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さらば因縁、吹けよ風

「お前……ビゲスのとこのカルルか?」

 (くつわ)を外された男の第一声。

 カルルの記憶が間違っていなければ、この人物は以前カルルを使役していた禿げ頭の友人である。

「あなたと話すのは初めてですね……」

 敬語を使うことにためらいはなかった。むしろ、この人は自分のような者達に良くしてくれていたほうだ。

「やっぱりか……。顔を見た時、まさかと思ったんだ。……、ビゲスは……お前が?」

 静かに頷いた。

「そうか……」

 そう呟いたあと、男は激しく地面に拳を打ちつけた。

「こういうことになるから……! ――俺は奴隷ってのが嫌だったんだ!」

 急に立ち上がってカルルを睨みつけると、歯が砕けそうなほど喰いしばった。

「言わせてくれ。俺は……お前が憎い。殺したいほどだ。親友を殺されたんだ」

「………………」

 言葉が出ない。何か自分にも言いたいことがあるはずなのに。この人の目を見ているとそれがわからなくなってしまう。

「……だけどよ」

 肩の力が抜け、目を伏せて座り込んだ。

「俺は……お前の事情も知ってる。無理やり連れてこられて、あんな目に遭わされてよ。俺だってお前の立場ならきっと……そうしていたさ。なら……仕方ねぇじゃんかよ」

 その言葉にカルルは男の心情を察した。

「俺はお前が憎い。が……それとは別に、せめてこれからは幸せになってほしいとも思ってるんだ。矛盾してるだろ。自分でもよくわからねぇんだ。……笑っちまうよな」

 下を向いて笑いながら、地面に水滴の跡が浮かんでいく。

 自分が他の子供たちの仇を討ちたいと憤ったのと変わらない。この手で首を絞めて命を奪ったのは、自分にとって最悪の人間であり、そしてまた彼の親友だったのだ。

 この人の苦悩を解決することはおそらく誰にもできない。

「カルル……。俺がこれ以上、おかしな考えを起こす前に……消えてくれ」

「はい……お元気で」

 自分にできる最善の行動は、余計なことは言わずに立ち去ること。

 そう悟るしかなかった。

「達者でな。カルル」

 軽く会釈をし、その場から離れた。

 カルルとアカシアが自分たちの荷馬車まで戻り、手綱を打とうとした瞬間だった。

 彼が息を切らして追いかけてきた。 

「カルルー! 村の西広場、あいつらの馬車に、子供がひとり乗せられてる! こんな村からは一緒に連れ出してやってくれ!」

 きょとんとしてからカルルは手を振って返した。

「……はい! あなたもお気をつけて!」

 彼はこれからどうするのだろうか。村は壊滅し、最後の生き残りとしてどう生きていくのだろう。

 親友の仇を見送る彼の胸中など、カルルにすべて察することなどできるはずもなかった。

 ただ、もう後ろをふり返らないことだけを決め、彼の最後の頼みを叶えるため村の西側にあるもうひとつの広場を目指した。



「なっ……」

 それを見てアカシアが驚愕したのも無理はない。開いた口が塞がらないとはこういうことだ。

 それを初めて見た時はカルルさえそうだったのだから。

「……倉庫の中には居なかったから、きっとその最後の一人っていうのはコイツのことだろうとは思ってたんです」

「まさか……いや話には聞いていたが、――信じられん。本物か?」

 馬三頭で引く大きな屋根付きの馬車の中には、後ろ手に縛られて目隠しをされた子供が乗せられていた。

 それはまるで収穫を迎えた小麦の穂のよう。黄金(こがね)色の髪の隙間からちょこんと生えているのは獣の耳。成金趣味の贅沢な腰帯にしか見えない尻尾からも、同じ色の毛を生やしている。

「獣人……」

 それだけ呟いたアカシアの隣をすり抜けて荷台へあがると、その少女に近づいた。

「ええ。獣人は希少ですからね。奴隷を商品として扱う奴らがついでに取引を持ちかけていくんですよ。物好きで欲しがる金持ちは多いらしくて」

 感情の籠らない声でそう説明し、カルルは少女の目隠しを取った。

「――カルにぃちゃん!」

 手を縛っていた縄を解くと弾けるように抱き着かれた、というよりはしがみ着かれた。

 おいおいと泣きすがる少女にアカシアが、

「……にぃちゃん? 兄妹なのか?」

 と二人の顔を見比べて言ったのでカルルは笑った。

「違いますよ。僕たちみたいな子供の中じゃ自分が一番年上だったんで……教育係みたいなことをさせられてたんです」

 そう言いながら涙と鼻水を塗りつけてくる頭を乱暴に離した。

「ぐすっ……にぃちゃん。みんなが、みんなが……」

「言わなくていい。……もう大丈夫だから。お前は? けがとかしてないか?」

 ふるふると首を振った少女を立ち上がらせると荷台から降りるのを手伝い、周囲を見渡した。

「このまま出発して、大丈夫ですかね……」

 焼け落ちて骨組みだけになった家、瓦礫のように転がる人間。アカシアの目からすればさながら戦火の略奪にあったのと変わらない惨状だった。

「仕方ないさ。ルイーグ隊、そして人買いとはいえ村を潰した。罪状がひとつふたつ増えたところで追われる身なのは変わらない」

「いえ……そういうことじゃないんです」

「ん?」

「この村の人間はともかく……倉庫の子供たちはなんにも悪くないのに殺されて。せめて……」

 カルルの言わんとすることを察したアカシアが先に言った。

「それはそうだ。……だが、残念だが墓を建てて弔ってやるだけの時間の余裕はないのだ。わかってくれ」

「……はい……。……行くよ、メーネ」

 自分たちの荷馬車に乗り込むとカルルは手綱を握った。

 村から草原に出る道を進みながら、痛々しい破壊の限りを尽くされた景色にかつての風景を重ねていた。

(あんなにいっぱい、人がいたのに……)

 通りの端に倒れている者や井戸に上半身を突っ込んでいる者、折り重なるようにして倒れている者。その中に身動きするものは居ない。

「……先代の王が戦死してから、アリシルは腐敗の一途だ。ルイーグもアリシル王が健在のころはここまで表立ったことはしなかったはずだ。これから同じような奴がまた出てくるだろう。……あの王子では、どうにもできないだろうな」

「そんな状況で……僕たちは大丈夫でしょうか」

 思いのほかカルルが不安がったのを見て、アカシアは補足した。

「なに、他国の領土に入ってしまえばそう簡単には追ってこれない。もしそれでも追手が掛かることがあるとすれば、よほど国同士が友好的か利害が一致している場合だろう。……まあ、隣国とはいえローデリアとアリシルは昔から疎遠な仲だ。ローデリアがわざわざ面倒事を引き受けることはないだろう」

「……そうですか」

 地獄と化した村の出口がようやく見えてきた。

 ハロッサの門を過ぎると目の前はまた草原になる。ここから見渡せる場所に町や村の小さな影はいくつか見えるが、王都から逃げることを考えると次の目的地は決まってくる。

「次はあそこだな。ここからだとちょうど日が沈む方角だ」

 そう言ってアカシアが指差した先には一際大きな町の影があった。カルルも話くらいは耳にしたことがあるのでそこが何かは知っている。

「あそこを超えたら、ローデリアなんですよね?」

「そう、国境の街ケルン。あの町の中にある国境を越えればこちらの勝ちだ」

 ハロッサもそうだが、町や村から草原に出る道は木の枝のように分岐していることが多い。次の町の名前と矢印の記された立て札を頼りにそこから目的地に向かって伸びるものを辿るのだ。

「この距離だと二日、ってところかな……」

 ぽつりとカルルが呟くと、メーネが背後の荷台から御者台に移ってきた。

「ねぇ、にぃちゃん? どうしてそんなカッコウしてるの?」

「ん? ――あ」

 どうりでやけに下半身の風通しが良いわけである。

「いいじゃないか、良く似合っているのだし」

 思い出したように居心地が悪くなって着替え始めたカルルにアカシアが残念そうな声を上げた。

「そういうわけにはいきません。それに、この服は町に着いたらアカシアさんが着るんでしょう? その格好じゃダメですよ。なんでアリシルの軍人がこんなところに居るんだ――って。国境を越えるなら『普通の人』にならないと」

「仕方ないのか……くそぅ」

「くそぅ、じゃないですよ。それと、メーネ」

「なに? にぃちゃん」

「その、にぃちゃんっていうはやめてくれないか」

「どうして?」

 丸い瞳にカルルが大きく映り込んで曇りひとつない眼差しが返ってくる。

「どうしてって……そもそもだな、どうして俺のことを兄ちゃんなんて呼ぶんだ? そりゃあ面倒を見たのは俺だが、メーネより年が上の奴は他にも居ただろう?」

「だって……」

「だってじゃない。とにかく『にぃちゃん』はやめろ。いいか?」

「……じゃあ、にぃちゃんのことなんて呼んだらいいの?」

「……カルルでいい」

「カル、ル……」

「そう。次からはそう呼ぶことな」

「――カルル」

 アカシアの声だった。

「はい?」

「あまりいじめてやるな。大してこだわることでもないだろう? 呼び方くらい好きにさせれば」

 メーネの頭を優しく撫でながらアカシアはそう言った。まるで妹をいじめた兄が母親に叱られている構図だ。

「…………」

 どうも腑に落ちず唇を尖らせるが、アカシアにそう言われると押し通す気も萎えてしまった。

「……わかったよ」

と観念した。

「ありがとう、にぃちゃん!」

 ぱぁっと輝く笑顔でそう言われると気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。この感覚が好きになれなくてやめてほしかったのだ。

「……お兄、ちゃん」

「んなっ――」

「冗談だ」

「……勘弁してください」

 その日は背後のハロッサが手のひらに収まるくらいの距離まで来たところで日が落ち始め、荷馬車は止まった。

 夕焼けでまだ空は明るいが、そろそろ野宿の準備を始めなければあっという間に暗くなって面倒なことになってしまう。

「明るいうちに出来ることはしておこう。まず一番に火、あと荷台には覆いの布を掛けておくんだ。食糧のにおいが災いを呼ぶことはざらだからな。夜露や雨よけにもなる」

 アカシアがてきぱきと指示を出す中、カルルは荷台で眠りこけているメーネを起こそうとして止められた。

「そっとしておいてやれ。ずっと怖い目に遭ってたんだろう」

「……そうですね」

 目隠しと縄で縛られていた状況を思い出せば、さすがにこの安心しきった寝顔を覚まさせようという気は起きなかった。

 そっと一番分厚い毛布を掛けてやり、アカシアと二人で火を囲む。

「……今夜は雲が多いな。月が隠れると昨日の今日でも明るさがだいぶ違う」

 追われている身とは思えないくらい暢気にそう言うアカシアがカルルは羨ましかった。

「そうですね……」

 自分はと言えば、ルイーグを刺した時の光景が稲光のように頭に浮かんでは頭から消えてくれない。とてもアカシアのように雲の量を気にする余裕はなかった。

 ずっとこのままなのだろうか。

 言い表せない不安がカルルを静かに蝕んでいた。

「昼間のことを気にしているのか?」

 はっとして焚火の炎から視線をアカシアにむけた。

 それが顔色に出ていたのだと初めて気が付いた。

「……はい」

 カルルが頷くとアカシアは少し考えた後、口を開いた。

「そうだな……お前にすこし、説教をしてやろうと思う」

「説教?」

 予想外な単語に思わず聞き返すと、アカシアは「酒はあるか」と聞いた。

「……暖を取るための酒なら、少しは」

「それでいい、くれ。――ああ、カル。お前も飲め」

「いえ、僕は……」

「飲めよ」

 有無を言わさぬ態度に仕方なく、木のコップを二つ出した。

 そして驚いたことに、一口を含んだ直後にはもうアカシアの頬が紅潮していた。

「あの、お酒……弱いんですか?」

「ん。ああ、そうかもな……。いや、そんなことはいい。せっきょうだ、説教」

「は、はい」

 改まって佇まいを直したカルルにアカシアは目を細めてコップを振った。

「いいか。私が酒を飲むのは素面(しらふ)で話すようなことじゃないからだ。聞くのも同じだ。飲め」

「…………」

 そういえば酒など一度も飲んだことが無かったのを、カルルは喉を焼かれてから思い出したのだった。

「…………っ!!」

「くす。それでいい」

 アカシアは肩を揺らして笑っていた。

「いまからするのは価値観、モノの考え方の話だ。こんなこと、酒と一緒に話半分に聞くくらいがちょうどいいだろう?」

「……なんの……話ですって?」

 水の入った皮袋から口を離すとようやく言葉を発した。

「カル、お前……ルイ―グのことを後悔しているな?」

「――――」

 いきなり核心を突かれ、言葉に詰まる。

「だがそれでいいんだ。お前は間違ってないよ」

「え……?」

 くい、とコップを傾けてから漏れた短い吐息には、カルルが思うよりも遥かに大人びた雰囲気が満ちていた。

「……その罪悪の阿責に問われることすら忘れてしまう者もいるのだから。私みたいに、な」

 その乾いた笑い声はカルルには真似のできないものだった。

「アカシアさんは」

「ん」

「……なんとも思わないんですか?」

 アカシアの昼間の戦いぶりを見ると、彼女は人を斬ることに関して何の感情も抱いていないようだった。ただ相手が襲ってくるから払う、というふうに。

「まるで雑草でも払うみたいに。……僕にはそう見えました」

「雑草か、巧いな。……そうだ。鬱陶しい雑草は、鉈で払えばいい」

「…………」

「初めてが――一番辛かった」

「え?」

 空になったコップを脇に置くと、アカシアは胡坐から片膝を立てて座り直した。その瞳には焚き火の炎が揺らめいている。じっと炎を見つめたまま、思い出すようにその口が動く。

戦場(いくさば)に出て、相手が私を殺そうとしているのを肌で感じたから、怖かった。死ぬのは想像ができないから、本当に怖かったよ」

 運命の悪戯と偶然が重なった、初めて戦場で相手を殺した記憶が蘇る。

 胸に深々と刺さった剣を、震える手が握っている。それが自分の手だと信じたくなかった。

「二回目は――その半分だった」

 その時は復讐に駆られて。大好きだった友の仇を討てるなら、自分はどうなろうと知らない。だから初めから殺すつもりで相手に切り掛かった。その時の自分はまるで獣か人外の何かだった。

「最初と二回目でも、やったあとの受け止め方が全然違った。二回目の時は、『――ああ、またやってしまった』と。立ち直るのがだいぶ早かった」

 今まで幾度と喉に引っかかっていた言葉が、ついにカルルの口から出た。

「……僕も、二人目です」

「ああ、らしいな」

「――え?」

 驚いてアカシアの顔を見た。深い闇の中までも見通せそうな妖しい翡翠の瞳がこちらを覗いている。

「昼間、そんな話をしていたろう?」

「あ……」

 そういえば、ハロッサの最後の一人がアカシアの前でそのことを口にしていた。

「ビゲス……と言ったか。お前の雇い主か?」

「……ええ。そうです」

「それも後悔しているのか?」

「…………」

 わからなかった。

 ビゲスが酔って馬小屋にやってきたあの時、もし何もしていなかったら、村を逃げ出していなかったなら。

 間違いなく、自分はルイーグ隊によって殺されていた。

 それに、ビゲス本人に対しての憎悪もかなりあった。客観的に考えてもあれ以外の選択は無かったはずだ。

「たとえ間違ったことでも……。たとえやり直すことが出来たとしても……僕は同じことをすると思います」

 そうするしかなかった。

 それでも、やはり間違っているんじゃないか、罪を償わなくてはいけないんじゃないか、そんな決着の付かない葛藤を続けていた。だからアカシアにお前は間違っていないと言われて救われた気がしたのだ。

「死ぬほど思い詰めるも、雑草を刈るも、それはお前次第だ。カルル」

「……はい」

「もしお前が間違っていて。その結果として周囲が敵だらけになったとしても。私だけはなにがあっても味方でいてやる。それを忘れるな」

 酔っているからだろうが、これほど歯の浮く台詞をよくも面と向かって並べてくれる。

 それでも。

「ありがとう……ございます」

 こんなにも体が暖かい。嫌なものが氷のように溶けてどこかへ流れて出ていってしまったかのようだ。

「……カルルは泣き上戸だったのだな」

 ぽろぽろと膝にこぼれる涙が止まらない。もちろん、酒のせいなどではない。

「……もう眠るといい。明日も早いからな。ゆっくり眠れば、気持ちも落ち着く」

 優しい声にカルルは涙を拭うと、「おやすみなさい」と残して荷台に上った。

 すやすやと寝息を立てるメーネの邪魔にならないよう体を端に寄せ、毛布から顔だけ出して曇った夜空を見上げた。涙で詰まった鼻を冷たい夜風が抜けていった。

 しばらくは焚き火の燃える音とアカシアの気配を聞きながら、メーネの頭を撫でていた。気が落ち着いて眠くなるまでそう時間はかからなかった。



小説というか物語を描いていると、自分が創造したキャラクターに教えられることがあります。

自分がタイピングしているはずのセリフや思想に、なるほどぉ……って感心してしまうことが一作品に二つ三つほどあるのです。それがこの作品でどのくらいあったかは忘れてしまいましたが。なにぶんこれを書き上げたのはもう一年も前になりますから。


あらすじはこのへんまでですけども。物語はむしろこっからが本番っス


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