夢と境界
ドロが旅をするきっかけの話です。
結局生物としての熊もびっくりの熊の怪力であっさり抱きかかえられ俺は部屋に連れてこられ兎に布団をかけられ頭をポンポンされる。
「おやすみ、熊、兎さん」
2人の人形が部屋を出てすぐ意識は沈んでいった。
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「ん、んぁぁぁ。うおっ!びっくりした」
目を覚ましたら前回同様隣で丸くなって寝ているメリンがいた。以前と同じで髪がベッドを覆っているのが血のようで心臓に悪い。
「こんなただの女の子に吸血鬼の血混じってるんなんてな」
メリンの頭を撫でながら髪を梳く。今回はビクッとせずにむしろ心地よさそうに頭を手に擦りつけてくる。4日前彼女は血を吸う化物になった。今はスースーと安らかな寝息を立てているがこれでも一応吸血鬼……らしい。
「ドロ〜、ドロ〜そっちは実験室ぅ〜。入ったらバラバラにぃむにゃむにゃ」
「実験室ってなんだよ。てか入っただけでバラバラとか実験室怖えな。その前にどんな夢見てんだよ」
「ドロ〜、ドロ〜、そっちは溶解室ぅ〜。入ったらどろどろに溶けちゃうよぉスースー」
「溶解室ってなんの用途で使うんだよ。この城に全部あるわけじゃないよな」
ギイッと部屋の扉が開けられ熊と兎が部屋に入って来る。
「熊、兎さんおはよう」
「……」
相変わらず返事はないが熊からは手を挙げられ兎からはお辞儀を返される。
「……」
熊が何か言いたげにこちらを見ては兎を見て自身を指差している。
「言いたいことは分かった。なんで兎にはさんづけで自分は呼び捨てなのかってことだろう」
「……」
そのことだと言う風に熊は指をビシッと指す。
「いやなんか兎にはさんをつけようと思うけど熊にはつけようとは思わない痛い痛ひ!」
頬を両手でつねられぐにぐにされそのままペイっと幸せそうに眠るメリンの方へ投げる。
「うわっぷ。」
またか。髪の中にまたダイブし起き上がろうとするが熊が頭を押さえつけるせいで起き上がれない。
「死ぬ!窒息する!」
ようやく頭を離された時には寝起きなのに息を切らしていた。
「覚えてろよ熊。絶対後で逆襲してやる」
腕を組みふんぞり返る熊がまたムカつく。
「あんなに騒がしくしても起きないのか」
呆れ半分関心半分でメリンを見ても全く起きる気配はない。
「いつもどうやって起こしてんだ?」
「……」
熊が何やらポケットからインクと羽根ペンを取り出し書く真似をする。
「もしかして顔に落書きするのか?メリン鏡見ないんじゃ……それよりも羽根ペン先尖ってるだろ?大丈夫なのか?」
熊は万歳してその場を駆けまわる。こいつ。
「まあ熊には期待はしてなかったけど兎さんはどうやって起こしてた?」
「……」
お、今度は人形を取り出した。
「……」
「お姫様抱っこしてどうするんだ?歩きまわるくらいじゃ起きないと思うけど」
兎は人形を抱くとぽーんと上に放り投げキャッチした。正直あの人形がメリンだと思うと見ていられない。
「ほ、本当にそんな起こし方するのか?」
「……」
2人の人形に首を振られた。
「茶化しやがって!はあ、どうやって起こすんだ頭撫でたら前は起きたけどなんか起きないし」
「……」
「それはないな。絶対にない。」
熊が兎に首を噛むふりをするのでなんとなく言いたいことは分かった。
「そんなことしたら後できつい説教くらいそうだ。メリン起きろ。」
「あはは」
揺さぶると軽くにへらと笑い起きる気配はない。
「はあ、しばらく待つか」
メリンが目を覚ましたのはそれから1時間後だった。
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「悪かったよ。でもなかなか起きないから寝顔見てただけだろ」
「………」
朝食を食べても未だ機嫌の直らないメリンに俺は困っていた。食堂に続く階段に腰掛け俺に背を向ける形で座っている。
「なあ機嫌直してくれよ」
プイッとそっぽを向きメリンは本に目を落とす。
「なあメリン、砂漠都市シャーザンドリュアって知ってるか?」
ピクッとメリンが反応する。よし。
「知らない」
「じゃあどんな所だったか知りたくないか?」
「別に良いもん。どうせ行けないし」
「なんで行けないんだよ?」
「私吸血鬼だよ?行けないよ」
「吸血鬼って言っても7割だろ?」
「そうだよ半分以上吸血鬼の血が流れてる。吸血鬼狩りもいるんだよ?」
「シャーザンドリュアは異人国家だぞ?どんな人種でも大丈夫だ。逆にあの国でそんなことしたら返り討ちにされる」
「定期的に血を摂取しないとまた…あれになっちゃうよ」
「なら俺の血を飲めばいい。血でピリ辛ってのがよくわからないけど飲めるんだろ?」
「でもドロに悪いし」
「なあメリンは何が怖いんだ?」
はっとした様子でこちらを振り返るメリンの目には昨日見た怯えがうつっていた。
「メリンは別に綺麗だし可愛いし背もそこら辺にいる少女と変わらない。俺と髪の色が似てるから兄妹だと思われるさ。だから何も心配しなくていい」
「…………」
「メリン?」
「怖いの」
「怖い?」
「私、私ドロ以外に人を見たことがないの。一族の人達は皆吸血鬼だったから」
「それの何が怖いんだ?」
「もし万が一ドロとはぐれてしまって血が飲みたくなってしまったら?もしドロ以外の人を見て血が吸いたいと思ってしまったら?私は、私は……」
「メリン大丈夫だよ」
メリンの後ろ姿はとても寂しそうで震えていてたまらず抱きしめる。
「俺が守るから。お前のずっとそばにいるから。
だから約束しよう。いつか俺とメリンで世界を旅しよう。」
「なんのために?」
「そうだなあ……メリンに夢はあるか?」
「夢?無い……」
「そんなに難しく考えなくていい。何かしたいことは」
「広い空を見てみたい。海って言う地面の空も見てみたい。後この城で昔みたいにパーティしたい」
そう言うとメリンは少し笑う。
「パーティってどんな?」
「舞踏会や美味しいものを食べるの」
「そうか、じゃあ呼ぶ人は?」
「呼ぶ人?」
「うん、呼ぶ人がいなかったらパーティ出来ないだろ?」
「呼ぶ人……呼ぶ人。2人1組はどう?」
「それはなんで?」
「この城にある部屋は一族の人達が泊まったって言ったでしょ?」
「ああ、言ってたな」
「だから1つの部屋に2人の人を一族に見立てて泊めるの」
「それは恋人同士ってことか?」
「ううん、そうじゃなくてもいいよ。ただ…できれば本当に仲の良い2人がいい」
「そっか、なら世界中を探せばいっぱいいるさ」
「本当?」
「さっきシャーザンドリュアって国のこと話しただろ」
「うん」
「あの国の王様と王妃がすごい仲良くてさ。まあそうは言っても王様が王妃の尻に敷かれてるんだけど」
「それ本当?」
「本当だよ」
クスクスとメリンは笑う。
「それにシャーザンドリュアだと仲睦まじい2人組って町中でしょっちゅう見かけた」
「ただ2人組だからって仲が良いとは限らないよ?」
「まあな、じゃあどうやって決める?」
「そうね、まず私かドロが会ってみる。それで話してみてこの2人ならいいかって人に招待状を渡して日程が決まったら招待するのはどう?」
「招待状送るのに日程が後日っておかしくないか?」
「そんなものだよ、それに魔術でコーティングしてるから日程が決まった時に記すことはできるよ」
「便利だな、その紙」
「便利でしょ?作るの苦労したんだよ?」
「それメリンが作ったのか、後で他にも作ったの見せてくれよ」
「うん、いいよ」
「人数はどうする?部屋の数でも招待する人数は変わってくるぞ」
「部屋は50部屋ある」
「結構あるな」
「まだ増やせるよ?」
「いやまず50部屋で様子を見たらどうだ?だって一族に見立てるならまずは今ある部屋に割り当てた方がいいだろ?」
「うん、そうする」
「じゃあこの話は決まりだな。他には何やりたい?」
「もう充分だよドロ」
「そんなこと言うなよ。俺はいつかドロボウになるのが夢なんだからさ。これでメリンとの夢も持つんだからメリンもいっぱい夢を持てよ」
「あれドロ?ドロボウだって言わなかったっけ?」
「コソドロだよ駆け出しの。ただあの時は格好がつかないからドロボウって言っただけ」
「ふーんそうなんだー」
「悪かったな!まだ駆け出しで!」
「別に。それでドロはいつ私を貰うの?」
「はい?」
「だってずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「え、えっとその」
「恥ずかしがってる、ドロ可愛い」
「っっっ!メリンにまで茶化されるなんてな」
「もう充分」
「?何がだ?」
「こうやってるだけで幸せ」
メリンは俺の腕に頭を乗っける。
「私ずっと1人だった。城の中に来る人なんていなかったから。ずっとずっと寂しかった。少しでも寂しさを埋めようとして眷属達を呼び出して人形を着せた。でも益々寂しくなった。遊び相手は出来たのに……。その後は城の中を漁って本を読みふけった。魔術もそこで覚えたの。色々な本を読んで城に試して……そうやって寂しさから目を逸らして生きていたら100年経ってた。」
100年。ただそう聞くと実感が湧かないがどれほど寂しかっただろう。どれほど寂しかっただろうか?自然とメリンを抱きしめるのに力がこもる。
「私が血のせいで暴走することがあるって分かったのはそれから50年経ってからだった。朝目を覚ますと口の周りには血がべっとりとくっついていて口の中も血の独特の味がした。前の日の記憶は夜の記憶が無くて自分が怖くてその日は一日中震えが止まらなかった。前兆としては何となく血が飲みたいと思ったその日の内に飲まないと次の日の夜には暴走すること。それが分かったのは3回目に同じことが起きた時だった。それからは毎回そうなる前に血を摂取してなるべくそうならないようにしてた。そうして自分の異変に気づいたの」
「どういうことだ?」
「ドロは気づいてるんじゃない?」
100年何も起こらなかったのに50年後には暴走した。もしかして
「メリン」
「そう……私の吸血鬼の血が年を増すごとに濃くなってる。多分最初の頃は吸血鬼と人間の血の割合が五分五分だったんだと思う。でもその均衡が崩れたせいで血を暫く吸わないと暴走するようになった。言わば吸血鬼になりきれず人間にもなりきれない。ただ血に飢えた化物になった」
「何とか進行を止める方法はないか城を漁った。でも吸血鬼化の進行を止めるなんて方法はなくて。それで魔術に着目した。魔術は変化を起こすためのものだったから」
「じゃあ魔術は」
「成功した。でもその代償に本来の吸血鬼のもつ自己治癒力が恐ろしい年月をかけねばならないほど落ちた」
「そ、それって」
「大怪我をするといつ目覚めるか分からないの。」
「そんな……」
「成功した時には7割になってたけど進行は少し食い止めることができた。自然治癒力が無くなっても別に知ってる人なんていないから何百年経ってもいいと思ってた。でもそんな時…ドロ、あなたがやってきた」
「ドロなんで来てしまったの?なんで出会ってしまったの?なんで一緒にいてくれるって言ってしまったの?私は外に出て他の人を見て血を吸いたいって思うことが怖い。でもそれ以上に怖いのがもし大怪我をしてしまって何百年も眠ってしまったら?あなたはいないでしょ?」
俺は答えることが出来ない。答えは分かってるのに。吸血鬼は不死だ。寿命なんて無い。俺は普通の人間でメリンが数百年眠ったら俺はもう居ないだろう。
「ドロ怖い。もしまどろんでいる内にあなたがいなくなっていたら、もし私の隣で骨になってしまっていたら、私は耐えられそうにない」
メリンはポロポロと泣き出す。
「ずっとずっと1人だった私と一緒にいてくれるって言ったドロがいなくなるのがすごく怖いの」
メリンは声を上げて泣き始める。でも俺にはどうすることもできなくてメリンを抱きしめる。夢の話をしたのに。永遠の時に縛られる彼女を助けられなくて。一緒にいるって言ったのにいつかは離れてしまうって。
俺は抱きしめる腕に力を込めてメリンにバレないように静かに泣いた。




