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超図形 短編3

掲載日:2010/10/31

なんでもかんでも超を付ければいいってもんじゃない。まったく、最近の若いもんは、と思いながら、どんないちゃもんをつけてやろうかという期待に震えながらその本を手に取った。

『超図形』

結論からいうとそれは高度な幾何学の本であり、なぜそんなものをただの一般人である私が手に取ってしまったかというと私が古本屋の50円本コーナーをうろついていたからだ。

私には見えない世界を見る人達の世界がそこには広がっていた。書かれている内容は序文とあとがきの挨拶くらいしか理解できなかったが、描かれている図形やら表やらの方はなかなかおもしろかった。まあ、全く理解出来ないが故の面白さではあるが。

昔、学校で受けた幾何の授業は全く理解できず頭痛ばかりしたものだが、古本屋の片隅にうずもれている古書であれば痛くもかゆくもない。年をとると無駄に度胸が付くのか、それとも偉大なる知性に畏敬を抱くことをも忘れるのだろうか。

しかし、子供には敵わない。

今、私は正座をして古本屋の奥の座敷に坐っている。机をはさんだ向かいにはこの書店の主の娘が鎮座している。その手には「超図形入門」と書かれている本が。

メガネをかけた少女の年の頃は15か、もっと小さい位だ。なぜ私がこんなことになっているのかといえば、例の「超図形」という本を棚に戻すときに吐いた一つのため息が原因だ。「おじいさん、その本よめなかったなら、私が教えてあげる」

拙い声でそう言われては、断ることはできなかった。………私の息子が結婚したのが十数年前、息子夫婦は子供をもうけなかったが、もし生まれていればあの少女くらいの年齢だったはずだ。

少女による授業は難航を極めた。そもそも、少女からして本の内容を理解出来ないのに私に教えようとするからだ。はじめのうちこそあれやこれやと考えていたようだが、終いには「おじいさんこの本よんどいて」といって襖を開けて出て行ってしまった。

私も一応手を付けてみたが、やはり分からずじまいだった。

それでも少女の厚意を無駄にはしないぞという気概だけで字を追っていると、軽い足音がやってきて、襖が再び開いた。少女はお茶と菓子を持って来てくれたのだった。どうもありがとう、と言って受け取るところまではすべてが順調だった。しかし少女とのお茶会は難航を極めた。それは少女が非常に引っ込み事案だということ、および私も話すのがうまくないという二点に起因する事象であった。とはいえ気まずさなど老人にとっては有ってなきがごとし。私は少女の緊張が時間と共に低減するのを待って、ついに会話の糸口をつかんだ。

「どうして、教えてくれたんだい?」

「えっと、すごく残念そうだったから、でも、全然分かんなくって、ごめんなさい」

とぎれとぎれであるものの、発言しようとする傾向は途切れることなく観察されたので私はひとまず胸をなでおろした。

「いやいや、その気持ちだけで有りがたいよ。お茶も、とってもおいしい」

「あ、おそまつさまです」

発言のはじめに間投詞を挿入する癖があるということはなんとなく見て取れた。少女の顔は美しく、どうしてこんな古書林に埋もれているのかわからない。気が弱そうな表情が浮かぶかわいらしい顔は、なんというか、孫としてふさわしいものであった。

そもそも孫とはなんであるか。愛らしいものである(定義)。よって定義から演繹するとこの少女は私の孫である。それは絶対普遍の真実であり、どんな老人にも当てはまる気がする。だからこの少女をかわいがるのは私の義務であり権利であるのだ。

と、いうわけで。私はつい少女の頭へ延びそうな右手を理性でもって抑え、紳士的に会話をしてまず距離を縮める作戦を立案した。脳内の賢人会議の出席者たちは喧々諤々の議論を展開し、あらゆる意見に対して否定と暴論と異論と改善案がぶつけられた。言葉の応酬は未だかつてないほどの数を重ねられ、積み重なり、議論の山のその下に醸造された英知はその輝きをいや増し、ついには一つの結論に至った。

明日も来よう。

その時はミカンでも持ってこよう。

私はお茶を一口飲んだ。実はまったく味も香りもしないのだが、少女の気遣いを思うと非常にうまく感じられるのである。

それから、二人で何の変哲もない会話を楽しんだ。一度も彼女を”おじょうちゃん”と呼ばなかったのは孫として扱うための布石であることを知る者はいない。

筆を滑らせるのが楽しくて癖になってこまります。

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