求めよ さらば与えられん
「と、いうことで、見事予選を勝ち残ったのは、如月くんと工藤くんの二人だ! 皆、拍手!」
投票が行われる小学校の体育館に僕と如月が入ると、代表者のオッサンの声と共に、割れんばかりの拍手と喝采に迎えられた。
セーラー服に身を包んだ鬼も、それ以外の参加者も皆、満面の笑みを浮かべている。この人たちは、一体いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか。
暖かい拍手が、ここまで怖いと思ったのも初めてだ。
……いや、皆ではない。
おざなりな拍手をしながら、顔を曇らせている者もいた。
如月に髪を刈り取られたハゲ。
そして、廊下で気絶していたはずだがいつの間にか戻って来ている、ハゲにファーストキスを奪われてしまった服部栱一郎だ。
僕はそっと二人から視線を外した。
「まずは、おめでとう、二人とも」
「どうも」
「ありがとうございます」
如月と僕は、それぞれオッサンに返答する。
「うむ。だが、まだ本戦が残っている!」
「……そういえば、本戦って何するんですか?」
僕は、予選を勝ち残ることに必死で、本戦の内容を聞いていなかったのを思い出す。
「じゃんけんだよ。予選を勝ち残った参加者全員と浅井さんがじゃんけんして、勝った奴が零票確認の権利を得られるってわけ」
「……如月くん。君は何でいつもいつも私の説明を横から掻っ攫っていくんだい?」
如月に浅井と呼ばれたオッサンは、脱力したようにため息をついた。
どうやら、如月と浅井は元々知り合いらしい。
「基本的には、如月くんの言う通りなんだけどね。残念なお知らせがある」
浅井は一度言葉を切り、告げた。
「如月くん。君の本戦への参加を認めるわけにはいかない」
「……なっ!? 何でですか!?」
「如月くん。君、手錠を壊したね?」
僕の声を無視して、浅井は言葉を続ける。
「髪の毛やスカートに関しては問題なかった」
「オイざけんじゃねぇぞテメェわたしの髪の毛をなんだと――」
「だが手錠を破壊したことはルール違反だ。規約にも書いてある」
規約なんてあったのか。
いや、問題はそこじゃない。
如月は、手錠を破壊してはいけないことを知っていて、あの変な剣を使ったのか。
「……明らかに、手錠としては使用されていなかったんですが、それは考慮されませんかね?」
「そうだな。重要なのは君が手錠を破壊したことであって、手錠がどう使用されていたかなど関係ないと私は考える」
この男は、やり辛い。そう思った。
だが、どうにかして如月の本戦出場を認めてもらわなければ。
僕が、やるしかない。
如月には、返し切れないほどの借りがあるのだ。
僕一人では、ここに辿り着くことなんて出来なかっただろう。
「……はぁ」
如月は一つ息を吐いた。
「仕方ないね。今回は諦めるよ」
「え?」
「ほう」
浅井は感心したような声を出した。
「……いいんですか、如月さん?」
「仕方ないよ。ルールはルールだ。こうなることも分かっていて、自分のためだけに俺はビガイを使ったわけだし」
それに、と如月は付け加える。
「どちらにせよ、三人確保できてない時点で、浅井さんが零票確認できる可能性は残るからね」
「……あ」
そうか。
本戦の性質的に、本戦出場者が全員浅井に負ければ、浅井が零票確認の権利を得ることになる。
逆に言えば、本戦出場者が三人以上いて、彼らが同時にグーチョキパーを全て出せば、浅井が零票確認の権利を得る可能性はゼロだ。
「毎度のことながら、君、本当に私のこと邪魔者としか思ってないよね?」
浅井のその言葉には棘があった。
「神聖な戦いを邪魔されたくないだけですよ」
如月は飄々としている。
……三人必要っていうのは、割と僕にとってはどうでもいい理由だったな。
変な剣を使ったことにも言えることだが、如月は独自の美学のようなものを持っているのだろう。
「……まあいい。工藤くん、来たまえ。本戦を行う」
「ああ、浅井さん」
如月の声に、浅井が反応する。
「何だね、如月くん?」
「次回からは、オッサンにセーラー服を着せるのは絶対にやめて下さいね。神への冒涜になりますから」
「……分かった。上に伝えておこう」
結局、如月が何者なのかはイマイチ分からない。
「さて。やろうか、工藤くん」
僕と浅井は、体育館の中央で対峙していた。
周りには観客も多い。その中には、もちろん服部や如月の姿もあった。
「余計な言葉は無しにしましょう。掛け声は、『じゃーんけーん、ぽん』で」
「ああ、分かった」
これで、決まるのだ。
……辺りが、急に静かになる。
観客の息遣いすら聞こえてきそうな静寂の中で、僕と浅井だけが口を開いた。
『じゃーんけーん、ぽん!』
勝敗は、一瞬で決した。
僕が出したのは、パー。
浅井が出したのは。
「……私の負けだな」
グーだ。
「僕の、勝ちだ」
次の瞬間、体育館の中は、大歓声に包まれた。
「よくやった! 工藤くん!」
如月が、思いきり肩を叩いながら笑う。
「痛っ、ちょ、痛いです如月さん」
「うむ! 見事であった、工藤よ!」
「あ、ありがとうございます、服部さんも」
さっきまでダウンしていた服部も、今は少し回復したのか、わずかな笑みを浮かべながら賛辞の言葉を贈ってくれた。
「……ストレート負けか。おめでとう、工藤くん、君の勝ちだ。零票確認の権利は、君のものだよ」
「ありがとうございます、浅井さん。……ところで、相談があるんですが、聞いて頂けますか?」
「ん? 何かな?」
「零票確認の権利って、譲渡はできるんでしょうか?」
「……何?」
浅井は顔を顰める。
「工藤くん? 何を言って……」
「如月さん」
如月は、困惑し切った顔で僕を見ていた。
「如月さんには、本当に感謝しています。僕一人の力では、絶対にこんなところまでは来られなかった。全部、如月さんのおかげです」
服部は、難しい顔で僕を見ている。
「――でも、僕は何もしなかった。如月さんと服部さんに全て厄介ごとを押し付けて、ただ流れに身を任せてここに辿り着いただけだ」
「工藤くん……」
「だから」
はっきりと、言った。
「次は、力をつけて、あなたとも敵同士で、今度こそ零票確認を賭けて、正々堂々と戦いたいんですよ」
如月は目を見開く。
「……なるほど。君の言いたいことはわかったよ」
如月は穏やかな笑みをたたえていた。
「君がそう言うのなら、君の意思は尊重されるべきだろう」
「如月さん……!」
「でも、それなら零票確認は誰がするんだい?」
如月にそう尋ねられた僕は、一度目を瞑る。
「服部さん」
そして、服部の方を向いた。
「僕の代わりに、零票確認をして頂けませんか?」
「え!? 私に!?」
服部は驚いたのか、素の口調に戻っていた。
「ええ。服部さんです」
安い同情だとは思う。
この程度のことで、服部の心の傷が癒えるとも思わない。
でも、服部は今日、酷い目に遭い過ぎた。
少しぐらい、いいことがあっても罰は当たらないんじゃないだろうか。
「あはははははははははははははははっ!!」
ギョッとして振り向くと、浅井が大声で笑っていた。
「いやいや、済まないね! だが、面白いな、君は! こんなことは初めてだよ!」
そこで、浅井は急に真面目な顔になる。
「――いいだろう。工藤くん、君の言い分を認めよう。今回の投票の零票確認をするのは、服部栱一郎だ」
浅井のその言葉を聞いた服部は、信じられない、といった様子で口をパクパクさせていた。
「……え? え? ……本当に? ……工藤くん、本当にいいのかい?」
「ええ。服部さんがよければ、ですが」
「…………ありがとう。本当に、ありがとう」
心配していた、自分で勝ち取ってこそ、とか、そういうのは無かったらしい。
よかった。
「服部さん」
「如月くん……」
「まさか、こんなことになるなんて、思いもよりませんでしたよ」
如月が静かにそう言う。
「……そうだね。私もだよ。工藤くんには、感謝してもし切れないね」
「いや、僕はそんな……」
服部は、如月の方を向き、告げる。
「今までありがとう、如月くん。君は私にとって最高の友だ。できることなら、これからもそうであり続けたいね」
「もちろんです、服部さん。安心して行ってきて下さい」
そう言って、如月は腰につけていたものを服部に手渡した。
「……これは」
「餞別です、服部さん」
服部の手には、如月のカードケースが握られていた。
「……ありがとう、如月くん」
服部は、右手の親指を立て。
「――行ってくるよ」
そのまま、投票箱のところまで行ってしまった。
ふと、思い出したことを口にする。
「……そういえば、服部さんは、どうしてあんな格好で小学校に来たんでしょうね?」
「ああ、あれは彼の性癖だよ」
「やっぱりあの時警察呼んでおけばよかった!」
僕と如月がそんな話をしている間に、準備が整ったようだ。
投票箱は、合計四つある。
知事選挙用。
衆議院小選挙区用。
衆議院比例代表用。
最後に、最高裁裁判官国民審査用だ。
……ちなみに僕は、今の今まで投票箱が四つあることすら知らなかった。
浅井が、一番左にある投票箱を開けた。
「どうぞ、服部さん、確認して下さい」
「はい」
服部は見るからに緊張していた。
だが、箱の中の確認自体は、存外あっさりしたものだ。
服部は何を緊張しているのだろうか。
浅井の手によって、次々と投票箱が開かれ、そして再び閉じられていく。
「……それではどうぞ、服部さん」
これが、最後の投票箱だ。
「――はい」
服部は投票箱に近づく。
「……ん?」
あんなに投票箱に近づいていいものなのだろうか。
少し疑問に思ったものの、口には出さなかった。
「――求めよ! さらば与えられん!」
浅井のその言葉を聞いた服部は、最後の投票箱に手をかけた。
「……我は……いや、私は――」
服部は息を大きく吸い込み、宣言する。
「――異世界に、チート持ちで転生したい!!」
「――――――は?」
その言葉と同時に、服部が投票箱を開けた。
「うわっ!?」
投票箱の中から、直視できないほどの光が溢れ、一瞬、体育館の中が真っ白になる。
すぐに光はおさまり、視界は元に戻った。
「――な、何だったんだ、今の?」
何が起こったのか把握できない。
「……あれ?」
そこで僕は、明確な変化に気付く。
服部がいない。
「は?」
思考が停止する。
「ふむ。どうやら、ちゃんと異世界に行けたようだな」
浅井が何やら呟いている。
「……どうか達者で、服部さん」
如月も、何やら感傷に浸っているようだ。
「……は」
もしかして。
「異世界暮らしは色々大変だと思うけど、服部さんには、なんとか頑張ってほし……工藤くん? 大丈夫かい? 顔色悪いよ?」
「――やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
僕のそんな叫び声は、体育館を満たす歓声にかき消されたのだった。
選挙に行こう! 了