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1-2 店開き


 翌朝。安酒で二日酔いになった体を安宿で起こす。荷物はそのまま置かせてもらい、財布と魔装銃だけを持って宿を出た俺は近くの屋台でパンとレモンのジュースを買って広場で朝飯を済ませた。

 壊された石畳はそのままだが、半壊した3つの店はどれも布や薄い板を壁代わりにしてニコニコと開店の準備をしていた。なかなか逞しい人々だ。


 「さて、行くか」


 立ち上がり市庁舎を目指す。聞いた話では市長はこの街の一番大きな冒険者ギルドも統括していて、その事務所もこの建物にくっついているらしい。市庁舎側の受付の兵士に紹介状を手渡し、二階の応接室まで通してもらった。新しい建物のようで絨毯や壁にかかった絵画、廊下の壁の燭台も古さを感じない。座っている革張りのソファも高級そうだ。


 (街が景気がいいって言うのは本当なんだろうな)

 

 そうでなければ、壊された店の連中もあんなに機嫌よく働こうとはしないだろう。そんな風にソファで考えていると一人の女性が部屋に入って一礼した。


 「ジュンヤ様、お待たせ致しました。執務室までお越しください」


 秘書らしい眼鏡のお姉さんに案内されていく。市長は応接室まで来れないほど忙しいのだろうか。重い木のドアの先を見た時、俺は予想が当たっていた事を知った。


 広いデスクの上にいろいろな書物や書類が山積みになっている。その山の向こうに40代くらいの銀髪の男がいた。銀縁の眼鏡に白い清潔なシャツが目につくが、その表情はまるっきり清廉潔白と言える人柄でもなさそうだ。


 「悪いね、こんな所で」


 「いや、構わないさ」


 市長の言葉にそう答えながら、勧められた小さなスツールに腰かけ秘書さんからコーヒーを受け取る。市長はチラリとこちらを見たっきりペンを走らせる仕事に戻った。


 「昨日、街で暴れた魔物をやっつけてくれたと聞いている。凄腕のゴーレム術師が来てくれてありがたい。街でももう噂になっているらしいな」


 「そうなのか」


 確かに来る途中ちょいちょい視線は感じたが、歓迎されているのならこちらも仕事がやりやすくて助かる。


 「ジュンヤと言ったか。21歳。オースガールからは遠かっただろう」


 「ああ、三か月かかった。俺は何人目のゴーレム屋なんだ?」


 「一人目だ」


 事もなげに言う市長の回答にブッ、とコーヒーを吹いてしまった。


 「この三か月、一人も……いや、一人くいっぱぐれたゴーレム術者が来たが三日で帰って行ったな。魔物がたまに街に来て危ないし故郷で仕事をした方が安定して儲かると言って」


 「……まぁ、ゴーレム屋はだいたい固定客を持ってるからな。それを置いて冒険者相手の商売をしようって奴はあまりいないだろう」


 「キミはどうなんだ?」


 「俺は少し前にやっと師匠から免許皆伝をもらったんでね、客がまだいないんだ」


 「なるほど、好都合だな」


 ペンを置き、市長もコーヒーを一口飲む。苦かったようで砂糖をがばがばと追加してスプーンでかき混ぜてから、白磁の上品な砂糖壺を俺の方に差し出す。


 「いや、いい」


 「そうか」


 ゴトリと砂糖壺をデスクに置き、またペンを握りだす市長。


 「この街の周辺で発見された迷宮は5つ。いずれもまだ地下10階前後を探索しているが最奥はもっと深い所にあると思われる。既にこの街には2000人の冒険者がやってきたが、奥に行けば行く程凶暴な魔物が出てくるためなかなか探索は進まん。酒場で飲んだくれているだけの半端な連中もいるようだしな」


 「それで、ゴーレムか」


 ゴーレムなら壊れたら直せばいいし、いざというときは囮にして置いてきてもいい。壊れても人の命に比べれば安いものだ。いかにも冒険者ギルドのトップらしい考え方だと思う。 


 「そうだ。我ながら妙案だと思ったが肝心のゴーレム術師が集まらなくてな」


 「……せめて市長から月給を出せばいいんじゃないか?安くてもいいからさ」


 「それについては商工会の連中が五月蠅くてな。できるだけオープンな財政を目指しているため誤魔化せん」


 どうやらケチではなく堅物のようだ。だが、まぁ信用できる人物のようでもある。


 「事情はわかった、じゃあしばらくは頑張ってみることにしよう」


 「よろしく頼む」


 こちらを見ないで手を伸ばす市長の手を握ってから、俺は秘書さんに連れられて部屋を出た。








 

 


 

 「悪く思わないでくださいね」


 地下の資料室に入った所でマーテと名乗った秘書さんが俺にそう言った。


 「ン、ああ市長の事か?」


 「はい、仕事の虫過ぎてどうにもコミュニケーションを大事にしないというか……いい人なんですが」


 「それより砂糖壺を取り上げた方が良いと思うぞ」


 「アレが切れると仕事が出来なくなるんです、あの人」


 そう苦笑いする秘書さん。二十歳過ぎ……俺とあまり変わらない年齢に見えるが、意外と市長といい仲なのかもしれない。


 「それで、ジュンヤさんのお家なんですが……あまり新しい家は紹介できませんが、できるだけご希望に沿うところを探します。何かご要望はありますか?」


 「そうだな……」


 椅子に腰かけながら一つずつ希望を並べていく。


 「やっぱり広い作業場が欲しい。五月蠅いとか隣近所から言われるのも嫌だから郊外の方がいいかな。あとはちゃんとした井戸があって水が自由に使えるとうれしい……注文多いかな」


 「まぁ、そんなに選べるほど多い条件では無いですが……」


 ぺらぺらと分厚いファイルをめくっていく秘書さん。ノースクローネの物件全部が管理されてるとしたら、それは凄い事だなと感心していると、秘書さんの細い指が止まった。


 「これはどうでしょう」


 「どれどれ」


 間取りを見せてもらうと、結構広いようだ。もともとは屋敷かなにかだったようで1階は広いホールと小部屋、二階に寝室やキッチン。裏手に井戸とトイレもある。


 「見てみないとわからないけど、いい感じだな」


 「では実際に行ってみましょうか。ちょっと歩きますが、大丈夫ですか?」


 「ああ、頼む」


 秘書さんはファイルを棚に戻すと、職員の仲間に言付けて俺と一緒に市庁舎を出た。普段は仕事で中に籠ってる事が多いので出かけられるのは嬉しいらしい。


 物件は街の南西側にあるらしい。大通りから外れてくねくねと続く住宅や職人の店が並ぶ小路を30分ほど歩くと、いったん空き地のような所に出た。小さな川と草っぱらがあり、橋を渡った所に大きめの古い家が見える。オレンジ色の屋根と壁が印象的な二階建ての家だ。その先には街の外壁が見える為、街で一番端っこの住所なのかもしれない。


挿絵(By みてみん)



 「あちらがそうです」


 二人で大きな雨戸を開けて中に入る。多少掃除は必要そうだが、壁や窓が壊れているという事は無く水も無事使えた。放置されていた物件にしては程度が良い。二階の部屋も布団さえ買って来れば今夜から寝られそうだ。


 「広いし、街から少し離れているのも気に入った。いくらなんだ?あんまり金は持ってないが……」


 「市長から、最初の1年は無料と伺ってますわ。来年からはその1年の成果次第でまた交渉と」


 「そりゃあ太っ腹だな」


 現代日本で暮らしていた身としては、タダで住める家なんてのはとんでもないワケあり物件しか思いつかない。異世界は土地問題があまりないのだろうか。もしくはこの家もそのワケあり物件か。


 「じゃあ決まりですね。こちらにサインを」


 「はいはい」


 サラサラと署名したが、うっかり漢字で嶋乃純也と書いてしまった。その文字を見た秘書さんが小さく驚いた。


 「変わった名前だと思っていたけど、もしかして地球という所から来た方?」


 「ああ、すっかり言いそびれていたが二年前にな」


 「そうなの、昔話では良く聞くけど本当に地球の人に会うのは初めてだわ」


 この世界では俺みたいに地球から転移してきてしまう人が時々いると聞いていたが、俺も他に地球人に会ったことが無いのでその話の真偽はわからない。何にせよあまり地球に帰る気のない俺には関心の無い話だったが。


 (それよりは、行き倒れの俺を拾ってくれた師匠の悲願を叶えてやりたい)


 その為にも、この街でゴーレム屋として一旗揚げる必要がある。頑張らねば。


 「それでは、私は帰って冒険者ギルドに新しいゴーレム職人が来たお知らせを出しておきます。これからよろしくお願い致しますね」


 「ああ、いろいろとありがとう」


 マーテと別れた俺は改めて中に入ると、奥の作業場に行きベルトから銀のマナ・カードを出して魔操銃に入れた。床に向かってトリガーを引くと、部屋いっぱいに魔法陣が広がり次の瞬間には炉や工作台や工具箱といった仕事道具がどっさりと出てくる。

 プシューと白煙と共に魔操銃からマナ・カードが排出された。真ん中辺りでバッキリとヒビが入っている。収納魔法のマナ・カードは耐久性が低いので大きな荷物を運ぶとすぐ壊れてしまうのだ。このカードももう使い物にならないが、しばらく引っ越す予定はないので大丈夫だろう。


 仕事道具を並べ終わった頃にはもう夜になっていた。急いでひとまずの寝床のハンモックを吊るす。


 「とりあえずコレで、仕事は出来るか」


 俺は満足してパンパンと手を打った。宿屋に荷物を取りに行くついでにメシも済ませてしまう。肉団子のスープで安い割にはウマかった。冒険者の街のせいなのかノースクローネには安くてウマい店が多いのかもしれない。ありがたい事だ。家に帰ってから前もって作って置いた看板を掛けて寝る事にした。


 『ユーヴェンス・シマノ・ゴーレムファクトリー』


 


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