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ソードブレイカー

「さあ、貴様で……最後だな」

 剣をルイーグに向けてアカシアは声を振り絞った。

 彼女の体力が限界に近いのはカルルの目にも明らかであり、それはルイーグとて同じだった。

「ふ、ふん。今の貴様に何ができる? 確かに……部下をやったのは見事だ。だがこれで最期なのは、お前のほうだろう?」

「…………」

 剣をしきりに握り直しているのはもう手の感覚すら(あやう)いのかもしれない。

「アカシアさん……」

 情けない。自分には励ますことしかできないのか?

 この人は女性だぞ?

 大して年の変わらない男の自分が守られてどうする?

 俺は……。

 その時、がくりとアカシアが膝を着き、剣を落とした。

 地面に手を着き、苦しそうな呼吸と歪む横顔。

「アカシアさん!? だ、……――」

 大丈夫ですか、などと言えるわけがなかった。どう見ても大丈夫ではない。それに彼女がここまで苦しむことになったのは自分に責任があるのだ。

 しっかりして下さい、頑張って下さい。

 そんなこと、情けなくて口が裂けても言えるものか。

「どけ、小娘。貴様に用はない。だが邪魔をするというのなら貴様も殺す。――どけ」

 ルイーグがすぐそこまで迫っていた。剣先を向けて冷徹な笑みを浮かべる男に返す言葉はない。

 だが、隣で(ひざまず)いている女性にはこんなことを口走っていた。

「アカシアさん。……あなたの言っていたことが分かった気がします」

 恐怖心はとっくに振りきれていた。自分がやらなければならない時が来たのだ。

 ――逃げることがこんなに恐いだなんて。

「……? カルル、下がっていろ」

 アカシアはなんとか立ち上がろうと踏ん張るが、やはり立てない。体が言うことを聞いてくれないのだ。

 さっき最後の兵士を倒した瞬間に安堵してしまったことで疲労感が一気に押し寄せてきた。これは自らの未熟さに他ならないが、そのせいでカルルまで死なせてしまうのは堪えられないことだ。

「……やる気か? 小娘」

 しかしカルルはそんなアカシアの思いとは裏腹にルイーグに立ち向かおうとしている。

 アカシアや自分のためだけではない。彼らの手に掛けられた奴隷の子供の命はカルルにとって無視できる重さではなく、せめてもの手向けだ。この男だけは生かしておけない。

「そうだ。お前を……殺してやる。罪を数えろ」

 ルイーグの眉間に皺が集まる。無言で振り上げられた長剣をカルルは雲でも眺めるようにじっと見上げていた。

「――死ねいっ!」

 振り上げた位置から真っ直ぐにカルル目掛けて剣が振り下ろされる。

「カルルっ!」

 アカシアが叫んだのが聞こえた。

 直後、カルルの真横で空振りしたルイーグがつんのめっていた。

「…………っ!?」

 カルルの口元が吊り上がる。

 ――よかった。

 困惑するルイーグの表情にカルルは確信を得た。

 ――自分も戦うことができる。

「この……小娘がぁっ!!」

 今度は斜めに薙いでくる。

 ルイーグが剣の切っ先が届く前にカルルは後ろへ飛んでいた。

 ――見える。

 槍の時は慣れない前後の動きに対応できず、結局アカシアの足を引っ張ってしまった。

 だが、その時からもしかしたらという気はしていた。

 ある日は寒空の木の落ち枝で。またある時は家畜を従えるための皮の鞭で。

 一度でも避けようものなら、百回悲鳴を上げるまで叩き続けられる。

 痛いのが嫌だから、知らず知らずのうちにあまり痛くない箇所をわざと打たせるようになっていた。

 その頃にはもう、相手の目線や体の動きから事前に見切ることを体得していた。

「カルル……」

 そのカルルの反応と動きにはアカシアですら戸惑っていた。

「どういうことだ……!」

 同じように何度も何度も。

 相手がどう斬ってくるのかがわかる。

 わかれば、避けられる。

 感情にまかせて大振りな攻撃を繰り返し続けた結果、ルイーグにも焦りと疲れの色が見え始めていた。

「小娘、貴様……何者だ!?」

 唾を飛ばすルイーグを睨み続けたまま、カルルは懐からある物を取り出した。

「俺は……臆病者だよ。それでも、いつかは勇者になって大事な人を守るんだ。――あと、俺は男だクソジジィ」

「なっ……」

 アカシアから受け取った短剣を抜き払うと言い捨てた。

「今からアンタをぶっ殺すって言ったんだよ。村の人間はともかく……あの子供達を殺したお前は絶対に許さない!」

「ぬうう……! 生意気な……っ、やれるものならやってみろ!」

 飛び掛ってくる男に、以前カルルを痛めつけ弄んだ者たちの記憶が重なる。

 ――一度でいいから、思いきり刃向ってみたかった。

「死ぃねえぇぇっ!」


「うるさいんだよ……!」


 振り下ろしてくるルイーグに対し、カルルは下から切り上げる。

 斜めに落ちてくる長剣の軌道を見切り、こちらの短剣の軌道をそれに合流させる。

 それは正面から受け止めるのではなく、あくまで掠らせる程度の接触を狙う。そうすれば小さな軽い短剣でも、長剣の軌道を体から逸らすくらいのことは容易いとだろうと咄嗟の反応だった。

「馬鹿なっ……」

 言葉はそれが最後だった。

 その時にはすでに大振りを外されてよろけたルイーグの脇腹に、カルルの短剣が深く突き刺さっていた。

 声にならない断末魔のあと、男は倒れ、そして動かなくなった。



 男の服で短剣を拭うと、その櫛状の刃を見つめた。

 もう汚れは付いていない。借りものなのだから綺麗にして返さなくては、と無意識の行動だった。

 だが、人の命を奪ったようなモノを返されて持ち主は何と思うだろう。それに気づいて、馬鹿らしくなった。

「――すみません」

 ようやく立ち上がったアカシアにそれだけ言い、黙った。否、彼女の言葉を待った。

 人を殺した。それの受け入れ方について彼女の答えに従おうと思った。

「……カルル」

 拒絶か。

 軽蔑か。

 恐怖か。

 それとも、何だろうか。

「よかった……」

 抱き留められた。

 いくら考えてもそうなる理由はわからなかった。

 それでも、もう少しこの温もりに身を任せていたいと感じた。

「けがはないか? 大丈夫か?」

「……けがはありません、大丈夫です」

「そうか……よかった。……では、早くここを出発しよう。王都の追手もだが、この場を誰かに見られるのは避けたい」

 するりと背中に回っていたアカシアの手が離れた。

 それでも、彼女が歩き出した後もしばらくその感触と残り香はカルルの胸の内を温かく満たしていてくれた。


物語の中に出てくるキャラクターたちのイメージをよりはっきりと決めようと思って最近そういう絵を描き始めました。

……でもこれがまた難しいものですね。時間をかけてなんとか描き上げても「……誰だおまえ」てな感じで。

それでも自分で作ったお話に自分で挿絵を付けられるようになったら素敵だと思うんですよね。友人には「人はそれを漫画家と呼ぶのだ」と突っ込まれましたが。

とまあ、そんなことをやってるから本編の更新がスローになってしまうのですが。最低でも一週間に一度の更新を守っていきたいと思う次第であります。

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