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出口無き三日

 あきらかに日によって頭の回転速度が違うのってなんでしょうね。今日はいつもの三倍は掛かってしまった……。

 評価してくださった方、ありがとうございました。とても励みになります。

夜が明け、昨夜のスープで手早く朝食を済ませた三人は宿を引き払うとすぐに国境を目指して荷馬車に乗り込んだ。

 町の中心の大通りに沿って進めばそのまま国境にぶつかるので、広いケルンといえど迷うこともなく昼前には関所となる大門に着くことが出来ていた。

 しかしここで予想していなかった問題が起きた。

「み――三日だとっ!? なぜそれほども待たねばならないのだっ!」

「あ、……落ち着いて」

 アカシアから人前では名を呼ぶなと言われていたのを思い出した。受付に身を乗り出す彼女をカルルはどうどうとなだめる。

 ここはローデリアとアリシル圏の境となる国境施設だ。自然、警備隊の詰所が目と鼻の先にあり、国に追われる身という事情のもと、絶対に揉め事を起こしてはいけない。

 声を荒げていたアカシアも周囲の視線に気付くと体を引き、口調を改めた。

「……いくら入国にあたる審査が厳しく、混んでいるとはいえだ。三日というのは聞いたことがないのだが」

 なるべく穏やかで丁寧に言い直したが、それでも今の怒号にすっかり萎縮してしまった係りの者はもう彼女を相手にまともに会話はできそうになかった。

「う、上の者を呼んで参りますので……っ」

 と言って逃げるように居なくなってしまった。

 仕方なくその場で待っていると、程無くして落ち着いた雰囲気の男が連れられてやってきた。

「私が相談を承りまわります。どうぞこちらへ」

 男はローデリア側への出口とは別のほうの廊下を歩き始め、商談用だという部屋へと通された。

「どうぞ掛けてください。いまお茶を持って来させますので」

 そこはインクの混じった嗅ぎ慣れないカビ臭さが目立った。メーネには辛いだろう、と見れば嫌そうな顔をしつつもそれ以上の興味に忙しいようである。

「本がいっぱい……」

 行儀が良くないとわかっていながらカルルも思わず見回してしまう。

 壁という壁には背の高い棚が並び、ざっと見渡した中には書類の束や様々な種類の天秤などが納められていた。あれらも商談に使うものなのだろう。

 窓は一か所だけ高いところにあるが、それ以外には壁と扉しかない部屋だった。本棚が無ければ牢獄のように感じて息が詰まってしまいそうだが、そういう趣向なのだろう。

「夕刻を過ぎるとすぐに日が入らなく暗くなってしまうので、昼間しか使えないのです。かといってランプが必要な時間にわざわざ商談をすることもないのですがね」

 部屋を観察していたカルルに男が丁寧な口調で説明した。昨日のサーカスのオーナーのそれとは雲泥の差を感じさせる爽やかな笑みだった。

「申し遅れました。私はケルン国境警備隊隊長、ラダンと申します。先ほどは部下が失礼をしたようで……大変申し訳ありません」

 頭を下げる責任者に追い打ちをかけるほどアカシアも聞き分けがないわけではない。

「う、うむ……。いや、こちらにも非はあったのだ。状況故に気が急いてしまったらしい。こちらこそ申し訳ない」

「いえいえ。……して、部下からは入国審査にかかる日数のことで揉めたと聞いておりますが」

「む。ああ、そうなのだ。審査に三日、というのは如何様なものなのだろうか。できればその内訳を説明してもらえないものか」

「それはですね……」

 ふーっと長い溜息を吐くと、ラダンは不快感を与えない程度の疲れた表情を見せた。

「最近、アリシル国の王位が移ったという話はご存じでしょうか?」

「ああ。亡き王の実子である王子が引き継いだと聞くが……」

「その噂が流れるようになってから、我々の仕事が急激に増え始めました」

 ふむ、と考える素振りを見せてからすぐにアカシアが顔を上げた。

「……亡命?」

「大げさに言えばそうです。ただの旅行目的ならば一時的なものですので、審査も軽いもので済むのですが……。大半が移住願いを……はぁ」

 新しく王になる元王子がそれだけ国民に期待されていないという意味である。若すぎること、そして消極的な性格が王として不向きだと前々から言われていたことだった。

「それで時間がかかっていると?」

「ええ……。他国の人間をローデリアに迎え入れるわけですから、審査も、私共の責任も、言葉通り倍増することになります」

「なるほどな。となると……どうしたものか」

 憂いのもとは怪鳥だ。

 アリシルの手が及んだ町で三日もの時間を過ごすのがどれほど危険であるかということはカルルはもちろん、メーネにも理解できる。アカシアと共にいる以上、カルルもメーネも同等に追われる身なのだ。

「参りましたね……」

 おまけにカルルには宿での一件もある。

あのセマードという男の別れ際のセリフ。奴が今後もしつこく取引を持ちかけてくる気がしてならなかった。

「移住ではなく、旅行目的での入国ならばもう少し早くできるのか?」

「……。なにゆえ先着順なものですから。どちらにしろ現在の申請の処理が終わらない限りは、ということです」

「……そうか、無理を言ってしまったな」

 アカシアが席を立とうとすると、窓の外を見ていたラダンが独り言のように言った。

「宿を探すのなら、警備隊舎の近くをお勧めしますよ。最近、物騒な噂が広まっているようですので」

 ガラス越しの青空に向いていた彼の目が、反射した三人の姿を見ていたことに気付いていたのはその張本人ひとりだけだった。

「……本当に三日間も隠しきれるでしょうか」

 関所から出た三人の足取りは重い。

 御者台の隣にアカシアが乗るのを手伝いながらカルルは不安を漏らした。

「やり通すしかあるまい。私もなるべく宿からは出ないようにして過ごす。あとは申請に書いた嘘がばれないように行動するだけさ」

 入国審査に必要な手続きとして、三人は出身地と目的地、及びその概要を書面に書く必要があった。それに加えて記入の嘘偽りがないことを謳った誓約書に手形を押し、申請自体はそれで完了した。

 出身地の評判があまりにも悪かったり、地図にも載らない僻地(へきち)だったりすると審査で弾かれ易くなる。また、後々に虚偽が判明した際には、利き腕の切断刑という重罰が待っているのだ。

「まあ、嘘と言っても名前を書き間違えた程度では大した問題にはならんよ。よくあることだ」

 厳正な書面にアカシアが平然と偽名を書くので思わず指摘してしまいそうになり、それを誤魔化すためにおかしなことを口走ってラダンに変な目で見られたのは今でも顔から火が出そうになる。

「……もう少し、嘘が上手くなりたいです」

 肩を落としてカルルは荷馬の背中に視線を落とした。

「嘘を吐くのが上手くなると、今度は素直になることを望むようになる」

 大きな欠伸だった。

 そんなもんですかね、と口にしながら宿の看板を探していく。

一応、ラダンから荷馬車の泊められる宿を紹介されてはいた。だがそれに甘んじてしまえばこちらの居場所を教えることになる。

もし申請が通るまでの間に素性がバレてしまい、それでいて向こうが紹介した宿に泊まっていたなどという事態になれば、間抜けすぎて余計に勘繰られるだろう。

なのでやんわりとラダンには遠慮をし、自力で宿を探すことを決めて今に至る。

「前の宿はここからだといかんせん遠いからな……。紹介された近場の宿も除くとなると、やはりそうそう見つかるものではないな……」

 その時くぅ、という音が通った。

「ん?」

「……お腹すいた」

「そういえばもう昼だったか。宿の前にどこかで昼飯にしてしまおう」

 特に人が多い目抜き通りに沿って移動していただけに、すぐにいくつかの食堂が見つかった。

 ただ、味に自慢のある店が大通りに集まるのであり、表に置かれた品書きの値段は決して安いとは言えないものばかりだった。下手をすると三日で所持金のほとんどを使い切る羽目になるかもしれない。

「……うーむ」

 財布の中を覗きながらアカシアが唸る。

「ねえ、ここじゃダメなの?」

 空腹に急かされたメーネが要求するが、それはカルルに阻まれた。

「ま……まあ、途中の広場にも屋台が並んでましたし、そこで済ませてもいいんじゃないですか?」

「うーむ……」

 アカシアの葛藤が続く。少しくらいなら……それに年下に気を遣われることに対して意地を張りたい気持ちもある。

「三名様ですか?」

「え? あ――いえ、結構です」

 答えたのはカルルだった。

 いまだ決断のできないアカシアを「こういうところは落ち着いてからゆっくり食べにきましょうよ」、と渋々ながらも納得させて荷馬車はもう少し先の広場へと車輪を回していった。


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