【4】いつものとおりにやれ
……翌朝、事務所に顔をそろえた5人。
その中にひどくやつれた表情が2つある。
スズキの顔は血の気が抜けて真っ白で、サトウの顔は土気色をしている。2人とも目が充血し、腫れぼったい。その周りも少しかげって見える。
「おい、2人ともほとんど寝てないんじゃないか?」
次長のタカハシは少し厳しい口調で言った。
静かに小さくうなずく2人……。
「期日が迫っているのはわかるが、無理すんなって言ったろう。身内のことなんだから、厳しければ、日程は何とでも調整できる!」
「すみません……」
次長の叱責に対して声をそろえて詫びる2人。
「2人っきりで夜を明かしたんですかあ? なんかアヤしい~」
タナカが茶化すように言った。
見る間に2人の顔が紅潮する……。スズキの白い顔は桃のように、サトウの土色の顔は熟れ切ったトマトのようになった。
「タイチョー! 顔が真っ赤ですよ」
タナカがたたみかけた。
「そんなことありません! 次長、朝の打ち合わせを……」
とスズキ。
(2人ともいい歳こいて、中学生かよ……)
タナカは心の中で笑った。
その気持ちを顔に出さないようにしても抑えきれない。
「2人でなんかあったんじゃないですか~? ん~。なんかありましたねえ?」
タナカは2人の顔をのぞき込むように言った。その気持ちを顔に出さないようにすることはあきらめていた。
「ド~ド~。タナカ、よしなさい。中学生じゃないんだから。」
タカハシがタナカをいさめる。
「は~い!」
タナカは、にやついたままだ。
そんなとき、タカハシに内線が入った。
「はい、タカハシ……。はい……。はい……。えっ……? 新体制になるまで、ウチの出動はしばらく休みじゃなかった? ええ……。ええ……。了解……。いやいや、大丈夫……。すぐに出るから……」
「どうしました?」
タカハシが内線を切るかきらないかの内にスズキが聞いた。
「支援要請だ。この付近で出張れるところはどこでも出てほしいということらしい……。あっ、それと、スズキさんとサトウさんは休んでいてくれ。これは業務命令な。自宅でも宿直室でもいいから、きちんと睡眠取りなさい」
「やったあああああ! ジチョーとデートだあああああ!!」
タナカが無邪気に言った。
「ええと……、オレもいくんすよね……。次長……」
イトウがおずおずと寂しそうに言った。
……そして、現場に到着した3人。
軍と民間の生体甲殻機がすでに数匹のヌエと格闘していた。
タカハシの指揮車からタナカ機に無線が入る。
『みんな、いつものとおりにやれ。いつものとおりだぞ! 絶対に無理するな! 以上だ!!』
運用試験課が発足して以来、タカハシが〈指揮車〉に乗ることはあっても、実際の〈指揮〉は常にスズキだった。今回、タカハシは、慣れないことをするより、間違いのないことを確実に行うと決めていた。
つまり、細かい指示を無理に出すと、イトウとタナカを混乱させてしまう可能性もある。普段スズキから出される指示との違和感をタナカとイトウが覚えるおそれがあるなら、今までスズキとのやり取りで感覚的に身に着けたこと、つまり体で覚えたことに任せようと考えてのことだった。
タナカの場合、その性格を考えると、今後これがアダになるおそれもあったが、それは後できちんとクギを刺しておけばいいと考えたのだ。
「了解! ガンバリマス!」
(あ~あ。指示出すのがあのババアじゃなくて、いつもジチョーだったらいいのになあ……)
タナカはそう思いながら、イトウが運転するトラックと歩調を合わせて一番手前のヌエに向かう。
イトウが牽制射撃と散水の準備に入る。
イトウがヌエに対して牽制射撃と散水を始めると、タナカがその追い込んだヌエを軽快な動きで攻撃し、とどめを刺す。タカハシが感心する手際だった。
タナカが2匹倒したころには、事態はかなり沈静化していた。3人から少し離れたところで、数台のキセナガと2匹のヌエが戦っていたが、まもなく決着がついた。
それを見届けてから現場を離れる3人。
「……ということだ、タナカ。わかったな」
「はあい! ジチョー!」
事業所に戻る道すがら、タカハシは、自分が出した全面的に任せる指示の真意について、くどいほどタナカに説明した。〈オトナ〉のイトウには言う必要はなかった。
しかし、しっかりとタナカに届いたかはわからない。彼女には、タカハシの普段の口癖〈オジサンは同じこと何度も言っちゃう〉くらいにしか、思わなかったかもしれない。
ただ、今回は、タカハシの〈任せる〉指示が功を奏したのは事実だ。タカハシは余計な心配はしないようにした。
一方、サトウとスズキは、少し仮眠を取った後、残りの仕事を片付けた。おかげでその日の徹夜は回避できたようだ。