4 四人目の地獄①
「やっぱり、ララティナじゃないか! 久しぶりだな」
「……うッわ……」
分かっていたとはいえ、相手の顔を見てうんざりする。
ついに、この世で最も会いたくない人間の四人目と出会ってしまった……。
「……そんな露骨に嫌がらなくてもいいだろ。私だって落ち込むぞ?」
「……はあ。何かご用ですか? というか、従妹さんはご一緒ではないのですか?」
「ああ……あいつなら、あのあと実家や親族の者たちの全員と縁を切られてな……。今は、どっかの貴族の愛人をやっていると風の噂で聞いたが。……まあ、仕方ないさ」
「……へぇ」
――四人目の婚約者だったジーン様。
青藍色の髪に、ギラついた鬱金色の目の青年。
身に付けている派手な装飾や宝石は、いかにも成金貴族といった風体だ。だがその派手さも、人目を惹く容姿に妙に似合っていた。
「じゃあ、私はもう行きますね。急いでいますので」
「ま、待て! せっかく会ったのに、それはないだろう!?」
「……私は、あなたに会いたくなんてありませんでしたけどね」
私は溜め息を吐きながら、あの時のことを思い返す。
◇
ジーン様には、妹のように可愛がっていた六歳下の従妹がいた。
愛らしい容姿に、守ってあげたくなるような淡い雰囲気を持つ可憐な美少女――アヴィさん。
引っ込み思案で、いつもジーン様の後ろに隠れている彼女をジーン様はひどく溺愛していた。
彼女が、どんなワガママを言おうが理不尽なことを言おうが彼は全て叶えていたのだ。
「ジーンお兄様ぁ、大人気の観劇のチケットが取れなかったんですぅ……どうにかなりませんかぁ?」
「私に任せておけ。必ず手に入れてやる」
「ジーンお兄様ぁ、絶版になっている魔法書が欲しいんですぅ……どうにかなりませんかぁ?」
「私に任せておけ。必ず手に入れてやる」
「わぁっジーンお兄様すごぉい♡ だーいすき♡」
そして彼女の理不尽な甘えは、私にまで向けられることになる。
「ララティナさんのブローチ可愛い……いいなぁ……アヴィも着けてみたいなぁ」
「貸してやれよ、ララティナ」
その後、一向にブローチを返してくれなかったり……。
「ララティナさんの着てるドレス、色もデザインも可愛くて素敵……いいなぁ……ララティナさんより、アヴィの方が絶対に似合うと思うんだけど……」
「アヴィに譲ってやれよ。そのドレスもお前よりアヴィに着てもらったほうが嬉しいだろ」
そうやって、ドレスを奪われたり……。
「ララティナさんのケーキ美味しそう。アヴィも、そっちの方が良かったなぁ……」
「アヴィのと交換してやれよ」
「ううん。一口だけでいいの。……わぁ、食べてもいいの? いただきまぁす」
一口といったケーキを、半分以上食べてしまったり……。
控えめで引っ込み思案だと思っていた少女は、想像以上に強かで遠慮のない性格をしていた。
そして、ジーン様と出掛けるときは必ずアヴィさんも付いて来ていた。腕を組んで楽しそうに歩く二人を見て、私はどちらが婚約者なのかと何度も溜め息を落としたものだった。
おまけに……ジーン様の居ないところで、さんざん悪口を言われた。
「行き遅れの惨めな人」「つまらない人」「負け犬」
他にも「三人もの男性と婚約破棄とか……ぷぷっ……悲惨すぎて、おもしろぉい!」「ジーンお兄様はぁ、あなたじゃなくて若くて可愛いアヴィのことが大好きなの。誰にも選ばれることなく生きて行くなんて、お可哀想ぉ〜」なんてことを言われたりしたものだ。
最初の頃は、多少なりとも嗜めたりしたものだが……そうすると、アヴィさんはあるとこないことをジーン様に告げ口して被害者ぶる。私だけが一方的に責められることに疲れて止めてしまった。
◇◇
――この関係性が壊れたのは、二人がうちの屋敷にやって来たきたときのこと……。
ちょうど、学院の卒業間近であるアデルくんが帰って来ていたのだが――。
「あ、あの素敵な方は、どなたですか!?」
アデルくんを見たアヴィさんが、頬を染めながら上擦った声で私にたずねてくる。
「ああ……彼は、アデル・ルクレールさん。祖父が彼の才能に惚れ込んで援助をしていたの。その繋がりでうちの屋敷に……」
「あっ、あの……初めまして、アヴィと申します……!」
紹介の途中で、アデルくんに挨拶するアヴィさん。そんな彼女にアデルくんは冷ややかな目を向ける。アデルくんは、昔から慣れてない子には態度がちょっと冷めたいんだよね……。
とはいえ、ここ最近は柔和な態度を取るようになっていたんだけどな……。
「……どうも」
「はわわぁ〜カッコいい……きれぇ……お、お幾つなんですかぁ?」
「……十七歳」
「わぁ……わあぁっ、アヴィの一つ上! すごい、ピッタリ!」
何がピッタリなのだろう? 年齢差……? 疑問に思いながら、私は苦笑する。しかし、分かりやすいお嬢さんだ。……まあ、アデルくんの態度も、分かりやすいが。
「ねぇ、お兄様ぁ。アデル様とアヴィ、とってもお似合いだと思いませんかぁ?」
アヴィさんの言葉に、苦虫を噛み潰したような顔になるジーン様。
「……はあ? どこが? 面がいいだけで、どこの馬の骨とも分からないようなヤツが、俺の可愛いアヴィとお似合いなわけないだろ!!」
私はジーン様の言い分にカチンと来て、思わず言い返してしまう。
「アデルくんは、とても素晴らしい青年です! 飛び級で王立魔術学院に入学して、今季には卒業予定なんですよ。卒業後は王宮務めが決まっていて……それもこれも、全て彼が努力してきた結果です。私の大切な弟を侮らないで!!」
「――姉さん」
睨み付けながら強い口調で言い切ると、ジーン様が怯みながら口を開く。
「な、何だよ、煩いな! 私の知ったことではな……」
「えーっ! アデル様、飛び級で魔術学院に入学したんですか!? すっごぉい! 尊敬しちゃいますぅ!」
「あ、アヴィ……」
ジーン様を無視して、アデルくんにキラキラとした視線を向けるアヴィさん。いや……キラキラというよりも、ギラギラかも……。
「アデル様ってぇ、婚約者はいらっしゃるんですかぁ? もしくは、恋人とかぁ……?」
彼女の問いに、アデルくんがこちらに視線を向ける。じっと数秒間ほど私を見つめたあと、にこりと微笑んでからアヴィさんの方へと振り返った。
(……今の間は、何だったのかしら?)
「別にいないよ。――ところで、そちらの男性は? もしかして、姉さんの新しい婚約者の方でしょうか?」
胸に手を当てて、ジーン様に問いかけるアデルくん。ゆっくりと猫のように目を細める彼にジーン様は僅かにたじろぐ。
「そ、そうだ。この行き遅れ婚約者だよ。三人の相手と婚約破棄したなんていう、曰く付きの女なんて伯爵令嬢でなけりゃ誰が受けるか」
ジーン様の言葉に、ぐっと言葉に詰まる。彼の言葉は尤もだ。三人もの男性と婚約破棄した行き遅れ、彼のような成金貴族でもないと貰い手がない。うちの財産と社会的な地位が欲しいだけなのは分かっているが……こんな人と結婚するのかと思うと気が重い……。
私が小さく息を吐くと、突然肩を引き寄せられて驚く。顔を上げると無表情のアデルくんがいた。
(……アデルくん?)
「姉を侮辱するのは、やめていただけますか? 婚約破棄も全て相手方の問題で、彼女には何の落ち度もありません。姉を大切にしていただけないのであれば、僕は容赦しませんよ」
冷たい声でピシャリと言い切るアデルくんに、ジーン様は顔を赤くして怒鳴りつけてくる。
「はああ!? 飛び級だか何だか知らないが、この私に向かってなんて口の利き方だ! 無礼にも程がある!! だいたい、私は事実しか口にしていないだろう!!」
「ぷぷっ。そうですよぉ〜。お兄様はぁ、本当のことしか言ってないじゃないですかぁ。アデル様、行き遅れのお姉様を庇うなんてお優しいですぅ♡」
「――そういえば、この子はなに? あなたの妹ですか?」
アデルくんはジーン様に問いかけるが、ジーン様より早くアヴィさんが口を開く。
「アヴィのことですかぁ? アヴィは、ジーンお兄様の従妹で……」
「従妹? なんで、従妹なんかを連れて来ているんです? それに、姉に対して随分と失礼な態度ですが、どのような教育をされているのでしょうか? 無礼な人間を連れて来るのは、控えていただけませんか」
「し、失礼って……もしかしてアデル様、怒っているんですか? アヴィ、ほんとうのことを言っただけなのに? だってだって、ララティナさんって、もう二十一歳なんでしょう? 実際、行き遅れじゃないですかぁ……なのに、なんでララティナさんは、こんな素敵な人に肩を抱かれて庇われてるの!? 信じられないっ! そこ代わってよぉ!!」
私に手を伸ばしてくるアヴィさんの手を、アデルくんが強く払う。
「姉さんに、気安く触らないでもらえるかな?」
――冷ややかな彼の声に、ぞくりと肌が粟立つ。
(――アデルくん、すごく怒ってる?)
手を払われて呆然としていたアヴィさんだが、しばらくするとボロボロ大粒の涙を流して泣き始めた。
「……ひっ、ひどっ……ひどいよぉぉぉ!! うわあぁぁぁん!!」
「おいっ、なに泣かせてんだよ!? お前らアヴィに謝れ!!」
「あなたが、姉に謝罪する方が先では?」
「何だと!? 無礼者がっ!! 謝らないのなら、婚約破棄だ!!」
……婚約破棄の言葉にピクリと反応してしまう。 ああ……また婚約破棄かぁ……。仕方がないと肩を落としたとき――。




