早とちり
嘘だと言ってくれナナシ。カーテンを引くとナナシはベッドに横たわっていた。だがかけられた布団は規則正しく上下に動くこと無くナナシの上に乗っていた。息をしていない。目の前の突きつけられた現実が信じられなくて俺はよろよろと崩れる。ナナシの手に触れても頬に触れても死人のように冷たい。触れた手の指先から熱が失せたかのように指先に感覚がない。
「ドロ……。」
涙声でキャリルが俺を呼ぶ。
「大丈夫だキャリル……。大丈夫だ…。少し一人にしてくれないか?」
「ご主人様……。」
「悪い魔ペット一人にしてくれ。」
俺は顔を向けずにそう告げる。諦めたように後ろから分かりマシタと聞こえその後に扉が閉まる音がした。
「ナナシ、お前どうして息してないんだよ。後味悪いじゃねえかよ。俺と魔ペットとドロボウ仲間になったばかりだろ?まだコソドロのままだ。何も盗んでないだろ?それなのになんでもういなくなるんだよ。起きろよナナシ!」
最後は半ば八つ当たりのようになった。語気も強まったが目覚めるわけもない。
ここで起きたら「そんなに怒らないでよドロ。」と言われただろう。でもナナシは未だ沈黙したまま。
これ以上ナナシを見ていられなくて俺はおぼつかない足で自分のベッドに潜り込み目をつぶった。
それから3日後……ナナシはまだ目覚めない。目覚めるわけもないんだが。どうしても今にも起きそうな気がする。身体も大分良くなり国を回れるようにもなった。散歩がてらフラフラと城下町を見て回り暗くなったら城に戻った。あまり話すことも浮かばずこの頃は部屋に閉じこもってばかりだ。魔ペットは目覚めるのを待つかのようにナナシの隣に座っているようだ。
2日後……ナナシは目覚めない。まだ出会ってそんなに経っていないのに大切な存在になっていたんだと実感する。
今日は見舞いに行こう。そう思いナナシの様子を見に行くことにした。部屋に入ると魔ペットが椅子にちょこんと座りナナシの様子を見ていた。扉の閉まる音でこちらに気がつき魔ペットは顔を上げる。
「ご主人様…。」
「ナナシはどうだ?」
「いえまだ眠っておりマス。」
「そうか…。」
目覚めることはないのだから当然だ。魔ペットはまだ起きると信じているのか。
「多分もうそろそろだと思うのデスガ。」
「もうそろそろ?何がだ?」
「……ご主人様……。」
そう言うと魔ペットはこっちを向き呆れたように溜息をついた。
「ナナシさん。全く駄目デスヨ。気づいておりマセン。そろそろ起きてクダサイ。」
と起きるはずもないナナシの手をぱしぱしと叩く。
「魔ペット……。」
「ナナシさん、早く起きてクダサイ。流石に5日間は寝すぎデス。ご主人様が哀れみの視線を向けてきて腹が立ちますのでお願いシマス。」
「なんだと魔ペット。もう息をしてないんだから………起きるわけないだろ。」
俺はこれ以上魔ペットを見ていられなくて部屋を後にしようと扉に手をかける。
「魔ペット、どうしたの?寝すぎって?」
俺は思い切り振り返った。そのせいで少し首が痛い。目を向けた先にはナナシが眩しそうに目を細めながら起き上がっていた。
「ナナシ?」
「ああ、ドロおはよう。」
「ナナシさん、寝過ぎデス。」
「え?どれくらい寝てた?」
「5日です。寝過ぎにも程がアリマス。」
「あははごめん。」
俺は固まって何も言えない。ナナシが生きてる?息をしていなかったのに?魔ペットは当たり前のように喋っているが知っていたのか?
「ナナシさん、ご主人様に何か言ってやってください。ご主人様はナナシさんが死んだと思ってたみたいデスヨ。」
「へっ?なんで?」
「なんでも、息をしていないから、ダソウデス。」
「えー。」
悲しそうにナナシがこっちを見る。
「息をしてなかったから本気で死んだとばかり思ってた。魔ペットなんで教えてくれなかったんだ?」
ここで聞いてこなかったからと言われたらおしまいだが魔ペットはそうは言わないだろう。
「言おうとしたらその度口を挟んできたじゃアリマセンカ。私はそれで言うのを諦めマシタ。それにご主人様ならすぐ思い出すダロウト。それなのにご主人様ハ……。」
表情は変わらないが呆れた顔をしているのがわかる。これ見よがしに首を横に振っている。
ああ、そういえば、何度も魔ペットがナナシが死んだと言われたら信じるしかなくなってしまうから怖くて口を挟んでいた。それがまさか生きていると言おうとしていたなんて皮肉にもほどがある。それならこの5日間沈んだ気持ちでいることもなかっただろう。
「でも息をしないで生きてるなんて普通じゃ……そうか。」
「やっと気づきマシタカ?」
やれやれといった調子の魔ペットに対しナナシは苦笑している。
「偽呼吸ってやつか。」
「当たり。」
とナナシ。
「まさかギアアニマルだけじゃないとは。でも少し考えればわかることだったな。」
「でも偽呼吸まで止まってるとは自分でも思わなかったよ。それに魔ペットもいるから皆に言っておいてくれると思ったし。次からはこうならないよう体を慣らしていかないといけないな。」
ナナシは自分の手を見て言う。
「ゆっくりでいいんデスヨ。」
「ありがとう、魔ペット。ってあれ?まだ直してもらってないじゃん!!ドロ!」
直してもらってない?一体何のことだ?そう思って魔ペットを見てみるとそういえばちょっと顔のバランスがおかしいし体も変に伸びてるし……。
「なんか変じゃないか?魔ペット?」
そう言ったらナナシに正座させられ説教をされた。見舞いに来たキャリルもナナシが生きていることに物凄く驚きそして泣きに泣いた。おかげで説教から開放される。痺れた足をほぐしてる最中、泣くキャリルにナナシは「大丈夫だよ、森の中で言ったじゃないか、この胸にある歯車が無くなったり壊れない限り死なないって。」と優しく冗談めかして言ったのだった。




