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***【序】***

「やっぱり引き返そ……。ね……」

 暗い車内。助手席から若い女性の声が聞こえる。

「あぁ!? 肝試ししたいって言ったのはお前だろ? 大丈夫、大丈夫。この車は装甲も安全装置もバッチリだからよ……」

 運転席の男性が答えた。

 暗闇の中、計器の明かりでぼんやりと浮かぶ男の輪郭。それが女性の恐怖心を一層あおった。

「やっぱ、帰ろ……? 帰ろうよ……。ねえ……」

 女の声が震えている。

「ええ~っ? ……わかったよ。わかった、わかった。どっかで引き返すよ」

 男は横道を探した。


 2車線の山道だが、車をUターンさせるには幅が足りない。

「やれやれ……」

 と、男のため息。

「何よぉ……」

 女の声はかすれている。のどが渇いているようだ。


 やがて、男は狭い横道を見つけ、そこに車の頭をゆっくりと入れた。わだちの間には、枯れかけた背の高い草が茂っている。この道は長い間使われていないようだ。


 車が、速度を緩め、草をなぎ倒す。


〈ヒョー、ヒョー〉

 車外から、風を切るような音が聞こえてきた。ただ、虎落笛もがりぶえが聞こえるほど、この日の風は強くない。

「えっ、何、今の……」

 女の小さな悲鳴が聞こえた。

「んッ? 何よ」

 男がいらだたしそうに答えた。

「車止めてっ!」

 女が声を潜める。

「あぁ? うん」

 男は面倒臭そうにそれに応じる。

「そこ……!」

 女は左側を指差した。


 やや離れた場所に、暗闇に白く浮かぶ物体が見える。大きさ7~8メートルの白い大きな塊だ。

「!!!!!!!!」

 運転席の男から声にならない焦燥を、女は感じた。ギアをバックに入れ、アクセルを踏み込む男。しかし、踏み込んだかと思うと、すぐにブレーキを踏んだ。


 2人の頭が同時に揺れる。


 男がバックミラー越しに見たものは、バックランプに浮かび上がる白い顔だった。その大きさ1メートル以上。人間の顔ではない。形容しがたい獣の顔だ。

「やべえっ……!」

 男は鋭い口調でつぶやくと、アクセルを踏む足に再び力を入れた。


 男には、その判断が〈正しい〉という確信があった。そのまま細い横道を前進しても、行き止まりという可能性もあるからだ。


〈ピキイイイイイ!!!!!!〉

 車に衝撃が走ると同時に甲高い声が聞こえた。

 次の瞬間、大きな音とともに、さらに大きな衝撃が走り、男はすぐにブレーキを踏んだ。ガードレールを抜け、本道から飛び出た車。前輪と後輪の間に乗り上げた縁石が命綱となった。


 安堵のため息をつく暇など男にはない。


 ギアをファーストに入れると、アクセルを踏む。踏むと同時に体をねじるようにしてハンドルを切る。タイヤを鳴らして走り去るその車を、3つの白い塊が追った。


***


 そして、それからどのくらい経っただろうか……。車に3匹の白い塊が取り付いている。


「あたしたち、だめかもね……。いつになっても助けが来ないじゃない……」

 暗い車内に冷めた口調の女の声が聞こえる。1時間以上泣いた後だから無理もない。

「くっそおぉぉぉ、電波が届かないんだよ、こんな山奥じゃ……。でも大丈夫だ。信じるんだ。奴らもずっとこの車に張り付いているはずがないからよぉ」

 男はそう言うと、救援要請用の小型発信機を握ったまま車の天井をぼんやりと仰いだ。


 車は本道の途中で止まっていた。縁石に乗り上げたときに、ガソリンタンクを傷つけたようだ。


「もう一度、電撃を加えてみよう」

 男はスイッチを押した。車内の計器ランプが暗くなる。その瞬間、白い塊は、車からぱっと飛び退くものの、車の周りをうろつくだけで去る気配は一向にない。

「くそっ……」

 すでに何度も繰り返してきたが、状況は一向に改善しなかった。計器ランプが暗い。もう一度電撃ができるかどうかは分からない。


 ゆさゆさと激しく揺れる車内。また、あの白い塊が車に取り付いたようだ。2人は震える互いの手をしっかりと握りしめていた。

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