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路地裏の便利屋

日付が変わってしまった……orz

やっぱり美人は得をするように出来ているのだ。

注文を付けに行ってからやけに長い談笑の後、大皿に乗った山盛りのミートパイと、頼んでいない三つのコップを受け取るアカシアを見つつそんなことを思った。

三人掛けの小さなテーブルにごとりと大皿を置くと、アカシアからコップを渡された。

「これはおまけだそうだ。酒ではないからメーネも大丈夫だろう」

 メーネはコップを受け取ると鼻を近づけ、すぐに人より敏感なそれは香しいものだと判断した。一気にコップを煽り、天を仰ぐほどに目尻が下がっていく。 

「……おいしい」

「全部飲んじゃったのか……そんなに美味いのか?」

 カルルも口をつけ、すぐにメーネと同じ反応をした。

「うまい……なんだこれ」

 今までに味わったことのない甘さだった。どろりとして多少喉に引っかかる感じはするものの、牛の乳とかなり相性がいい果物の飲料らしい。

「遠い南の地方にしか根を張らない珍しい果実だそうだ。半年に一度、行商隊の馬車が売りに訪れるのだが、通り過ぎて三日もすると売り切れてしまうほど人気があるのだと」

 ふーっと空のコップを置くと、アカシアはフォークを持って苦笑いをした。

「しかし、確かに大目に盛ってくれとは言ったが……この大きさはすごいな」

 その大皿の二枚分はあるのではないかというくらいに巨大なミートパイである。向かいに座るメーネの頭がすっぽりと隠れてしまう。

「まあ、食い切れなかったら適当に包んで持ち帰ればいいだろう」

 そう言って、ナイフを一番先に入れたのはアカシアだった。

「……それで、宿の件だが」

 半分ほど残ったミートパイを前に、もうフォークを取ろうとする者は居なかった。

「さっき屋台の親父から聞いた話だ。友人に便利屋をやっている者が居て、どうやらそこで泊まらせてもらえるかもしれないらしい」

 食後のお茶を優雅に啜り、ふぅと一息吐いたのはアカシアのみ。

「便利、屋?」

 喋ろうとするとげっぷが出てしまうカルルはまだ良いほうで、メーネは椅子二つを並べ横になって苦悶の表情を浮かべていた。

「すみません、どうしても――げふ」

「ああ。聞いてくれるだけでいい」

 何だかんだで一番食べていない張本人はお構いなしに続けた。

「場所は近い。ただ、ちょっと入り組んだ路地の中だそうだから迷うことも考慮して早めに行こうと思う。断られるということも有り得るからな」

 そういうわけで、重い腹をこなす暇もなくカルルは再び手綱を取ったのだった。



 大通りは石畳でしっかりと舗装されてはいても、やはり裏路地まではそうはいかないものだ。むしろ荷馬車が通れるだけの道幅があっただけでも幸いと考えることにした。

 それに治安もあまり良いとは言い難い。建物の影で昼間でも薄暗いそこでは常に気を張って居る必要があった。

 道の端に座り込んでいる老婆は俯いて何事かぶつぶつ呟き、目の前に置かれた茶碗には真っ黒に錆びついた銅貨が一枚だけ入っていた。

「書いてもらった地図ではこの辺りのようだが……」

 首を左右に見渡すも、(くだん)の便利屋らしきものは見つからない。というより便利屋とはどんな佇まいなのか。その辺を詳しく聞いて置くべきだったと後悔し始めた時だった。

「ここには面白いものなんかないぞ」

 しわがれた、それでいてよく通る質の声に三人はふり返った。

 音もなく荷馬車の後ろに立っていた初老の男は続けざまに言い放つ。

「大通りからはぐれたのか? ここはあんたらみたいな人間が来るところじゃあない」

 戸惑うカルルに代わってアカシアが御者台から降りて歩み寄った。

「広場で屋台の親父から、この辺りに便利屋というものがあると聞いた。貴公は御存知でないか」

「……便利屋? そんなところになんの用だ」

「屋根を借りたい。屋台の主人がそこと知り合いだということで紹介の手紙ももらっている」

 ほんの一瞬、明らかに面倒臭そうな顔を見せてから男は仕方ないと呟いた。

「……あんたらが探している便利屋はここだ。ほら、看板もあるだろう?」

 言われて注視しなければわからないほど文字の薄れた板切れ、ではなく看板。「便利屋」の文字が読めなくもない。

 そんなものが老婆の真後ろにあったとなれば、尚のこと気付かなくて当然である。

「ばーさん。俺はたしかに悪戯されないように見張っててくれたら駄賃をやるとは言ったがな、あんたがそこにいちゃあ客まで寄り付かなくなるだろう」

 すると顔を上げた老婆は聞き取れない声をもごもごと返した。

「……はいはい、わかったよ。ほら」

 茶碗に二枚目の銅貨が落ちる。真っ黒い錆だらけのそれを老婆は宝物のように拾い上げて懐にしまった。もしかすると一枚目の銅貨は見えていなかったのかもしれない。

「とりあえず中に入ってくれ。立ち話はろくなことがない」

 灰色の印象を受ける路地とは違い、建物の中は意外と小綺麗なものだった。

「それで、宿だったか? うちは高いぞ」

 机の引き出しから取り出した葉巻を咥えると男はカルル達に椅子に座るよう促した。

 男は決して身なりが良いとか、品性があるという雰囲気ではない。それでも仏頂面でふかす葉巻はよく似合っていた。

「三日間、泊まらせてほしい」

「三日、か……。それは構わないが、飯はどうするつもりだ?」

「できれば台所も貸してもらいたい。食材は自分達でなんとかする」

「そうか……ならいいだろう。だが条件がある」

「? なんだろうか」

「俺の飯も作ってくれ。それでいいなら家賃はそこらの宿よりは安くする」

 その後、男から簡単な説明を受けて『便利屋に宿泊』の契約は成立した。こんな楽な仕事も無いなと男は笑っていた。

 その後三人が案内された部屋はその建物の二階部分にあたる場所で、もとは屋根裏の倉庫か、少なくとも部屋として使うために作られたものではないようだった。

「ああ、それと俺の名前はクラーストだ。なにか困ったことがあれば言ってくれ」

「わかった。クラーストだな。これから世話になる」

「なに、紹介状にはツケの催促を待ってやると書いてあったんでな。安いもんさ」

 そう言い残してクラーストは一階へと階段を降りていった。 

「なあ、二人とも」

 普通の部屋とは若干作りの違う屋根裏部屋とは子供心をくすぐるものらしい。屋根の形に沿った天井や入り組んだ梁と柱は確かに見慣れないものだ。カルルとメーネはさっきからそればかり観察している。

「とりあえず荷馬車の荷物をこっちに運ぼう。手伝ってくれ」

 三人が下に降りるとそこにはバツの悪そうな顔をしたクラーストが待っていた。

「……すまん。やられた」

「? どうした、なにか問題でも」

「俺も少しくらいならと油断したのが悪かったんだ。あんたらの荷馬車、食料がごっそり盗まれてる」

「な……」

「この辺じゃよくあることだが……俺の責任もある。まずなにが盗られたのか、無くなったものを確認してくれ」

「……さっそく洗礼を受けたか」

 肩を落としてアカシアは笑った。彼女にとってこういうことは初めてではないらしい。

 幸い、盗られたのは食料だけだった。毛布など日用雑貨が手付かずなことを不思議がっていると、クラースト曰く「身寄りのない乞食の子供がやったんだろう。余裕がないから一番に欲しい物しか盗っていかない。大人なら荷馬車ごと消えている」とのことだった。

それを聞いて無意識にメーネの頭に手を置いていた自分が、子供の境遇に同情しているのだと気付いた。

「まだ近くに居るかもしれない。すぐ探しに――」

「きっと無駄ですよ」

「……カルル?」

「腹が減って盗んだものを大事に取っておくわけがありませんよ。逃げたと思えばすぐに食べちゃうんじゃないですか」

「むう……それもそうか」

 ――まったく。

 自分は誰の味方なのだ。

 戒めて、こんなことはもうこれっきりだと固く誓った。

 自分達も生きなくてはいけないのだから。

「また買いにいくしかないですね。先に荷物を移してから、僕がいってきますよ」

「すまんなカルル」

「いえいえ」

 運び手が四人ともなれば、荷物も二往復ほどですべて運び終えることが出来た。

「また用かあったら呼んでくれ。できる限りのことはしよう」

 クラーストが居なくなり、カルルが「さてと」と立ち上がった。

 多少埃っぽい二階だが、真新しい服からは良い匂いがする。自分の荷物から必要なものを取り出すとカルルは二人に買い出しにいくことを告げた。

「じゃあ、任せたぞカルル」

「気をつけてね。にぃちゃん」

「ああ、いってくるよ」 

 最後にもう一度メーネの頭を強く撫で、カルルは踵を返した。


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