五話 いつも通り
クレイが転生する少し前の御話である。
いつも通りの光景だ。
泥が付いて湿った服やズボンに、朝の冷たい風が当たり寒く感じる。全力で走る僕を支えるために体が熱くなっていたため余計にだ。
今回はいつもよりも早く学校が見えた。調子がいいな。まぁそんなに上手く行く様にはしてくれないだろうけど。早いと言っても次の鍛冶屋を右に曲がらないと、本当に間に合わない。この道はあまり通りたくないが、考えても仕方ない。
「くっ!」
やはり今回はここに紐でトラップがしかけてあった様だ。いつものパターンと同じだ。そしていつもの様に引っ掛かって転ばないよう、紐が絡まった脚に力を入れ思いっきり振り抜く。いつもいつも転んでたまるか!
「げ!あいつ転ばなかったぞ!?」
前方から驚きの声が聞こえる。へ!当たり前だろ!いつも同じ手に引っ掛かってたまるか!今までは懲りずに転びまくっていたが…。いや、すごくうまい具合に仕掛けられてたんだよ?それにだ、今回は転ばなかったぞ!今が大切なのだ!これで今回は久振りに間に合…ガコン!
「痛!っとっとっと!ぐはぁ!」
今回もいつも通り、間に合わないな…。
「よっしゃぁ!やっと引っ掛かったぜ!だっせぇ!見たかあいつの顔、こっち見てドヤ顔だぜ?だーはっはっは!」
後頭部が痛い。どうやら紐は引っ掛かけるつもりでなく、今回の様に紐が引っ張られることによりトラップが発動して何かを当てるつもりだったらしい。
じゃあ今までのは…。今までのことを思い出し、大きなため息を着く。
飛んで来たものは兜だった。鍛冶屋の親父が大きな音に驚き店を出てみると、商品である兜が泥だらけの少年と倒れていた。当然ながら、兜も泥だらけだ。これをみたら鍛冶屋の親父でなくても、僕が悪さをしたのだと間違いなく思うだろう。
兜で殴られて、
「弁償してもらうからな!このクソガキ!」
ズキズキする頭にまだ響いている。脚は紐でグルグル巻にされて、尻はみずみずしい泥のたまった落とし穴の中だ。身動きが取れずに傍に転がる泥の付いた兜に目をやった。鍛冶屋の親父が置いてった兜は、長年鍛冶屋に並んでいたにも関わらず何故か売れなかった代物だ。鍛冶屋の親父も、壊そうかと悩むまでは考えるものの行動には移そうとしなかった。そんな事を考える前に、あのぼったくりの様な値段から値下げをしようとは考えなかったのだろうか?まぁこうして今の現状、無事に売る事ができたって訳だ。めでたしめでたしか…。
遠くから登校時間の8:15を知らせる鐘が聞こえる。諦めて顔を上にあげて空を見る。悲しみに押し潰されそうな自分の心とは裏腹に、清々しいほどの快晴だった。兜の方を向く。どうせもうすぐ防具を買わないといけない時期だった。小さい体には少し大きいが、いい機会だ。
「こらからよろしくな。…大事にするからな。」
兜の頭を泥だらけの掌で撫でながら、そんな独り言を小さく口にした。その声が聞こえたのは兜と僕自身だけだった。
「んでよ!いつもみたいにまた転ぶのかなーって思ったのよ!したらよぉ、引っ掛かった足で紐を思いっきし引いたわけよ!」
教室の外の廊下に響き渡る汚い声。うるさい。
「それでそれで?」
「俺様特性のトラップがやっと発動したわけだ!その名も『鍛冶屋のバカ親父の売れ残り兜飛ばし!』」
くだらない。と言うか、ネーミングセンス酷すぎ。それにクスクスと笑うあいつらも気が触れてる。
「ちゃんと話を聞け!」
「あーはっはっはっは、お腹いたーい!」
先生の声に弾かれた様にみんなが我慢できなくなり、僕を指差して大笑いする。
今、兜を持って先生に廊下で叱られている。
「だから、本当に今回も一時間前にでたんですって。本当です!それをあいつらが邪魔して…」
「言い訳は、聞いとらんだろうが!」
先生の拳が僕の頭を殴る。
半ば省略だ!どうせいつも通りだ。いつも通りに遅刻し、いつも通りに叱られて、いつも通りに廊下で立たされる。兜を持って行かれてしまいそうになったので、言い訳をした。色々あったがいつも通り、しつこく騒いでたら先生が折れた。
「そんなに汚ねえ兜が欲しいならくれてやる!被っとけ…よ!」
本当に先生なのか、わからないぐらい乱暴に僕の頭に兜を叩き付ける。これもいつも通り。慣れた。痛いが我慢できないほどでは無い。
「おい!お礼もねえのか?おい!」
そう言いながら…もういいだろ、思い出したくもない。
こんな兜のせいで、偉い目にあった。仰向けに倒れ、頭から血が流れてる。やり返せない自分が悔しかったが、どうしようもなかった。
この世界は時に残酷だ。母は僕を産んだ後、死んだわけではない。父も僕を守ろうとして死んだわけではない。二人とも生きていながら、僕を捨てたのだ。母は僕を産んだ後、すぐに他の男と共に消えてしまった。父は蒸発した。正しくは、家宝を売り飛ばして他の国へ逃げてった。
こうしてたった一人になった僕は、強く生きていったのだ…。その筈だった。実際は違った。
現実はそう甘くない。魔術を教えてもらって完璧に使えるようになる者もいれば、魔術を教えてもらえずに使えない者もいる。逆に魔術を教えてもらったのに使えない者もいれば、魔術を教わってないのに使いこなせるものもいる。生まれた時からその四つの中のどれかに分類される。
天性の才能や、生まれるのに最も適した時間、育つ時に最も恵まれた場所、生きていくのに最高の身分、そしてどの生き物よりも優れた種族。どれに運よく生まれてきても、全ての生き物がその力を使いこなし、生きられる保証なんて何処にもないのだ。そう、何処にも。
急に教室から、兜を被ったまま聞こえづらい耳に先生の不気味なほどよく通る声が聞こえてきた。
「…は最弱の一族である。そして、その反対に位置するのが、我ら人間である。」
そう、僕は三つ目の能無しに分類される者。そして世界最強の一族の人間に生まれてきてしまった者である。
次話投稿が遅くなりました。
予告通り主人公が変わり、戸惑った方もいると思います。暫くクレイから話が離れます。次回の投稿もなるべく早く出来る様にしたいです。