迷い人
背中に硬い物が当たる感覚に不快感を覚えて身体を起こす。ぼーっとする頭に喝を入れる様に首を振り辺りを見渡してみた。
「あれ?ここは?」
さっきまで居た筈の森の中ではなく、木造の部屋にいるようだ。不快感を覚えた硬いものはベッドだった。
誰かがここまで運んでくれたのかな、何て事を考えていると不意に扉が開いた。
「おっ、目が覚めたみたいだね。身体の方は大事無いかい?」
声の主は、森の中で俺を襲おうとしていた「ソレ」の首を切り落とした女性だった。
「えっと……貴女は?」
困惑する俺を不思議そうに眺めた後、女性は口を開いた。
「まぁ分からなくても仕方無いさ。私だってビックリしてるんだから。魔物の討伐依頼で森の中を探索してたら、変な服着た子供がホーンウルフに襲われてるんだからね。」
魔物?ホーンウルフ?女性の言っている事が理解出来ずに、俺は顔を顰めた。
「なんだいそんな変な顔をして。何か不服な事でもあったかい?」
「いや…助けてくれた事には凄く感謝してるんですけど、魔物やホーンウルフなんて言葉現実で聞くのは初めてなもんで……」
当たり前の様に魔物やらホーンウルフと言う女性に対して、訝しげな視線を向けた事は仕方が無い事だと思う。
「んん?どう言う事だい?魔物なんて街から少し出れば何処にでもいるし、ホーンウルフもあの森をちょっと歩けば出会うような奴等だよ?」
有り得ない言葉が幾つも聞こえた気がする。魔物が当たり前?ホーンウルフにはよく会う?自分の中の日常や当たり前が音を出して崩れていくようだ。
「あんたその顔…本当に魔物を知らないのかい?いったい何処でどんな暮らしをしてれば魔物を知らずに生きてこれるって言うんだい?」
「日本…です。そこには魔物なんて存在しません。いや…物語の中だけの存在でした。」
「あんまり信じられない発言だね。日本なんて国ファンタルシアには存在しないし、魔物は私らが生まれるずっと前からこの世界に存在してるからね。」
日本が存在しない?ファンタルシア?魔物がずっと昔から存在する?なんだそれ、意味が分からない。
日本が存在しないって言うなら此処は何処なんだよ!?ファンタルシア?それこそ何処にあるって言うんだ!?
錯乱しかける俺を窘める様に女性が口を開く。
「落ち着きなよ。その感じからするとあんた本当に何も知らないみたいだね。んー、そうだね…もしかしてあんた迷い人って奴なのかもね。」
「迷い人?それは何なんですか?」
「此処では無い何処か。違う世界の人間がこの世界に迷い込む事がファンタルシアでは稀にあるのさ。そいつらの事を総じて迷い人って呼んでる。魔物だけじゃなく、この世界の常識も何もかも知らない。見た事が無い服に黒目黒髪ってのも迷い人の条件に当てはまってるしね。」
どう言う事だよ、なら俺はそのファンタルシアって世界に迷い込んじゃったって事なのか?ふざけんなよ!俺が何したってんだよ!
「あぁもう!取り敢えず落ち着きなっ!そんな取り乱したって何も変わらないんだからね。」
「俺はどうしたら良いんですか!?それよりも俺は帰れるんですか!?」
「いきなりそんな事言われてもねぇ。とりあえず街にでも行って詳しい奴に聞くしか無いと思うよ。こんな所でグダグダ言っていじけてても仕方ないからね。」
どうすればいいか分からない俺は、彼女の言葉に頷く事しか出来なかった。
「まぁ安心しなよ。森で助けたのも何かの縁だ。街までは私が責任もって連れてってやるよ。それよりもさ、そろそろ名前を教えて貰えると有難いんだけどね。因みに私はオリッサ・シーダって言うんだ。宜しくね。」
助けてもらった挙句、そこまでしてくれる事に感謝しつつ、助けてもらったお礼も言わず、名乗っていなかった事に気づいた。
「有難うございます。俺の名前は日比尾守です。本当に何から何まで有難う御座います。」
「なーに気にしなくて良いさ。それよりもヒビオだって?珍しい名前だね。」
そうか、こっちでは名前が先に来るのか。
俺はオリッサさんに守が名前である事を伝えたが、呼びづらいと一蹴され、ヒビオと呼ばれる事になった。
こうして俺は、オリッサさんと共に街に向かう事になった。
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