お食事問答
バンッ
と勢い良く扉を開く。そして閉める。開ける。閉める。案内された部屋と似てはいるが、飾られている絵画がなかったり同じ物なのに色が違うカーテンや鏡台、本当に部屋ごとに置いている物にひと工夫されている。
「感心してる場合か。完全に迷った。」
メリンと別れた後適当にふらふらしていたら迷った。片っ端から扉を開けていけばたどりつけるかと思ったがそんなことはなかった。ため息をついてまた開けた扉を閉めようと扉に手をかけると
「何をしているの?ドロ?」
「うおおっ!」
呆れ顔で隣にメリンが立っていた。何の音もしないで隣にメリンが立っていたので心臓が飛び上がった。メリンはそんな俺の姿を見るやクスクスと笑っている。メリンはネグリジェではなく全身を黒いドレスで覆っている。どんな作り方か材質なども気になったがぐっと堪える。
「そろそろお腹がへった頃じゃない?」
「そうだな腹へった。今日の献立は?」
「さあ?おまかせにしているから降りれば分かるわ。」
「おまかせか。もしかしてモスライスとか言わないよな?」
「何よ?モスライスって。」
怪訝な顔をしてメリンが聞く。すぐ近くの町の名産なのに知らないとは。
「窓から見える町の名産だよ。知らないか?」
メリンは拗ねるように顔を背け
「知らない。私、外に出たことないもん。」
「勿体無いな。俺が連れてってやろうか?」
その言葉を聞いた途端メリンは顔を輝かせるがすぐにその表情は引っ込んだ。
「私はこの城から出ては駄目なの。」
「なんでだよ?少しくらい留守にしたって罰は当たらないだろ?」
「私が出たら傷つけちゃう。この話は終わり。下に降りて朝食にしましょう。」
「あ、ああ。」
メリンのこれ以上触れるなという雰囲気に俺は頷くしかない。もうさきを歩いているメリンの表情は分からないがどんな顔をしているんだろうか。少なくとも笑顔ではないな、心の中でそう思い足早にメリンの隣に戻る。
まだ一日も経っていないこの場所とメリンという名の少女を俺はもっと知ろうと思った。そして出来ることなら助けてやりたい、いや助けようと密かに誓いを胸に立てたのだった。
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「なあ、メリン。食べないのか?」
「ええ。私はいいわ。」
「食べないと大きくならないぞ。」
「いいわよ別に。それに大きなお世話よ。」
「メリンはいつも顔色が青白いからもっと食べた方がいい。」
「大丈夫よ。体質だから。」
「食べろよ。」
「いいえ。」
「少しでもいいからなんか食べろよ。」
「遠慮しておくわ。」
そんな食え食わないの押し問答をしているのは1階?の大食堂だ。長テーブルに何人も座るタイプのもので貴族がよく使うものだ。でもメリンと俺しかいないのでテーブルの端にメリン、その隣に俺が座っている。
メリンは並ぶ料理に目もくれず片手に分厚い本、片手に赤いドロっとした液体の入ったグラスを持っている。なんだか大人ぶっている感じがいたずらをしたくなる。グラスを置いて本に没頭しているところに頬をつつく。案外柔らかく食べるのをやめてついつい突いてしまう。そうものすごい目つきで睨まれていても。
「何してるの?ドロ。」
「いや何となく。それよりまたその眼鏡かけたのか。」
「そうよ悪い?」
「いや可愛いし目も見やすかったから眼鏡が無い方が話しやすいんだけどな。」
ガッシャーン。
メリンは料理の中心に本を放り投げ手をブンブンと振る。
「おいおい勿体無いな。」
「茶化さないでよ!」
「茶化してねえよ。」
「ふん、どうだか。」
メリンは腕を組みツンといった調子で顔を上に上げる。
「悪かったよ。でも茶化してないのは本当だ。」
「ま、まあ私が可愛いのは当たり前よ。」
「やっぱ逆だよな。言ってることと身振り手振りが。」
「う、うるさいわね。」
「それはそうと何読んでたんだ。」
俺はメリンがテーブルへ放り投げた本を手にとる。随分と古い本のようで皮張りの表紙は、ところどころカビが生え古本特有の古い匂いが鼻をつく。本を開いてみると知らない文字が並びその文字を散りばめた複雑な紋様をした円が挿絵として描かれている。
「なんだこりゃ。」
「魔術書よ。」
とメリンは俺の手から魔術書と呼ばれたものをひょいと取り上げる。
「この本はとても価値があるものなのよ。軽々しく触らないでちょうだい。」
「料理の中に放り投げたくせに?」
無言の睨みで俺は手を上げお手上げのポーズをとる。
「もう口答えしないよ。だけど価値あるものならもうちょっと丁寧に扱えよな。」
「言われなくとも分かってるわよ。ふん、ドロのバカ。」
「バカって言った方がバカって知ってたか?」
「うるさいわね!冷静に返さないでよ!ドロのバカ、アホ、マヌケ。」
別にそんな悪口で俺はムキにならない。やれやれと首を振るとメリンはますますムキになる。
「何よ冷静にクールぶっちゃって!ドロのチビ!」
「俺はチビじゃない!」
俺はそう背だけは気にしていた。それをメリンは的確に
「ドロのチビチビチビ!」
「うっせえなお前も同じくらいの背だろうが!」
「何よこのドロのチビ!」
「チビに言われたくねえよ。メリンのチビ!」
もはや椅子から立ち上がりまくし立てる様は実に幼稚だろう。それでもチビと言われるのは許せない。
少し2人とも荒い息を吐き収拾がつかなくなったところでメリンが。
「ふん。もうドロなんて知らない。どっか行っちゃえ!」
「ほうそうかよ!じゃあ出てかせてもらおうか!」
売り言葉に買い言葉で返す。それにはメリンも言葉に詰まりその後目を潤ませ
「ドロなんて大嫌い!」
そう言い残すとメリンは扉を開けて出て行ってしまった。食堂にポツンと取り残された俺は徐々に冷静さを取り戻す。
「はあ、何やってんだか俺は。」
俺は頭を掻く。テーブルには古臭い匂いのする本。俺は本の背表紙を指でなぞる。ちゃんと謝りに行こう。
大体まだここを出て行こうとは露ほども思っていない。
「さてじゃあメリンを探そう。」
俺は残った朝食を口に放り込み皿だけにすると、手を拭き本を片手に担いでメリンを探すことにした。




