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【10】全人類への挑戦状

 反社会的組織に誘拐され、姫と祭り上げられたタナカは、組織の幹部とその腹心と思われる男2人に促され、ある部屋に通された。


 落ち着いた茶色と鮮やかな赤が光できらめいている……。そういうが、タナカの目に飛び込んできた。

 壁や家具は全てつやつやとした木製で、壁の一角が書架で占められている。書架には黒をはじめ、深い茶や赤の革で装丁された書籍が並んでいる。

 そのような空間に、ガラス製のシャンデリア、赤いベルベットのソファが置かれていた。この世界の日本では珍しい内装だ。

 真紅の縁取りの入ったトーガを着た男、ササキが、慣れた手つきで書架の一部に触れると、その一部が開いた。隠し扉だ。


 タナカは、その奥に通された。

 隠し部屋には、壁沿いにさまざまな装置が置かれ、きれいに整頓せいとんされている

 ある装置の前まで案内されたタナカ。

「ここに手をお置きください」

 と、ササキに促され、言われたとおりにすると、若い男も手を装置に置いた。

 ササキが装置を操作すると、やがて装置から紙が出てきた。ササキは、軽く会釈して、それを若い男に見せた。

 若い男は、そのまま内容にざっと目を通すと、うなずいて、

「姫に渡してやってくれたまえ」

 と言って、部屋を出る。

 ササキは、その紙をタナカに手渡して、先ほどの部屋のソファに座るよう促した。

 タナカが部屋に戻ると、テーブルには、サンドイッチや焼き菓子の載ったケーキスタンド、ティーカップとソーサー、ティーポットなどが置かれていた。


 紙を改めて見たタナカは、

「これは、どういう意味?」

 ソファに腰掛けながら聞いた。状況が飲み込めない。その紙には、〈血縁関係99.99%〉と印刷されている。

「書いてある通りだよ。キミとボクは血縁と言うことさ、アサギ……。キミは、ボクのたったひとりの孫娘だ」

 と言って、3枚の写真を取り出した。1枚は、ワイシャツとネクタイに白衣を着た初老の男性、それと少女、この2人を中心に白衣を着た複数の男女が笑顔で写っている。

「これは……、おじいさんとアタシ……? あっ、この人覚えてる……」

 神経質そうな男性を指さしてタナカがぼそりと言った。

 次は、背広を着た高齢の男性、それと学校の制服を着た10代中ごろの女性が写った1枚だ。

「アタシが全寮制の学校に入学したときの……」

 最後の1枚は、中年男性と赤ん坊を抱えた若い女性の写真だ。

「これ……、おじいさんとお母さん……? これは……あたし……?」

 タナカが若い男のほうを見た。


「……長い間寂しい思いをさせて悪かったね……。父親に捨てられ、お母さんを亡くし……、研究が忙しかったとはいえ、私からも遠ざけられてしまった……。今まで本当に強く生きてきたね、たったひとりで……」

 若い男の話をぼんやりと聞いているタナカ。

 男は、その表情を見て、ふと何かを思い出したように、両手で顔をぺたぺたと触りながら話を続けた。

「そうそう……。ボクはこんな姿形をしているけど、80歳をゆうに超えている……。自分の体を使って研究中の薬を試してみたんだ。その薬、キミも使ったんだよ、ボクに内緒で……。1回だけだけどね……」

 その話を聞いて、タナカは、はっとした表情をした。

「覚えているかい? 研究者仲間の話を盗み聞きしていたね? 〈ハタチ〉という隠語を〈早く大人になれる薬〉と勘違いして……。キミは原薬に近いのを使ったから、とっても慌てたよ……。中和薬を投与したが、その後成長するか心配でね。だが、テレビでキミのことを見たときは、無事に成長しているようでほっとしたよ」

 若い男がゆっくりと、よどみなく言った。

「それって……」

 そうタナカが言いかけて、もう一度紙を見た。やはり〈血縁関係99.99%〉と書かれている。


「その紙にはタネもシカケもないよ。信じられないなら、どんな検査でも応じよう。キミの指定した方法でね……。キミが全寮制の学校に入学するまでのことは何でも知っているよ。父親に捨てられたお母さん、つまりボクの娘が亡くなって、たったひとりになったキミを国際機関の研究所で育てた。家庭教師を付けてね……。何でも好きな質問していいよ」

「ううん……大丈夫。おじいちゃんだってわかった……。なんか、不思議な感じ……」

 タナカは、ただただとまどっていた。

「よかった。じゃあ、今夜はお祝いだ。まずは、紅茶とサンドイッチを召し上がれ」

 若い男も笑顔になり、ササキの注いだタナカに紅茶を勧めた。


「でも、おじいちゃん、どうして別の名前にしているの? みんな、おじいちゃんのことアキラって呼んでいるじゃない……」

 タナカの最後の質問だった。

「アキラは、あだ名みたいなものだよ。みんながキミを〈姫〉と呼ぶのと同じさ。アキラはね、ラテン語でわしっていう意味で、古代ローマ軍の象徴なんだよ。このササキくんが、みんなにそう呼ばせているんだ」

「われわれにとって大切なお人ですから……カネサダ様あってのわが軍ですよ……。これからは、アサギ様もです……」

 そう言って、ササキはタナカに頭を下げた。

「ボクは自由に研究ができればいいだけなんだけどね……。人もお金も出してくれて助かっているよ」

 ササキから、〈カネサダ様〉と呼ばれた若い男が言った。


 カネサダは彼の本名だ。そして、孫の名はアサギ。タナカ・カネサダとタナカ・アサギだ。

「……で、ササキくんは、自分のことを〈レガトゥス〉、軍団長と呼ばせているんだ。荒っぽいが確実に仕事をする彼にぴったりのあだ名だと思っている。みんなから信頼されて命も惜しまない。ボクにはとてもできない。尊敬するよ……」

「ありがとうございます、アキラ様」

 カネサダの言葉に、ササキは頭を下げた。


「それでね、アサギ……。次は、この手紙を読んでもらいたいんだ……」

 カネサダは、トーガ風の衣装のあわせから、よれよれになった1通の封筒を取り出した。中身の手紙を出し、テーブルの上に置くと、アサギに差し出す。何度も読み返されたのか、中身の手紙もよれよれになっていた。

 アサギは、それを手に取り、ゆっくりと開く。手紙には、外国語が書かれていた。かなり達筆で、アサギには、〈ヨーロッパにあるどこかの国の言葉〉くらいにしか分からなかった。

「ああ、ボクが読もう……」

 アサギの様子を見て、カネサダはすぐに手を差し出した。アサギは黙って応じて、手紙を返す。

「じゃあ、そのまま翻訳しても分かりづらいだろうから、言い換えてだいたいのことだけ読むよ……」

 カネサダの言葉にアサギが軽くうなずいた。

「親愛なる友よ……から始まって近況の話が書いてある、そして聞いてほしいのは次の部分だ……」


 ついに世界の終わりが来た。審判の日が来た。神は、とうとう、太陽を使って人類に鉄槌を下した。

 私は、神の意志に心酔した。これを手助けしようと思う。神が行おうとしていること以上のことをしてあげたい。

 神が人類だけ排除したとしても、数百万年後、数千万年後には、第2、第3の高等生物が現れるだろう。そこで、私は、全身全霊を注いだ最高傑作を解き放ち、地上のあらゆる生物を排除する。

 私の最高傑作に対して、おそらく現代の兵器はどれも通用しないだろう。

 航空機も、戦車も、大砲も、銃も通用しない。特に空を飛ぶ物に対して、優先的に反応するようにもつくってある。

 この最高傑作の生息圏内からは、一切の鳥や飛行物体はいなくなるだろう。

 全ての種は、一度海に帰るべきだ。空と地上の種が絶えれば、海の生き物もそう長くは生きていられない。母なる自然は、全て微妙な均衡状態で成り立っているからだ。

 君は、この計画を傍観していてもいいし、阻止してもいい。

 君は、気骨のある人間だから、たぶん止めるだろう。ただし、止めるには、私の最高傑作を超える作品を生み出さなければならない。

 そのとき、この友情の手紙は、挑戦状に変わるのだろうけど。

 人類最後の日、ドゥームズデイを祝して。

 ノエル・ナディエ


 読み終わって、カネサダがアサギの顔を見た。反応を確認するためだ。

「〈最高傑作〉って……。〈ヌエ〉のこと?」

「そうだよ。ヌエは人がつくったんだ。あんなのをつくるの、人間以外にいないよ。この世で一番恐ろしい動物は、人間だろうからね」

 と答えて、カネサダは聞いた。

「ボクの話、続けていいかい?」

 アサギは黙ってうなずいた。

「これ、20年ほど前に同僚からもらった手紙なんだ。1999年に太陽の表面が大爆発したのは知っているよね。磁気嵐が地球を襲って人間の文明が一時的に麻痺まひした。彼は、そのとき、ボクにこの手紙を残して姿を消したんだ……。それまでは、ボクと一緒に日のひのもとの国際研究機関で働いていたんだけどね。キミがさっきの写真を見て〈覚えてる〉って言ってた人だよ……。イスパニア系のメリケン人と言っていたけど、彼の名前を〈ノ・エル・ナディエ〉って読むと、〈誰でもない〉って意味にもなるんだ。面白いでしょ? 彼は、自分の素性を一切話さなかった。でもメリケンの身分証を持っていたから、それ以上は聞けない……。まあ、ボクは、はなから聞く気なんてなかったけど……。謎の人物だ。面白い人だったなあ。なぜかボクとだけは、仲良くしてくれてね……」

 カネサダは、再びアサギの顔を見た。


「ボクの話、まだまだ続くけどいいかな? それとも後にする?」

「大丈夫……」

「じゃあ、続けるよ? それで、ボクはこの手紙を挑戦状と受け取った。科学者としてこの男に挑戦したいんだ。でも、ひとりのチカラじゃできない。そこで、キミの父親からササキくんを紹介された。もっとも、キミは、父親なんて言葉も聞きたくないだろうけど。なにせ、ボクの娘である母親と、孫であるキミを捨てた男だからね……。じゃあ、今の名字、イノウエで呼ぼうかな。今、彼はイノウエ姓になっているからね……。イノウエは、史上初の民政党政権をつくりたいと思っている。そこで、ササキくんを利用して、今の幕臣党政権の評判を落としたいと考えているんだ。一方で、ササキくんは、イノウエを利用している。彼は、みかどをいただいた武人の政権に戻したいと思っている。真の民主主義をうたうイノウエとは正反対だ。ササキくんをただの道具としか思っていないイノウエは、ササキくんの真意を知らない。そして、ボクは、ササキくんとイノウエの両者を利用して研究を続けている……」

 ここまで説明して、カネサダは紅茶をひと口飲んだ。


「あのう……。今の幕臣党ってもともとは武士の党じゃない? アタシでも知ってるけど……。それとは違うの?」

「違うんです、姫。今の幕臣党は、武士の政権じゃない。保身しか考えない政権です。今の日の本には侍はいないんです」

 と、ササキがカネサダの顔を見ながら話に割って入った。察して軽くうなずくカネサダ。それを見て、ササキが続ける。

「……1996年、かろうじて第1党だった幕臣党から政権を取るために、廷臣党、つまり公家の党が民政党と連立を組んで与党になりました。連立の条件として民政党は中立主義の緩和、移民政策の推進、防衛軍備の縮小などを廷臣党に認めさせ、その基礎となる法案を通したのです。廷臣党は、150年前には攘夷を強く推進していたのに……。ヌエが出現すると、面倒を押しつけるように、廷臣党は手のひらを返して幕臣党と連立を組み、政権を幕臣党に押しつけました。そして、今の幕臣党政権があるわけです。しかし、先人たちが築いてきた日の本の伝統が崩れてきているのに、政権を取った幕臣党は何の手も打っていません。ヌエの排除に国力を注ぐという理由は、言い訳にしかすぎません。彼らは、くさい物にはふたをして、自分らの利権をできるだけ存続させたいだけなのです」

 ササキは自分の考えのあらましを一気に述べて、タナカの表情を見た。少し退屈そうだ。サンドイッチをかじりながら、紅茶をすすっている。


「つまらないお話をして申し訳ございません……」

 ササキの話を、すぐにカネサダが引き取った。

「……で、ササキくんが望んでいるのが、帝をいただいた武人の政権なんだ。150年前のようにね……。この古代ローマ風の組織は彼の趣味だよ。ガイウス・ユリウス・カエサルという人物にあやかっているそうだ。2000年前に欧州でまつりごとの仕組みそのものを変えようとした人物だよ。今の価値観では非常識なことも、後になって高い評価を受けることだってあるってことさ」

「ふ~ん……」

 やはり、アサギは少々退屈そうだ。

「じゃあ……、そろそろ結論を言おう。ササキくんとボクは、アサギに日の本の女王になってほしいんだよ……」

「えっ?」

 あっけにとられるアサギ。口に運ぼうとしたカップが途中で止まった。

「ササキくんとボクがこの国をキミに預ける」

「えっ? ちょっと待って、言っていることがわからないけど……」

「もしボクらが日の本の政権を手に入れたら、キミに任せたいと言うんだよ」

「ササキさんが王でも将軍でも何にでもなればいいじゃない。どうしてアタシが?」

「私にまつりごとはできません。しかし、日の本は変えたい。アサギ様にわれわれをまとめてほしいのです……。私どもが支えます……」

 ササキがふたりのやりとりに割って入った。アサギは黙った。

「ボクは、どの組織からも邪魔をされずに、好きなように自分の最高傑作をつくりたいんだよ。ヌエを駆逐する神獣しんじゅうという生き物をね……。あともう少しというところなんだけど、設備とお金が足りない……。かといって、どこかの組織と協力すれば、よけいな邪魔が入る恐れがある……。アサギが女王になって、この研究に協力してくれれば、必ず神獣は完成する」

 カネサダは紅茶をひと口飲んで続けた。

「アサギ……。難しく考えることなんてないんだよ。歴史上の支配者は、そうなるべくして、支配する権利を与えられたと思っているかい?」

「よくわからない……」

「神みたいな存在がいたとして、そういう存在から支配者が選ばれたとは、ボクは思っていない。単なる偶然だと思っている。そういう人たちには、ただ運と力があっただけさ。機会があれば、誰でもなれるんだよ。だから、ボクらに頼まれてほしいんだ……」

「アタシを利用したいってわけね……」

「悪い言葉を使えばそういうことだね。聞こえの良い言葉を使えば、おじいさんの願いを聞いてほしいってこと……」

「……もし断ったら?」

「ボクらの話をここまで聞いてしまったから、ここから出ることはできないな……。どちらを選ぶにしろ、このカネサダおじいさんと暮らすことになるね」

「……じゃあ、結論は、ふたりが政権を取ってからでもいい? おじいさんとササキさんの仕事を手伝うから。ただ、アタシからもひとつ条件……。イヤなことはイヤって言うよ……」

「けっこう、けっこう。それでいいよ、アサギ……。あっそうだ。次は焼き菓子はどうかな」


 数日後、アサギ、カネサダ、ササキの3人は、地下の格納庫にいた。

 台座に座った生体甲殻機がずらりと並んでいる。遠くから眺めると、壁を背にして座らせた人形のようにも見える。

 真っ赤に塗装された生体甲殻機の中、1機だけ白いのがある。装甲板は付けていない。人間にたとえれば、素っ裸の状態だ。

 その顔は人間からほど遠い。ヌエの顔だ。一方、体は、白いタイツで全身を包んだ男性バレエダンサーのようだ。ベルベットのように白く細かい体毛で覆われ、乳首やへそ、性器、肛門などはない。

「あの白いのは何? どこかで奪ってきたの?」

 アサギは指差して、その白い生体甲殻機に歩み寄る。

「ボクらでつくったキセナガだよ」

 カネサダがアサギの後を歩く。ササキもその後に続いた。

「へえ、ここでつくったキセナガなんだ……。ヌエみたいな顔だね。体じゅうがなんかふさふさしている……」

 と、アサギは台座の下で白い生体甲殻機を見上げた。

「ヌエをもとにつくったキセナガさ。スゴいでしょ」

 近づいてきたカネサダが答えた。

「ハネとか、シッポとかはないの?」

「あってもムダだからね……。外したの」

「付ければよかったじゃない。カッコよかったのに……」

「人間には飛ぶ感覚がわからないでしょ、だから、付けても、たぶん動かせないよ。アサギだって、ツバサやシッポの動かし方なんて知らないでしょ? 付いてないんだから……」

「ふうん……」

 アサギは、関心なさそうな反応をして、すぐに何かを思い出したように聞いた。

「あっ、でも、なんか上半分がヒトで下半分がウマになっているヤツ見たことあるけど……」

「上半身がヒトで下半身がウマ……。それだと、操縦がかなり難しいだろうね。かなりの訓練が必要だと思うよ。人間は4本脚じゃないからね……」

「ふうん……」

 アサギは、つまらなそうな反応をした。


「昨日納入されたんだっけ? けっこう時間かかったね」

 アサギとの会話がとぎれたところで、カネサダは、台座の柱に手を置いて、後ろのササキに言った。

「申し訳ございません。やはり、設備が……」

「イノウエくんに追加支援を頼むかなあ……」

「アキラ様、それは危険です。ヤツが欲しいのは、研究成果だけですから。実物には興味がありません。最近は、途中でもいいから研究内容を渡せとしつこいですし……」

「そうか……。絶対に渡さないように気を付けなきゃね……」

「ところで、アキラ様、ホソダから奪取してきた資料、何か役立ちそうですか?」

「残念だけど……、あまり……」

「見るべきところはありませんでしたか……」

「でも、ホソダに素晴らしい技術者がいるってことはわかったよ。ヌエの細胞と人体を結びつけてキセナガをつくることを思いついて、しかも実現しちゃうんだから……。でも、ヌエの駆除に使うには〈改良の余地〉がありそうだね。アレじゃ、ヌエはキセナガをエサだと思わない。仲間か何かと思ってしまうだろうね」

 台座の柱をなんとなしに、ぽんぽんとはたくカネサダ。

「……まあ、あれは、〈アサギ姫〉をお迎えするのが本当の目的だったからね。使えなくても別にいいんだけど……」

 と話を続けて、台座の周囲をうろうろするアサギを見ていた。

「アキラ様、これが実際に使えるようになるまでは、どのくらいかかりそうですか?」

 ササキが聞いた。

「半年くらいかな。腐食促進剤の効き目を検証しなくちゃだからね」

「それは、くれぐれもよろしくお願いいたします。万一の際、何者かの手に渡したくないですから。政権を取った暁には、われわれが物騒な集団という痕跡も、民政党とつながっていた痕跡も、一切残したくないですし……」

「それはボクも同じだよ。万一の際は、相手がこれを運んでいるうちに、跡形もなく溶けちゃうくらいにしたいなあ。あともう1機来るんだっけ?」

「はい。あとは、3カ月後に2機、もう3カ月後に2機……」

「さしあたり、腐食促進剤の実証試験に1機、みんなの練習用に1機か……。腐食試験は1機じゃ済まないだろうなあ……」

「キセナガを溶かす実験は大切ですから、そちらを優先してください。当面はミツバ製で何とかなりますから」

「でも、操る訓練は、もう始めておかないとだなあ。このキセナガは人間の感覚以上の動きができるし、欠損した部位を補う能力もある……。とりあえず、1機ずつ使おうよ。もし、何かあれば、融通してもらうけど……」

「承知しました」

「じゃあ、あとは、赤い装甲服を着せれば1機完成だね」


「えぇぇぇぇぇ!? イヤよ! アタシのは薄浅葱うすあさぎがいい」

 いつの間にか、アサギが2人の背後で話を聞いていた。

「申し訳ありません、姫様。それはなりません……」

「ええ? どうして? アタシが軍団を率いるんでしょう? 団長機じゃない?」

「どうかご辛抱ください」

 と、頭を下げて、ササキは続けた。

「神の使いは赤い軍団、赤い軍団は神の使いと、世間に印象づけなければなりません。私が目立つ赤を選んだのもそういう理由です。姫様が女王になられたとき、過去の関係やつながりは、世間に一切悟られてはなりません。腐食促進剤の研究をしているのも、同じ理由です」

「ふうん……」

 アサギは白い生体甲殻機を見上げた。

「……じゃあ、薄浅葱うすあさぎの帯くらいならいいでしょ?」

「……まあ、あまり目立たなければ……」

「やった! ありがと!」


 そして半年後――。

 ササキをはじめとする作戦の実行部隊は、会議室のような部屋で大きな机を囲んでいた。

 ササキは、黒板の前に前にいる。

「それでは、今一度作戦の最終確認をしておこう。姫様率いるアー班は、堀川から北上し、1500キロ級の気化爆弾2発を使って、名古屋城南のこの2カ所を爆破。キムラ率いるベー班は中川を北上し、同じく気化爆弾2発を使って、名古屋城西のこの2カ所を爆破。決行時間は今晩午前零時だ」

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