喪失と事実
今回すごい長くなりました。おかげで更新も遅くなりましたすいません。
「うっうっ、ティメナ、ティメ……ナ。」
僕は冷たくなったティメナを抱きしめ泣き続ける。僕が病院に行こうと言わなければこんな事にはならなかったんじゃないか?僕がもう少し周りを見ていれば3人無事に逃げることが出来たんじゃないか?
僕が僕が僕が僕が僕が僕が…………。
「ごめんな。」
ぼそっとまた呟く声が耳元で囁かれる。その声の主は僕とティメナを通り越し音もなく疾走する。
その先には………。
「ソラト!!逃げるんだ!!」
黒布の走る先にはソラトが立ち尽くしていた。
「あ。」
ソラトが発したのかそれとも僕が発したのか分からない。息の抜けた声がその場に響く。一瞬だった。黒布が右に振りかぶる。キンッと鋭い音を響いたと思うと鋏は振られた後だった。
「ソ…ラト?」
ソラトは僕の方を向くと口を動かすのが見える。何て言っているのか口の動きだけで分かった。ティメナにも黒布にも何度も言われていたから。
『ごめんな、相棒。』
ソラトも足と胴が離れ、崩れ落ちる。ソラトの立っていた場所にはソラトの足だけが残され、胴体は足の後ろで赤い池に浮かんでいた。
「あ、あ………ソ、ソラト?」
なんとか口を湿らせソラトを読んでみる。が返事はなく僕の荒い呼吸が鼓膜を震わせるだけだった。
黒布は応答のないソラトの前に立ち俯いている。その後ろ姿は寂しげで、悲しげで、苦痛に耐えるように黒布から出る手は握る力で白くなり震えていた。
僕はゆっくりとティメナを地面に横たわらせる。そしてもう何も写すことない両目を瞑らせ手をお腹の上に置く。その姿はまるで楽しい夢を見て微笑んでる様で、今も止まらない涙がまたとめどなく溢れ出る。
僕は涙を拭い立ち上がるとソラトに向かって歩き出す。黒布の横を通り過ぎソラトの足の断面を見ないようにしながらソラトの胴体に近づく。
「ソラト。ソラト………ねえ返事をしてよ。」
ソラトを呼ぶ、目の前にいるのに。目の前に転がっているのに。もう事切れているのが分かっているのに。
「ソラト。」
しゃがんでもう一度呼ぶ。呼べばまた軽口を叩きそうな気がして。でも返事はない。ソラトの顔を覗く。ソラトもまたティメナと同じく瞳には何も写していない。微かに両目から涙の流れた後がある。少し悲しそうに表情が歪んでる気がする。でも、もうそこにソラトはいなかった。ティメナとは最後に話すことができた。でもソラトとは話すことができなかった。別れも最後にソラトが話す事も聞くことが出来なかった。
「ソラト……ソ……ラト。ティメナが僕とソラトと一緒に入られて楽しかったって………言ってたよ。ソラトにも伝えてほしいって。ティメナ、最後は笑ってたよ。嬉しそうに………笑って……たよ。ねえソラト何かしゃべってよ。」
涙と嗚咽で言葉が途切れる。もう何がなんだか分からない。後ろに2人を殺した奴がいるのに、何も出来ない。動けない。いっそ僕もこのまま殺せばいいのに。ただただ止まる事なく涙は溢れ、とめどない感情は行き場が無く霧散していく。
時間は延々と流れ涙は涸れることなく流れ続ける。少し収まるとソラトの目も閉じさせ両手を前で組ませる。とまた涙が溢れるが唇を噛み今度は堪えた。
不意に後ろで衣擦れの音が聞こえる。振り返るとまだ黒布は立っていた。
「ごめんな。」
ポツッと黒布が謝る。その言葉で僕の中でぼっと感情が燃えあがる。
「ごめんなって、ごめんなで済むわけ無いだろ‼2人は死んだんだよ。お前が殺したんだ‼なのになんだティメナの時も……ソラトの時も……何で僕は殺さない‼殺せよ、2人を殺したみたいに体を真っ二つにして……殺して……みろよ‼」
燃え上がる激情に任せて叫び散らす。2人の事が浮かび途中と最後に嗚咽が混じり声が途切れる。
はあはあ……息を切らし嗚咽が漏れ再び両目から豪雨のように涙が流れる。
「こんなにも感情があるなんて聞いてねえよ。」
黒布は俯き苦しげに呟く。
「全くでゴザイマス。」
微かに憂いを帯びた声が黒布の隣から聞こえる。いつの間にか黒布の隣にはつぎはぎだらけの人形が立っていた。
「魔ペット。戻ってたのか。」
気づいていなかった様子の黒布は右手を見て?魔ペットを見る。黒布が右手に持っていた鋏が無い。2人を両断した忌々しい鋏が。胸中をまた悲哀と激怒が掻き回し視界の隅が黒くなっていく。
「ええ。ご主人様……。」
「分かってる。分かってる………どんな事をしても助けると決めてた。決めてたけどよ、これはあんまりじゃねえか。」
俺はぎゅっと眉間に皺を寄せ苦しげに呻く。
「たまたまこれまでの運がヨカッタノデス。ここまで人を悲しませる所を見ることがナカッタノデスカラ。」
魔ペットは手を俺の足に当てポンポンと慰める。俺はそれに何も言うことが出来ない。
「魔ペット……回収だ。」
「かしこまりマシタ。」
静かに言いもう一度目の前に立つ少年を見る。髪は短髪で黒くぼんやりとした目つきに黒い瞳。白めの肌に体の細さが不健康な雰囲気を漂わせ、右側の髪には髪で歯車が形作られておりその歯車部分だけ髪が長い事を伺わせる。歯車は髪で緻密に作られ違和感は全くなくマッチしていた。
だがそんなぼんやりしていて不健康そうな雰囲気を出していた少年はついさっきまでだ。今の彼は泣きすぎて赤くなった腫れぼったい目に激情を止め強い視線を俺に向ける。
「何をする気なんだ?ペチャクチャさっきから喋って。」
泣きながら少年が問いかける。
「悪いけど教えられないな。って言っても見えるから意味無いんだった。」
頭を掻き応答する。多分彼は気づいていない。それを気づかせた時、彼は一体どんな反応を見せるのだろう?怖くもあり心苦しくもある。こんなに他人に感情を傾けるのは久しぶりだ。出来れば今からすることを見てほしくない。きっと彼は戻れなくなるから。
「なあ、今からする事をお前に見てほしくないんだ。だから目を瞑っててくれないか?」
「嫌だ。なんで僕がお前の言うことを聞かなきゃならない。」
一層視線がきつくなり瞳に燃える激情が火に油を注ぐように燃え上がる。
「やっぱり駄目か。だけどもう一度言うぞ。今からする事を見てほしくない。それはもう元の生活に戻れなくなるからだ。それでも見るのか?」
苦し紛れに忠告する。
「そっくりそのままさっきの言葉を返すよ。」
目の前の少年は聞く耳をもたない。俺は溜息をつき魔ペットを見る。魔ペットは器用に肩をすくめる仕草をし俺を見る。
「はあ〜、分かった。魔ペットやってくれ。」
「かしこまりマシタ、ご主人様。」
魔ペットはそう言うと目の前の両断された少年の方を向き大きく口を開ける。
「おい、何をしてるんだ。」
両断された少年の隣に立つ彼は魔ペットの前に立ち問いかける。魔ペットはそれに応答せず俺も返答は返さない。魔ペットがフウッと息を吸い込む。すると両断された少年の胸から光輝く歯車が現れた。顔を顰め頭にクエスチョンマークを浮かべる少年は後ろを振り返る。
「え……。は…ぐるま?どこから?」
丁度歯車が現れる瞬間を見ていなかった少年は唖然としている。そんな少年をよそに歯車は魔ペットの口の中に吸い寄せられヒュポッと音を立てると見えなくなった。
「よし、後もう1個だ。」
少年を背にし最初に両断した少女へ歩く。
「どこに行くんだ。待て!!」
僕は黒布の肩に手をかける。
「黙って見とけ。」
そう黒布は言うと振り返り僕の腹を殴る。
「がっ……ふっ、おえっ。」
腹を殴られた痛みと急激な吐き気で堪らず膝を折る。黒布は前に向き直りすたすたとつぎはぎの人形と歩く。
その先には……。
「ティメナ…。」
気づいた時には黒布と人形はティメナの前にいた。僕はのろのろと立ち上がり黒布の方へ歩き出す。
「魔ペット…やれ。」
「かしこまりマシタ。」
またつぎはぎの人形が大きく口を開け息を吸い込む。何をしてるんだ?歩いている間に疑問が浮かぶ。
不意に見てはいけないという感覚が僕を襲う。なんだ?何を見てはいけないっていうんだ?さっきも黒布に忠告された。一体何を見ては行けないんだ。
「あ……。」
また不意に光輝く歯車が現れた。1個目の歯車がどこから現れたか分からなかったが今分かった。1個目はソラトから出たのだ。2個目はティメナの左胸の上に浮遊し明滅している。数秒浮遊していたが1個目と同様人形の口の中に吸い込まれた。
「……何で?ソラトとティメナから歯車が?」
思わず立ち尽くし愕然とする。歯車は心臓が鼓動をするかのように静かに明滅していた。もう人形の口の中に吸い込まれたが。一体どうして?どうしてどうしてどうして?
「だから見ない方が良いって言ったろ?お前といた2人はロボットだったんだよ。」
「そんなわけない!!ティメナとソラトがロボットなわけ無い。大体そんな人間そっくりのロボットなんて聞いたこと無い。嘘だ。」
「じゃあ、今のは?今出てきた歯車はどうする?」
「あれは…胸ポケットに入ってたんだ。だから2人はロボットじゃない!」
「そうか…でも2人ともポケットは右にしかない。左にポケットはねえよ。それにあんなに光って明滅する歯車をポケットに入れてたら普通気づくだろ。」
淡々と僕の言うことを黒布は正論で弾く。
「嘘だ。」
「嘘じゃねえよ。」
「嘘だ嘘だ嘘だ。」
頭を抱え僕は現実から目を背ける。2人がロボットだった?ずっと一緒に遊んだり話したりしていたのに?
笑い合ったり、泣いていた時は慰めてくれたのに?両断された2人を思い出し思わず腰を折り嘔吐するとそのまま地面に手を着く。頭痛が酷い、鳴り響く警鐘で頭が割れそうだ。
「そうなるのも仕方ねえよ。今まで人だと思って接してきたんだからな。」
「はあはあ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……。」
「本当だ。目を背けたって意味ないぜ。俺は忠告した、見ないほうが良いって。でもその忠告を無視したお前が悪い。だからあえて2個目の時は見せるようにしたんだ。」
「ソラト、ティメナ。」
「それにさっきの2人だけじゃないぜ。ロボットなのは。」
聞きたくない、聞きたくない。でも黒布は畳み掛けるように話す。
「この街に住んでいる人間全員がロボットだ。まさか2人だけロボットなわけ無いだろ。それにこの街の人間は名前が無い奴が多い。街で話を聞いている間名前を名乗った人間は1人もいなかったぜ。」
「名前を……名乗る?」
先日のナカミとの会話を思い出す。僕は名乗らなかった。それは名乗らなかったんじゃなくて……。
「僕も……名前が、無い?」
今までの生活を思い出す。これまでソラトは相棒や親友としか呼んでいない。ティメナに至っては僕の名前を言っていない。最後に自分の名前が聞こえなかったのは本当は聞こえなかったんじゃなく名前が無かったから空白になっただけ。そうなると黒布の言っている事は真実だ。
「じゃあ……2人を殺したのも名前に意味があるの?」
「ああ、名前のあるロボットには特別な歯車が使用されてる。さっきお前も見た歯車だ。」
「光輝いてたあの歯車?」
「そうだ、あれは拍動の歯車と言って一定の感情を司る。まあ心みたいなもんだな。」
「他の名前の無いロボットは?」
「拍動の歯車は入ってない。だから感情はかなり制限される。1人1個か2個あるくらいだな。」
「じゃあ僕は僕のさっきの感情は……作り物ってことか。1個目か2個目の内のどっちかってことか。」
「まあ……そういう事になるかな。」
黒布は言葉を切りまた話す。
「でもその拍動の歯車を集めて何をする気なの?」
僕は焦点の合わない目を黒布へ向け聞く。2人を殺した、いや2機を壊してまで拍動の歯車を手に入れた理由、今はそれが知りたい。
「いいぜ、お前には教えてやるよ。……大切な人を奪った者の責任として。」
黒布はフードを取り素顔を明かす。黒布は僕と年齢がそう変わらないであろう少年だった。




