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人は絶対領域(そら)ばかり見てる

 僕は、如月と共に正門から小学校の中に入った。

 周りを見回すと、それなりに参加者がいるのがわかる。ざっと二十人くらいだろうか。

「如月殿!」

 中に入ると、すぐに声をかけられた。

「ああ、服部さん」

 如月が言うとおり、僕たちは変た……個性的な格好をした筋肉達磨、服部に出迎えられた。

「先程は世話になった。感謝する」

「いえいえ、本当に気にしないで下さい。後で代金も請求しますから」

 何の代金だよ。

「というか服部さん。口調、戻したんですね」

 つい、気になったことを口に出してしまう。

 服部の口調は、僕が最初に話しかけられたときのような、変な口調に戻っていた。

「うむ。こちらの方が話しやすい故」

 そんなわけがないと思うのだが、僕も大概感覚が麻痺してきているのか、それほど違和感を感じない。

「そういえば自己紹介がまだであったな」

「あ、そうですね」

 既に名字を知っているので、すっかり忘れていた。

「我の名は、七大罪“嫉妬(ナイド)”の服部はっとり栱一郎きょういちろう。人は我のことを――」

「普通に服部さんでいいと思うよ」

「――ただの、服部、と、呼ぶ……」

 如月の横槍が入り、服部の色々と残念な自己紹介が呆気なく終了した。

 スルーしてさっさと先に進む。

「それじゃ、次は僕の自己紹介ですね」

「いや、貴様の自己紹介は必要なかろう、工藤よ」

「……あれ? 僕、服部さんに名前言いましたっけ?」

 僕の確かな記憶では、僕が自ら服部に工藤と名乗ってはいないはずである。


「ん? いつの時代も、服部の横にいるのは、工藤、と相場が決まっておろう?」


「お前らのその謎の共通認識は何なんだよぉ!!」

「……? 何を叫んでおるのだ?」

「だいたいそんなことがまかり通ってみろ! あんたの周り、工藤だらけになるぞ!」

「まあまあ、落ち着きなよ工藤くん。あんまり叫ぶと便秘になるよ」

「そんな話も聞いたことねーよ!」

 僕の叫び声が辺りに響き渡ったのと、小学校の放送が再び流れ始めたのは、ほとんど同時だった。

『おはようございます。ただいまをもちまして、第四十八回衆議院議員総選挙におけます、零票確認者決定戦予選の受付を終了させて頂きます』

 そのアナウンスと共に、小学校の正門が重い音を立てながら再び閉じられた。いくらか冷静さを取り戻し腕時計を見ると、六時半ちょうどである。

 五分しか受付をしないなんて、かなり不親切ではなかろうか。

「これで、予選から逃れる術はなくなったね」

「……不安になるようなこと言わないで下さいよ、如月さん」

 如月や服部と違い、僕は予選とやらを経験したことがないため、どんなことが行われるのか全く予測がつかないのだ。

 もちろん、怖さに期待や興奮が勝っているのは言うまでもない。

「お、今回の担当者が出てきたようだな」

 服部の言葉通り、校舎の中からスーツ姿の人間が数人出てきた。

 その中の代表者らしき一人のオッサンが、一歩前に出る。

 どうやら、予選についての説明をしてくれるらしい。


「――箱の中を、見たいか――?」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 ……説明じゃなかったよ。

 何これ。

 周囲は異様な熱気に包まれていた。

 他の参加者に混じって、如月と服部も一緒になって叫んでいる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「祭りじゃあああああああああああああ!!!」

 楽しそうだなアンタら。

「うむ! 今回も、こうして熱意ある者たちが集まってくれた! 大変喜ばしいことだ! それでは行くぞっ!」

 オッサンはそこで言葉を切り。

「――国歌、斉唱!」

 そして、どこからともなく、あの曲が流れ始める。

 ……どうしていいのか分からず戸惑う僕に向かって、如月が小声で言った。


「じゃあ、逃げようか」


「事態の推移に全くついて行けないっ!」

 ついに心の声が口から漏れ出てしまった。

「まだまだ修行が足りんな、工藤よ」

「だから工藤じゃない……あー、もういいや」

 折れた。

「早く行こう」

 如月の言葉に従って、僕たちは小学校の校舎の中に侵入する。

「……アレ、無視しちゃって良かったんですか?」

 長い廊下を歩きながら、僕は如月に問いかける。

 国家斉唱は、まだ続いていた。

「大丈夫大丈夫。あれは格好つけて俺達に逃げる時間を与えてくれてるだけだから」

 これもプレイングだよ、と如月はまるで気にしていないように言う。

 そんなもんなのかね。

「それで、結局予選っていうのは――」

「鬼ごっこだよ」

「はい?」

「だから、鬼ごっこ。選管が用意した五人の鬼から、手錠をかけられないように、六時五十五分まで逃げるだけの単純な遊びさ」

 ああ、だから逃げる、なんていう言い方をしていたのか。

「あれ? それなら何で三人一緒に逃げる流れになってるんですか?」

 大人数での鬼ごっこによるサバイバルバトルなら、敵は一人でも多く潰しておいたほうがいいと思うのだが。

「それにもちゃんとした理由があるんだけど……あ、もう、こけむしちゃった感じですか?」

「そのようだな」

 如月の言葉を服部が肯定した。

 ……多分、国家斉唱が終わったっていうことなんだろうな。音、止んだみたいだし。

 いや、分かりづらいよ。

「国家斉唱も終わっちゃったし、あんまりゆっくり説明する時間もな――来た」

 如月は目を細め、廊下の向こう側を見つめていた。

 僕も、如月が見ているほうに目を凝らす。


 セーラー服に身を包んだ少女が、いた。


 セミロングの茶髪の、活発そうな少女だ。遠目に見ても、かなりの美少女であることが分かる。

 こちらの存在を認めた少女は、笑みを浮かべた。

 それは、思わずゾッとしてしまうほど美しく。

 そして少女は己の役割を果たすため、こちらに向かって走り出した。

 僕たちも慌てて反対方向へ走り出す。

「どうする、如月殿!?」

「想定外の事態ですが、やることは変わりません。ひたすら逃げましょう」

 慌てふためく服部に対して、如月はあくまで冷静に答える。

「何が、想定外なんですか?」

 僕の疑問に答えてくれたのは如月だった。

「去年まではずっと、臭いオッサン達が鬼の役を引き受けていたんだけどね。……選管の奴ら、どういう心境の変化なのかな」

 如月は、走りながらも思案顔だ。

「選挙に関しての権限は、ほぼ全て選管が握っていると言っても過言じゃない。民意に反しない限りは、はっきり言ってやりたい放題ではあるが……こんなことをするメリットが思い浮かばない」

「民意に反しない限り、ですか」

 そもそも、この行事に民意が反映されているのかと言われれば、かなり微妙なところであろう。

 いや、はっきり言おう。

 反映されているわけがない。

「まあ、この地区の選管はちょっと変わってるから。“選挙は楽しく!”を信条に掲げてるぐらいだしね」

「なるほど。道理でこんなことをやってるわけだ……」

 ここの選挙区だけが特別変わっている、というのを聞いて、僕は少し安堵した。

 他の選挙区でも同じようなことが行われていたら、僕はこの国を見る目が変わってしまう。

 そこまで考えて、僕はあることに気付いた。

「……あれ? 服部さんは?」

 見ると、ついさっきまで僕の後ろを走っていたはずの服部がいない。

 ついでに、僕たちを追いかけていた少女の気配も姿もなかった。

「……まさか」

 如月の目の色が変わる。

 姿が見えない以上、服部が既に先ほどの少女に捕らえられた可能性も否定できない。

 僕たちは足を止めた。

「割とマズいですよね。早く探さないと」

「……あの女の子のアブソリュート・テリトリーに呑まれた可能性がある。とにかく探そう」

 如月は真剣な表情で、そんなことを言った。

「……すいません。アブソリュート・テリトリーって何ですか?」


絶対領域アブソリュート・テリトリー


「最初から日本語で言えよ! 分かりづらいわ!」

 つか絶対領域に呑まれたってどういうことだよ。まるで意味がわからない。

「あ! 服部さん」

「見つかるの早いな」

 服部はすぐに見つかった。

 意外と近くにはいたものの、時すでに遅く。

 服部は、先ほど僕たちに狙いを定めていた少女に、抱き締められるように捕らえられていた。

「服部さん!」

 不意に、肩に手を置かれた。

「……如月さん」

 悲しげな表情で、如月は首を横に振った。

「あの人はもう、ダメだ」

「そんな……」

「服部さんの顔を見てみるといい」

「顔、ですか? …………うわぁ」

 服部の顔は、セーラー服の美少女に密着されているせいか、かなり気持ち悪いことになっていた。

「服部さんは、セーラー服美少女の誘惑に負けたんだよ。誘惑に負けて、自分から絶対領域に突っ込んで行ったんだ。じゃなきゃ、あんなに蕩けきった表情の説明がつかない」

 如月は目を伏せる。

「……あの気高かった服部さんは死んだんだ。いくら呼んでも、帰っては来ないんだ」 

 再び顔を上げた如月の目線の先にいる、服部を見る。

「……ああ」

 服部は美少女にきつく抱きしめられながら、微笑をたたえて、ただ一言。


「――愉悦」


「目的がすり替わってるぞ非モテ男ォ!」

 完全に本来の零票確認という目的を忘れ、鼻の下を伸ばして美少女に密着しているオッサンは、見るに耐えない。

 しかもこのオッサン、まさしく変態と呼ぶに相応しい格好をしており、総合的に見てかなり酷い絵面であった。

「あまりにもモテなさ過ぎたせいで、絶対領域が服部さんの精神を侵食してしまったみたいだね」

 如月が冷静に服部の精神状態を分析する。具体的に何を言っているのかはさっぱり分からないが。

「とはいえ、見捨てるのもスッキリしないしなぁ」

 見たところ、何故かまだ手錠はかけられていないようだが、いつまでもこの状況が続くとも思えない。

「どうします? ぶっちゃけ、もうアレ何の役にも立たないと思うんですけど」

 見る者に生理的嫌悪感を抱かせる笑みを浮かべ、セーラー服美少女の太ももを撫でまわしている筋肉達磨を指差しながら(あれ犯罪にならないのか)、僕は如月に問う。

「最後のことを考えると、三人で生き残ったほうが確実なんだよね。……仕方ない。アレを使うか」

 そう言うと、如月はベルトの横に装着されている小さなケースに手をかけた。

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