三話 雨漏り
近づいて来た不審者を、原子の結び付きを変えて硬化した魔法無効の尻尾により吹き飛ばす。
「ぐぼぉっ!?」
今の妾にできる全力の攻撃だ。
体に刺さった武器を抜く?巫山戯るのも大概にして欲しい。今この状態で抜いてしまったら、折角塞がった傷口や止まっている魔液を、ダダ漏れにするのと変わらないではないか!危害を加えないつもりの様だったが、妾に近づく行為そのものが既に危害である。
しかし少々やりすぎたか…。幾ら何でも完全装備の騎士ですら、バラバラにしてしまう一撃だ。それを何の装備も無しに直撃したのだ。生きているはずがない。妾を見た時に逃げ出さなかったのが運の尽き…。と言うか、逃げ出さない方が当たり前、か。
「あ、あの…俺のはな、し聞いてませんでした?」
驚いた…。まさか、生きているとは。妾が弱ってきているとは言え、あの一撃を裸で受けたのだ。どんな体をしているのやら…。と言うか此奴、先程から敬語を使っておらぬか?もしや、ドラゴンについて勘違いしているのではないか?此奴の体は恐ろしく頑丈だったな…。成功する確率も跳ね上がるだろう。妾が敗北した以上これ以上の希望は望めん。しかしこいつ魔力探知眼で見たら恐ろしく巨大かつ邪悪な魔力を所有しておるな…。単純に体力勝負で言ったら此奴に勝てる者も少なかろうに…。本当に何者なのだ?しかし、此奴に賭けてみるのもいいか。フフッ。
体勢を立て直し此方を睨む男を騙すべく、堂々とした威厳のある態度で偉そうに両足で立ち、同様にテレパシーにも力を入れる。
『もう良い。』
そして目の前の男に影響を及ぼさない様、細心の注意を払いながら生物遮断結界を張る。これで暫くはここから出ることも入ることもできなくなるであろう。最後の力を振り絞ったはずなのに、まだまだ結界を張れるだけの余裕があったとはと、自分の力に満足する。
『この場にはもう貴様以外のものは近づくことすらできまい…』
半ば強引にも色々と理由を付け畳み掛ける。そして最後に自分の命を代価に、ある儀式を行う。
『我が偉大なる命、貴様にくれてやる!有難く頂戴するがよい!』
【これより此奴は竜族の顔として生きていくことを誓った。同時に魂に刻み込んだ!無論、逆らう事はこの妾、ルミナスの権限により許されないとする。温かく迎えてやってくれ!】
これで妾の仕事は終わりだな。
『妾の名は偉大なる竜族の王妃、ルミナスである!貴様に問う。お主、名をなんと申す?』
「…え?」
今までに感じたことの無いぐらいの幸福感に襲われた直後のことだった。職業柄でつい、本名を言うのを拒んでしまう。
「名前?なんでさ?おま…ルミナスに言うひつy…」
『遅い!妾には時間が無いのだ!もう良い、貴様の名前はクレイ。クレイ•ドラゴニアだ』
「な、そんな名前勝手に付けんな!俺にも立派な名前がある!俺の名は、クレイ•ドラゴニアだ!」
ふぅ、人の名前を勝手に付けやがって。俺は拾われたばかりの犬か!…む?
「は!?なんっ?え?どうしてだ?」
『ふふふっ。驚いただろう。自分の名前を思い出せないからなぁ。いや、正確に言えば自分の名前は覚えているのだがな?』
なんだと?ふざけんな!どうなってるんだ?
『考えても無駄だぞ。魂に刻み込まれておったお主の名に、今の名を上書きしたからな。いくら考えても、もうお主には元の名は思い出せん。観念しろ…っとついでにだ、この先何があろうとも竜族の顔というのは避けるのだぞ?お前のためでもあるからな。』
魂に刻み込まれてあった名前を上書きした?なぜそんなことを?前の名前はどんな名前だったか知らないが、そこまでいい名前でもなかった気がしてならない。と言うか、名前にいい悪いがあるのかが疑問ではあるが。
『…クレイ。お主も大変な人生だった様だな…。まさか、てん…。いや、いまはいいだろう。道を外れて外道を極めるお主も見てみたい。しかし、わざわざ今まで通りに振る舞うのもつまらんだろう。』
こいつはなにを言ってるんだ?
『一つ釘を刺しておく。他人のくだらない思いに縛られるでないぞ。自分は今なにをしたいのか、を優先し行動しろ。』
そんなもん知ったこっちゃない。しかし、その考えにも一理あるな…。って!もういい、こう言う時は空気を読もう。もう考えても無駄みたいだし。理解できているのにしたくなくて、慌てる主人公ほどイライラさせるものはない。深呼吸をして、光の粒になり消えかけているルミナスの方を見る。竜族の王妃だったな。どうやら俺に命を預けたらしいな。ルミナスだって好きでやるわけないだろ。実際消えかかっている。よし!男ならビシッとカッコ良く決めますか!
「ルミナス、どんな事情かは知らんが、俺はこれからどうすればいい?何か力になれることはあるか?」
俺の反応が急変したのが胡散臭かったのか一瞬眉間にしわが寄ったが、すぐに優しい眼差しへと戻った。ドラゴンの優しい眼差しと言っても人間とは違い、表情がわかるわけではない。目の微妙な変化にも敏感にならなければ、何時も睨まれている様な気分になってしまう!
『肝の座った奴だな。一つ言うなれば、ここから妾の来た方向とは逆の方向へ向かえ。仲間達がいる、力を貸してくれるであろう。あとはお前の好きに行動して良いぞ。きっとその体が役に立つであろう!フフハハハハッ!愉快愉快!そうだ、これは最期の置き土産だ。妾は満足した、今度はクレイ、其方が満足する番だ、存分に楽しむがいい!』
「おう!あったりまえだろぅが!」
最後にそう言い残し微笑むルミナスは光の粒となり、消えてしまった。暖かい光に包まれていた別れの場は、まるでルミナスとの別れを惜しむかの様にゆっくり、ゆっくりと元に戻っていった。
やっといなくなって精々したぜ。そう思う自分もいれば、ルミナスの消失に悲しむ自分もいた。人生の中であんなに優しい眼差しをしてくれた人は五本の指に入るぐらいしかいない…。ふと今まで自分が、他人から向けられていた視線を思い出す。いや、一本の指でしか数えられないな。生きてきた中で初めての経験だったのだから。
「なに悲しんでんだか」
その時雨宿りしていた木から、急に雨漏りが始まった。上を見上げて雲の隙間から眩しい光が差し込んでいることに気づく。雨は降ってなかった。
「ふふ、本当になにやってんだか」
しんみりした気持ちになりながら始めに寝ていた木に持たれて座る。大きなため息をつき雨が何処から落ちてくるのか、ぼやける瞳で暫く探したのであった。
ドラゴンさんの名前がルミナスと分かり、主人公もわかると思いきや、ルミナスにより迷宮入りしてしまってと、ドタバタしましたね。
ルミナスの残した不思議な言葉が気になる人もいると思いますが、暫く更新できないかもしれません。ご迷惑おかけします。