5 四人目の地獄②
「ダメっ!! 謝るだけじゃ許さない!! アヴィの気に入ってる、ララティナさんのドレスとアクセサリーと……あと希少な魔法書と魔法関連の道具を全部アヴィに渡さなきゃダメ!! それと、アデル様はアヴィのことを好きになって世界一大事にすること!! アビィの言うことを何でも聞いて、アヴィのことを一番に優先しなきゃ絶対に許さないんだからぁっ!! このくらいのことしてくれないと、アヴィの手を叩いたこと許してあげない!!」
めちゃくちゃなことを言うアヴィさんに、その場に居た全員が呆然とする。
(なんて、ひどい言い分なのかしら……でも、お陰で吹っ切れたわ)
私は一つ溜め息を落とすと、真っ直ぐにジーン様を見つめながら口を開いた。
「――わかりました」
ぱあぁと顔を輝かすアヴィさんと、驚いた表情を見せたあと、直ぐにふふんと満足げに鼻で笑うジーン様。
そんな二人に、私はにこりと微笑む。
「婚約破棄いたしましょう」
「「はあぁっ!?」」
(――なぜ、こんなに驚いているのかしら?)
まさか本気で、あんな条件を受け入れるなんて思っていただろうか……と苦笑する。
「そんなバカみたいな条件、呑めるわけないでしょう? 例え行き遅れだろうと、あなたと結婚なんて最悪だとずっと思っていましたし、丁度良かったです。だいたい、私だけではなくアデルくんのことまで、いいようにしようだなんて……吐き気がしますわ」
「さ、最悪……!?」
「……ララ姉さん」
ショックを受けているジーン様を無視して、隣にいるアデルくんに小さく笑いかけると、私はアヴィさんの方へと視線を移す。
「許さない? それは、こちらのセリフです。これまで、さんざん私に対して好き勝手しておいて、よくそんなことが言えますわね」
すっと目を細めると、アヴィさんの肩がビクリと揺れる。
「ねぇ、アヴィさん。私から奪っていったドレスやアクセサリー類など、一つ残らずきちんとお返しくださいね? ――それと、うちの書庫から勝手に持ち出した希少な魔法書もご返却くださいな。持ち逃げなんて、絶対に許しませんわよ」
少し驚いた様子でジーン様がアヴィさんの方へと振り向く。
「……あ、な、なん……で……知って……」
「知らないわけがないでしょう。あなた、とても手癖の悪い子ですもの。――これまでは婚約者の従妹だからと、見逃してあげていましたが、これからは一切容赦いたしません。だって、私たち他人ですもの。そうでしょう、アヴィさん。……いえ、泥棒さん?」
にっこりと笑いかけてあげると、アヴィさんがひくりと頬を引き攣らせてジーン様にしがみ付く。
「た、助けて、ジーンお兄様っ!!」
「は!? い、いや、返せばいいだろ! それより、何だよ婚約破棄って!!」
「あなたが言ったのでしょう? 先に口に出したのは、あなたの方です。私はそれを受け入れただけ。違いまして?」
「……そ、それは、本気ではなく……!」
ジーン様の言葉に、アデルくんが口を開く。
「へぇ……もしかして、婚約破棄を脅しに使ったんですか? 随分と下劣なことをなさるんですね」
「……ぅぐっ……」
言葉に詰まるジーン様の隣で、アヴィさんが何やらぶつぶつと何か呟いている。
「……むりむりむりむりむりむりむり……」
「……は? あ、アヴィ?」
「無理なのっ!! ララティナさんのドレスもアクセサリーも、お気に入りのやつ以外は全部売っちゃったの!! 本も貴重なものは高値で売れるから、持って行ってたの!!」
「なっ!? なんで、そんなことを……」
「だって……だって……っ! 新しいドレスと靴が欲しかったし……アクセサリーや香水だって! お菓子やお人形や精霊石も……とにかく欲しいものが、いっぱいあったんだもん!! 仕方ないじゃないっ!!」
「あ、アヴィ……そんな……お前……」
愕然とするジーン様に、私は薄っすらと微笑みかける。
「あなたが、さんざん甘やかしてきた結果ではありませんか? 欲しいと言ったものは何でも与えて、いつも彼女の言いなりになっては、可愛い可愛いと褒めそやす。そして婚約者である私にまで、それを強いてきた」
口をはくはくとさせるだけのジーン様が、ごくりとつばを飲み込むと乾いた笑いを漏らす。
「……な、なぁ……ララティナ……も、もういいだろ? 婚約破棄なんて冗談だったんだよ。だかさ、もうやめよう……こんなこと。今までのことなら謝ってやるから……な?」
「――冗談? 私は冗談で済ますつもりなどありません。今夜、これまでのことを両親に伝えますので、そのおつもりで」
「嘘をついても無駄だよ。ちゃんと録音してあるから。途中からだけど、大事なところはちゃんと録音できているはずだよ」
アデルくんが手を翳し呪文を唱えると、そこに魔法の音声記録装置が現れる。
私は小さな声で彼に、ありがとうと呟いた。
「……そ、そんな……」
膝を付き呆然としているジーン様。
私はその隣でわんわんと泣き続けているアヴィさんの前まで行くと、彼女の胸に着いていたブローチと手袋を取り上げた。
「ぶえっ!? な、なに!? なにするのぉ!?」
「こちら、私の物ですので返していただきますわね」
にこりと微笑んで手の中にしまうと、アヴィさんが、驚きながら何度も首を左右に振る。
「……え!? や、だ……やだやだやだぁ!! それ、アヴィのお気に入りなの!! アヴィのなのよ! 返してッ!!」
「お黙りなさい!!」
私が強く言い放つと、アヴィさんがぐっと言葉に詰まる。
「これは、私の物です。元より、あなたの物なんかではありません。勘違いしないで」
「……で、でもっ……」
「アヴィ!!」
ジーン様が、悲壮な表情でアヴィさんを見つめる。
「……いい加減にしてくれ……頼むから……っ……」
「……お、兄様……」
「……すまなかった……ララティナ、この通りだ……」
深々と頭を下げるジーン様。その様子を見てアヴィさんが金切り声を上げる。
「な、なんで、お兄様が謝るの!? ねぇっ、ねぇってばぁぁ!!」
大きな溜め息を一つ落としてから、私は口を開く。
「――見て分かりませんの? この方は今、あなたのために頭を下げていらっしゃるのよ」
私の言葉にアヴィさんはその場に膝を付いて、またボロボロと大粒の涙を零し始めた。
「……ぅっあっあ゛っ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……っ!!」
「謝る相手が違うだろ!!」
ジーン様の怒鳴り声に、アヴィさんがビクリと肩を揺らして私の方へと振り返る。
「……ぁっ、うっ……ら、ララティナさん、ごめんなさい……ごめんなさいっ……許してください……ごめんなさい……」
「――はあ。まあ……ちゃんと持って行った物を返却して、そちらの有責で婚約破棄となるのでしたら、もう何も言うことはありませんわ。これ以上、関わりたくもありませんし」
「必ず、全てお返しする。……少し時間が掛かるかもしれないが……」
「まあ……少しくらいでしたら、待ってさしあげます」
「……恩に着る」
もう一度、深々と頭を下げるジーン様。その姿を見てアヴィさんも頭を下げて見せた。
◇
こうして四人目の婚約者であるジーン様とも婚約破棄となったのだが――。
ちなみに、持って行かれた物のほとんどは無事に私の手元に戻って来た。
一部の物はどうにもならなくて、仕方なく金貨で支払ってもらうことになったのだが……取り戻すために、親族や友人たちに頭を下げて回ったと聞いていたが、アヴィさんが今、そんなことになっているとは……。
「まあ、あの頃は何て言うか……すまなかっと思っている。あれから私にも何度か縁談が持ち上がったのだが、どうにも上手く行かなくてだな……。結局は、真面目で私のことを引き立ててくれていた君が一番良かったことに気付いたんだ」
「……はあ?」
「……つまり、その……私とやり直さないか?」
――今までの流れ的に、こうなるだろうとは思っていたけど……まさか、ジーン様まで……。
額に手を当てながら、私は口を開く。
「……あんなことがあって、よくそんなことが言えますね? それを、私が受け入れると……」
「返事は後でいい! とにかく真剣に考えてほしいんだ! また君に会いに行くから、そのときに答えを聞かせてくれ! では、またな!」
――ジーン様は、そう言って去って行ってしまった。
いや、ジーン様〝も〟だ……。これで元婚約者たち四人全員から、復縁の話を持ちかけられたことになる。
何なの……これ? どういう状況なの? もしかして、全員で私を笑い者にするために徒党を組んでたりする?
◇
「……どう思う? アデルくん」
魔術塔に来るのは控えようと思っていたのに、結局この場所に来てしまった。
アデルくんは項垂れている私の前に、紅茶の入ったティーカップを置いてくれる。
「これまでの流れ的に、そうなるだろうとは思っていたけど……それにしても、あの尊大な成金勘違い男まで……よくもまあ、顔を出せたものだね」
ふふっと笑うアデルくん。だが、口元は笑っているのに目が全然笑っていなかった。
「――本当に意味が分からないよね。みんな揃って、また会いに来るとか言ってたけど……迷惑にも程があるわ……」
「うーん。いっそのこと、全員殺しちゃう? ちょっと面倒だけど、四人くらいなら同時に呪い殺せ……」
「大丈夫! それは、本当に大丈夫だから! ただ、この後のことを考えると憂鬱になっちゃうね……はは……」
乾いた笑いを漏らすとティーカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を口に含む。
「じゃあ、お疲れの姉さんに――これをどうぞ」
アデルくんが小さな包み紙を取り出すと、その中から様々なお花の形をした砂糖菓子が現れる。
「わぁ……可愛い。いただいても良いの?」
「もちろん」
「ありがとう。いただきます」
一つ摘んで口の中へと招き入れると、舌の上でほろりと溶けてゆく。
「ん〜! 美味しい……! なんて上品な甘さなのかしら。――もしかして、この砂糖菓子もアデルくんが私をイメージして作ってくれた物だったりするの?」
とはいえ、この柘榴のような赤い色のどこに私の要素があるのか、さっぱり分からない。
……そんなことを考えいると、アデルくんが瞠目したあと、とろりと目を細める。
「――うん、そうだよ。ララ姉さんをイメージして作ったんだ」
「いつも、私をイメージして素敵なお菓子を作ってくれるのね。ありがとう。……でも、この愛らしい砂糖菓子のどの辺りが……?」
私の言葉に、アデルくんが砂糖菓子を一つ摘むと私の口元へと運んでくる。
(――食べてって、ことなのかな?)
疑問に思いながらも口を開くと、砂糖菓子が口内に放り込まれた。それが溶けてなくなる頃――アデルくんが、ふふっと楽しそうな声を漏らす。
「ふっ……ふふ……っ、あはは」
「……アデルくん?」
「……この砂糖菓子はね、ララ姉さんの心臓の色をイメージして作ったんだ」
「……心、臓?」
どくりと胸が跳ねた次の瞬間、急激な眠気に襲われる。
「……あ、れ? な……に……?」
ふわふわする中で、アデルくんの声が聞こえる。
「姉さんの食べていたお菓子――あれね、僕の魔力を込めていたんだ。最初は、ほんの少しだけ。少しずつ増やして行って、この砂糖菓子の中には必要な分が全部入ってる。だから、ちゃんと食べて?」
アデルくんが優しく砂糖菓子を食べさせてくる。私はぼんやりとしたまま、それを舌の上で溶かしてゆく。
「うん。いい子」
魔力……砂糖菓子……必要な分……?
「……ひつ、よう……って、なに?」
私の問いにアデルくんは、花のように顔を綻ばせながら口を開く。
「姉さんの魂を縛るのに、必要な分だよ」
(たま、しい……?)
――私の意識は、そこでブツンと切れてしまった。




