憧れた世界。
ホラーなつもりです。
痛い。
「なんでお前なんかが……!」
痛いよ。
「あんたなんか
産まれてこなきゃ良かったのに!」
心が、体が、全部が、痛い。
お父さん……お母さん……
ごめんなさい。
『産みたくなかった』
僕は、そう言われて育った。
僕を産んだせいで、お母さんは二度と子供を産めなくなったから。
欲しかった女の子じゃなかったから。
『すとれす』の発散に、丁度良かったから。
お父さんとお母さんは、僕に暴力を振るう。
傷でバレるからと、家の外に出たことはない。
名前すら、ない。
僕はひとりぼっちだ。
殴られて、蹴られて、体中が痛い。
でも、それより
心臓の奥の方が、ズキズキと痛んだ。
『さっさと死になさいよ!』
『クズがっ……!』
二人の怒声が、苦しい。
苦しくて、怖い。
「い、たい、よ……」
誰か、誰か。
助けて。ここから、出して。
もう嫌だ。
嫌、嫌、嫌。
自分の膝を抱きしめて、涙を隠す。
そうしている内に
りぃん。と、清らかな鈴の音がした。
お父さんかお母さんが来たと思い
無意識に、体が強張る。
だけど。
ーーにゃあ。
聞こえたのは確かに、猫の鳴き声で。
「ね、こ……?」
紫っぽい紺色の首輪をつけた、キレイな黒猫が、座って僕を見つめていた。
「お前……どこから入ってきたの?
ここにいたら、殺されちゃうよ……?」
おずおずと手を伸ばして触れると
その体は、驚くほど温かい。
生きてる証。
命の温度。
「ふっ、」
一度止まったはずの涙が、再びあふれ出す。
今度のは、なかなか止まってくれなかった。
不思議と無抵抗な黒猫を抱きしめて
必死に声を殺す。
部屋には、血の様に赤い夕日が射し込んでいた。
その日の夜。
僕は、無抵抗を貫き通す黒猫を抱き上げて
ゆっくりと玄関に向かっていた。
お別れするのは寂しいけれど
黒猫が殺されるのだけは避けたい。
物音を立てない様、細心の注意を払う。
そして、居間を通り過ぎた時。
「まったく……いつになったら死んでくれるのか」
「そうよねぇ。まだ生きようとしてるのよ。ゴキブリみたい」
話し声。
お父さんと、お母さん。
びくりと足が震え、立ち止まってしまう。
聞いていてはいけないことくらい
わかってるのに。
「明日の朝、殺してしまおうか。
出来るだけ、苦しい方法で」
「いいわね。なぶり殺してやりましょう?」
待って。
待って、待って、待って。
「死体はどうしようか」
「バラバラにして埋めれば大丈夫よ」
ねぇ、なんで。
なんで殺されなきゃいけないの?
僕は、そんなに、悪いことしたの?
やだ。やだよ。
死にたくない。
殺さないで。
やだやだやだやだやだやだやだやだやだ!
耳を塞いで、うずくまる。
明日にならないでと、心の底から願った。
すると、不意に
腕の中の黒猫が、僕を見上げて
にゃあと啼く。
『 』
その瞬間、僕は意識を失った。
気が付くと
バラバラになった
お父さんとお母さんが、目の前に倒れていて。
部屋の中は真っ赤で。
僕の手には、血に濡れた包丁が握られていて。
意識は無かった、のだけど。
僕が殺したという自覚はあった。
黒猫は無事だろうか。
殺してしまっていないだろうか。
振り返って探してみても
黒猫はいなくて。
廊下に出て、辺りを見渡してみる。
すると
黒猫が、玄関に座っているのが見えた。
急いで駆け寄ろうとして、やめる。
さっきまで瑠璃色だった、その黒猫の目が
鈍い赤に染まっていたから。
「え、」
黒猫は満足気に啼いて
家を出て行く。
慌てて外をのぞいたけれど、黒猫の姿は
すでに消えていた。
僕は
動かない父と母を、眺めた後
僕は包丁を握り直し
血に濡れたまま
あれほど憧れた、外へと踏み出した。
……そういえば
意識が無くなる直前に聞いた、あの穏やかな声は、誰だったんだろう?
『殺される前にーー』
『殺しなよ』
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