3 三人目の戦慄
「ララティナじゃないか?」
――ああもう、嫌な予感しかしない。
「やっぱり! 久しぶりだね。元気にしていたかい?」
私は相手を見て、思わず顔を覆ってしまった。
こうも立て続けに、この世で最も会いたくない人間と出会ってしまうなんて……これで三人目だと、肩を落として項垂れる。
「なんか元気ない? 大丈夫?」
「……お気になさらず。私のことは放っておいてください」
「そういう訳にはいかないよ! こうしてまた出会えたのも運命なんだし!」
「……はあ? 運命? ご自分が〝真実の愛を見付けた〟などと言って婚約破棄なさったこと覚えていまして?」
――三人目の婚約者だったフィリクス様。
夕焼けのような赤い髪の毛に、表情豊かな青空のような目。素直で天真爛漫、嘘が嫌いな真っ直ぐな青年。
オスカー様ともエドマンド様とも違う、一緒にいて元気になれるような明るい青年。
ようやく私も、素敵な人と巡り会えたのだと喜んでいたのに……。
◇
ある日。うちの屋敷に訪れたフィリクス様が、酷く暗い表情をしていた。
お日様のような彼に、何かあったのだろうかと心配していると――。
「……ごめん、ララティナ。ぼく……っ……好きな人ができたんだ!!」
「………………は?」
突然の告白に、私は呆然とフィリクス様を見つめる。
「見付けちゃったんだ……真実の愛ってやつを……」
あん? なに薄ら寒いこと言ってんだ、この単細胞。
彼の発言に、思わず胸中で悪態をついてしまった。
「本当に、ごめん!! でも……ぼくは、もうあの子のことしか考えられないんだ……!」
頭を抱えて項垂れるフィリクス様。頭を抱えたいのは、こちらなのだが?
「分かってる、君を裏切る行為だってことは。……でも、ぼくの本能が彼女を求めて止まないんだ! こんな感覚は初めてで……。どうか許してほしい、ララティナ。ぼくにはもう、彼女以外の人は考えられないんだッ!!」
酔ってんなぁ〜。ご自分に酔いすぎでしょう、この人。何だ、この空気。思わず使用人の方に視線を向けると、すぐに逸らされてしまった。
分かるよ〜分かるっ! こんなの、居た堪れないわよね!
「……だから……っ……だから、ぼくと婚約破棄してほしい……」
めちゃくちゃ溜めてから言うの、なに?
いつまで、このフィリクス劇場に付き合えばいいのかしら……。
「恨むならぼくを……ぼくだけを、恨んでほしい……! 彼女は何も悪くないんだ……!」
「……はあ……まあ、別に恨んだりはしませんが……」
「ほんとうかい!? ああ……君は、なんて心の広い人なんだ!」
彼の言葉に、私は目を伏せて大きな溜め息を吐く。
「……はぁ……では、フィリクス様の心変わりが原因なので、そちらの有責ということで。今夜にでも両親に伝えておきますわ」
また婚約破棄なんてことになるなんて……今度こそはと思っていたのになぁ。両親もガッカリするでしょうね……。
私が肩を落としていると、突然フィリクス様の空気が変わったので、驚いて顔をあげる。
「――は? ぼくの有責? 何でそんなこと言うんだい?」
「何でって……事実ではありませんか」
「確かに心変わりはしてしてしまったけれど……ここは、互いの価値観が合わなかった……で、いいじゃないか。なぜ、ぼくだけを悪者にするんだい?」
「ぼくだけを悪者って……。実際、フィリクス様が原因ですよね?」
「そうじゃなくてぇ!! 互いに問題があった、合わなかったでいいじゃないか!! ぼくだけに責任を押し付けないでくれ!!」
テーブルを叩きつけて、癇癪を起こすフィリクス様。
「だいたい、君に全く責任がなかったなんて言い切れるのかい!? ぼくはただ、崇高な愛に目覚めてしまっただけなんだ! それなのに、なぜぼくだけが悪者扱いされなくちゃならないんだよ! おかしいだろ!? 愛は尊いものだ! それを、さも悪しきもののように言う君の方が、おかしいとは思わないのか!?」
ティーカップの中のお茶が溢れることも気にせず、彼はぎゃんぎゃんと叫び続ける。
(こんな幼い人だったなんて……)
ああ……本当に私は、どこまでも婚約者という存在に恵まれないなぁ……。
くしゃりと顔が歪むのを感じたあと、歯を食いしばる。
一つ息を落としてから、目の前のフィリクス様を睨み付けると、胸倉を掴んで引き寄せた。
「なあ、聞いているのか! ララティっ……!?」
「いい加減にしてくださる? あなたが言ったの、真実の愛とやらを見付けたと。ぜーんぶ、あなたが他の女性に心移りしたことが原因なの。お分かりになるかしら?」
「ら、ララティ……」
「これはね、あなたの問題で私には関係ないことなの。むしろ私は、あなたの心変わりに振り回された被害者ですのよ。ご理解いただけまして?」
掴んだ胸倉に力を込めると、射抜かんばかりに睨み付ける。
「分かったのなら、その傲慢で甘ったれた根性をどうにかなさいませ!! ――で、この婚約破棄は、誰の何が原因かをお答えくださるかしら?」
「ぼ、ぼくが、真実の愛を見付けちゃったせいです……」
「よろしい。では、そのことを両親に伝えておきます。そちらも――嘘偽りなく、きちんとご両親にお伝えくださいね?」
私が微笑んでさしあげると、フィリクス様はおとなしく返事をしてくれた。
「……は、はい……しゅみませんでした……」
◇
こうして、三人目の婚約者であるフィリクス様とも婚約破棄になったのだが――。
真実の愛とやらを見付けた人が、今更なんの用なわけ?
「……ああ、うん。あの時は、ごめん。何か俺、すごく舞い上がっちゃってさ……実はあの子、俺以外にも複数人に言い寄ってたみたいで……俺もドレスやアクセサリーなんかを貢がされちゃったんだよね……あはは……まあ、そういうこともあるよね!」
ようするに、相手の女性に騙されていたと……。この人、チョロそうだものね。
「でもね、それで気付いたんだ。結局のところ、俺の運命の人はララティナだったんだなって!」
顔を輝かせるフィリクス様が、アホなことをのたまう。
「はあ? それ、本気で言ってます?」
「もちろんだよ! だから、俺たち一からやり直そう? あれは、俺たちに与えられた試練だったんだよ!」
なに、あの時のことを美化しようとしてんだ、この人。ふざけるのも大概にして欲しい。
「試練? 私のことをバカにしていらっしゃいます? そもそも、あなたとやり直すなんてありえません!!」
「あはは! 急に言われてもそうなっちゃうよね! だから、返事は急がないよ。ゆっくり考えてよ。ね? また、君に会いに行くから、そのときに答えを聞かせて? じゃあ、またねー!」
「はああ!? ちょっ……!!」
風のように去って行くフィリクス様を呆然と見つめる。
どいつもこいつも、言いたいこと言って去って行くの、何なのよ……。
◇
――そして、今日も魔術塔に来てしまった。
「アデルくん……私もう、何がなんだか分からないよ……」
「へぇ……姉さんから聞かせてもらった、真実の愛を見付けたとかっていう、情緒不安定な癇癪持ちまで現れちゃったんだ……。一人目の時といい、当時は大変なときに、何の助けにもなれなくてごめんね」
「大変なときって……アデルくんだって、学院で頑張っていた頃じゃない」
二人目のエドマンド様のときは、たまたまアデルくんが長期休暇で帰って来ていたので、助けてもらったのだが……。オスカー様とフィリクス様のときは、とにかく早急に片を付けたので、アデルくんが諸々の騒動を知ったのは全て終わってからからのことであった。
「――アデルくんは、何も悪くないんだから謝らないで。ね?」
私の言葉にアデルくんは視線を下げたあと、何かを思いついたかのように顔を上げる。
「お詫びに、そいつのこと今すぐ死ぬより辛い目に遭わせちゃおっか? 確かこの辺に、必要な呪具が……」
アデルくんが笑顔でおどろおどろしい道具や薬品を取り出し始めたので、慌てて止めに入った。
「そ、それは、大丈夫だから! ……でも、何なのかなぁ……これ。立て続けに元婚約者の三人から復縁を迫られるなんて……」
「……姉さん。――ちょっと待ってて」
項垂れる私の前に、アデルくんが紅茶と可愛らしいお皿に乗せられた淡いピンク色のマカロンを差し出してくれる。
「よければ、どうぞ」
「わぁ……可愛い。これもアデルくんが作ったの?」
「うん。ララ姉さんをイメージしてね」
「へぇ……これも?」
いただきますと言って一口齧ると、皮のサクッとした食感と中のねっとりとしたクリームが合わさって、すごく美味しい。
「ん〜! これも、美味しい! ところで、私をイメージって言ってくれたけど、こんな可愛いマカロンのどこに私の要素が……?」
不思議に思って聞いてみると、アデルくんが目を細めて私の手を取る。
「ララ姉さんの爪先だよ。可憐な優しい色をしていて大好きなんだ」
「……爪先?」
確かに淡いピンク色だが……まさか、そんなところだとは思わず……。何だか気恥ずかしくなってしまって、えへへと笑って誤魔化した。
「な、何だか照れちゃうね。可憐なんて言われたの、生まれて初めてよ」
そう言うと、アデルくんが私の手を取ったまま、ゆっくりと猫のように目を細める。
「姉さんは可憐だよ。優しくて勇敢で真っ直ぐで……僕にとって、この世界で一番素敵な女性なんだ」
「……っ……あ、アデルくんってば、急にどうしちゃったの! な、何か欲しいものでもある? あ、そうだ。来月お誕生日だったよね? よーし、お姉ちゃん奮発しちゃおっかな!」
あまりにもストレートな言葉に、恥ずかしくなって早口で捲し立てていると、アデルくんが小さく笑う。
「ふふ、困らせちゃったね。――そうだ、お土産に良質な茶葉をもらったんだ。一緒に飲もう? 淹れてくるね」
アデルくんは立ち上がると、奥の部屋へと消えて行った。
私は熱くなった頬を冷やすように両手で挟むと、ふっと息を吐く。
この間から、あの子にはドキドキさせられっぱなしだ。
――そういえばアデルくんは、とんでもなくモテるのだったと思い返す。
(花のごとき美貌の若き天才魔術師……とか言われてるもんねぇ)
そりゃあ、人気なのも当然よね。私が知らないだけで、いろんなとろこから声を掛けられているんだろうなぁ……実際、彼が言い寄られている場面を何度も見ていた。
となると、私の存在ってかなり煩わしいのでは? こんなに頻繁に魔術塔に来ても大丈夫なのかな……。
そんなことを考えていると、扉のノック音が聞こえたので、お茶を淹れてくれているアデルくんの代わりに私が出る。
「はい」
「アデル様ぁ! よろしければ、ご一緒にティータイムを……って、あなた……誰?」
扉を開けると、可愛らしいお嬢さんに睨み付けられて驚く。
私は何とか取り繕うと、笑顔で問いかけてみる。
「私は、ララティナと申します。アデルく……アデルさんに何かご用ですか?」
「ララティナ? ……もしかして、彼がよく言ってる『姉さん』って、あなたのこと?」
アデルくんが他の人に私の話をしていること知って、少し照れてしまう。
「……ふーん。彼があんなにも褒めるものだから、とんでもない美女とか想像してたんだけど……思ってたよりも地味でつまらなさそうな人ね」
本人を前にして、よくこんなこと言えるわね、この子……。私が溜め息を吐くと、後ろから声が掛かる。
「何か用?」
「アデルく……」
「アデル様っ!!」
アデルくんの声に、お嬢さんは私を押しのけて部屋へと入って行く。
「ご一緒にお茶をしたくて、お誘いに来たんですっ。ルビアと二人でティータイムにしませんか?」
お嬢さんの言葉に、アデルくんは面倒くさそうに口を開いた。
「客人がいるんだけど。……見て分からないかな?」
「え? で、でもアデル様と、ご一緒したくて……」
戸惑いながらも、お嬢さんはチラチラと私の方へと鋭い視線を向けてくる。
あ〜……はいはい、私が邪魔だって言いたのね。お邪魔虫は退散した方がいいかと小さく息を吐いたとき――。
「ねぇアデル様。この人が居るから、ルビアとお茶するのが無理なんですか? だったら、もう帰ってもらえばいいんじゃないですかぁ?」
ニヤニヤといやな笑顔を向けてくるお嬢さん。
「邪魔者は、さっさと退散してくださーい。私たちは、今から二人っきりでお茶の時間を楽しむので。じゃあねぇ、お・ば・さ・ん♡」
煽るような言葉に思わず呆然としていると、アデルくんに肩を引き寄せられる。
「――っ!?」
「誰に向かって口を聞いている? 許可なく勝手に人の部屋に入って来て、あろうことか僕の一番大切な人に向かって、よくもそんな無礼なことを……不快極まりないな」
怒りを顕にするアデルくんに、お嬢さんは動揺する。
「……え? あ、アデル様……?」
彼女はアデルくんに媚びるような目を向けるが、彼は冷ややかな視線を返す。
「邪魔者は姉さんじゃなくて、君の方だよ。早く出て行ってくれないかな?」
「あ、あの……ごめんなさい……私、そんなつもりじゃ……」
「聞こえなかった? 出て行けって言ってるんだけど?」
「……っ……」
悔しそうに唇を噛み締めながら私を睨みつけると、おとなしく部屋を出て行くお嬢さん。扉が閉じられると、はっと息を吐く。
「……ごめんね、ララ姉さん。嫌な思いをさせて……」
「大丈夫だよ。アデルくんは何も悪くないんだから、謝らないで」
視線を下げるアデルくんに、私は微笑みかける。
「噂には聞いていたけど、アデルくんって本当にモテるんだね。私、頻繁にここに来ちゃってるけど、お邪魔になっちゃってるよね。今後は控えるように……」
「そんなことない!」
珍しく声を上げるアデルくん。驚いていると、手を取られる。
「姉さんが来てくれるのは、すごく嬉しんだ。だから、遠慮せずにいつでもここに来てよ。ね?」
「……う、うん。迷惑じゃないなら……」
困惑気味に答えると、アデルくんが美しい顔を輝かせた。
「迷惑だなんて、有り得ないよ。――それよりも、お茶の続きをしよう?」
(――アデルくんはこう言ってくれているけど、やっぱり頻度は減らした方がいいよね……)
私は淹れてもらった美味しいお茶をいただきながら、小さく息を吐いた。
◇
――数日後。
画廊を出て、すぐの帰り道。
「ララティナじゃないか?」
(……このパターンは、もうアレしかないわよね……)
私は小さく溜め息を吐きながら、声のした方へと振り返った。




