1-1 ノースクローネ
夏の風が吹き抜ける街道を歩き終え、ようやく目的の街が見えてきた。
迷宮都市ノースクローネ。5つの大迷宮に囲まれた冒険者が集う街。もっとも俺は冒険者としてやってきたわけではないが。
「地球からこの異世界に飛ばされて約2年。“仕事”も覚えてようやく独り立ちか」
ボロボロになった革のカバンをしょい直して、古い石造りのアーチ門をくぐり街の中に入る。食料品、酒場や食堂、宿屋などが並ぶ大通りの先に大きい建物が見えた。あれが市庁舎だろうか。日本で暮らしている時も役所に行くのは面倒だったが“依頼”の件もあるし仕方あるまい。
とりあえず美味そうな店で昼飯を取って長旅の疲れを癒そうと店を見ながら歩いているうちに広場に出た。人通りも多いしこのあたりならいい店もあるだろう。と、そんな事を考えているとガラガラと大きな車輪の音と共に広場に冒険者の一団が大八車のようなリヤカーを引っ張ってやってきた。迷宮でお宝でも見つけたのだろうかテンションが高い。その辺の野次馬に混じって俺も覗きに近寄っていく。
(なんだ、鎧を拾ってきたのか……?)
リヤカーの上には装飾の施された黒い艶のある金属鎧が詰まれていた。古い物に見えるが状態は良く部品も揃っているようだ。何より大きく巨人のようなサイズでその筋の店に持ち込めば高く売れるだろう。冒険で疲れているはずの彼らが喜んでいるのも頷ける。
「“いわくつき”のお宝じゃなければ、な」
独り言を呟きながら俺は嫌な予感に懐に手をやる。同時に、リヤカーの鎧が誰も触れていないのにガタガタと揺れ始めた。冒険者や野次馬たちがざわめきだす中、鎧が勝手に人型の姿を取り立ち上がる。高さは5メートルほど。武器は持っていないが全身が金属鎧なので厄介な魔物と言っていいだろう。
「呪いの武具じゃねえか!」
「危ない、逃げろ!」
パニックを起こし逃げ出す人々を無視して呪いの鎧・『カースドアーマー』は暴れ始め、近くの店や噴水を破壊した。最初から盗掘者を想定したトラップだったのだろう。あんなものを鑑定もせずに街まで持ちかえるとは迂闊な冒険者だ。おまけに無責任にも一目散に広場から逃げ出している。
近場にいた冒険者らしい魔法使いから電撃の魔法が放たれたが、『カースドアーマー』には全く通じていないようだ。
(どうすっかな……倒しても金もらえるわけでもなさそうだし)
銭に汚いと言われそうな事を考えているうちに『カースドアーマー』が歩き出す。なんとも具合の悪い事にその先には震えて動けないでいる幼児がいた。遠巻きに見ている女たちから悲鳴が上がる。
そんな中、栗毛の髪の小さい女の子が飛び出してきた。幼児を抱きかかえて逃げようとするが、鎧の鉄拳が壊した石畳の破片に躓き転んでしまった。
「ちっ、仕方ねぇな!」
流石に子供のピンチを見過ごすほど腐ってはいない。懐から抜いた黄金に輝く魔道具、魔操銃の銃口を開けた。続けてベルトからブルーに輝くマナ・カードを引き抜き、魔操銃の後ろに差し込む。
銃に埋め込まれたジュエルが輝き起動可能になった事を知らせる。
「我が命により界封の楔を解く!」
俺は魔操銃を子供たちと『カースドアーマー』の間に向け、トリガーを引いた。
「出でよ、『瀑龍』!!」
銃口からまばゆい光が放たれた。光は子供たちの前で大きく円を描きながら魔法陣となり、その中にユラリと揺れる大きな影が現れる。
「な、なんだ!?」
人々がどよめく中、影は実体を伴って魔法陣から“現出”した。金の前立てに青い鎧、戦国時代の鎧武者に似た姿の機械人形。動く鎧ほどではないが俺よりも二回りは大きく、背中に差した二本の太刀も相まって威圧感のある出で立ちだ。
鎧武者の機械人形『瀑龍』はゆっくりと刀を抜き両手に構え、間合いを取る。『カースドアーマー』も『瀑龍』を敵と認めたのか、両腕を胸の前に上げて戦闘姿勢を見せた。その右腕を引き、大きなモーションでパンチを繰り出してくる。
(受け流して、切り落とす!)
俺は素早く魔操銃の側面に並ぶスイッチをいくつか押し込む。『瀑龍』は俺の操作に従い左の刀の背でパンチを逸らせた。続けて上段に構えていた右の太刀をその拳に向けて振り下ろす!
ギィィィン!!
金属同士がぶつかり合う耳障りな音が響き渡る。当たり所は悪くなかったハズだが、『瀑龍』の一撃は鎧を怯ませるだけに留まった。予想はしていたよりもかなり硬い。もしかしたら魔法による強化がされているのかもしれない。
(だとすると、厄介だな……)
一瞬横目で子供たちのほうを見ると女の子はようやく立ち上がる所だった。
「早く離れるんだ!」
「あ、ありがとうございます!!」
逃げる女の子達に迫る『カースドアーマー』に左右から連続で胴切りを打ち込む。のけぞった奴の鎧には傷跡が刻まれたが大きなダメージにはなっていなさそうだった。一見こちらが押しているように見える……が長引けば不利になるのはこちらかもしれない。一気に倒してしまわなければ。
俺は再びベルトに手をかけ、赤いマナ・カードを魔操銃に装填した。
「赤き理、煉獄断罪の刃を成せ!劫火殲刀!」
カードに封印された魔術文字が『瀑龍』の両の太刀に纏わり、灼熱の炎へと姿を変える。『瀑龍』が炎の刀をブォン!と振り上げると広場中に火の粉と熱風が吹きわたった。
「決めるぞ、『瀑龍』!!」
機械人形の背中に向けた魔操銃のトリガーを引く。刀を構えた『瀑龍』は全身の歯車を唸らせながら『カースドアーマー』に向けて猛進した。敵も両腕で二本の刀を捕えようと手を突き出してくる。
(無駄だ!)
正面まで踏み込んだ『瀑龍』が上段から×の字に太刀を振り下ろす!
ジュッ!鉄が焼ける音と白煙が溢れる。炎の太刀は『カースドアーマー』の両腕を、そして胴体、両足までも飴細工のようにドロドロに溶かしながら分断した。念を入れて、返す刀で頭と胸も真っ二つにする。
「おおおっ!」
人々の歓声の中、バラバラになった『カースドアーマー』が石畳に転がった。流石に復活魔法まではかけていなかったようだ。溶けた鎧の断面が冷めるのを見て俺が『瀑龍』をマナ・カードに戻すと、野次馬達から拍手が浴びせられる。
「すげえな兄ちゃん!」
「この辺じゃ見ない顔だな、旅の魔術師かい?」
「バッカありゃあゴーレム使いだよ。なぁ兄ちゃん?」
「とりあえず祝いに呑もうや!一杯おごるぜ!」
店がいくつか壊されたようだが割と人々の反応は呑気なものだ。まぁあの大きな鎧をあっさり片付けたのだから興奮しているのかもしれないが。俺はふぅ、と息を吐き魔操銃を懐にしまった。
おごってくれると言う話は断らないのが俺の信条だ。さっき呑もうといってくれたおっちゃんにくっついて俺は『三国駱駝』という看板の酒場に入った。多少しょぼくれている雰囲気があるが仕方ない。タダなのだから。
(それよりこのおっちゃんから街のことをいろいろと聞き出しておこう)
そんなことを考えている俺と誘ってくれたおっちゃんとその友達がぞろぞろとカウンターに着き、とりあえず街の平和に乾杯した。
「しかし凄かったなぁ兄ちゃん。あんたなんていうんだ?どこから来なすったんや」
「名前はジュンヤ。西のオースガールでゴーレム術師の修行をしていた。この街では冒険者が足りないと聞いてやってきたんだ」
「そうそう、なんせ5つもダンジョンが見つかっちゃったからよー。冒険者が毎日潜っても全然探索が終わんないのよ」
すでに酔いが回っている(おそらくもう飲んでいたのだろう)ヒゲの中年がそう言うと、ガッハッハと店内に笑いが溢れた。
俺の聞いた話では、ここノースクローネは古くかある小さな町だったのだが10年前に近くの草原で迷宮が見つかったことで冒険者が集まるようになった。程なくしてこの町の周りの森林、荒野、砂漠、湖で同じような迷宮が見つかり一気に迷宮探索ブームが爆発したらしい。1000人ほどしかなかった町の人口は一気に10倍近くまで膨れ上がり宿屋や冒険者ギルド、武器防具屋などが建ち並ぶ迷宮都市として今噂になっているのがこの街なのだ。
「冒険者が迷宮から拾ってくるお宝のおかげでおかげで街はでっかくなって景気も良くなったがよー」
「たまにああやって魔物を街に呼び込んじまうのが困りもんだよな。こないだも森林迷宮から大量のスライムが逆流してきたし」
「ああ、ありゃ大変だったな。街中の薪炊いてやっと干からびさせたっけか」
(……なかなか大変そうな街だな)
心に少し汗をかきながら炭酸酒を飲む。一緒に出てきたツマミのマリネも美味い。店は汚いがなかなか通好みのいい店なのかもしれない、覚えておこう。
「さっきのゴーレムも兄ちゃんが作ったのか?」
「カッコよかったなアレ!俺ゴーレムなんてのは土やら石やらがくっついて人型になるもんだと思ってたからビックリしたわー。なんか剣から火まで出るしよ」
「ああ、アレは俺と師匠が一緒になって作ったんだ。俺の今持っている最強のゴーレムだ。アイツがいなかったらオースガールから一人ではここまで来れなかった」
オースガールからノースクローネまで三か月。街道が途切れて山や荒れ地になっているところもあり。凶暴な魔物や野生動物が闊歩する中を旅してくるのは大変だった。実は『瀑龍』も幾度も激しい戦いをしたせいであちこちガタが来ている。さっきの戦闘も内心では冷や冷やものだった。早くオーバーホールしてやらねば。
(そのためにも、この街で早く工房を持たないとな)
近くを歩いていた店のお姉ちゃんに酒のおかわりを頼む。1杯はおごりと聞いたがこれもツケてしまおう。
「で、兄ちゃんも迷宮潜るんか。あんな強いゴーレムいたらあっという間に底まで掘れるな!」
「今なら砂漠迷宮がオススメやで!あそこはライバル少ないからな。草原や森林迷宮はダメだ。新人からベテランまであそこばっか行きやがる」
「いや……俺は潜らない」
俺はお姉ちゃんに渡された酒を一口飲んでから答えた。
「この街は冒険者が足りないって聞いた。俺はその足りない分をゴーレムで補充できないかとここの市長に依頼を受けてやってきたんだ」
「市長に?そりゃすげえな」
「まぁその市長はあちこちのゴーレム術師に手紙を書いたらしいんだが」
くたびれた革のカバンから丸まった手紙を出す。紙はこの“世界”でよく使われている植物を細かく砕き糊で抄いたものだ。隣のおっちゃんがその文面を読み上げた。
「“当方人手不足、街で冒険のサポートをしてくれるゴーレムを作る職人を募集中。報酬は取引による出来高払い。納税優遇アリ。住居紹介アリ。長期働ける人材優遇”……なんだこりゃ」
「あのケチくさい市長の言いそうな話だな!」
再び酒場に笑いが満ちる中、ぐっとコップを傾ける。
「で、兄ちゃんはそんな話に乗ってわざわざオースガールからやってきたってわけか」
「最初、手紙を読んだ時は断る気だったがな」
話しながら卓に並べられた揚げたての鳥肉に齧り付く。うん、これも美味い。
「手紙を持ってきた役人が、あんまりにも冒険者の怪我が多くて医者も薬屋も困ってるって泣くから儲けられるならいいかと思ってさ」
「兄ちゃんいい奴だな。もう一杯呑めや。みんな、ジュンヤに乾杯だ」
「ああ、ありがとな」
三杯目の酒に手を伸ばし、みんなと乾杯した。今日はこのくらいにしておこう。明日は市長に会いに行かなければならない。