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静かな夜の下で

 練習がてら挿絵を挟んでみました。少しでも皆さんの想像の助けになれば幸いです。

 


 玄関の鍵を掛けて三人は外に出た。冷たい風が吹き抜ける路地裏を歩き始める。

「ちょっと寒いな」

「そうか? 私は平気だが」

「寒いですよ……」

 カルルは白い吐息を逃がすまいと手で覆って言った。皮製の上等なコートがよく似合う彼女はいつもより大人びて見える。

 夜はとっぷりと町を静寂に包みこみ、前髪が揺れる程度の夜風さえも頬を刺すように冷たい。

 今夜、サーカスに襲撃を仕掛ける。

 しかし、これから予定している事の内容に反して三人の会話は穏やかそのものであった。

「カルル、平気か?」

「え?」

 いつの間にか建物の隙間から見上げる狭い夜空に瞬く星の塵に見惚れてしまっていた。

 星は寒い時ほど良く見える。

 そして、辛い時ほど星のように微かな輝きだったものがとても素晴らしいものだったと気付いたりもする。

「私の上着を着るか? 寒いのだろう」

 この町に着いた時に彼女に買ってもらった服は十分に良い物なのだが、それでも今夜の冷気は布地の織り目から染み入ってくるようだ。

 カルルの答えを聞く前にアカシアは首元の留め具を外し始めた。

「気にするな。私は慣れている」

挿絵(By みてみん)

 嬉しい心遣いには違いないが、せめてもの面子(めんつ)がカルルにもあるのだ。

 自分の厚手の服の襟を摘まみながら笑って見せる。

「……いえ。大丈夫ですよ? これがありますから」

 最後のボタンを外そうとしていたアカシアに遠慮をすると、横でクラーストがくくっと笑った気がした。

 そんなカルルの強がりも、ため息ひとつに負けてしまう。

「年下が遠慮をするな。どうせ私も暴れるのには邪魔になるんだ。着ておけ」

 その厚意と自分の面子を(はかり)に掛ければ当然、選ぶのは決まっている。

「……ありがとうございます」

 それからしばらく歩き続けると大通りに突きあたった。

 周囲に人影がないことを確認すると、クラーストは道の中ほどにある石畳の上で立ちどまった。よく見るとそこだけ石の色が他と違っている。用意していた鉄の棒を隙間に差し込むと、てこの要領で一気に引き剥がした。

「よっこら……せっと」

 石畳を剥がした下にはぽっかりと人が入れる程度の穴が空いていた。底は暗くて見えないが梯子が設けられているため、どうやらここが地下水路の整備などに使われるという連絡用の穴らしい。

「ここから入れる。地図は持っているな?」

「はい」

 腰のベルトに差した水路図の写しを確認する。これがサーカスの広場までの地図になる。幸運なことにあの広場にもここと同じ連絡用の穴が存在したのだ。セマードもまさかそんなところから侵入されるとは夢にも思うまい。

 ここからはカルル一人で行動することになる。失敗が許されないのはもう何度も頭に言い聞かせた。

「気をつけろよ、カルル」

「幸運を祈る」

「――行ってきます」

 梯子を伝って穴を降りていくと、程無くして頭上の石畳が塞がれた。

 手元すらも見えない闇の中、触覚だけを頼りに慎重に穴の底を目指す。

 恐怖心はあったが、やらなければならないという使命感がカルルを掻き立てていた。

 無事に底に足が着き、カルルは腰にぶら提げていたランプに手探りでなんとか火を燈した。

 明かりがあって初めてわかったが、どうやら水路とは言っても人が歩けるように片側は足場になっているので水に濡れる必要はなさそうだ。

 明かりは頼りないが、暗闇に目が慣れてくればもう少し先まで見通せるだろう。

「さて……」

 ここですぐに広場を目指すことはしない。カルルは座り込んで水路図に再三目を通す。この状況で道に迷ったり方向を見失うことだけは絶対に避けなければならない。水路図はもう穴が開くほど目に焼き付けているが、実際に水路に降りてからもう一度確認したくなった。

「ここからだから……――こっちだよな。二つ目の分岐で左だ」

 進む方向を確かめるとカルルは立ち上がり、目印を見逃さないようにだけ注意しながら先を急いだ。

 


 カルルを地下に潜らせた後、アカシアとクラーストの二人はサーカスの広場を目指して歩いていた。

「あの坊主には目的地に着いてもこっちが合図を出すまでは動くなと言ってある。それに地下からだとどうしても時間が掛かるからな、俺たちは歩いていくくらいでちょうどいい」

 陽動は潜入する役の準備が整ってからでなければ意味を成さない。

 だが、その準備が出来たかどうかの確認を取る方法がないために予め時刻を打ち合わせておいて実行することになっていた。

「その合図を出した時に……もしカルルがまだ着いていなかったら我々はどうするんだ?」

「なあに、その時もやることは変わらない。適当に騒ぎを起こして逃げるだけだ。どちらにしろ、あとは坊主が上手くやるのを祈るしかないさ」

「…………」

「……心配か?」

「……ああ」

 この寝静まった街の地下をカルルが一人で走っているのかと思うと、心配になるのは当然だ。

「大丈夫さ。あの坊主なら」

「……信じるしかないな」

「まあ、その前に俺達がしくじっているようでは話にならんが」

 広場の正門の付近に到着した。正門には一応か用心棒が立っており、長い棍棒を片手に眠たそうな欠伸をしている。

「手はずはわかっているな? あんたは裏手から回りこめ。三分後に俺の合図で始める。死人が出ない程度に暴れてくれ」

「まかせろ。そういうのは得意だ。――ではまた後で落ち合おう」

 そう言い残すと背を向けて走り出そうとした。

「そういえば、……まだあんたの名前を聞いてなかったが……」

 足がはたと止まった。

 クラーストは今、本気でそれを気にしているわけではない。ただの冗談にもできる。

 だが、冗談を返すくらいの気持ちで本当のことを打ち明けていい気もした。……この相手になら。

 ただ、人に問う前に自分から名乗りを上げるのが騎士道である。自分の場合は名前こそが素性を明かすことに同義となっている今は、彼にも正体を晒してもらわなければ対等ではない。

 故に、彼が先でなければこちらも正体を明かしはしない。

「クラースト。寒がりなハリネズミの話は知っているか?」

 たとえ相手がそんな騎士道の事情など知らずともこの姿勢は崩さない。それがもはや元騎士の意地なのか、ただの意地悪なのか本人にもよくわからなかった。

「近付きすぎると針が邪魔をするというやつか」

「ああ。――秘密があるのが魅力的なのは、男だけではないと思うのだ」

 そのまま彼女がふり返ることはなく。

 闇の中へと再び歩を踏み出していった。

 互いに触れないことで成り立つ仲というものも存在する。

「この一本で最後にするか……」

 闇に溶けていくアカシアの姿を見送ると、灰色の煙の中に近くに居るはずの娘の顔を浮かべた。


 小説とは関係ありませんが、クリスマスですね。

 サンタさんを探しに愛機に乗ってドライブに繰り出しましたが、道に迷って散々な目に遭いました。

 サンタさん、どうか私に素敵な出会いを。

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