八つ当たり
三題噺もどき―ななひゃくななじゅうはち。
ガリ―と、頭の中で音がする。
さもすれば、歯でも欠けたのではないかと思ってしまうような音だ。
口の中には甘い香りが広がる。
適当に取ったが、りんご味のものだったらしい。りんごの甘い香りと申し訳程度の酸味が口の上をすべる。
「……、」
ついでにとでも言うように、ほんの少し錆びた鉄のような匂いがした。
キャンディを砕くついでに、どこかを一緒に噛んだらしい。
あまり慣れないことはするものではないな……やはりキャンディは舐めてこそ、だな。
「……」
鼻の方まで抜けてきた血の匂いを、ほんの少し鬱陶しいと思いながら、仕事を進めていく。
小さくマウスを動かしながら、カーソルを操作する。
口の中に放り込んだキャンディは、粉々になるまで口の中で砕いていく。
その度に、音が頭の中に響き、こめかみまで揺れるような感覚に襲われる。
「……」
その度に、少しずつ、血の匂いが濃ゆくなっていく。
あまりにも噛むのが下手すぎやしないか私。
まぁ、そりゃ鋭いモノがあるにはあるが……軽く掠っているくらいだろうか。そこまで痛みは伴わない。分からないだけかもしれないが。
「……」
今は、とりあえず。
音でも血の匂いでも、何でも。
頭の中をいっぱいにしてくれるなら、何でもいい。
下手な思考に襲われるよりは。
よほど。
「……」
それなら仕事の事を考えた方が今はいいのだけど。
そうなるとかなり集中力が上がってしまって、もう終わりかけなのだ。
だから他の何かで思考を埋めておきたいと思って、らしくもなくキャンディを噛むなんて言う事をしている。
以前も、口の中を盛大に噛んだので、それ以降はしていなかったのに。
「……」
今日は朝からいやなモノを見た。
アレは趣味も悪ければ性格も悪い。
あの言葉よりも先にみたなら、別に何も思わなかっただろうけど。
「……」
今朝。
いつものように朝食を終え、少しの休憩を兼ねてテレビを見ていた。
地元のニュースを取り扱ったローカル番組がついていたのだが。
そこに、アレが映り込んでいたのだ。わざとかどうかは知らない。
アレが住処にしていると言う場所の近くにある水族館で、何やらイベントがあるとかないとかでキャスターが取材をしていたのだが。
「……」
別に、通り過ぎるくらいなら他の一般人と同じように見えただろう。むしろアレは映らないようにだってできたはずだ。もしかしたら、普通の人間には見えてなかったのだろうか。
―アレは、明らかに、カメラ越しに、こちらを見ていたのだ。
「……」
にやりと。
あの人と同じ。
歪んだ三日月を浮かべて。
「……」
久しぶりに悪寒が走った。
ぞわり、背筋が凍るような感覚に襲われた。
恐怖に似た感情と。
忘れていたはずの、あの日々の記憶が一気に蘇ったような気がした。
「――つ」
気付かぬうちに、唇を噛んでいた。
口内を傷つけたそれとは違う痛みに、思わず手が止まる。
思っていた以上に深く噛んだらしく、その先から血がこぼれる。
「……」
口の中には入りこまず、外にこぼれるそれを、どうしたものかと。
「―ご主人」
あぁ、しまった。タイミングが悪いな。
もうそんな時間だったのか。
「なにしてるんですか」
「……かんだ」
隠しようもないものは、隠さず言うしかないだろう。
「……傷は」
「分からん」
塞がってはいるだろうが、ズキズキとした痛みは残っている。
ついでに、口内もヒリヒリと痛みだした。
「……見せてください」
「ん」
外に出た分はもう、衣服についてしまっている。
ほんの少しだけ、唇に残った赤を、その袖で拭われ、傷元をさらされる。
見やすいようにほんの少し口を開けていた。
「……中も噛んだんですか」
「中はかすり傷だ」
「……」
呆れられた。
残念。
「……とりあえず、服を変えて、休憩にしましょう」
「……ん」
今度から、キャンディに八つ当たりするのはやめておこう。
「……なんで蜜柑」
「もう傷は塞がってるでしょう」
「……いじわるめ」
「何か言いましたか」
お題:りんご・キャンディ・水族館




