断ちと絶ち
突然だった。3人で病院へ向かう途中だった。少し不穏な空気になったもののいつもの調子を取り戻したと思った矢先に現れた。振り向いた先には巨大な鋏を切り上げた体勢で止まっている黒い布ですっぽりと体を覆う物がいた。後ずさり距離をとる。布のせいで人間なのかロボットなのか判断がつかない。だが特徴的なつぎはぎ模様の柄を持つ手が人間なので人間だと判断。それ以外これといった特徴は見られない。ごめんなと言ったあの黒い布を纏った人間はなぜあの体勢で止まっているのだろうか?そんな疑問を頭に漂わせていると右肩を叩かれ意識を戻す。
肩を叩いたのはソラトだ。ドーベルとあった時と同じくらい真剣な表情をしてこちらを見てくる。
「相棒、走るぞ。ドーベルよりヤバそうだ。ティメナにも伝えてくれ。」
視線を黒布の人に向け小声で話す。
「分かった。」
僕は頷きティメナのいる方向を見る。
「?」
ティメナは黒布に背を向けて立っていた。僕は後ずさり距離をとったがティメナは動いていない。ついさっき黒布がくる前と同じ体勢で立ち止まっている。
怖くて動けないのかと思ったが何か違う。
「ティメナ。」
小声でティメナの名前を呼ぶ。ティメナは名前を呼ばれると顔を上げた。でもそのティメナの顔はひどく悲しそうで泣き笑いの様な表情をしている。その表情がナカミと重なり胸に鋭い痛みが走る。駄目だそんな表情をしては。口に出したいのに口はパクパクと動くだけで言葉を紡ぐことができない。呼吸は浅く、早く拍動はドクドクと早いリズムを刻む。
「ティ、ティメナ………。」
口をなんとか動かしもう一度名前を呼ぶ。だがティメナは返事をせず、ただただ泣き笑いの様な表情を浮かべているだけ。僕はゆっくりとティメナに歩み寄る。数歩下がっただけだと思っていたのにティメナまでの道は長い。1歩、1歩、また1歩。ティメナとの距離はもうそこまでない。警鐘が鳴っている、頭の中で。近づくな、逃げろ、逃げろ。響く警鐘は近づく程に強くなる。遂にティメナに手が届く距離まで近づいた。だが警鐘は鳴り止むどころかより一層激しく鳴り響く。
「ティメナ、逃げよう。走れる?」
どうにか言葉を紡ぎティメナに手を伸ばす。後ろにいる黒布に聞こえてしまうくらいの声量で。そんな事を考える余裕は全くもって無かった。
「ーーー、ソラト。逃げて。」
ティメナがここに来て初めて声を発する。最初は掠れすぎて聞き取れなかったが自分の名前を呼んだのだろう。僕は首を振り拒む。
「ティメナも一緒だよ。さあ、早く。」
ティメナに手を伸ばす。後は彼女が僕の手をとれば3人で逃げられる。黒布はいつの間にか鋏を地面に突き刺し立っている。まるで待っているかのように。
「ごめんね。私は行けない。」
「行けるよ。ほら行こう。」
ティメナに手を伸ばす。
「ダメ‼」
ティメナは拒否する。
「私はもう駄目なの。だからお願い。ソラトと逃げて。私はもう2人とは行けない。」
悲痛そうな顔をしてティメナは懇願する。
「置いていけるわけないじゃないか!」
声を荒げ叫ぶ。
「っ‼」
「ごめんね。ご…めんね。」
ティメナは泣きながら謝る。
「ティメナ……どうして。」
「ここから動いたら私は私じゃ無くなってしまうから。」
悲痛そうな顔を一層歪めて彼女は言葉を紡ぐ。僕は口をパクパクさせる事しかできない。焦る焦る焦る。どうすればいい。後ろにいるソラトの方を向きたいがそしたらもう振り向けなくなりそうだ。どうすれば………。
思考をしている間に黒布に動きがあった。鋏を一度地面に突き刺し直したのだ。
すると地面は揺れ思わず体勢を崩す。目の前にいるティメナも体勢を崩し前のめりに倒れ込む。咄嗟に前に動きティメナを抱き止める。ティメナの体はとても軽かった。
「ティメナ、大丈夫?」
「………ーーー、ソラト、2人と一緒にいるのはとっても楽しかったよ。」
「ティメナ、急に何を言って………え?」
彼女を抱き抱え彼女を支える僕の左太ももが生温かい何かで濡れていた。恐る恐る濡れていたと感じた自分の左足の方へ目を向ける。そこには彼女の足のあった場所から流れる大量の血液で赤黒く濡れる僕の左足があった。
「え?え?ティメナ、ティ、メナ。」
震える口先からは震える声しか出ない。そんな僕の顔を見つめ寂しそうに笑う、ティメナは僕の右頬に手を当てる。
「一緒に行けないって言った理由が、分かった……でしょ?」
「いつ、そんな、もしかしてあのとき。」
黒布は鋏を振り上げた状態で止まっていた。あのときティメナはすでに切られていたのだ。傷口が動かなければ開かないくらい綺麗に。
「今病院に連れて……行く……から。」
素人目でも分かる。もう手遅れだってことは。彼女の切断された場所から既に大量の血液が流れ出ている。僕の頬に触れている手もだんだん冷たくなっているのを感じる。でも何か、何かを話していないとティメナが遠くに行ってしまう気がした。
「気づいてるでしょ。もう……手遅れだって。」
ティメナは囁くような声で僕に語りかける。
「そんなこと、そんなことないよ。」
そんなことはないと首を振る。
「そんな青い顔して大丈夫……なんて…信…用…出来…ない…で…しょ。」
だんだん言葉が途切れ途切れになる。
「ああ、そんな駄目だよ…。ティメナ、今から病院行く約束だったじゃん。」
僕は涙声で彼女に言う
「ご…めん…ね。や…くそ…く…まも…れ…なく…て。」
「今日のティメナ謝ってばっかりだよ。」
「そう…いうーーーも泣いて…ばっかり…だよ。」
ティメナは薄く笑い大きな目を細める。大きくクリクリとした瞳の片方は光が失われ吸い込まれそうな程黒い。
「なんだか寒い…な。ーーーまたぎゅっとしてくれる?」
「うん…うん…するよ。ぎゅっとするよ。」
「やった、これで…あっ…たか…い。」
僕の頬に触れていた手が力なく落ちる。僕はティメナを抱きしめた。
強く優しくもう完全に冷たくなった体を、光をもう灯さない瞳を、もう触れてくることのない手を、最後に微笑んだ表情を、暖かく寒くないように、抱きしめた。




