表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

後日談

「これで……よし」

 三人分の弁当を包み終えた少女は、それらを鞄に入れると玄関を後にした。

 向かう先は家のすぐ隣、威勢のいい掛け声が外にまで響いてくる道場である。

 入り口のところに立っていた、木刀を持った青年が彼女を見てこう言った。

「あ、メーネさん。師範なら水汲み場に居ますよ」

「ありがとう。今日は……まだみんな元気だね」

「昼を過ぎてからですよ。これからが本当の地獄です」

「あはは、頑張ってね」 

 メーネが水汲み場に向かうと、長い金の髪を後ろに束ねて顔を洗う姿があった。

「アカシア」

 手拭いで顔をごしごしと拭ってから、翡翠色の目がメーネを見た。

「ん……。メーネ、弁当を持ってきてくれたのか」

「うん。今日のは上手にできたんだから」

 縁側(えんがわ)に腰掛けるとメーネは弁当包みを一つ、アカシアに手渡した。

「カルルにはこれから届けるのか? ――まったく、あいつも昼飯の時くらいこっちに帰ってくればいいものを」

「門が開いてる間は待っていたいんだって。カルにぃちゃん、いっつも言ってるよ」

 ちょっと呆れた笑いを含ませて、二人は肩を揺らした。

「じゃあ、これ届けてくるね」

「ああ、また転ぶなよ?」

「やめてよ。わたしだって少しは成長したんだから……もう」

 次の弁当の届け先は少し遠い。だが毎日走って通っているうちに体力が付いてきたのか今ではそれほど苦ではない。

 いつか荷馬車で通った日を想いながら、メーネは走った。目指すはこのケルンの街の入り口。そこで門番を任されている人物にこの弁当を渡し、その隣で一緒に食べるのだ。片手で苦労して食べるのを見かねたと言って食べさせてあげるのも毎日の楽しみである。

 もう少しだ。ケルンの大門が見えてきた。きっと彼は腹を空かして自分を待ちわびていることだろう。急がなくては。

「――あれ? あの人……」

 彼に駆け寄るはずだった足が、はたと止まった。



「検問? 町に入るだけなのに? 前はそんなのなかったよ?」

 その女性はつばの大きな帽子をかなり目深に被っているせいで表情が伺えず、不服を垂れているのは口だけのようにも見える。

「決まりが変わったのさ。最近は物騒だってね。知ってるかい? またここらで盗賊が出たんだって。おかげで日が落ちたらすぐに門を閉めなきゃならないってのに……本当にやれやれだよ」

「ふうん。でも、これで通してくれるんでしょ?」

 彼女が差し出してきた紙切れはこの周辺の町で通用する身分証である。この制度が出来たのもごく最近のことで、おかげでカルルの仕事もだいぶ楽ができるようになった。

 検問の承認印を押し、それを返しつつ言った。

「しかし……。……君は変わらないな」

「――そう? 若い女はね。変わらないよりも変わったって言われたほうが嬉しいものなんだよ」

「なるほど……。ただ、君の中身がどうも若いとは……とまでは言わないけど。変わらないよと言ってあげたほうが君なら喜んでくれると思っていたんだ」

 くっく、と下を向いて笑うと彼女は、顔を上げて帽子の隙間から半分だけ覗かせた瞳でこちらを見た。

「あは☆ そっちは減らず口を叩くくらいには変わったんだね。十年も経ったわけじゃないのに」

「……そうだな。だが君も、まず最初に何か言うことがあるんじゃないのか?」

 すると彼女は帽子を脱ぎ、押さえつけられてぺしゃんこになっていた髪をガシガシと掻いてはにかんだ顔を隠した。

「……ただいま。ちょっと長く掛かっちゃったけど、色々変わったところもあるからさ。……見てほしいんだ、カルル」

春一番が吹いたその日、あれから変わらない笑顔にカルルは頷いた。


 これで『草原の歌に花言葉を』は完結です。お気に入り登録などで付き合って下さった方々、本当にありがとうございました。


 ……これが最後なのでちょっと語らせて頂きます。

 ――この私、かがみ豆腐は今作品がこのサイトでの初めての投稿でありました。ですが、小説そのものに関してはもう四年ほど描いている計算になります。

 ここに投稿するまでは半年毎に開催される電撃とガガガの公募に作品を送り、一次を通過することもなく撃沈、轟沈を繰り返してきました。

 数か月かけて生み出した作品がその発表の一瞬で価値の無いモノになってしまう感覚は、とても辛く、私の語彙では表現しきれる程度ではありません。これを『失恋』に例えた方に共感を覚えたことがあります。

 

 このサイトを知ったのは友人からの紹介で、彼にはこの場を借りて礼を言っておくことにします。ありがとよ。

 ここに投稿することで、いわゆるボツになった作品が再び誰かの目に触れることができる……それだけで私にとっては報われたようで、お気に入り登録が増えるたびにニヤニヤしていました。それが最後まで続ける原動力になっていたのは間違いありません。

 長くなりましたが最後に一言。

 一度描き切った作品とはいえ、もう一度仕上げ直してここまでの出来にすることができたのは、他でもない皆様のおかげです。本当にありがとうございました。



 この投稿を終えた後、かがみ豆腐はまた新しいお話を投稿します。

 もしよければ。

 またお付き合いくだされ。ノシ


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ