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虹色の蜘蛛

作者: キュウ

某掲示板でお題「虹色の蜘蛛」を頂き、執筆したものです。

 陽の光映える青々とした葉の裏で彼は「赤」を探している。


 一週間前のことだった。蜘蛛のジョニーが雨上がりの雑草の上で雨滴を舐めていたところ、バッタのエイミーがぴょんぴょん飛んで駆け寄ってきながら叫んだ。

 「わ! わ! 貴方誰? どこから来……」

 突然のことに吃驚しているジョニーの傍まで来たとき、エイミーの顔は途端に曇った。

 「なんだジョニーか」

 「なんだとはなんだい。こっちこそなんだだよ、吃驚して滴を地面に落っことしちゃったじゃないか」

 「うるさいわね、たった一滴の滴でぐちぐちと、そんなだからあんたはモテないのよ」

 「はいはい。で? 一体なんだったんだい?」

 ジョニーの問いかけにエイミーはぷいっとそっぽを向いた。

 「なんだい、気になるだろ、言えよ」

 「……虹色に見えたのよ、あんたが、虹色の蜘蛛に。知らない人かと思った」

 「虹色? ああ、雨上がりだもんね、虹が僕に重なってそう見えたのか」

 そう言ってからジョニーは笑った。怒ったエイミーはその強靭な後ろ足でジョニーを蹴飛ばした。はるか遠くに飛ばされてもジョニーの笑いは止まなかった。

 「なっ、はは、なにをするっふふっんだい」

 「いつまで笑ってるのよ、バカ」

 「だってあのはしゃぎっぷりはなんだい。そりゃ虹色の蜘蛛なんかいたら珍しいけどさ、それにしたって……くく、ははは」

 エイミーはもう一度ジョニーを蹴飛ばしてからぴょんぴょんとどこかへ飛び跳ね去ってしまった。

 その後ろ姿を見送るジョニーの顔は、もう笑ってはいなかった。


 最後の夕日をついに失った枝の先で彼は「紫」を見つけた。

 彼は夕陽が完全に落ちて何もかも見えなくなってしまう前に急いで紫色の玉を割り「紫」を身体に塗り付けた。

 次の日の朝、昨日一日放っておいた大事な巣が何者かに――どうせあののろまトンチキ熊のくそったれあたりの仕業だろう――壊されていたが、ジョニーは心なしか誇らしげにさえ見える表情でそれを数秒見つめた後、清々しい顔で今日も色を探しに出かけた。

 今日は「黄色」を探そう。川の方にでも行ってみようか。


 「あんた最近何やってるの」

 一番見つかりたくない相手に見つかってしまった――ジョニーはそう思った。

 「何って? 何も」

 「嘘。巣を全然作ってないし、それにそんなに痩せちゃって、何も食べてないでしょ」

 「でもないよ、いやあ最近ベジタリアンに目覚めちゃってさ」

 「ねぇ、一体何してるの? ……その変な色の汚れは何?」

 「なんでもないよ、じゃあね」

 ジョニーは小さくぴょんぴょん跳ねて行ってしまった。エイミーの脚力なら追い付くのはわけなかったが、彼女はただジョニーの飛んで行った方向を見つめたまま立ち竦んでいた。


 陽の光映える青々とした葉の裏で彼は「赤」を探している。

 あとは「赤」だけだった。「赤」だけがどうしても見つからなかった。

 「今日も晩御飯はヨモギか」

 意気消沈してもう何度も探し回った樹の幹の上をジョニーはうろうろと彷徨っていた。諦めてはいないが、それでも胸の内に黒い霧が充満するのを抑えられない。

 あれに手が届けば――赤々と燃える太陽を見上げながらジョニーはそう思った。そして日蔭の涼しそうな場所を探しては糸を吐き、飛び移った。そうして今日もどこにあるとも知れぬ「赤」を探すのだ。

 その時だった。ジョニーのいる枝の先に見慣れぬ鳥が止まった。ジョニーの心臓が早鐘を打つように騒ぐ。――しまった、注意を怠った! 

 幸い、その鳥、モズのバズはジョニーに気付いてはいなかった。彼は狩りの後の充足感に酔いながら先程捕えたカエルの頭部をすこしずつ齧っていた。ジョニーは急いでバズの死角へと回る。

 しばらくして、バズは満腹になったのか枝の先にカエルの死体を突き刺して飛び去って行った。ジョニーは恐る恐るあたりを窺いつつ陽の光のあたる部分ににじり出た。

 そこで、彼は目撃した。

 「赤」だ! 

 夢にまで見た「赤」がそこにあった。枝の突き刺さったカエルの腹と枝の先の突き出た頭からだらだらと「赤」が流れ出している。

 ジョニーは巣にかかった獲物を取りに行くときより興奮して、逸る気持ちに駆り立てられながらぴょんぴょんと枝の先へ昇って行った。こんなに自分の小刻みな歩みをもどかしく思ったのは初めてだった。

 「ダメよ、ジョニー!」

 急に上がったその声に振り向くと、そこにはエイミーがいた。その顔は恐怖に蒼褪めている。

 エイミーにかける気の効いた挨拶を考えようとしたその時、羽ばたきがジョニーの耳に届いた。恐怖に身を凍らせるジョニー。

 モズのバズが戻ってきたのだ。バズの重みに枝は大きくしなる。バズは枝に突き刺したカエルの目玉をつついている。手を食べた。また飛び去った。

 ジョニーは安堵のため息を吐き、しばらく休んで心臓の動きを抑えてから再びカエルに目を向けた。

 「ジョニー! 戻ってきて!」

 「残念ながら、聞けない相談だな」

 「また戻ってくるわ、ヤツが!」

 「その時はまたじっとしてればいい、知ってた? 俺の身体って樹の幹と同じ色なんだ。気付きゃしないんだよ」

 「何言ってるの? あんた全然樹の色なんかじゃないじゃない!」

 言われて、少ししてからジョニーは苦笑した。今世紀最大のお間抜けだな僕は。ここ数日で僕は変わったんじゃないか、今の僕はもう全然樹の色なんかじゃない、どうやったって目立つ赤の抜けた虹色だ、さっき見つからなかったのはただの偶然だったんだ。

 そしてジョニーは更に狂気じみた笑みを増大させる。そうだ、そうなんだ、僕は変わったんだ。もうこれまでの僕じゃない。樹の色の、地味な僕なんかじゃないんだ。僕はもう、違うんだ! 

 「ジョニー!」

 カエルの方へゆっくりと歩み始めたジョニーにエイミーはすがりつくような悲痛な叫びを上げる。だけどジョニーは意に介さない。

 今ジョニーの目に映っているのは目の前のカエルの緑色のボディ、その口からだらりと垂れ下がった怖ろしい桃色の舌、それから流れ出る「赤」それだけだ。聞こえるのはカエルの微かな嗚咽と、未だ彼の脳内に残響するあの死の宣告のような羽ばたきの音だけだ。

 じわりじわりとにじり寄る。あと、もう少しだ――。 


 ――バサ


 ジョニーの目の前にその巨体が躍り出た。その漆黒の両の瞳は震えるジョニーを映し返す。

 ジョニーは、死を予感した。いや、予感などという生ぬるい言葉ではとても言い表せない。ジョニーは”死”のそのぬらりとした腹に頬をぴたりとつけた――そう感じた。

 「こっちよ! トリ公!」 

 漆黒の瞳がその矛先を変えた。その先には、草の上で飛び跳ね存在をアピールするエイミーの姿があった。

 「この糞トリ公! 死ね! 死ねっ! こっちだ! ほら、怖いのか! この糞トリ公っ!」

 バズを口汚く罵るエイミーの眼には涙が溢れている。虫の言葉など解さないバズへの虚しい罵言は痛ましいまでに震えている。

 バズはエイミーの方へ首を向け、身体を向ける。変な色の汚れのついた身体の小さいジョニーよりも、綺麗な薄緑色のしなやかな、そして大きな身体を持ったエイミーの方がバズには美味しそうに見えたのだ。

 それからのことは、ジョニーはあまり覚えていない。ただ、後にエイミーが語ったところによると、ジョニーには実はエイミー以上の跳躍力を持っているのだとか。それから、その後バズは右目についた黄色と左目についた紫を落とすのに大層苦労したらしい。



 数日前に「黄色」を見つけた川岸に、ジョニーはぐったりと倒れている。

 バズに飛び掛かり、振り落され、そして運悪く振り落された先は川だった。

 ジョニーは起き上がり、少しの間自分が何故こんなところにこうしているのか、混乱した。

 「エイミー、エイミー!」

 気が付くとすぐにジョニーは近くの樹に飛び乗り、高く高く上ってエイミーを探し求める。

 「こっちよ、ジョニー」

 エイミーは案外近くにいた。ジョニーの上った木の根元からジョニーを見上げている。

 「無事だったか」

 「ええ、あんたのおかげでね」

 「もとはと言えば俺のせいだ。すまなかった」

 「いいのよ。それより、水で流れちゃったわね、虹色の絵の具」

 「……気付いてたのか」

 「そりゃそうよ、馬鹿にしないで」

 「ま、そりゃそうだよな……」

 本当に、今世紀最大のお間抜けだよ僕は――そう思いながらジョニーはふと太陽を見上げた。

 そのとき、エイミーが何かに気付いたように――太陽を見上げるジョニーは気付かなかったが――驚いた顔を見せ、それから声を上げた。

 「ジョニー」

 「……なんだい」

 「なんでもない、ちょっとそこから動かないでね」

 「え? なんだよ」

 「いいから、動かないで」

 そう言いながらエイミーはぴょんぴょんとジョニーの方を見ながら位置取りを変える。しばらく位置を探して、それから停まった。

 「なんなんだよ一体」

 「え? ……ふふ、なんでもないわよ」

 太陽を背に、体中の毛の隙間に水滴を滴らせたジョニー。彼はそのとき間違いなく、エイミーだけにとっての虹色の蜘蛛だった。

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