【20】ローマの祭り
「アサギ様、任期の延長はしないということですね……」
例の女性が言った。
「うん。各都市で神獣の量産体制のめどが立ったし、日本のヌエの個体数は減ってきたし、次にやりたいことができたし……。選挙はしなくていい……。何かごめんね。もう、いいかな?」
「ええ、もちろんですとも……。ササキ様の本懐を全て達成することはできませんでしたけども、実現するのは難しいことも承知しています。アサギ様に政党の設立を支援していただいたので、別の方法で日の本を動かしてみたいと思います……。先だった者たちも、私たちが向こうに行って会ったとき、きっと許してくれると思います……」
「まだ、武闘派の人は地下に潜っているんでしょ? 大丈夫?」
「いえ……、ササキ様直属の武闘派の者は、2年前の町方の摘発でほとんど亡くなっています。身内の間では、今でも武力で日の本を変えようとしている者たちを、〈過激派〉と呼んでいます。アサギ様が女王であらせられる間は動かないでしょうが、その後はわかりません……」
女は、あくまでもササキがいたときの組織と、今の組織をきっぱりと区別したいようだ。
「そう……」
「神の使いが行ったほとんどのことは一部の民政党議員に押しつけることができましたけど、神の使いを〈民政党の武装過激派集団〉ということにしましたから、仲間の中には逆恨みしている者がいるでしょうね」
女は少し沈黙して話を続けた。
「そうそう、一部の者たちは、アサギ様を待ってますよ。もう、迎え入れる準備を始めたそうです」
女性は笑顔で言った。
「ほんと? うれしい……。でもその商売って、まっとうなヤツなの? 疑うわけじゃないけど……、もう〈ああいうこと〉はしたくないから……」
「ええ、もちろんですとも……。生体機械の部品を国内外に売ってると聞いています。何か優れた〈頭脳〉とやらがいるそうで……。私は実際に会ったことがないのでよくわからないのですが……、アサギ様のお爺様のような研究者でしょうか……。タカハシさんが来てくれれば、もっといろいろなことができると思いますよ」
「そう、安心した」
アサギは笑顔になった。
「あと……、これは……、最初で最後の個人的なお願いになると思うんだけど……、聞いてもらっていいかな……」
「どうぞ、どうぞ」
女は笑顔で答えた。
「再来月、剣闘場の起工式があるじゃない? そのときに、試合をしたいの……。キセナガで戦ってみたい人がいるんだ。こういうのって、普通〈こけら落とし〉でやるんだろうけど、それまで待てないし……」
「ええ、承知いたしました。さっそく準備に入ります。キセナガ剣闘試合の認知度向上をはかる宣伝……、あるいはアサギ様の退位記念の催し物という名目にいたしますが、それでもよろしいでしょうか? そうしないと、お金も人も動かすのが難しいので……」
「うん、その辺は任せる。ありがとう」
「恐縮です……。その戦ってみたいお相手というのを教えていただけますか? 調べてみます」
「東の院を襲撃したときに私を倒した相手……。そのとき、桃色で女性の体型をした、珍しいキセナガに乗っていたんだけど……」
「それだけ特徴があれば、すぐに割り出せると思います。あとは、その方を闘技に引っ張り出す理由づけだけですね……。それはこちらで考えておきましょう」
「ありがとう」
数日後、定期報告のため、アサギの執務室に来ていた女が生体甲殻機の剣闘試合について触れた。
「相手のキセナガ乗りについてわかりました。サトウ・サクラという女性で、町奉行所の公安方、キセナガ班の筆頭同心です」
「奉行所にできた新しい部署ね。町方なのに、火消方やお助け方と一緒に出張っているって聞いてるけど」
奉行所は、われわれの世界でいう役所と消防、救急、警察を兼ねた行政組織である。それぞれ、役所の窓口業務は事務方、消防は消防方(俗称・火消方)、救急は救急方(俗称・助け方)、警察は公安方(俗称・町方)と呼ばれていた。
〈キセナガ班〉は、反社会的組織による生体甲殻機犯罪に備えて新設された部署だが、実際に犯罪の取り締まりに使われることはほとんどない。奉行所という同じ管轄の別の係、つまり救助や消防にかり出されることが多かった。
「ええ、そのキセナガ班の筆頭なので、闘技に出てもらう理由付けも簡単でした。キセナガ班の新設記念をかねて興行します。すでに指名もしておきました。余り乗り気でない様子でしたけども……」
「う~ん、そうだよね。相手がアタシの立場じゃ、やりづらいよね」
「そこで私は、組織全体を巻き込む賞品を提案しました。もし、アサギ様に勝ったら、今年1年間、町方の予算を倍にし、副賞としてキセナガ班には新型キセナガの試作機を提供すると申し出ました。すると、周りも後押しし始め、彼女も承服せざるを得なくなったようです。大丈夫です。周りの期待を背負うでしょうから、本気で戦ってくれるでしょう」
「ありがとう。ホント、そういう交渉事上手だよね。おかげで、今までいろいろと助けられたよ」
アサギが笑顔で言った。
「恐縮です……。闘技に使うキセナガですが、国内外の宣伝を兼ねて、現在開発中の神獣を元にしたキセナガを使用することにしました。キセナガ班の副賞と同じものです。軍事用キセナガとして各国に輸出する予定ですし、世界初のキセナガの闘技ですので注目度も高く、宣伝として効果的かと思います」
「キセナガは、条件が同じなら何でもいいよ……。すごいね、そこまで考えているんだ」
「恐縮です……」
剣闘試合の当日になった。
場所は〈新佃島〉。われわれの世界で言う佃島から月島の辺りである。ここは、20年以上前に、拡張埋め立て工事を行っていたが、ヌエの出現以来、工事が止まっていた場所だ。この場所を国が買い上げ、生体甲殻機用のコロシアム建設を計画している。
敷地は、ローマにあるコロシアムの5倍の大きさ。これは、身長を180センチとした人間と身長約900センチの生体甲殻機の比率に合わせたものだ。
仮の闘技場は、敷地を簡単に整地し、約5メートルの高さの仮囲いを巡らせてある。観客はいない。代わりに、周りにはテレビカメラが設置してある。そのほかは、檻に入れられた神獣数匹と、興行関係者や報道関係者が控えている車が数台あるばかりだ。
さらに、その仮設闘技場の端と端には、ヌエ対策を施した高さ10メートルあまりの仮小屋が設置されている。
「それでは、みなさん、行ってまいります!」
桜色の強化服を着たサクラは一礼をすると、ヘルメットをかぶった。
父、ムネチカが大きくうなずく。
「気を付けてね、無理しないでね」
「ハンチョー! がんばってください」
「サトウ君! 予算獲得頼んだぞ!」
子どもを抱いたアヤメ、非番のサクラの上司や同僚が数名が声をかける。その後ろには、インタビューを済ませた報道陣が控えていた。
ヘルメットをかぶったサクラは、うなずくように礼をして生体甲殻機が座っている台座に向かっていった。
生体甲殻機は、武者のようなヘルメットを装備し、肩からみぞおち辺りまでは装甲板も装甲服も装備していない。人間に例えれば裸の状態だ。ただ、識別色として、体が桜色に塗装されている。色はサクラの希望だ。
腹回りには、搭乗者を保護する防刃仕様の丈夫なプロテクター、腰回りには、草刷りのようなものが施されている。
また、膝から下には臑当がつけてある。脚部の小さなケガで試合を終わらせたくないという、主催者側の配慮だ。
さらに台座には、巨大な武器が設置されている。
ひとつは、長巻で、柄の反対側が円錐状の鋭利な武器になっている。サクラが事前に希望しておいた特注の武器だ。もうひとつは、打刀。巨大な日本刀だ。
〈扉を開ける準備をします。応援の方と報道陣の方は、上の階に移動お願いします!〉
運営スタッフの大きな声が建屋に響いた。
一方、アサギの周りは、静かだった。ボディーガードと、付き添いの女、タカハシ、報道陣くらいのものだ。
アサギは、報道陣の取材に答えると、ヘルメットをかぶり、生体甲殻機に向かっていった。
アサギの生体甲殻機は、古代ローマ風のヘルメット(ガレア)を装備。肩からみぞおち辺りまでは、サクラ機と同様に装甲板も装甲服も装備していない。識別色として、薄浅葱色に塗装されている。
腹回りは、搭乗者を保護する防刃仕様の丈夫なプロテクター、腰回りには、草刷りのようなもの、膝から下には臑当が施されている。これらの装備は、サクラ機と同じだ。ただ違うのは、パルムラという小型の盾を左前腕部に装備しているところである。古代ローマ時代の剣闘士を彷彿とさせる出で立ちだ。
武器は大きく異なる。ひとつは、ハスタという古代ローマ時代の長槍。もうひとつは、グラディウスという諸刃の短剣だ。
やがて、建屋の扉が開き、台座に座った2機の生体甲殻機が闘技場に運び出された。
〈……人類初となるキセナガの剣闘試合の前に、今回の試合の規則について、もう一度簡単に説明しておきましょう〉
建屋の応援席に設けられたテレビから、音声が聞こえてくる。
〈……試合は、相手が動かなくなった時点で終了。搭乗者のいる腹部への攻撃は禁じ手となります〉
仮設闘技場の両端に運び出された2機の生体甲殻機。やがて立ち上がり、武器を手に取った。
各所に設置されたスピーカーから、レスピーギの『ローマの祭り』が流れてきた。これはアサギ発案の演出だ。
2機の生体甲殻機が互いに闘技場の中央に歩み寄る。さながら古代ローマの兵士と戦国武者の対決だ。
一礼をするサクラ機。
別に他意はなかったが、アサギ機はそれに応じることなく、槍を相手の眼前に静かに構えた。
サクラ機も、それに応じるように長巻を中段に構える。
2つの切っ先が軽く触れたと同時に、アサギ機は、一歩下がり、槍を突き入れた。
それを長巻の柄で鋭くはじき返すサクラ機。と、その流れのまま右から左へと長巻を振るった。
とっさにそれを盾で受けるアサギ機。次の瞬間、アサギ機の鎖骨から喉にかけて、長巻の刀身が貫いた。
(!!!!!!)
一瞬のことに驚くアサギ。
サクラは、長巻を振る際、立ち位置を変えながら刀を峰に返し、刀身が盾に当たったと同時に滑らせ、刀身の反りを利用して突き入れたのだった。
「おお!」
「やった!」
サクラ側の応援席がどよめく。
〈あ~! これは、早くして勝負ありましたでしょうか!?〉
テレビの音声と、
「うわ~、もう終わっちゃうのか……」
運営や報道陣の嘆息が同時に聞こえてくる。
サクラ機が長巻を引き抜こうとした次の瞬間、アサギ機の槍もサクラ機の鎖骨あたりを貫いた。
「アナタ、説明をきちんと聞いていなかったの? 普通のキセナガと違うのよ?」
機体の拡声器を使ってサクラに伝えると、アサギは、長巻の刀身をつまんで、機体から引き抜いた。引き抜いた瞬間、公園の水飲み場の水のように、生体甲殻機の体液が吹き出たものの、すぐに止まった。サクラの機体も同様だった。アサギ機が自分の槍を引き抜いていたからだ。
「ココを狙いなさい! ココ!」
アサギ機は、相手と距離を取りながら、自機の心臓あたりを軽く叩いた。
その言葉に付き添いの女が何度もうなずく。新型機体のアピールになるからだ。それを見て、隣にいたタカハシは苦笑いを浮かべた。
(へぇ……。つまり、有効な手段は心臓を狙うしかないのか……。でも肺でもいいはず。あとは、四肢を狙って動けなくするか……か)
サクラは思った。
一方、アサギはというと、
(油断した……。危なかった……。強い……どうするアタシ……。向こうはキセナガの性能をまだ生かし切れていない。それを利用するのが一番……。少しずつ体力を削いでいくか……)
と考えながら、
「仕切り直しね……」
と、拡声器で言って槍を構えなおす。サクラ機もそれに応じた。
(気を付けながら、いろいろと試してみるか……)
そう考えたアサギは、機体の槍を右手で長めに持ち、サクラ機の周囲を高速で走り始めた。
サクラ機は、落ち着きを払って、アサギ機が移動する方向に合わせて左右に向き直る。
一方、アサギ機は、走る方向を左右に切り替えながら、素早く槍を振り回した。サクラ機は、体をすっと引いたり、時には長巻で弾いたりして、それをかわしている。
(向こうは人間以上の動きをしようとしない……。そこがねらい目!)
アサギ機は、意を決したように、槍の柄を右手で逆手に持ち直し、走りながら、相手の足元に深く突き入れた。
軽く飛び退くサクラ機。
アサギ機は、槍をそのまま地面に突き入れると、跳躍し、両足をサクラ機に繰り出した。槍を軸に体を浮かせ、跳び蹴りするような格好になった。
しかし、次の瞬間、アサギ機はバランスを崩して、地面に落ちていた。
瞬間的に間合いを詰めたサクラ機が、長巻を鋭く小さく振るって、地面に刺さった槍の鋒先を薙いだからだ。
地面に横たわった体を回転させて、慌てて距離を取るアサギ機。サクラ機の追撃はなかった。また静かに長巻を中段に構え直している。
(どうすりゃいいの!? 何もできないじゃない!)
次第に焦るアサギ。何をしても通用しない気がしてきた。
(肉を切らせて骨を断つしかない。でも、どうやって!?)
体勢を立て直すアサギ機に対して、中段に構えたサクラ機がじりじりと間合いを詰めてくる。アサギは、無意識のうちに機体を後ずさりさせていた。
相手のサクラ機は、アサギ機の槍が転がっている場所まで来ると、それを慎重に拾って遠くに放り投げた。
(やっぱりわかってないよ……。このキセナガの使い方……)
サクラ機の様子を見て、アサギはそう思った。同時に勝機が見えたような気がした。
(やはり、肉を切らせて、骨を断つ! 胸さえやられなければ大丈夫なはず!)
アサギは、そのまま機体を少しずつ後ずさりさせる。サクラ機も、その動きに合わせてついてきた。
サクラのほうも何も考えていないわけではなかった。
(相手は何か奇策に出てくる。気を付けなくちゃ……)
しかし、サクラ機有利のこれまでの展開で、どこかに油断が生じていた。
正面にいるサクラ機が、その背後に転がる自機の槍から十分に離れたところで、アサギ機は動いた。
サクラ機と距離を取りながら、全速力で槍のほうに駆けていく。しかしサクラ機は追ってこない。
(バカにしやがって! あとで絶対に泣かせてやる! まあ、完全に油断しているほうが都合がいい)
アサギ機は、スピードを落として槍のところまで行き、おもむろに拾った。サクラ機とだいぶ距離が離れた。
サクラ機は構えるのをやめていた。
槍を拾ったアサギ機がサクラ機に歩み寄る。
アサギ機が一定の距離まで来たところで、サクラ機が再び構えた。
アサギ機も槍を構え、サクラ機との間合いを詰めると、その胸を狙って突き入れた。
次の瞬間、サクラ機がすり抜けると同時に、アサギ機のヘルメットが削れる。サクラ機が槍を鋭く払って、面を入れたのだ。
慌てて振り向くアサギ機。一方、サクラ機は悠然と構えている。
もう一度槍を突き入れるアサギ機。サクラ機は、同じようにすれ違いざまに面を入れる。
再びアサギ機が慌てて振り向くと、サクラ機は、瞬間的にすれ違いながら、その右腕を薙いだ。
幸い傷は浅かった。しかし、サクラがその気になれば、右腕を落とすことができたかもしれない。
(相手は女王様だけど、このまま勝負を決めていいのかな……。やはりまずいよね……)
サクラにいよいよ遠慮する気持ちさえ出てき始めた。格闘では、2人の間に大きな実力差があったのだ。
そのまま、振り向かずに走って逃げるアサギ機。相手と少し距離を取ろうと思ったからだ。
応援席から見る付き添いの女は顔色を変えていた。
タカハシは、腕を組んだまま表情を変えずにじっと眺めている。まるで、カネサダと共同で生み出した自分の作品を鑑賞しているようだ。
反対側の席にいるサクラの応援団は、大いに盛り上がっていた。
(突いてこい! 突いてこい! 突き入れてこい!)
向き直ったアサギ機は、盾で顎と胸を覆い、右腕に渾身の力を込めて槍を前後に鋭く突き入れながら、サクラ機に向かっていく。普通の人間が再現しようとしてもほぼ不可能な動きだ。まるで槍に効果線が見えてきそうな勢いだ。
機体のレバーを握りしめるサクラ。
(逃げたら、わざとらしいし、女王様に失礼だ。決めてしまおう)
そう心に決めて、高速で繰り出される槍が自分の間合いぎりぎりに入ってきた瞬間、槍を長巻で鋭く下に払った。アサギ機の槍が地面を削った次の瞬間、サクラ機は長巻の刀身をそのまま槍の柄に滑らせて、アサギ機の右肩の付け根に突き入れた。
アサギ機の背中からは、サクラ機の長巻の切っ先が見えている。
付き添いの女が目を背けた。タカハシは、表情を変えずに黙って見ている。
「やった~!」
「決まったな!」
サクラの応援団から歓声が上がる。
「女王様! 頼む!」
「がんばってくれ!」
「盛り上げてくれ!」
この興行をあっけなく終わらせたくない運営側と報道陣は必死だ。
しかし、次の瞬間、居合わせた人々の反応が一変した。
長巻の刀身に右肩を貫かれたまま、ぐいっとサクラ機との距離を詰めたかと思うと、素早く槍を逆手に持ち替え、両手で渾身の力を込めて、サクラ機の右足を突き刺したからだった。
(!!!!!!)
サクラは、やはり油断していた。
「うりゃ!!」
という、気合い声とともに、さらに力を込めるアサギ。槍の柄が、ずるずると、サクラ機の右足に飲み込まれていく。その右足は、完全に地面に打ち付けられた形になった。
相手の槍で機体の右足を地面に打ち付けられてしまったサクラは焦った。右手を長巻から放し、その手で槍を引き抜こうとする。
一方、アサギ機は、右肩を貫く長巻の力が弱まったところを素早く引き抜き、両手で自分の槍を握ると、体重をかけながら棒高跳びのように大きく跳躍して、サクラ機の背後に回った。
途中まで引き抜いた槍が、再び深くサクラ機の右足に埋まる。
右足を打ち付けられたまま、慌てて振り返ろうとしたサクラ機の背中に、アサギ機の短剣、グラディウスが突き立てられた。
(心の臓は外しておこう……。勝負を付けちゃうと、あのコが悲しむから……。もう少し盛り上げなくちゃね……。その代わり、右の肺はもらったよ!)
と、アサギ機は、全体重をかけて、突き立てた剣をさらに押し入れる。
サクラ機の胸からのその切っ先が突き出た。
(もう少し、差をつけさせてもらうわね。アナタ強いから……)
と、足で相手を突き放してグラディウスを引き抜くと、次はサクラ機の首を刎ねた。
「きゃあ~ッ!」
アサギの言う〈あの子〉、付き添いの女が歓声を上げた。
ついにタカハシも表情を変化させた。アサギの動きに感心しているようだ。
「あ~あ!」
反対側の席にいるサクラの応援団から嘆息が聞こえる。
「やった~!」
「いいぞ!」
「いただきました!」
運営側と報道陣は興奮している。
立場は完全に逆転した。
グラディウスを持ったまま、アサギ機がサクラ機の正面にまわる。
「まだ勝負はついていませんよ。念じれば、キセナガの体から目が出てきますから……。目を生やしたい場所を想像しながら、外を見ようと強く念じてみなさい」
と、拡声器で言って、もてあますようにグラディウスを振る。
「えっ……?」
「早くしなさい! 待ってあげますから!」
アサギは強い口調で言って促す。
静まりかえる闘技場。音楽だけが聞こえてくる。
「……すいません……。無理みたいです……」
と、サクラが拡声器で答える。
「まず、その大剣を置きなさい」
そのアサギの言葉にとまどうサクラ。
「いいから、その長い剣を地面に置きなさい!」
アサギの強い口調に、サクラはようやく従った。今や試合の流れは、完全にアサギのものになった。
「報道の方、ごめんなさい。番組は宣伝とか入れて、つないでください。相手のキセナガに目が生えてから再開します……」
サクラ機は、そう言ってサクラ機に近づくと、槍を引き抜いてあげた。
「さあ、これで集中できるでしょ。がんばって! アタシは、武器を変えてきます」
と言って、槍を拾うと、闘技場を離れるアサギ。
(なんだか、やる気なくなってきちゃった……)
ひとり残されたサクラは、なんだか心細いような、寂しいような気持ちになった。広い闘技場に1機たたずむ姿は、端から見ても哀愁が漂っている。
(うふふっ……。気持ちいい! 勝つぞ! 勝てるぞ! がんばろう!)
アサギは、ささやかな優越感を覚えていた。
やがて、サクラ機の胸に目が2つ出てきた。ひとつは左胸、もうひとつは腹部に巻かれたプロテクターの右上だった。その間に鼻も出てきた。
(焦点が……合わない)
と、思いながらも、右手を挙げるサクラ機。アサギへの合図だ。
「目が出てきました……」
サクラの声を聞いて、アサギ機が出てきた。
左前腕部のパルムラという盾はそのままだが、左右の手にはグラディウスという諸刃の短剣が握られていた。
(まともに戦っても勝てないことはわかった。今まで押されていたのは、アタシが相手の思いどおりに動いているか、動かされているからだ……。格闘能力に違いがありすぎて、キセナガの動かし方は大した差にならないこともわかった。相手がほとんど動かなくてもこれだけやられちゃったんだから……。相手がしてほしくない動き、相手の意表を突いた動きをすれば、何とか勝ち目があるかも……)
アサギには、今までの戦いを振り返り、考える時間が十分あった。
再び闘技場で対峙する2機。
「行きますよ……いいですか? 遠慮は一切いりませんから……」
「はい……」
と、返事を聞いて、サクラ機に近づいていくアサギ機。
サクラ機は長巻を中段に構える。しかし、それ以上は動かない。
(焦点が合わない……。距離感がつかめない……。しかも、肺がやられているから、激しい動きはできないはず……)
サクラもアサギも同じことを考えていた。
緊急処置用の目が〈ちぐはぐな〉位置に付いてしまったために、ひどい違和感を覚えるサクラ。また、肺を損傷したサクラ機に、アサギ機のような鋭い動きをさせることはできないだろう。
(攻めるのは今!)
瞬発力を生かしてサクラ機に肉薄するアサギ機。
サクラ機の反応は鈍い。後ずさりをするだけだ。
アサギ機が左右のグラディウスを猛烈な勢いで繰り出してきた。
長巻で必死に払うサクラ機。しかし、左右の手と腕がアサギ機のグラディウスに削られていく。距離感がつかめないため、うまく払えないのだ。
(この状況、何とかしなくちゃ……)
業を煮やしたサクラ機は、アサギ機の突きをかわしながら、負傷した右足でアサギ機の脚を払う。
その瞬間、バック宙で距離を取るアサギ機。それをかわした瞬間、大きく踏み込んで再びサクラ機に肉薄する。
長巻の刀身がアサギから見て右から左に動いた瞬間、アサギ機が高く跳躍した。
サクラ機の長巻がアサギ機の臑当てを削る。
アサギ機は、頭部のない相手の首の根元に右手のグラディウスを突き立て、それを軸にそのまま背後に回る。
サクラ機は、そのまま体の方向を変えながら、長巻をさらに背後上方に振り抜ぬいた。グラディウスを突き立てられたサクラ機の首から、血しぶきが舞う。自らの動きで、短剣をねじ込むような形になったからだ。
アサギ機は、右手で短剣を握ったまま、着地の反動を利用して、そのまま切り下げようと試みる。
上に振り抜いたサクラ機の長巻の刀身が、グラディウスをつかむアサギ機の右手を捉えた。
アサギ機が着地したとき、その右腕は、サクラ機の首に残されたままになっていた。サクラ機が切り落としたのだった。
アサギにとって、それは想定済みだった。重要なのは、その次の動作だ。
アサギ機は、切り落とされた右腕を気にすることなく、着地と同時に、サクラ機のふところに飛び込んだ。
逆手に持っていたグラディウスがサクラ機の左胸を貫いた。
(これだけ丈夫なキセナガなら、まだ動く! 勝負を決めるのは今しかない!)
次の瞬間、サクラ機はアサギ機を抱え込むようにして、長巻の柄の尻にある円錐状の切っ先を、左の背中に突き立てた。
2機とも胸と背中から血しぶきを上げ、静かに倒れた。
やがて、闘技場に車が入ってきた。搭乗者を回収するためだ。
「ふう……。引き分けに持ち越せてよかった……。ワカバ、町方に賞金と副賞を渡してあげてくれる?」
車に乗ったアサギが付き添いの女に言った。
「承知しました。アサギ様、ありがとうございます。いい宣伝になりました」
3カ月後――。
ヌエ対策が施された小型貨物船が海上を進んでいる。
さび付いた小さなデッキに、アサギとタカハシがいた。背後の船室からショパンの『別れの曲』が流れてくる。
船室には、生体維持装置が2基置いてある。そこにはカネサダと少年の遺体が入っていた。少年はタカハシの息子だろう。2人ともきれいな寝顔をしている。
「あんたたち! 外に出ると危ないよお!」
ブリッジから船員の声が聞こえてくる。
「はいはい!」
タカハシが答えた。
甲板には、いくつかのコンテナと、神獣の入った檻が2つ。その向こうには、天頂の満月に照らされた群青色の海。白く映った月が穏やかな波に揺れていた。
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
改めて厚くお礼申し上げます。
ご感想をくださった方々にも、この場を借りて心より感謝いたします。
【ロボット物“っぽい”シリーズ】
地球外兵装 アルダムラ
http://ncode.syosetu.com/n5807co/
※各URLは『小説家になろう』内の投稿ページに移動します。
拙作で恐縮ですが、少しでもお楽しみいただけましたらうれしく思います。




