裏表おとぎ話 聖者の話
ショートショートのような詩なのか、詩のようなショートショートなのか。
うっすらファンタジー感のある世界観での、吟遊詩人の歌の歌詞とでも思って頂ければ。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は癒しの御業を以て、聖者と呼ばれておりました。
彼は瀕死の人間を、その手で癒してやりました。
彼に癒された者たちは、みんな涙を流しました。
彼は悲しむ人々を、その手で救ってやりました。
一度は死んだ人でさえ、触れれば命を吹き返す。
例え相手が罪人だって、彼は死なせはしませんでした。
傷を癒された者たちは、泣いて改心を誓います。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は修めた武術によって、勇者と呼ばれておりました。
侵略に困る者たちを、彼は救ってやりました。
どれだけ強く言われても、宝は決して受け取りません。
数多の町や人のため、彼は力をふるいます。
道を塞いだ重たい馬車も、彼にかかればお手のもの。
獣に悩む農家のために、彼は一肌脱ぎました。
害獣どもを退治して、彼らの家畜を守ります。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は溢れる知性を以て、賢者と呼ばれておりました。
差別に苦しむ人々を、彼は助けてあげました。
彼がその地を去ったあと、人はみんなが平等でした。
戦いつかれた人達に、彼は助言をあげました。
助言を聞いた人々は、平和に眠りにつきました。
人を悩ます食糧不足、彼にかかればお茶の子さいさい。
たった一週間の後、苦しむ人はすでに無し。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は救世主とたたえられ、皆の希望となりました。
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昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は癒しの御業を以て、悪魔と呼ばれておりました。
彼は死にたい人々も、気にせず癒してやりました。
苦しい日々に逆戻り、彼らは涙を流します。
彼は人々の悲しみを、一気に恐怖に変えました。
死者が次々蘇り、生者の居場所はどこへやら。
拷問を受ける罪人を、彼は無慈悲に治します。
傷が癒えればまた拷問、地獄でなければ何と呼ぶ。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は修めた武術によって、悪魔と呼ばれておりました。
村人ではなく魔物の方を、彼は救ってやりました。
村人が泣いて頼んでも、彼は一切聞きません。
壊れた馬車が道を塞げば、彼は力をふるいます。
中に人々いたけれど、構わず馬車は木っ端みじんに。
農家に頼まれ肉食獣を、彼はあらかた狩りました。
草食獣が殖えようが、あとは野となれ山となれ。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
彼は溢れる知性を以て、悪魔と呼ばれておりました。
差別が嫌なら無くそうと、彼は人々を減らします。
一人残ったかの人は、その後どうしたことでしょう。
戦いつかれた人達に、彼は火種を与えます。
争い一気に激化して、みんな仲良く墓の中。
食べる物がないのなら、食べる者が消えればいいさ。
食べることすらできなくなった、屍は何も語りません。
昔々のあるところ、一人の男が居りました。
皆を地獄に突き落とし、当の本人は今いずこ。
同じ情景を違う描き方で二度表すことで、その差を比較していただきたいといいますか。
気が向いたら類型作品をいくつか作りたいものです。