1-10 仕入れ商人
「そろそろ材料を補充しないといかんな」
特に客も来ない昼下がり。リティッタと倉庫の整理をしながら俺は呟いた。いくつかゴーレムを作って売れたのはありがたいがオースガールから持ってきた部品の在庫は底を尽きかけていた。
「補充ですか?」
「ああ」
ゴーレムのエネルギーである魔鉱石、ゴーレムを収納したり能力をアップさせるのに使うマナ・カード(結構お高い)、歯車用のオイル、人工知能の役割を果たすヴィリュドクリスタル(稀少鉱石でこれも高い)など、マシンゴーレムの作成にはその辺の店では買えない部品が多数必要となる。
「どこで売っているんですか?」
「安定した質のものを買うとなると、やっぱりゴーレム研究宮のある南のムトゥンドラだな」
「ムトゥンドラ!?歩いたら30日はかかりますよ!ナーズ湖からたまに不定期便の飛空艇が飛んでいますけど乗船チケットはすごく高いですし」
びっくりして大声を上げるリティッタにまぁまぁと手を振る。
「流石に俺もホイホイとムトゥンドラまで行く気は無い。ちゃんと業者を頼んである」
「業者さん?」
ちょうどその時、ドンドンと工房の扉を叩く音ととても上品とは言えないガラガラに掠れたオヤジの声が聞こえた。
「おおい、ジュンちゃん。いるかーい?」
「その業者さんのお出ましだ」
完全に不審がっているリティの小さい頭を撫でてから俺はドアを開けた。
「ヤンバのオヤジさん、よく来てくれたね。入ってくれ」
玄関には背の低いむっちりとした体の中年が立っていた。禿頭で無精髭に欠けた前歯、背負ったリュックは本人と同じくらい大きくパンパンに詰まっている。長旅の埃にまみれて汚れた顔でニカッと笑うヤンバさんを俺は工房に迎え入れた。ほぉー、と工房の中を見回してから、バンバンと俺の両腕を乱暴に叩く。
「いやー、立派な工房じゃないかジュンちゃん!一人立ちして大丈夫かってこっそり心配してたけど、オラァ安心したよ!」
「いやあ、雇われで借りてるだけだよ。まだ10機も売ってないし。こっちはリティッタ、助手をやってもらっている」
ヤンバさんにリティッタを紹介する。ちょっとブルっているがリティはぺこりと挨拶をした。
「リティッタです。少し前からジュンヤさんの所でお世話になっています」
「おうおう、こんな可愛い看板娘まで雇って!お師匠さんも喜んでるだろうよ」
満面の笑顔を見せるヤンバさん。今度はリティッタにヤンバさんを紹介する。
「リティッタ、こちらは運び屋のヤンバさん。師匠の所で修行していた時からお世話になっているんだ」
前に聞いた話では、歳はもう40間近。こちらの一年は地球より少し長いらしいからもう地球で言えば四十路くらいかもしれない。それでも結構パワフルに行商をしているオヤジさんで、師匠のゴーレムの部品を納入しているので顔馴染になった。俺がこの店を開ける時に真っ先にやったのがこのヤンバさんに挨拶の手紙を書く事だった。早いもんだねェと無精髭を撫でるヤンバさん。
「もう2年前か、地球から“落っこちて”きジュンちゃんが剣も魔法も使えないってんでユーヴェンスさんがゴーレム作りを仕込んで……それからあの人はあっと言う間に亡くなっちまったけど、あのゴーレム作りの技をジュンちゃんが無事に継いでくれたみたいで一安心ってとこさぁ」
「まだまだこれからだよ。それよりこんな遠くまで来てもらって、悪かったね」
保冷庫から冷たい水を出しカップに入れて渡すと、ヤンバさんは実に美味そうにそれを飲み干した。
「いやぁ、商売だからね。流石にノースクローネは初めてだけど逆にここでも商売ができるかもしれん。そのためにゃとりあえずジュンちゃんにゼニをもらわんとな」
「確かに。じゃあ早速買い取らせてもらうよ」
いい心掛けだ、と笑ってヤンバさんは床に置いた巨大リュックから次々と品を出し始めた。魔鉱石にマナ・カード、希少金属にクリスタル……結構な量の部品が工房の真ん中に山と積まれる。
「……で、このチューブと高級膠で……締めて銀貨51、ってとこだな」
「うぬぬ、やっぱりこの量となるとなかなかの金額だねぇ」
ボリボリと頭を掻く俺の服をちょいちょいとリティッタが引っ張った。
「ご主人さま、結構生活費ギリギリですよ」
別にヤンバさんを疑ってるのではないだろうが、懐具合を心配してか俺に釘を刺すような事を言う。
「ん……でも、ヤンバさんはしょっちゅう来れる訳でもないんだ。商人が街道を旅するのも危ないし、この街でまたモノを仕入れて他に売りに行かないといけない。ここはポンと気前良く払わないといかん。金はまた頑張って稼ごう」
「わかりました」
諭すようにそう言うとリティッタは二階の金庫に向かった。その後ろ姿を見たヤンバさんが俺の腕を肘で小突く。
「可愛い上にしっかりした子じゃないか、あんなのどこで拾ってきたんだい?」
「鍛冶ギルドで家政婦みたいなことをしている子さ。別にやらしい飲み屋とかじゃないよ」
「なるほどねェ……でもああいうの、嫁にすると大変なタイプだよジュンちゃん」
「そういうもんですかね。俺は結婚とかあまり考えてないですけど。アイツなんかまだ13ですよ」
「なに、そんくらいで嫁に行くなんてクニじゃ珍しくもねぇよ」
トントンと階段を降りてくる足音に、俺達は少し離れる。リティはそんな俺達を見て少し首を傾げたがすぐにこちらに来てヤンバさんに銀貨の入った革袋を渡した。
「銀貨51枚です。確かめて行ってください」
「おうおう感心なお嬢ちゃんだ。アンタ、いい嫁さんになるよ」
その言葉に顔を朱くするリティッタ。
(全く、人をからかうのが好きなおじさんだよ)
ヤンバさんは手慣れた速さで銀貨を数え終わった。
「はい、確かに。まいどあり。それにしてもこの革袋、やけにしっかりした作りだネ。この街で売ってるのかい?」
「これは私が縫ったんです。織物屋さんに下宿しているのでその手習いで」
「ほう!大したもんだ。ちょうど薬を入れる袋が欲しかったんだ。これ銅貨5枚で買おう、いいかい?」
ヤンバさんの言葉にリティッタが驚いてぴょんと跳ねる。
「そんな、売り物でもないのにそんなに貰えません!」
「いやいや、しっかりした商品にはちゃんと金を払わんと商人の名がすたる。ジュンちゃんの面倒見てくれるお駄賃みたいなもんだと思って、な」
ヤンバさんはそう言って銅貨をリティッタに握らせた。振り返るリティに俺もやれやれという顔をしながら頷く。
「すいません、頂きます」
ウンウン、と満足そうに言うとヤンバさんはすっかり軽くなったリュックを背負った。
「もう行っちゃうのかい。晩飯でも一緒にと思ったのに」
「お、いいねぇ。じゃあ宿を取って、それから他所で売れそうなものを見物してからまた来るよ。夕方くらいに空けといてくれな」
じゃあなーと歳を感じさせぬ軽快さでヤンバさんは街に繰り出していった。
「変わった人ですねぇ」
「まぁあの歳までずっと一人で行商してるってのは珍しいんじゃないかな、よく知らないけど」
とりあえず俺達は買い取った部品の整理をしながらヤンバさんを待つことにした。
ヤンバさんと再び集まった俺達は『三国駱駝』で飲む事にした。飯と酒、両方住ませようというならココが一番コスパがいい。
「しかし随分買いこみましたね」
ヤンバさんのリュックにはもう他所の街で売る為の品がパンパンに入っていた。
「いやー、遺跡から出る古代王国の食器とか燭台とか叩き売られてたからさ!この街じゃそんなもん溢れかえってるのかもしれないけど他所の好事家なら言い値で買ってくれるよこりゃ。それにモンスターの肝から作った薬とかもいいね。オースガールの寝たきりの金持ちに売りつけよう」
シッシッシと悪い越後屋みたいに笑うヤンバさん。
「いい商売が出来たみたいでよかったよ。とりあえず乾杯しよう」
ワインに、リティッタにはソーダを持たせ乾杯する。今日は湖で大量に白身魚が獲れたようでどの卓でも焼き魚が湯気を立てている。カレイに似た食感の身をほぐしながら俺はヤンバさんに聞いてみた。
「オヤジさんからみたこの街は、どうだい?」
「景気良さそうだねェ。なんつっても5つも迷宮があるってんじゃないか。どこ行っても冒険者がいるし、それでも人手が足りないってんならアイツらにゴーレムを売ってしばらくは稼げるんじゃないの?」
モグモグと魚と鶏肉の団子を頬張りながらヤンバさん。マナーはお上品ではないがさすがこの街の事を簡単に見抜いている。
「そもそも、ゴーレム職人が全然いないってのも不思議だがねェ」
「市長の出した条件が悪いのさ」
「まぁ、稼げるかわからなければマトモなゴーレム屋は手を出さんか」
またシッシッとヤンバさんは笑った。
「ご主人さまはまっとうなゴーレム職人ですよ!」
ぷんぷんと怒るリティッタを宥める。この子にはまだ大人の呑み話には早かったか。
「ああ、スマンスマン。ジュンちゃんはしっかりしたゴーレム職人さ。まぁここでジュンちゃんが稼いでるって話が拡がれば他のゴーレム屋も来るだろう。しかし市長サンはゴーレム研究宮には依頼しなかったのかねェ」
「確かに……」
言われてみれば妙である。オースガールはゴーレム研究宮のあるムトゥンドラより遥かに遠い。わざわざ俺の様な駆け出しをスカウトしに何カ月も歩くよりムトゥンドラで探した方が絶対に早そうだが。
「研究宮も結構金にうるさいみたいだから、市長の方から避けたのかもな……そのうち理由でも聞いてみよう。オヤジさんはこれからどこへ?」
「街道沿いにオースガールまで行くよ。ジュンちゃんの代わりに墓参りもな」
「悪いね、花でも供えてやっといてよ」
「ああ、ジュンちゃんも頑張れよ」
「ありがとさん」
もう一度ヤンバさんと杯を交わす。異世界の人間であってもこうやって心配してくれる人がいるというのはうれしい事だ。
 




