表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二十一世紀頼光四天王!

二十一世頼光四天王。おりきたりて、茨木。

作者: 正井舞

月の綺麗な夜だなあ、なんて鬼斬りに月光を喰わせながら、綱は身軽に夜の街の乾いた屋根に草履で歩く。三分歩いて三分全力疾走。呼吸法の訓練とまた思考を止めないため、ゆっくりゆぅっくり、この区間内を綱はいつでも頼光に呼び出されても、応える金の腕輪をくるりくるりと躍らせながらいつも巡回と称して夜の街の魔物を狩っている。真面目と取るか勤勉と取るかただの阿呆と取るかは仲間の中では意見が別れているところであるが、綱としては折々の夜の風や月の表情を眺めて歩くのが好きなのだ。

そこが喩え血に染まった茨の道であったとして、綱が母親の腹から持って生まれた金の腕輪はいつの彼の腕にもぴたりと誂えた様に嵌って、平安の頼光と綱の時代からきっとずっと、殿と武士の絆を繋いでくれる。金の腕輪には金の宝石を中心に、黒と青と白と赤とが散りばめられ、四天王の魂を継ぐものの魂と直結している。

金は言わずも源頼光、白は金時、黒は季武、赤は貞光、青は綱。確実な証拠と呼べそうなものは無いが、五行思想に従うとこうだろう、というのは今生の貞光と季武の見解だ。

ぽたん。

瓦といってもセラミックであろう脚元、水滴の落ちる音に綱は駆けていた脚を止めた。また、ぽた、ぽたん。ぽたたん。

月光に輝いた水滴は金臭く、綱は刀を持たぬ右手の甲で口元を覆う。しゃりん、とちいさく異形の気配に反応して腕輪が揺れた。

「こんばんは、良い夜で。」

その聞き覚えのある青年の声は視線を持ち上げたマンションの屋上から。フェンスのこちらにいる黒いパーカーとジーンズの、体躯からして青年は、フェンスの向こうに妙齢の女性を寝かせ、中空にふらふらとハイカットブーツの足元を投げ出している。余程余裕があるか命知らずのどちらかだ。綱は背後に鬼斬りを隠すように身構えた。

そして、草木も眠るという丑三つ時の静かな月光に、パーカーのフードに隠されてあった顔が照り、夜風が綱の襟足を靡かせパーカーのフードを摘まんでしまった。

「お前、まさか・・・?」

「ども。月の綺麗な夜で。」

にちゃり、懐こくも獣臭い笑みを浮かべた青年に対し、綱は他人に今まで向けて来た酷薄な笑顔を消し、整った鼻梁に皺を刻む。

「これは何だ。」

彼の後ろに死んだように眠る女と、周囲に香る穢れの気配に瘴気こそ無いが、その至極当然と言っていい疑問は。

「血っすね。」

そんなにも日常と変わらぬ温度であろうか。青年は黒いパーカーの袖に、口の端を確かめるように拭った。

「えっとー、始末しちゃいます?俺の事。」

夜風に血が薫るのは青年の口に血の味が染み付いているからだ。眉をハの字に下げて情けなさそうに笑った青年は、まるで食事の場面を見られてしまったモンスターではなく、つまみ食いを叱られた子供のような笑みであった。

「命令が、下ればな。」

嘆息に近い綱の声に、きしっ、と獣の笑い声が届き、飛び降りた青年の目線が綱と揃う。確かに東の都に吸血鬼が現れるとは聞いてあったが、正体がこの男だと掴んだ情報は、少なくとも綱には開示されていなかった。頼光が知ればどんな厳命が下るだろうか。

「東京だってそこそこ魔都なんだ。人違いで倒されんじゃないよ。」

その言葉は決してヒューマンシップに則ったもので無く、怪物と呼ばれるひとでない者に向けて。そっすね、と青年は苦笑したようだ。綱が若干道を逸れてやる形で擦れ違う。ばきん、と足元の瓦が割れる。

「やっぱ覚えてねーか。」

ぽつりと青年が呟いた。黒い髪は綱のそれと同じく月光色の天使の輪が描かれ、夜風にさらさらと靡いて。

「そもそも昔は、なっがーい銀髪だったしね、俺。」

次の瞬間、剣撃と異形の爪が衝突する。

既に抜刀している綱の鬼斬りの峰打ちだが、高質化した青年の指先が鋭くぶつかり合い、綱は化け物と擦れ違った場所で頭の位置を低く両足の踵の下ではセラミックの瓦が割れている。

「はろーお侍サン。ってかつーな?」

「奇遇だな茨木。今生では会えないかと思っていたぜ?」

「わぉ、実は同感だったりして!」

到底人間の手の形を飛び越えた爪の鋭い骨が大仰に変化した指は鬼斬りの峰をそっと撫ぜ、チャキ、と鍔鳴りを耳聡く捉えた異形の目は綱の間合いから跳び退さると、返す刃を夜風に乗せて、桜の花弁でも載せるかの優美な曲線を描くと煌めいた刃に、黒いパーカーが切り裂かれた。世闇に紛れようとした茨木童子の黒いパーカーは月の煌めく夜に綱に味方した。腹を一突きに狙って来た鬼斬り丸から逃げる事屋根三つ。眼前に迫った黒曜石色の瞳に嘗ての昔、斬り落とされて取り戻した腕を伸ばす。

完全に虚を突かれた綱は後ろ頭を包んでくちびるを血の味で染めた男の瞳孔が血の色に震えるのを呆然と見た。接吻、キス、ヴェーゼ。どれでもいい。こころに決めたひと以外からのくちづけを甘んじて受けれる渡辺綱では無い。

「・・・今生の縁っての?運命的だよねぇ。」

「・・・殺すぞ、お前。」

「綱ってば沈着冷静とか言われてるけど、俺から見たら案外に直情型よねー。」

ぺろりとくちびるを味わうように舐める茨木童子は悪戯しく微笑み、全くもって前世から改善されていない悪癖を綱に与えた。彼は男だろうが女だろうが誘っては襲う悪行三昧を尽くした鬼だ。何度も平安の時代から鬼斬りを手に対峙して行きた今生の綱は鞘を持った手がごしごしと口元を擦ると、遠慮なく唾棄し、ふ、っと呼吸を整える。

「そうだな。俺はなかなか冷静な男だからな?今度は確実に冷静に、お前を仕留めるさ、茨木。」

喉元に突き付けられる鬼斬りの鋒、今生を得た茨木童子の鮮血が滴る。悦楽の吸血か生きるための吸血か、見極める時間は幸いながらある筈だ。源頼光の恩恵に加えて情報能力を舐めてもらっては困る。

「最低二年は待ってはくれませんかね。」

「貴様そう言うなら、餌場としては頼光に報告しておこう。」

「源頼光サマこわーい★」

やぁだー、なんて年頃の女童のように笑った茨木童子から刃を引くと、血飛沫や埃を畳紙で払った煌めきは鞘に納まった。最低二年。高校を卒業し独り立ちするまでの猶予とでも言いたいのだろうか。綱とて無益な殺生はするつもりで無い、が。

「鬼斬り丸が、何故鬼斬りなのか。浅慮なお前では無いだろう?」

悪鬼はひとを騙すために美しい姿をするという。茨木童子は正にそんな存在で、女の妖であったという伝承まであるのだから困ったもので。茨木童子という鬼を斬れた綱の鬼斬り丸は、そんな彼の美貌を一層際立たせた。平安の昔から、大層に志の美しい男だった。背筋を凛と伸ばして顎を引き、無警戒と見せかけていつでも抜刀出来る構えは無防備に近付けば八つ裂きにされるであろうが、その印象すらうつくしい。

「今度こそ、負けねぇ。」

「以下同文。」

東の都に吸血鬼が現れると伝説が立って大凡十年。因縁の邂逅は、血と唾液と皮膚と思慕の味がした。

終わり。


茨木童子

ここでは東洋版吸血鬼を採用。

都内の高校二年。季武と同い年。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ