1-21 クワガタと引き抜き:後編
明けて翌日。宝石の件もあるがまずはイーダからの依頼を片付けなければならない。俺の目の前には細長い棒を二本持ったリティッタが立っている。
「いきますよ」
「おう」
俺も木製の盾と片手剣ほどの棒を構えた。それを合図にリティッタが左右から棒で俺を挟みこむ。
「確かに、こう挟まれるとなかなか動きようがないな」
「そうみたいですねえ」
そのスタゴイドとかいう魔物の対策を考える為、俺達は似た動きでシミュレーションをすることにした。
「挟まれる前にハサミを何とかするのがいいんだろうけど」
「鎖で縛りつけちゃうとかですかね」
「そんな難しい事ゴーレムにはできん。どっちかというとこうやって……」
いったん棒の間から出た俺は左右からリティッタの持つ棒を挟んで真ん中に纏めた。
「外側から封じ込める方が現実的だが、これも問題がある」
「相手が一匹じゃないからですね」
「そうだな……もう下ろして良いぞ」
そのあたりまでは昨日考え付いていたことだ。左右から封じ込めてサブアーム的なもので鎖で一匹ずつ縛り付けていくという案もあるが、激しい戦闘中にゴーレムがそれを実行できるか自信が無い。
次善策としてはハサミそのものを破壊する事だが、鉄の盾を壊すような強度のハサミを一撃で壊すのは相当のパワーが必要だろう。動きも速いと言っていたし精度とパワー両方を追求するのはゴーレムに限らず機械には難しい事だ。
(必ず命中して、なおかつハサミを無力化する、か)
「いっその事……」
「いっその事?」
俺の独り言に期待を持ったリティッタが寄ってくる。
「すごい横幅の板を持ったゴーレムがどんどんと前に進んで、そのクワガタ達を壁に挟んで押しつぶす……とか」
「そんなすごいパワーのゴーレム作れるんですか!?」
リティッタが目をキラキラさせた。よくわからんが女の子は一般的にパワー系男子が好きなもんなんだろうか。俺は一瞬考え直し手をぷらぷらと振る。
「作れない事も無いだろうが、イーダが払ってくれる金額では作れないだろうな。『瀑龍』以上のパワーユニットが必要になるから、作ったら銀貨500枚はいっちまう」
「なんだ、残念」
プロである以上赤字を出さないように仕事をするのも重要な事だ。かといって中途半端な物を作って、実際の戦闘で全く役に立ちませんでしたとなると店の評判はあっさり落ちる。ここまでコツコツやって波に乗りかけてる時だ、ヘタな事はしたくない。
「ちゅーても、何もしないで、ウチではできませんって断るのもなぁ」
二本の棒を拾い上げてブンブンと振っていると、ふいに頭の中に閃くものがあった。
(必ず……命中……ハサミ……壊す……)
おもむろにペンを取って図面に線を走らせる。
「人間大の大きさで……ここに加速用の……敵の攻撃に合わせて……」
「うまくいきそうですか?」
今度こそ、と期待するリティッタに俺は小さく頷いた。
「なんとかなるかもしれん。昼メシの用意をしてくれ」
「りょーかいです!」
タタタと二階に上がっていくリティ。俺は倉庫に向かい使えそうな素材と戦士型のゴーレム『ラッヘ』を運び出す。両腕を外し大きな円筒を代わりにつけ溝を切り、そして昼メシを食いまた作業を続ける。物置に転がっていた斧の刃の部分を外し腕に組みこんで……リティッタが鍛冶ギルドに行く頃にはなんとか形が見えてきた。
「なんだかヘンテコな形ですね」
「そう言うな、コレが一番現実的な装備なんだ。……見てくれは悪いけどな。明日は休みでもいいぞ」
「なんだか最近よく休みをくれますね……お仕事サボっていやらしい呑み屋さんとか行ってるんじゃないんですか?」
こっちの世界にもキャバクラとかあるんだろうか。妙な疑いを掛けるリティッタの目から逃れつつ、俺はゴーレムの改造作業に戻った。
「バカ言ってないで、鍛冶ギルドに出発だぞ。親方達が待ってる」
「汚いシャツとかたくさん洗うこっちの身にもなってくださいよー。行ってきまーす」
本気でダルそうに肩を落しギルドに向かうその背中を見て、俺はバーラムの依頼をこなす算段も考え始めた。
さらに明けて翌日。少し遅く起きると同時に呼び鈴が鳴らされた。窓から見える時計台の針はまだ朝鳩の印のあたりを指している。地球で言う9時前と行った所だろう。
「もしかして冒険者ってのは朝に強いのか?」
フリーランス職は昼まで寝てるとかいう勝手な思い込みを改めなければいけないかもしれない。いそいで着替えて玄関のドアを開けると、同じように眠そうなイーダが立っていた。無精髭は先日のままである。
「すまん、早かったか」
「そろそろ起きようと思っていたところだ。この街の冒険者はみんな早起きなのか?」
「自分はもう少し寝ていたかったんだが、仲間のエルフ娘が早くリベンジに行きたいと五月蝿くてな」
随分好戦的なエルフもいたもんだなと二人で笑いながらゴーレムの所へ連れて行く。予想通りと言うか、イーダはその試作中のゴーレムを見て首を傾げた。
「あまりゴーレムに詳しいというわけじゃないから、こう言うのもなんだが……あんまり強くなさそうに見えるな」
「試作中なのでそこは勘弁してくれ……今からコイツの実力を見せよう」
作業机の上から魔操銃を取り起動させる。ゴーレムは小さい土管みたいな筒を嵌めた両腕を、まるでボクサーがガードをするかのように前面に構えた。
「じゃあこの棒で、クワガタが挟むように両側から叩いてみてくれ」
「手加減無しでも?」
「ああ」
俺の返事を聞いて、イーダは両手に持った二本の棒をゴーレムにフルスィングした。棒が左右からゴーレムの腕に叩きつけられるその直前。
ジャキィィィン!
「おおっ!?」
派手な金属音と共に、二本の棒はそれぞれ半分近い所で切り落とされていた。ちょうどゴーレムに当たる部分、両腕の円筒パーツの中から飛び出してきた斧の刃に切り落とされたのだ。
予想外のゴーレムの攻撃に驚きながら切り口を見るイーダ。
「なるほどな、ハサミの方から迫ってきた所をカウンターで切り倒す……か」
「これなら命中に関しては問題無いはずだ。これはまだ試作中だから本番にはもう少しいい刃物を用意するつもりだ。全体的に鎧ももう一回り強化する」
「すばらしいな、で代金の方は」
「ざっと……銀貨で82枚ほど。一応そのクワガタ連中を倒した後、普通の腕に差し替える工賃も含めてあるけど……どうする?」
売ってきたゴーレムと比較しても飛び抜けて高価という額では無い。それでも冒険者に取って安い金額ではないだろう。いつも思うのだが、俺が冒険者なら一時しのぎのゴーレムをこの値段では買わないだろう。それでも結構売れているのは、やっぱり景気がいいのと冒険者が(特に盾役の戦士が)足りないのが影響しているようだ。
「お買い得とは思わんが、長い目で見れば得なのかもしれん……その額で買うよ」
「まいどあり、出来るだけ早く用意するよ」
「わかった、出来上がったら冒険者ギルドか『夜のメープル』亭に来てくれ。だいたいどっちかにウチのメンバーはいるはずだ」
「了解。楽しみにしていてくれ」
うんうんと、期待するようにイーダはゴーレムの方を見てから帰った。
それから二日掛けて、対クワガタ用ゴーレム『ガラッヘ』は完成した。頭部をすっぽり守る長い兜に大型の肩アーマー。それぞれにハサミを弾くような構造のプレートをつけてある。筒の刃物は分厚いナタのような刃を装備させたが、これを鍛えるのがまた大変だった。筒の先は武器を持つ重量の余裕が無かったので、鋭い槍の穂先を取り付けた。
結果的にそのスタゴイドとかいう魔物の討伐は上手くいったようだ。スタゴイドのハサミを『ガラッヘ』は挟まれては内側から叩き折り、挟まれては叩き折りで総勢4匹をノックアウトしたらしい。なかなかシュールな戦闘だったそうだ。
持ち帰られた『ガラッヘ』の腕を、普通の腕に取り換える俺の横でイーダは満足そうに話を続けた。
「最初は内心胡散臭いなと思っていたけど、お前さんいい腕してるじゃないか。これで次の階層に降りられそうだ」
「そういうの、わかる物なのか?」
「大体だがどの迷宮も作りは似ているからな。正確な地図を作っていれば1階層ごとの広さは読めてくる。たまにいきなり広い階層があったりするんだが……昨日聞いた話だと、どうも意外な話があるらしい」
「というと?」
あまりに小声で言うので俺も興味を持って聞いてしまった。
「今、俺達より少し強い冒険者パーティが草原迷宮と荒野迷宮の21階を探索中なんだが、それぞれに怪しい細長い通路が合ってな……それがお互いの迷宮の方へ伸びているんだよ」
「え?って事は……」
「そうだ。もしかしたら二つの迷宮は繋がっているのかもしれん」
意外と言えば意外だが、不思議とその話は真実なのではないかと俺にも思えた。
「……五つのうち二つだけがくっついているなんて事あると思うか?」
「勘が良いなジュンヤ。でもその先はまだ論じるのは早い。冒険者は自分で見た物を信じる、がセオリーさ」
ニヤっと笑って無精髭の男は椅子から立ち上がった。ちょうど『ガラッヘ』の換装が終わった所だった。
「またなんかあったら頼りにさせてもらうよ。ありがとうな」
「ああ、いつでも来てくれ」




