二十一話 能無し
日が傾き教室の窓からは赤く染まった雲が見える。今日も1人で黒板のいたずら書きを消す。バカ、能無し、クズ。僕に向けられたものだ。この後にほうきでゴミをはき、雑巾がけをして机を運ぶ。先生は…先生と呼ぶべきかわからないが、先生は、掌握を使えば一人でもできる。落ちこぼれが掌握を使うことにより、練習ができ一石二鳥、なのだそうだ。あいにく僕には術は使えない。その為、今までからかわれてきた。入学当初は、何をされても鍛えていた筋肉でなんとかしていた。しかし、授業を重ねる度にみんなはどんどん術を使いこなしていき、筋肉を鍛えるのにも限界がきた。そして、術を使えない僕はいじめの標的にされた。この世界、術を使えないものは一人もいない。
だから、入学してからすぐに図書館を漁りまくった。詠唱、魔法陣、体の動き、道具。全て試した。きっと何かできる。何かができればそこから上達していけばいい。
誰が聞いても完璧な発音。瓜二つな図形。鏡を見ても無駄のないフォーム。正しい順序で行う。何をしても術はできなかった。
僕よりも下手な発音、グジャグジャの図形、歪なポーズ、めちゃくちゃな順序。それでも何かしら発動する魔術、武術、崇術。
練習は欠かさなかった。きっと原因があるんだ。使えた時に他の人よりも強力な術を使ってやる。見返してやるんだ。そんな気持ちを胸に。
しかし、現実は実に冷たいものだ。努力とは裏腹に何一つできなかった。
何かの病気か?僕と同じ立場の人がこの世界のどこかにいるはずだ。僕が第1号なわけない。そう考えて、違う分野の本も読み漁った。
結果は酷いものだった。そのような病気はなかった。同じ症状の人もいない。ある本で、呪いではそのようなケースがあるそうだということがわかった。期待を胸に、詳しく調べた。やはりダメだった。使えなくなるのは右手や左手のように、一部だけなようだ。
ここで吹っ切れた僕は、自分で治療法を探すことにした。術の構造から体の作りまで。もうそれにしか、すがれなかった。
先生達は、僕がただの落ちこぼれか、わざとこのようなことをしているのだと思っている。僕の行動は、『実技が全く出来なくてもここは卒業できる』と言っているようなもので、学校の面汚しと言うわけだ。しかし、退学させたくても学校一の頭を捨てるわけにはいかない。だからまだここに居られる。実技は無理だが、知識なら誰にも負けないし、負けられない。
テストで少しでも点数が落ちれば退学だ。
この学校は、実技とテストを半分ずつに分けている。二つの総合が四分の一上回らなければ、退学になるのだ。しかも、この学校ではマイナスがある。悪すぎるとマイナスになるのだ。そして、実技は全てマイナスの僕は、他で満点を取らなければ、退学になるのだ。しかし実技以外の記述に関しては、日常的に本を読み漁っているので問題は無かった。
僕は、頭がいいからといって自慢をしないし、他の人がバカだとは思わない。努力が足りない、センスがない、そんなのは関係ないのだ。
人は皆、生まれてくるときは平等であるという。僕はそうは思わない。
徒競走をするとしよう。センスがあるやつは、センスのないやつよりもスタート地点が前にある。これは生まれた時からの差だ。しかし、センスのないやつも努力をすれば追いぬかすことができる。では、努力をすれば良いじゃないか?違う、そうではない。努力と言うのもできるやつとできないやつがいるし、努力の効率の良い奴もいれば悪い奴もいるのだ。速く走っても、すぐに疲れて立ち止まってしまっては意味がない。効率が悪い奴は逆に遅れを取ってしまうのだ。どんなに努力して走っても、ゴールとは反対の方向に走っては意味がないのと言うことだ。
では、僕はどれに当てはまるか?どこがスタート地点か?どのくらい努力して走れるか?
あいにく僕には走る足がない。足が無いのに走るフォーム、靴の種類、足の鍛え方を学んでも意味がない。そんな努力をしても、スタート地点に立てなければ、何もしないのと同じだ。
掃除が終わり、窓を閉めるため窓に近づく。真っ赤な夕日が今にも落ちそうだ。外は少し肌寒く、冬の訪れを知らせているようだ。鍵を閉め、落書きだらけの机の上に置かれた兜を手に持ち、小さく囁く。
「お待たせ。」
術を使う感覚とはどんなものなのだろう。
僕の一生感じることのない感覚。
本を読んでわかった。どんなにセンスのないやつや、努力を出来ないやつでも、必ず何かしらの術は使えるそうだ。例外も見つかっている。例えば、『木』の奏者レノ。彼は武術、崇術共に使えないそうだ。しかし、魔術のセンスが秀でていて、彼に及ぶものは誰もいないそうだ。何でも弱点である『火』の魔術すら破ったそうだ。
もしかして僕も!と思ったが、そんなはずはない。まず、秀でる前に術が一つも使えないのだ。
帰り道、人気のない寒々とした路地を歩く。ふと抱えていた兜を被りたくなり被る。何をしているんだかな。すぐに外し、汚れた兜を自分の服で優しく拭く。
そういえば、明日は防具を持ってくる日だったな。みんなは胴当てや脛当て、取り敢えず兜以外を持ってくるだろう。僕と同じは嫌なのだ。あの日からずっと持って歩く僕をみんな見ていたからな。
「明日はよろしくな。」
周りが暗いと、自分で光を灯すので、この街のどこにも明かりはない。毎回夜に明かりをつけることは大変な上、魔物を呼び寄せることもあるからだ。最強の種族だから強いと言うわけではなく、一番強くなれる種族なのだ。僕みたいなやつもいるし。だから、なるべく魔物を呼び寄せたくはないのだ。
…しかし、僕はそうではないと思う。魔物を呼び寄せたくないのではなく、魔物につられてきた魔物が大暴れするのを防ぐためだと僕は思う。つまりは近所迷惑を防ぐためだ。朝、玄関を出たら家の目の前に穴が空いていた事件も過去にあったらしいからな。
一番の魔物は魔物を駆除する人間、お前達だ。
古い書物に記されていた、昔の勇者に向けて魔王が最後に放った言葉だ。その後、勇者は魔王を倒した自分が何者なのか分からなくなり、自害したそうだ。魔王の考えに反発した勇者が、魔王の言葉を信じ自害するとは皮肉なものだ。
僕は目をこらしながら、真っ暗な路地を小走りで家へと帰っていった。




