じゃ持てないんじゃないですか?」
「大丈夫、うまくいくさ」
不審そうな目で見ているリティッタの前で俺はニコニコとカレーをパンにつけた。
三日目の朝、ジェフが学生たちを連れてきた。裏庭に用意した俺の新作ゴーレムを見ると4人は一様に目を丸くした。
「これは……なかなか斬新なシルエットですね……」
俺の作ったゴーレム『ブルディゴ』は本体は戦士タイプのように鎧を着ていて両手に“く”の字に曲がった剣を持っている。その剣を背面に放射状に8本格納してあり、遠くから見たら派手な戦国武将の鎧に見えるかもしれない。
「この剣で次々と敵を叩き斬るんですか?」
坊主頭の学生が興奮気味に俺に聞くが、俺はもったいぶって左右に首を振った。
「あの樹に付けた袋を見ているといい」
『ブルディゴ』用にセットアップした魔操杖を持ち、その先を少し離れた樹のてっぺんの布袋を指した。それからゴーレムに魔操杖でコマンドを送る。『ブルディゴ』はぐるりと上半身を90度ほど捻ると、両脚のアンカーを地面に突き刺した。
「いくぞ!」
ギュオオオオオッ!
ゴーレムの上半身が反対方向に急回転する。加速しながら三周も回った所で『ブルディゴ』は手に持った剣を手放した。曲がった剣はこちらも回転しながら弧を描いて革袋に突き刺さりバラバラに切り裂く。剣はそのままグルグルと飛び、ゴーレムの足元にグサッと刺さって止まった。
「おおおおおお!」
見ていた4人とリティッタから驚きの声と拍手を頂いた。俺は少しドヤりつつも説明を加える。
「と、言うわけでいわゆる金属製の重いブーメランだな。人には使えない重さだがコイツなら難なく投げられる。もちろん手に持ったまま打撃に使う事も可能だ。全部で10本あるからそのバンパイアエイプとかいう魔物にも十分通用するだろう」
「素晴らしいゴーレムです、ありがとうございます!」
学生たちは何度も何度も礼を言ってお辞儀してくれた。ジェフもこっそり胸をなでおろしている。
「これなら彼らを無事に壁画の間まで連れて行けそうです。ありがとうございます」
「引率大変だろうけど、頑張ってくれよ」
そうして、彼らはそのまま湖迷宮に向かっていった。俺はやれやれと凝った体を伸ばしながら店じまいの準備をする。
「今回も疲れたなー。あの鍛冶の作業だけでも誰かかわってほしいんだが、鍛冶ギルドに投げたらしっかり金取られるし」
「さすがに私も剣を鍛えるのはできないですよ」
「わかってるよ。だからもう一人くらい雇いたいんだ。でも鍛冶ギルドに入っていないモグリの鍛冶師なんているのかなぁ」
「そんな人聞いたことないですね……」
零細企業は辛いのだなと二人でため息をついて工房を片付け、簡単な夕食を取ってからリティッタは家に帰り俺もベッドにもぐりこんだ。
後日、ジェフが近所の屋台で売っている人気のパンを手土産に話しを聞かせに来てくれた。
「なんとか無事に帰れましたよ」
「ゴーレムは役に立ったかい?」
ジェフはバッチリでしたと親指を立てる。
「バンパイアエイプは13匹いましたが、あのブーメランの威力は絶大でした。一回の攻撃で2匹やっつける事もありましたし、ほぼこちらは無傷であの部屋を制圧できましたよ」
「ああいう軌道の攻撃の方が、多数の敵に有利だし壁も壊さないで済むと思ったからな。上手くいってよかった。で、壁画には何が書いてあったんだい?」
俺の質問にジェフがパンを齧りながら説明をした。
「それほど重要な情報は無かったそうで、少し彼らはがっかりしていましたね。でも5つの迷宮が同じ時期に同じ目的で作られた事や、かなり深く……おそらくは地下50階以上の広さであることは間違いなさそうです。そして、掠れてよく読めない状態でしたが……『封印に注意せよ』という言葉があったそうです」
「『封印』?」
「何かを封印しているのか……それとも先に進むと封印されてしまうのか。詳しい事は良くわからなかったですけど」
「ふぅん……」




